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宝珠竜と予言の戦巫女  作者: Mikami
第一部《ミズガルズ編》第1章 ユミルの街
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第5話 異世界でのお仕事と彼女の過去

第5話をお送り致します。


しばらくはコウキ君が竜の姿で活躍するシーンは少なめです。

人間社会にドラゴンなんて怪物が出てきたら大混乱です。少なくとも怪物と仲良くしようなんて聖人は中々いないでしょう。

コウキ君が最初に出会った人間がエダさんだったのは幸運なのです。


次話辺りからR15の描写になってくるかもしれません。

それでもよろしければご覧下さい。 by mikami


2019.5.1改稿

「いらっしゃいませー!」


 手に職があると心が落ち着くのは日本人のサガなのだろうか。

 忙しさに目を回しながらも今、俺は労働に勤しんでいる。

 俺の就職活動は当初かなり難航するかと思われていたのだが、意外にもあっさりと決まった。

 神殿に滞在してくれないかとシスター長には散々言われたが、それだとヒモになってしまいそうだったので遠慮させてもらった。それよりも意外だったのは。いや意外でもないか。


「ご注文をお伺い致します……」


 なぜか仕事中の俺の横に今も変わらず彼女がいる事だった。

 就職活動初日。宿を決めた俺はとりあえず腹ごしらえだとばかりに一階の食堂に向かって階段を下りていた。

 宿泊と食堂を一つの宿屋で経営するのはこの世界ではポピュラーな形らしく、宿泊客には割引が適用される。お昼時なのもあって多くのお客さんでごった返していた。

 石造の建物に使い込まれた木のテーブルセットが所狭しと置かれていて、異世界の食堂らしく威勢のいい声と乱雑な空気が店の中に満ちている。

 この世界の料理はよく分からないので彼女に注文を任せて待っていると、柄の悪い男3人組が俺達に近づいてきた。


「よおーっ、姉ちゃん方えらいべっぴんじゃねえかい。俺達んとこで一緒に飲まねえかい? 奢ってやっからよおう」


 昼間から酒か。どの世界でもこんな奴はいるらしい。


「結構です」


 俺が何か言う前に彼女がキッパリとお断りしてしまう。まあ同意見なのだが、このような連中にこんなことを言えばどうなるか分かりきっているというものだ。

 周りの客連中の注目が集まる。その目は「またか」と言わんばかりだ。

 どうやら常習犯らしい。

 俺達が絡まれている事に気づいたのだろう。ウェイトレスさんが近づいてきて注意してくれた。

 この後の展開はテンプレすぎて詳しく書くこともないだろう。

 酔っ払いがウェイトレスさんに暴力を振るいそうになった所で、俺は両手で二人の酔っ払いの襟首を片方ずつ掴み店の外へ放り出した。

 実はこの人間形態、見た目は細い体躯なのだが力と頑丈さは竜の姿の時のままなのだ。

 普通の女子なら片手で成人男性を持ち上げる事なんて出来る訳がない。

 周囲のお客さんが呆然としている間に、彼女がもう一人を取り押さえていた。

 この巫女さんも外見と腕っ節の差という点では大概だ。それでなければいくら魔物が少ないとはいえ、一人で世界樹までの旅を出来るわけがない。

 ここまでの旅で、俺は彼女の勇敢さを知っていた。


 俺は彼女が取り押さえた男も店外に放り投げてから席に戻った。

 彼女は、絡まれたウェイトレスさんに手を差し伸べて立ち上がらせている。

 すると周り視線が俺達に集中した後、拍手喝采が起こった。あんまり目立たないように過ごそうとしていたのに、いきなりコレだ。まいったもんである。

 ウェイトレスさんからお礼を言われたが、逆に騒がせてしまい申し訳ないくらいだ。

 それでも店の大将が奥から出てきてお礼の言葉をもらい、最近あんなヤカラが増えてきていると愚痴ってきた。

 これだけの人種のるつぼ(・・・)なのだから当然と言えば当然か。お礼に今回の昼食代はタダになったのはラッキーだった。


「姉さん方。もし良かったら用心棒になってくれないかい? 今までも考えてはいたんだが、あまり店の雰囲気を固くするのもなんだと迷っていたんだ。その点、姉さん方なら逆に華やかになるしなあ」


