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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その26

 迫る地竜の牙。

 夜闇の中にあってなお、口内の奥まで見通せるその至近距離。

 もし瞬き一つでもすれば、そのまぶたが開くのを待たずタツマの頭部は齧り取られるだろう。

 しかし、タツマの心に恐怖はない。

 正確に言えば、恐怖している余裕すらない。

 これから彼が放とうとしているのは、「武」と「魔」における現在の自身が出し得る極北。

 精緻と技巧、そして蛮勇の極み。

 その奇跡にも等しい一打に向け、彼は全霊を注いでいた。



 この一打において最も必要なのは「速さ」ではない。

 求めるのは精緻を極めた型。一部の緩みも許さぬ完璧な身体制御であった。



 地竜に目掛け拳が走る。

 拳を放ってなお、タツマの意識に緩みは許されない。

 肩の力を抜き、脇を締め、腕から胴体、そして足の末端に至るまでの全ての関節、それらの最適位置を探り出し、そして固定する。

 積み重ねられた鍛錬によってのみなし得る、至高のフォーム

 それが形作られた時、タツマの身体は人体から強固な武器へと変わる。

 強固に固められた関節により、全身が一つの塊として繋がりを持つ。

 それはあたかも一本の「槍」。

 余すところなく己の「重さ」も「威力」も敵目掛けて収束し打ち付けるだろう。

 

 相手が人間ならばこれでいい。

 しかし、今の敵は「竜」。

 人ならざる「竜」を相手するにはこの「槍」ではあまりに脆い。

 「竜」を打倒するならば更なる補強が要る。

 それを成すもの。

 それこそが「魔力」だった。


 普段は筋力の【強化】に用いている魔力の大半を骨と関節の強化にまわす。

 最低限の筋力強化は保ちつつの強化。

 一分の誤りも許されぬ精緻な魔力運用。それがさらにタツマの意識を磨り減らす。

 骨と関節の強化によって、形造られた型に更なる補強が施される。

 それによりタツマが形造る「槍」は鋼鉄の如き強靭さを有することになる。

 

 それは人の重さを持つ鋼鉄の「槍」。

 拳を穂先として、地竜目掛け走りぬく。

 その威力はもはや人を相手にするには過ぎた兵器。

 相手が魔獣だとて、その身体を貫いて余りあるほどの威力があるだろう。

 しかし、それは尋常の魔獣が相手だった場合。

 「竜」という魔獣の中でも規格外の相手に対し、果たしてその威力は充分なものといえるか―――



 タツマの拳が地竜に触れる。

 拳の狙いは地竜の口内。

 硬い外皮を外し、圧倒的に脆いであろう身体内部からの破壊。それがタツマの狙いだった。

 目論見は成功し、地竜の攻撃に先んじてタツマの拳は地竜の上顎へ接触する。

 

 人間てきとの接触。

 それによって地竜が最初に感じたのは重さであった。

 先程までの打撃を遥かに超える重い感触。

 それが己の口内に突き入れられる。

 目の前の人間てきの大きさからすれば意外なほどに重い衝撃。

 その事実が戦いの中にあってなお、地竜を驚かせる。

 しかし、その上で地竜は思う。


 確かに重い。

 しかし、耐えられる。


 己を襲う、予想外なまでに重い衝撃。

 確かに驚かされた。

 しかし、それは致命となるほどのものではない。

 地竜の本能がそう判断する。

 痛手ではあるが、まだまだ耐えられる。

 加えて、人間てきの身体は半ば自分の口内に入り込んでいる。

 この一撃に耐えた後、己の口を閉ざす。

 たったそれだけで目の前の人間てきは致命傷を負い、この戦いの決着はつくだろう。

 地竜は己の勝利を再び確信する。

 この衝撃が消えた瞬間、それが己の勝利の瞬間であると。


 しかし、そう考えた地竜に更なる衝撃が襲う。

 もう間もなく消え去ると思っていた口内の衝撃。

 だが、その予想に反して衝撃は更にその大きさを増していく。

 直撃した瞬間、確かに目の前の人間てきの攻撃の重さに驚いた。

 しかし、それはあくまで人間の出す衝撃にしては重い。その程度の認識であった。

 だが、今度は違う。

 口内の衝撃は更にその威力を増し、目の前の人間てきが放っているとは到底信じられないほどであった。

 例えるならば、それは巨人の一撃。

 己より遥かに大きな巨人に殴られればこのような衝撃を感じるだろうか。

 地竜は存在しないはずの巨人を幻視し、困惑を深める。


 

