自分、プロですから 兵士 セリアさんの場合①
本部 辰馬 25歳
職業 空手道場 経営
最近の悩み ウスターソースを異世界で再現するにはどうしたらいいのだろうか?
「護身術」と呼ばれる技がある。
いわゆる咄嗟の危機に対して身を守るための技のことである。
本屋などを探せばこれについて書かれた本は山ほどあるし、この「護身術」を売りにしている流派、道場も数限りなく存在する。
しかしちょっと待って欲しい。果たして護身術とはそんなにお手軽なものだろうか?
古今東西、世界には数え切れない程の武術、格闘技が存在する。その大半のものは元を辿れば戦いの中で勝ち残る為、生き残る為に編み出され、受け継がれてきたものである。そしてそれらが有する技術や型は膨大な量に及び、例え一つの流派であっても1人の人間が生きているうちに極めることなどなかなかできることではない。
それを「護身術」はごく短時間かつごく少ない技で身を守ることが可能だというのだ。
いささか虫がいいようにも感じてしまう。
無論、それらを身に付けることは悪いことではない。何も知らないよりは余程いい。
しかし、「生兵法は大怪我のもと」という言葉もある。身に付ける手軽さだけに重きを置いていると、むしろ有事の際にその人を危険にさらしてしまう可能性も充分考えられる。
武道の目的は人それぞれでいい。しかし、武道は「戦いの技」であるということも一つの事実である。
だからこそ指導する立場ならば重々考えて指導をせねばならない。
生徒が危険に対して鈍感にならぬよう、強さに慢心してしまわぬよう。
いたずらに自分を危険に晒すことなく日々を健康に過ごせる・・・それこそまず強さの前提条件だと俺は考えている。
冒険者 セリアさん(人族)の場合
道場の中心。俺は1人の女性と対峙している。
長い黒髪を後ろで縛り、稽古衣に身を包んでいる。
背は俺よりやや低く、全体的には細身な印象を受ける。
顔には若干の疲れが見え始めており、その呼吸は少々荒い。
「どうします?一旦休憩しますか?」
俺の問いに対し、彼女は首を横に振る。
「いえ・・・もう少しだけお願いします。」
俺は彼女の答えに無言で頷き、彼女もまたこちらにむけて身構える。
道場に緊張が満ちる。しばしの膠着。
その静寂を壊すべく、俺は一歩彼女に踏み込む。
その動きをチャンスと見たのか、彼女もまたこちらに向けて踏み込んだ。
【身体強化】をかけられたその踏み込みは爆発的な突進力でもって俺に接近してくる。
確かに速い・・・しかしこれは悪手だ。
今、俺は手をダラリと下げ顔面はがら空きだ。
俺と彼女、互いの踏み込みにより間合いは既にかなり狭まっている。
もはや蹴りの間合いではない。この時点で彼女の攻撃は手技であると十中八九予想できる。そしてこの突進力を最大限に利用するというのであれば拳による打撃がもっとも可能性として高いだろう。
勿論、こちらがそう考えることを織り込んで、奇襲的に別種の技を仕掛けるという選択肢も無論ある。しかし今回に限ってはそれは無いだろう。
手に込められた魔力、彼女の視線、肩の動き・・・その全てが彼女の次の攻撃が顔面への拳打であることを物語っている。もし、それすらもブラフだというのであればもはや彼女にわざわざ指導などする必要はないだろう。
幸か不幸か、俺の予測が覆されることはなかった。
彼女の全力の拳打が俺を襲う。
思い切りのいい突きだ。もしこれが基本稽古の時間だったならきっと俺は彼女のことを褒めていただろう。しかし、今この場において言えば残念ながら落第点だ。
彼女の拳打を直前まで引き付ける。そして踏み出した足を軸に僅かに身体を半身に向ける。
たったそれだけで彼女の拳打の着地点から俺は姿を消す。
彼女はかわされたことに気付くが既に拳は放たれている。
打ち終わり次第、すぐに体勢を整えようと考えているだろうがもはや遅い。
拳を打ち、彼女の重心が僅かに前に出た瞬間、俺は彼女の拳にそっと手を添える。
握る必要はない。ただ素直に持ち上げ、下ろしてやればいい。
前に出ていた重心は俺の支配下に置かれ彼女を振り回す。
手を上げた瞬間、彼女の体勢がそっくり返る。
そして下ろした瞬間に彼女は完全にバランスを崩し、床に倒れる。頭から落ちないよう落とし方をコントロールすることは忘れない。
床に寝転んだまま悔しげな色を見せる彼女。
「今日はここまでにしましょう。」
俺はそれだけ言い、彼女に手を差し伸べた。
ゆっくりと立ち上がりながら彼女――セリアさんはコクリと悔しげに頷いた。
セリアさん 19歳
職業は派遣兵士だ。
派遣兵士とは領主のお抱えの兵士であり、その領土内の村や町の治安維持や監視を行う・・・まぁ元の世界で言えばお巡りさんみたいなものである。
彼女はこの村の派遣兵士の1人であり、最近この道場へ入門してきたばかりである。
