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16.その贈り物は如何(いかが)なものか

「ティカ、一つ、お贈りしたいものが」

なんだか照れくさそうな顔をして、エドガードが懐を探る。

 そんな姿も絵になるのだが、隣にいるのが私ではしょうがない。あんたさんがそういう顔をするべき相手は、美しいドレスに身をつつみ、白魚のような手をしたお姫様であるべきだろう。けして、ティカのように端女のお仕着せを着込み、手荒れも過ぎて真っ赤に腫れ上がった手をした娘ではない。

 目の前に跪かれたところで、ちぐはぐ感は否めない。なにより、ティカの身分で見下ろすことなどできるわけがないので、慌ててティカもその場にしゃがみ込む始末。裾を気にしつつ、身を低く低くしていれば、エドガードより微妙な表情が向けられるが、こればっかりはしょうがないのだ。

 身分も、立場も、外見もまた、なにもかもつりあっていないにもほどがあるのだ。


 城に入る際、門番のおっちゃんたちの顔もすごかった。

 それはもう、目ン玉が転がり落ちそうになるほど見開かれ、あごはもしかすると外れていたかもしれない。おざなりに手にしていた槍もカラーンと音をたてて倒し、茫然と私の姿を見つめていた。

 もの言いたげ、問いたげとなる前に、驚きすぎてものも言えぬ状況といったところ。

 城に戻る使用人たちの列も長くあるのに、その処理も忘れ見入っている人たちの多いこと。

 彼らをしり目に、馬上のまま通り過ぎることのいたたまれなさといったらない。普通ならば、彼らすべてに頭を垂れ、人が引けた後にやっと通れるような端女だ。それが、一段高い位置で、騎士様に抱き留められ素通りしていくのだから。

 しかも、その馬を操っているのは、誰もが憧れるエドガード……だけど、好奇とか嫉妬とかの前に、驚愕しかしていないよう。もう、きっと、嫉妬以前の問題ということなのだろう。

 下して欲しいところだが、今、こんなにも人目のある前で、下してもらって後ろに並び、彼をここに待たせていたら、おそらく大ひんしゅくを買うことだろう。先に行っとけだなんてことも言えぬし、なにより下せと要求することすら恐れ多い。されるがままに任せるしかしようがないのだ。

 こうした場合にどうすればいいのか、まったくもってわからない。できればティカとて、茫然と見るだけの向こうに加わっていたいところだ。

 手続きもせずに素通りする騎士様の代わり、城の奥より笑い上の戸騎士さんが駆けつけてきて、なにやら門番に耳打ちしたり、書類への記入をすませている。だが、エドガードはそちらへちらと視線をやるだけで、何も言わずに通り過ぎてしまった。


 そうして、少し進んだ先でおもむろに馬より下りれば、私に手を差し伸べる。

 ここで、私もひらり一人で馬から降りる技術でもあればよかったのだが、そんな芸当できるわけもない。そのまま馬に乗っているわけにもいかず、しょうがないその手に支えてもらって下りた。

「本当に、まるで、羽毛がごとき軽さですね」

いや、その評価はどうだろうか。確かに軽かろう、だが、それは、ただやせっぽちでガリガリなだけ。うっとりと言うものなどでは決してないのに、どうやらエドガードの中では、ティカはまだ妖精さんのままのようだ。

 えーっと声に出したい気持ちをぐっと飲みこんで、せいぜい頭をペコペコと下げる。

 そのままさっさと逃げ出したいところだったが、厩舎に行くかと思われたエドガードは、馬を部下に任せて、ティカの後をついてきた。

 こちらのご用事ありましたかと、ティカが壁際に寄って道を開けようとすると、彼は目の前にすっと手を差し伸べてくる。

「どうか、お部屋の傍まであなたを護衛する栄誉をお与えください」

「も、申し訳ないこって……」

彼が身をかがめた分だけ頭を下げたまま、とりあえず拒否の言葉を紡ごうとしたら、ゴホンゴホンと誰かが咳き込んだ。ふと見れば、笑い上戸の騎士さんが、両手を拝むように合わせた後、いけいけと示してくる。お願いだから、一緒に行ってくれということだろうか。