 大将が豪快な顔を笑顔にして勧誘してきた。確かに就職活動中ではあるが余り目立ちたくないのも正直な所だ。俺が思案顔になって考え込んでいると、彼女は名案とばかりに得意げに提案してきた。


「それならばコウキ様。ウェイトレス兼用心棒とするのならば、そこまで目立たず色々な方と情報を共有することができますよ?」


 現状、彼女の願いである世界救済についての具体的な手段は謎のままである。

 ここで情報収集しながら食い扶持を稼げということか。


「いやいや。逆に目立たないか? それ?」

「ですが、正直私も懐がそこまで暖かくありません。もちろん神殿から寄付してもらえば解決するのですが……」


 乞食みたいな真似はしたくない。それに他に職に就くアテもないのは確かだ。

 正直、ウェイトレスの女装(?)はしたくないが先立つ物は欲しいのも確か。


 更に追い討ちの「宿泊料も割り引くぜ?」という大将の一言に俺の羞恥心はあっけなく陥落した。

 そんなこんなでドラゴンウェイトレスさん(人間版)と巫女ウェイトレスさんは誕生したのである。というか神職ってアルバイトしていいのか?

 


 そんな訳で転生後初となる飲食店でのアルバイトとなった訳だが、ウェイトレス兼用心棒なので給仕服姿でありながら腰に剣という何やら不可思議な格好で従事している。

 大の大人を片手一本で投げ飛ばした女傑の噂は徐々に広がっているようで、先日の一件以来そこまでのトラブルは起きていない。

 いないのだが、逆にこれまでとは比較にならない大繁盛振りで、俺と彼女は実に忙しくフロアを駆け巡っていた。

 

「俺達が初めて来た時にはこんなに客来てなかったじゃないか! なんだこの忙しさは!」


 注文を厨房に伝える折に俺は、忙しくフライパンを返す大将に愚痴をもらした。当初は女言葉を使うように気をつけていたが、乱雑な客共を相手にするうち面倒になって普段の口調に戻している。


「いやぁ~。姉さん雇って正解だったな! それどころか更に雇わなきゃならんかもしれんわ。美人さんの力は偉大だねえ!」


 ハッハッハァ! と笑いながら料理の皿を俺に渡してくる。

 俺のせいだとでも言うつもりかこのオヤジは。


「大将、新しいオーダー入りました。あと今日分の材料が尽きそうなので、そろそろラストオーダーにしてもよろしいですか?」


 ひょっこり俺の横から顔を覗かせる彼女は実に板につくウェイトレスっぷりだった。


「コウキ様もすごいですよ? 男性の皆さんから あの男言葉がいい! って評判ですから」


 うれしくない。俺は男だ、何が悲しくて男に媚びなきゃならんのだ。

 だが、悲しい事にこの外見では男だと思ってくれる客は皆無だった。


「ええい。畜生! もう少しで閉店時間だ、やってやらあああああ!」


 変なテンションになってしまって後々、この時の事を思い出す度に恥ずかしかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 この世界には日曜日という休日の概念はないが、週に1日は休養をとるのが慣例のようだ。

 食堂の仕事がお休みのある日、俺は彼女と共に街の郊外で剣の修練に汗を流していた。

 

「でりゃあ!」


 斬り下ろし、横薙ぎ、斬り上げ。

 俺が剣を振るたびに彼女が自分の剣で受け止めてくれる。

 転生前の日本で特に剣道を嗜んでいたわけでもない俺は、唐突に守護竜様からもらった剣を当然の事ながら使いこなせるわけがなかった。

 ましてや、この世界では超実践主義の剣術が必要だろう。竜の姿になりさえすれば力任せで大抵の相手には圧倒できる。しかし本性を晒すのは危険だし、せっかく剣を手に入れたのだから使いこなせるようになりたい。

 そう思い彼女に誰か剣術の稽古をつけてくれる人はいないものか? と相談したら……。


「ならば、私がお教え致します!」


 と元気の良い返事が返ってきた。

 今日の彼女はいつもの白い巫女服の上に皮の防具を身につけ、手足には鉄製の篭手を巻いている。長い銀髪は前髪の両サイドのみを残して、ほとんどをポニーテール状にしていた。

