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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その28

 道場経営に己の将来を見出した俺は程なく大学を辞めることにした。

 周囲の人達には止められたが、俺の気持ちは変わらなかった。

 進むべき道が決まった。もはや僅かな時間も無駄にしたくなかったのだ。



 かといって勿論、すぐに道場を開けるわけでもない。

 大学を辞めてしばらくの俺は日々のバイトで食い繋ぐ、社会的にはフリーターと呼ばれる人間だった。

 大学を辞めておきながら、正式な就職先を探すわけでもない。

 周囲の人からすれば、さぞや自堕落な人間に見えていただろう。

 しかしその実、この時期の俺の毎日は寝る間も惜しむほどに忙しい日々だった。

 空手の稽古に勤しむのはもちろん。

 近隣の空手道場には片っ端から出稽古をお願いし、参加可能なオープントーナメント形式の大会があれば可能な限り参加した。

 これは、自分の腕を磨く為という理由もあるが、それ以上に「自分の顔を売る」ことが目的だった。


 「顔を売る」

 こういう言い方をすると少しばかりいやらしく聞こえるかもしれない。

 しかし、道場経営で生きていくことを目指す俺にとっては極めて切実な問題だ。

 「武道とは人と比べるのではなく、自分自身との戦いだ」という意見はよく聞く。

 俺もこの意見について異議はない。むしろ賛成だ。

 しかし、それはあくまで一個人、一空手家としての考えである。

 道場を経営しよう、空手で食べていこうと考えるならば、このような考えだけでは到底立ち行かない。

 食べ物屋や飲み屋の紹介で、「隠れた名店」とか「知る人ぞ知る」などという謳い文句をテレビなどでよく聞く。

 しかし、俺はそれらの文言を正直信じていない。


 なぜならそんなキャッチフレーズがつく時点で、充分その店は人に知られている(・・・・・・・・)からだ。


 仮に世界一の料理人がいたとしよう。

 きっとその人の料理を食べたがる人は多いだろう。店を開けばきっと繁盛するだろう。

 しかし、その人が誰も知らない秘境のジャングルの奥地で店を開いたとしたらどうだろうか?

 無論、客など来るはずもない。

 料理の上手い下手など問題ではない。そもそもそんなところに店があること事態、誰にも気付かれないからだ。

 極端な例えかもしれないが、これは他の商売の場合でも同様のことが言える。

 古今東西、どんなジャンル、業界であれ、優れた職人,技術者は数多く存在したことだろう。

 しかし、その全てが果たして商売的に成功したかと問われたならばどうか?

 考えるまでもない。答えは「否」だ。

 

 たとえどんなに優れた人や物でも、他者から「見つけてもらい」、「感じてもらう」ことで初めて「評価」というものを得るのだ。

 乱暴な言い方かもしれないが、その過程を経ていない限り、どんなに優れたものであれ、劣ったものであれ、世間的には等しく無価値であるともいえる。

 おそらくは古今東西、優れた技術を持ちながらも世間に出ることなく埋もれていった職人,技術者は数多くいたことだろう。

 それは文化的には悲しいことであるが、空手を職業と捉える俺からすればけっして真似をしてはいけない過ちだ。

 自分がその過ちを犯さない為にすべきこと・・・・・・それが「顔を売ること」だった。


 試合に出ていい成績を残せば自然と俺の名前と技が注目される。

 出稽古で各道場へ赴けば、そこの道場の人達と顔見知りになり、一種の人脈ができる。

 祖父ちゃんが道場経営で生計を立てていられたのも長年培ってきた「技」と「人脈」あってこそだ。

 俺も道場経営を志す以上、けっして疎かにしてはいけないことだった。


 無論、大会や出稽古の効能は人脈作り、売名目的ばかりではない。

 多くの空手関係者と接することは、道場経営においても一空手家としても大変貴重な修行となった。

 多くの空手関係者と顔見知りになることで、ちょっとした代理稽古の頼みや地域のイベントでの演武会などに関するお誘いも舞い込むようになった。

 報酬がもらえることは稀だ。ほとんどボランティアと言った方が正しい。

 しかし不満はなかった。

 地域の演武会に参加することは更なる人脈作りに役立った。

 代理稽古を引き受けることによって、各道場の空気、経営方針、指導方針のようなものを直に感じ取ることができた。

 ある道場は大会、試合を強く意識したスパルタ方式、ある道場は子供の教育,大人の運動不足解消に重きをおいた家族ファミリー向けの稽古、ある道場は女性入門者を強く意識した道場の設備,指導内容・・・・・・