 もういっそ、え~、嫌じゃけぇぐらい言ったほうがいいのではないだろうかと思えてくる。でも、そういうわけにはいくまい。

 結局、ティカの部屋のすぐそば、昨晩会ったその場所にまで二人でやってきたところで、エドガードがおもむろに言ったのだ、贈り物をしたいと……。


 懐より取り出されたのは、見るからに高そうな箱。

 見たこともないようなつやつやした布が張られた豪奢な箱は、縁に細かなフリルまでつき、蝶番や留め具すらも飾りがごとき優美さを持つ。これ自体が芸術品だと言われても、納得できてしまうほどのものであれば、中身はいかほどのものだろうか。

 もう、箱からして、ティカには過ぎたるものなのだ。おそらく、周りに張られた布ですら、ティカの給金の数倍はする。

 手のひらにのるその箱の中身は、サイズからして宝飾品だろう。これだけの箱に詰められていて、ティカがお祭りでつけるような、そこいらの綺麗な小石を紐で括り付けただけのペンダントとかが入っているとは思えない。つまり、彼の基準に合わせた宝飾品ということになる。

 その箱に、触ることすら拒否したくなる贈り物とはいかがなもんじゃろか……

「こ、こないに過ぎたるもん、受け取れませんがな」

「なぜですっ……ま、まだ、中身も見ていないのに……」

まったくティカの意味を介していないエドガードは、見せてもいないのに拒否されたことに驚いて、慌ててその箱の留め具をはじく。

 パカッとあいた箱の中には、親指の爪ほどもある青い宝石。四角く加工された、それ自体に女神の横顔が彫り込まれており、宝石を縁取るかのように、丸く加工された石が周りを飾り、金の台座ががっしりと支えられている。

 ふつう、宝石というのは、光が一番綺麗に反射するようカッティングされているものだと思う。だが、今、目の前にあるものは、そんな当たり前のことを無視しまくって、女神の横顔ががっつり裏彫りされている。それが、どれだけ価値を無視し、故にどれだけ価値あるものとなったのかわからない。

 普通の宝石ですら手の届かないところにあるティカとしては、いっそこの場で気絶したいほどの代物である。

「これは、私が継承した、我が家の家宝の一つです」

「いっ……いやいやいや、それ、絶対受け取れんやつじゃろ!」

不敬もなにも忘れて、思わず否定の言葉が出てしまう。それに驚いた表情のエドガードに、むしろティカはその倍も驚かされてしまった。

 普通、これほどの品を、初めて会った翌日に持ってくるのはおかしい……そう思うのは、ティカだけなのだろうか? 会った次の日にプロポーズとか、結婚のための養子縁組とか、もう、ティカにはついていけないのだが、彼にとって受け入れられて当然と思っていた様子。

「結婚すれば、どうせ、全部あなたのものなのですから……」

少し拗ねたような物言いが、ちょっとかわいいと思うのは気の迷いか……エドガードは、この贈り物が、当然喜ばれるものだと思っていたのだろうが、ここまで過ぎたるものが嬉しいわけはない。

 たとえば、庶民でも持てるレベルの、ちょっとした鹿の角の細工ものででもあれば……それでも過分だとは思うのだが、受け取ることだってできただろう。でも、本物の宝石など見たことすらないティカにとっては、これは恐るべき代物だ。

 エドガードにとってしてみれば、初めてのプレゼントにちょっと気張りすぎたといったところだろうが、ティカにとっては大事だ。

 そこがわからないエドガードは、指先でその宝石をつまみあげ、絶対に似合うわけがないお仕着せの胸元に、飾ろうとする暴挙をみせた。

「ち、ちぃと、ちぃとまちぃや……わしは結婚する気、ないけぇな」

「えっ」

慌てて後ろに数歩下がってそう言うと、今度こそ、愕然とした顔でエドガードはティカを見た。その顔は、先ほど見た門番たちの比ではないほど、驚きに満ちているようだった。

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