 地竜が幻視した巨人の一撃。

 そのタネはタツマの足と大地だった。

 己を一本の「槍」として一撃を見舞うタツマ。

 しかし、地竜を相手取るにはまだ不十分。

 そう考えたタツマは更なる一手を講じていた。

 その一手とはタツマの足元。

 彼は全身を固めると同時に大地もまた強く強く踏みしめていた。

 大地を蹴るのではなく、踏みしめる。

 そうすることによって、自身の身体が大地と繋がった(・・・・・・・・・・)状態を作り出す。

 例えて言うならば、地中深くに根ざした杭。

 それにぶつかった時、感じる衝撃はけっしてその杭の重さだけではない。

 杭の重さを遥かに超える衝撃がぶつかった者を襲うだろう。

 その重さの秘密、それは杭が根ざした大地の重さだ。


 タツマは突きの瞬間、大地を踏みしめ、己の身体と大地を同化させる。

 この時のタツマはいわば、穂先を敵に向け、根元を大地に深く根ざした一本の「槍」だと言える。

 地竜が衝突を許したのはそんな「槍」だ。

 それが与える衝撃は槍の重さと大地の重さを合わせたもの。

 加えて、精緻な型と魔力による補強がその衝撃を逃すことなく、限りなく完璧に近い形で地竜へと流し込む。

 人間を矮小と断ずる地竜さえも、大地の重さに比べれば遥かに小さい。

 口内に突き刺さる「大地の槍」。

 その衝撃は止むことなく地竜を攻めあげる。

 

 刹那の拮抗。


 そして勝敗は決する。

 圧倒的な重さを持つほさきはついに地竜の上顎を突き破る。

 突き破った拳はそのまま止まることなく地竜の内部を蹂躙せしめ、ついには後頭部よりその姿を再び覗かせる。

 そして、思い出したかのように血しぶきが迸る。

 勢いよく吹き出す血が突きを入れたタツマの全身を紅に染める。

 

 充分な出血。

 それを確認して、タツマは拳を引き抜く。

 すぐさま背後に飛び下がり、地竜の様子を伺う。

 万一の反撃を危惧してのことだったが、それは杞憂に終わった。

 口から後頭部までを貫かれた地竜に先程までの魔獣の王としての威容はない。

 血を噴出しながら大地に崩れ落ちる姿は今にも命が尽きそうなほどに弱々しい。

 大地に伏せた地竜が微かな声をあげる。


 クゥー・・・クゥゥー・・・・・・


 その鳴き声にもはや力はない。

 威嚇でもなければ、虚勢でもない。

 小さくか細く鳴き続けるその声は、親に助けを求める子供の泣き声のようですらあった。

 

 しかし、親であるところのガストンは動かない。

 いや、動けなかった。

 疑いもしなかった自身の勝利。

 覆しようもなかったはずのそれが、今や完膚なきまでに覆されている。

 その現実にガストンを打ちのめされ、驚愕のあまり微動だにすることができなかった。

 

 それでも地竜は親を呼び続ける。

 弱々しい泣き声はその後しばらく続き、やがて止んだ。

 

 地竜の絶命を確認し、タツマは振り返る。

 その眼光が捉えるのは、一連の事件の首謀者 ガストンの姿。

 タツマは無言のままガストンに歩み寄る。


 ガストンは動けない。

 今やその原因は驚愕ではない。それは恐怖だった。

 全身に地竜の血を浴びた男が自分に向かって歩み寄る。

 全身を紅に染めた男の姿がますますガストンの恐怖を煽るが、特に恐ろしいのはその右腕だった。

 地竜を貫いた右腕の紅は特に凄まじい。

 手先は勿論、肩口まで赤く染まりきり、もはや元の色すら判別できない。

 その姿の背後に地竜の血で軌跡を描きつつ近寄るその姿はまさに悪魔染みていた。

 無言のまま、近づくタツマの姿、ガストンの胸中に絶望感が広がる。


 どうすればいい?