 それにしても竜形態の俺の背に乗って移動していた時にも、彼女のバランス感覚のよさと足腰の強さには驚いたが今は納得している。

 単純に腕力や脚力では、竜の身体能力をそのまま受け継いでいる俺の方が圧倒的に強い。

 そのはずなのだが、剣を握る俺の手に伝わる衝撃は比べるもなかった。

 数合の打ち合いの後、本日何度目か。俺の手にあった剣が空を飛んだ。


「コウキ様、剣は腕力で振るものではありません。体重を足の踏み出し、腰の捻りで剣に伝えるのです。……まずは型から始めた方が良さそうですね」


 少々休憩しましょうか。と剣を鞘に戻し近づいてくる。ぐうの音も出ないとはこの事である。


「この世界の巫女さんは皆、剣術の達人なの?」


 ジンジンと痺れる手を振りながら、負け惜しみに近い賞賛の言葉が口から出てしまった俺に、彼女は「私なんてまだまだ……」と照れながらも自分のことを話してくれた。


「孤児だった私を拾い育ててくれた方が王立の騎士養成校に行けるように手配して下さったのです。すべては養父のご配慮のお陰です」


「孤児って……じゃあ、本当の両親は……」


「顔も知りません。当時赤子だった私は王都シグムントの正門前で泣いていた所を拾って頂いたそうです」


 今までの元気な彼女からは想像もつかない壮絶な過去に声もでない。

 俺の微妙な顔を見て悟った彼女は慌てて取り繕ってくれる。


「い、いえ。でもきびしくも優しい養父の下で育てて頂きましたので幸せでした。お陰様で養成校では主席入学だったんですよ? 私。今は休学中ですが」


 笑顔で取り繕いながら座り込んで手を撫でている俺のそばに来た彼女は、膝立ちの体勢で手をかざしてくる。顔を上げて見てみると彼女の手が白く光っていた。


[癒しの陽光]


 そう優しく呟くと光が俺の腕に伝わり、痺れが引いていく。これは……。


「治癒の奇跡。神官騎士の(たしな)みの一つです」


 この世界の巫女さんは神官騎士で魔法も使えるらしい。いよいよ異世界物語っぽくなってきたなと少々興奮してしまった。

  彼女は草むらに大の字になって寝転がる俺に、用意してくれた水筒から果実水をコップに入れ渡してくれる。

 俺はお礼を言いながら果実水を喉に流し込んだ。竜の姿の時とは違い、人間の口は実に飲みやすい。汗を掻いていた体に水分が補給されてようやく一息つけた。


「それにしてもこの剣、あんな大げさな現象でゲットした割には普通の剣だな」


 彼女の魔法のお陰で痺れもとれた俺は守護竜からもらった剣を眺めながら呟いた。

 見た目は街で見かける冒険者が持っている剣となんら大差はない両刃のロングソードだ。違いと言えば、せいぜい剣の鍔に凹みがあるくらい。

 日本刀が斬る事に特化しているのなら、西洋剣は叩き斬ると言った所か。いかに体重を剣に乗せられるかが重要そうだ。

 

「ですが剣を手にした時、守護竜様のお声をお聞きになったのですよね? 只の剣とは思えませんが……」


 寝転がっている俺の顔に自分の顔を近づけながら一緒に剣を見上げる。一房だけ後ろに纏めていない綺麗な銀髪をかき上げながら覗き込む彼女に、不覚にも俺はドキドキしてしまう。ちょっと顔が赤くなっているかもしれない。


「そ、そうなんだけどさ。せっかくだったら刀身が変形したり、光ったりしないもんかなあ……と」


 恥ずかしさを隠す為に冗談交じりに言った俺の言葉に、彼女は事のほか考え込んでしまった。


「……その可能性は否定できないかもしれません」


「そうなの?」


「はい。この世界には聖剣、魔剣といった伝説の英雄が所持していたとされる剣が現存しています。有名なのは我々人間族の王シグムント様が持つ[魔剣グラム]でしょうか」


 おお、有名ドコロが出てきたな!