 世間的にはどれも「空手道場」には違いない。しかし、道場の立地,通っている生徒の層,指導者の考え・・・・・・それらによって同じ「空手道場」でもその雰囲気を大きく違った。

 これまで祖父ちゃんの道場と祖父ちゃんと交流のある道場くらいしか見る機会のなかった俺からすれば、「道場」というものが持つ多様性には大いに驚かされた。

 加えて、代理稽古の効用は他にもあった。

 祖父ちゃんの道場でも代理指導は行っていた。しかし、それとは大いに状況が異なる。

 祖父ちゃんの道場に通ってきている生徒は俺にとっても皆顔見知りばかりだったし、多少指導に至らぬ部分があったとしてもその点については祖父ちゃんが後日フォローしてくれるだろうという安心感があった。

 しかし、他所の道場となればそうはいかない。

 そこの生徒のほとんどは俺にとって初対面であり、皆相応の金額を支払って稽古に参加しているのだ。

 いい加減な稽古をすれば、俺の信用は勿論、任せてくれた本来の道場主の信頼までも貶めることになる。

 指導に一切の甘えは許されない。自ずと緊張感には雲泥の差が生じた。

 この生徒達にはどのレベルの稽古が適当か?

 生徒が求めているものは何か?生徒に教えるべきは何か?

 どうすれば理解してもらえるか?どこが理解できないのか?

 指導する立場ではあったが、その実稽古の一つ一つ、技の一つ一つが俺にとって真剣勝負と同義だった。

 結果、指導に関する俺の理解と視野は大きく開けた。

 そして、指導の為に一つ一つの技や動きを見直し、理解を深めたことで、俺自身の腕も大いに上げることとなった。



 人脈を作り、空手関係者と交流し、代理稽古などを務めることにより、俺は日々、空手家として、指導者として自身の技量を磨いていった。

 フリーター稼業との二足の草鞋。

 大変じゃなかったとは言わない。しかし、それ以上に充実していた。

 この苦労の先に自分の夢がある。

 その夢を叶えることで、俺は祖父あこがれに近づく。

 そう考えれば多忙な毎日もけっして辛くはなかった。


 そんな生活から数年。

 俺はようやく自分の道場を持った。

 駅から徒歩10分。元はダンス教室が入っていたという小さな貸しビルの一室。無論、賃貸だ。

 そこが俺の道場だった。

 設備、条件ともに100点満点とは言えない。しかし、自身の予算と理想、それをすり合わせて選んだのがこの道場だった。

 ビルの賃料、設備投資には祖父ちゃんの遺産を充てた。この為にその日まで祖父ちゃんの遺産にはほとんど手をつけていなかった。


 道場を開業までの地道な活動の甲斐あって、道場を開いた段階で一応何名かの生徒が入門してくれた。

 道場を開くにあたって俺がターゲットとしたのは「子供」だった。

 子供であればたとえ狭いスペースでもさして問題なく稽古することできる。

 加えて子供達は学校に通っている。子供同士、親同士の口コミで更に生徒の増加を見込める。

 そしてある程度経営が軌道に乗ったならば、もう少し広い部屋に移るのもいい。

 そうすれば、道場で稽古できる人数もできる稽古の幅も増え、ゆくゆくは子供だけでなく、大人も含めて指導ができる立派な道場となるだろう。

 今はまだバイトとの二束の草鞋だ。

 しかし、いずれは祖父ちゃんのように道場経営一本、自分の考え、理想を反映した俺だけの道場を作りあげる。


 

 俺は希望に燃えていた。

 指導とバイト、多忙な日々に振り回されながらもけっしてめげなかった。

 この道の先に「夢」があり、自分の「憧れ」にきっと辿り付けると信じて・・・・・・











 つまりはどうしようもない程にガキだったのだ。

 浅慮で暢気な救い難い大馬鹿野郎。それが俺だ。

 

 その道の先に待っているものなど想像すらせず、俺はただただ暢気にその道を歩んでいた。

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