 そもそもなんでこんな奴に手を出そうなんて思ったんだ!


 本音を言えば、今すぐにでも逃げたいがそれすらも躊躇いが生じる。

 背を向けたが最後。

 地竜を貫いたあの拳が己の身体も貫くのではないか?

 そんな想像が頭をよぎり、逃げることすらできない。

 ガストンは恐怖に痺れる頭をフルに回転させ、自身の活路を必死で探す。


 ガストンが必死で頭を巡らせている間もタツマは一歩一歩、ゆっくり歩みを進める。

 実際のところ、ゆっくり歩いているのは余裕の為ではない。

 タツマ自身の身体も既に限界に近かった為に他ならない。

 地竜を撃破した一撃。

 その一撃の代償はタツマの持つ、根こそぎの体力と魔力であった。

 無言でいるのは、喋る体力すら惜しんだ為である

 今のタツマであれば、野盗一人が相手でも苦戦することとなっただろう。

 もし、ガストンが恥も外聞もなく背を向けて逃げ出していたら、今のタツマでは到底追いつくことができなかった。

 ガストンが恐怖し立ちすくんでいるのはタツマにとって幸運だったと言えた。

 タツマは己の消耗を悟られまいと、より一層堂々と、そしてゆっくりと歩みを進める。



 まもなくタツマはガストンに接触する。

 ガストンの脳裏は恐怖で染められ、打開策は何一つとして浮かばない。

 後数歩、タツマが近寄りガストンに対し投降を促していれば、そこで今夜の事件は閉幕と相成ったことだろう。

 しかし、今宵の事件はまだ終わらない。

 最終幕の合図。

 それはガストンの背後より聞こえてきた物音だった。


 草木を掻き分ける音。

 それと共に、別の音が近づいてくる。

 音の主は草木を掻き分けて更に近づき、そしてとうとう姿を見せる。


 草木を掻き分け出て来たのは子供だった。

 グスグスと鼻をすすりつつ泣き顔で現れる。

 出て来た後も不安げに周囲を見渡していたが、タツマの顔を見つけ一転してその顔に明るさが戻る。

 それはアルフだった。


 タツマは驚愕する。

 なぜこんなところに?

 村人達からはぐれたのか?それとも村人達に何かあったのか?

 思うことは無数にある。しかし最も強く感じたのは「まずい」とその一言だった。

 その思いがタツマの顔を青ざめさせる。

 

 タツマの異変に気が付いたのだろう。

 ガストンは背後を振り返り、その光景を見る。

 笑顔を浮かべる子供アルフの姿を見て、タツマとは対照的にガストンの口は釣り上がった。


 チャンスだ!

 やはり俺はついている!


 ガストンは腰の短刀を引き抜き背後のアルフへ迫る。

 狙いは明白。アルフを人質に逃亡を図るつもりだろう。

 タツマもすぐにその意図に気が付く。

 阻もうと自身も駆け出すが、消耗しきった身体は重く、情けない程にその動きは遅い。

 子供を人質にとられれば自分は抵抗ができない。

 ガストンは悠々とこの場から逃げ出すだろう。

 ガストンが逃げることはまだいい。

 しかし、アルフはどうなる。

 用済みとなった人質をまさか野盗が丁重に扱うとは思えない。

 どこかに置き去りにするならばまだいい。

 人買いに売られるかもしれない。

 もしくは、ただただ腹いせに嬲られ、殺されることもあるかもしれない。

 

 そう考えた時、タツマの身体に地竜と対峙した時以上の恐怖が襲った。

 タツマは駆けた。

 己の想像した未来を現実にしない為、残された全てを振り絞って駆け出した。

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