 俺は思わず上半身を起こしながら彼女に尋ねた。


「その[魔剣グラム]はどんな剣なの?」


 いきなり興味津々といった様子の俺に彼女は幾分驚きながらも教えてくれた。


「私も拝見した事はありませんが神に背き、堕天した邪竜を滅ぼす魔剣と言われています。なんでもあらゆる竜の鱗を切り裂く黒炎を刀身に纏うとか」


 自分の唇に指を当て空を見上げながら彼女は記憶を思い返している。

 この世界は転生前の北欧神話通りではないようだが、時々こうして有名な人物や剣が出て来て俺を興奮させてくれた。


「すごいねぇ。何時かお目にかかりたいもんだ」


 と言っても王様の持つ剣だ。そうそうお目に書かれる物ではないだろう。

 俺は自分にそう結論つけて立ち上がった。それよりも俺には今やらなければならない事がある。


「よし、休憩おわり! 特訓の続きお願いします先生」


 腕をグルグル回して固くなった筋肉をほぐす。


「先生だなんて……でもその意気です」


 彼女は恥ずかしがりながらも笑顔で剣を構えてくれる。

 当面の目標は彼女から1本取る事だ。俺は改めて彼女と対峙し、修練を再開した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「イテててて……」

「だ、大丈夫ですか? コウキ様。傷は癒しの奇跡で治したと思うのですが」

「だ、大丈夫。心地よい痛みだよ、それだけ頑張ったって事だからね」

「そうさね。若いうちは無理をしてでも己を成長させるもんだよ」


 修練を終えた俺は神殿の看護室で、シスター長お得意マッサージコースを受けていた。

 初めて神殿で自己紹介してから数週間。すっかり顔馴染みになった俺にシスター長も親近感を覚えてくれたらしい。最初の頃のような丁寧な言葉は、なりを潜めている。

 俺としても年上の女性に尊敬語を使われても困ってしまうので、この方が楽だった。

 少々、変わりすぎだとは思うが。


「この後はお茶にしましょう。私、準備してきますね」


 そう言った彼女は俺の世話をシスター長に任せ、給湯室に消えていった。


「どうだい。あの子とはうまくやれているかい?」


 俺の筋肉を柔らかく揉み解しながらシスター長が口を開く。


「それどころか、お世話になりっ放しですよ。この世界に来て最初に出会ったのが彼女で本当に良かったと思います」

「そうかい、最初に啓示を受けたと言って興奮しながらアタシに迫ってきた時には信じられなかったもんさ。あの子は敬虔な信徒でね。いや神に依存していたと言ってもいい」


 今はこのシスター長があの子の母親代わりなのだろう。その声には慈愛にあふれていた。


「彼女は自分の事を孤児だと言っていましたが……」

「本当さね。夜、あの子の育ての親が仕事から帰ってきた時に見つけたらしい。正門を潜ろうとしたら門の影から妙に明るい光が見えたらしくてね、最初は光虫でもいるのかと思ったらしいが、覗いてみると赤ん坊のあの子が布に包まって捨てられていたそうだ」


 この世界は基本的に気温が低い。赤ん坊が親なしで夜を凌ぐ事は不可能だろう。彼女は運が良かったのだ。

 

「幸い元気よく育ってくれたんだが、その育ての親の影響かねえ。馬の扱いや剣の上達に夢中になってしまってね。騎士学校に入学するまでになったんだけど、何かあったみたいで。さすがに拙いと私がユミルの神殿に引っ張ってきたのさ」


 シスター長は苦笑いに似た表情を浮かべながら語ってくれた。

 宗教とは人が心に安らぎを求める為にある文化だ。幸せな事があれば神に感謝し、不幸な事があれば懺悔する。彼女が自らの心に安らぎを求める為に巫女になったのはごく自然なことなのだろう。


「アタシはお前さんが何者なのかは分からない。本当に竜神様なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。でもね、お前さんと出会ってからのあの子は本当に楽しそうだ。どうか傍にいてやってくれんね」

「もちろんです」


 これからも俺は彼女と行動を共にするだろう。今までは頼ってばかりだったが、彼女に頼られるくらいの人間にはなってみせよう。シスター長に力強く答えた俺は、また明日から頑張ろうと心に誓った。

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