本来であれば、入門してある程度技が身に付くまでは組手などはさせていないのだが、彼女についてはいささか状況が逼迫している為、例外的に組手稽古、個別指導を行っている。
ことは少し前に遡る。
この村の派遣兵士は基本的に4名で1班を組み、数日ごとに別の班と交代することで勤務を行っている。ちなみに一つの村に4名というのはかなりの少人数らしいのだが、この田舎の村に出せる人数としては領主としてもこれが限界なのだそうだ。
彼女はその4名の班の中でも最も若く勤続経験の浅い兵士であった。
彼女は治癒系の魔術に適正があったこともあり、看護、救命といった後衛専属の兵士として勤務をしていた。
人員は少ないながらも適材適所という形でどうにか派遣兵士の業務もうまくまわっていたのだが、約一月程前、それは崩れた。
4名のうち、一番年嵩だった兵士が勤務中に重傷を負い、それが元で派遣兵士を引退することになってしまったのだ。
すぐに領主のいる中心街へ人員補充を申請したものの、どこも人員はいっぱいいっぱいの状況、来期の新人兵士入隊まで人員補充は不可能との返答が返ってきた。
ごく短期的な任務であれば、冒険者ギルドと提携し、一部業務を委託することなどもできるが、新人入隊までは約1年。その間、冒険者を雇い続けるということは派遣兵士の予算では困難な状況であった。
そこで皺寄せがきたのが彼女――セリアさんである。
一番新人で持っている仕事も少ない彼女が後衛と前衛を兼任することで一時的に対処しようということが中央街にいる派遣兵士上部の間で決定した。前衛の主な業務は警備及び犯罪者,不審者の逮捕である。
無論、現場は戸惑った。後衛専属の人間、しかも彼女は治癒系の魔術に適正があるせいか攻撃,捕縛に関わる魔術は大の苦手であった。
しかし、領主もこの決定には多少無理を感じていたらしい。だが、新たに人員をまわす余裕がないという派遣兵士上部の意見もまた事実である。
そんな板挟みの状況の中、苦肉の策で領主は過去に面識のあった俺に彼女の指導を依頼してきたというわけだ。
こうして彼女はこの道場に入門してくることとなったのだが・・・正直、俺は気が進まなかった。
普通であれば道場生が増えるのはどんな形であれ大歓迎だ。しかし彼女の場合は少しばかり状況が特殊である。
今まで戦いの場に出たことがなかった人間に付け焼刃のような技だけ教え、実戦に放り込む。
それが俺には気に喰わなかった。
相手が冒険者であればまだいい。彼らはそもそも荒事前提でその仕事を選んでいるわけだし、仮に自分の手に負えないような状況に陥ったとしても全て投げ出して逃げ出すことができる。せいぜい、違約金を支払ったり、自分の信用が落ちる程度ですむ。
しかし彼女―――派遣兵士は話が違う。
彼らは領土内の村や町からの税金で活動する組織であり、領内の治安維持の要となる組織である。
故に彼女達に逃げることは許されない。
彼女達が逃げるということは領主の信用の失墜を意味する。
領主の信用が落ちるということはすなわち領内の治安の崩壊を意味する。
守ってくれない領主に誰が税を払うだろう?
窮地から逃げ出す兵を誰が恐れるだろう?
そうやって行き着く先は悪徳が跋扈し、人々の平和な暮らしは失われる。
そうやって衰退し、失われていった領地は過去にいくつもあるという。
だからこそ兵士達は逃げるわけには行かない。
入隊から厳しくそれを指導され、それができるものだけが兵士となることを許されるのだ。
領主からの依頼ということもあり、とにかく一度彼女と顔を合わせることとなった。
少し話しただけであったが、彼女が真面目で責任感ある人間であることは容易に伺えた。
彼女は前衛の仕事を請けるだろう。
そして、俺の教える付け焼刃を手にどんな状況でも逃げず任務に取り組もうとするだろう。
その結果はどうなる?
この村は比較的平和な村である。しかし元の世界のように徹底した法の整備、治安維持が行われているわけではない。
魔獣は言うに及ばず、野盗、逃亡中の犯罪者、人攫い・・・・・・危険はどこかしこに潜んでいる。
引退した古参の派遣兵士もそういった任務の中で重傷を負い引退していったそうだ。
そういった危険を相手に付け焼刃で戦い抜けるか?答えは否だ。
この一週間、仮入門という形で彼女の指導を行ってきた。
しかし、結果は芳しいとはいえない。
彼女は無論一生懸命やっている。だが、駄目だ。
打撃というものはある種の「センス」がものを言うところがある。
反射神経、目のよさ、打撃のタイミングの見切り、殴り殴られる度胸・・・・・・
そういった「センス」と呼べるものが彼女にはない。この先、せめて1年みっちり指導ができるというのなら話は別だが、遅くとも一月後には前衛に出るであろう彼女には身につけることが敵わないものであった。
やはり、断ろう。
俺はそう決める。
生徒の身を守る為の空手ならばいくらでも教えよう。
しかし、生徒を危険に晒すだけの空手など俺は教えたくない。
領主には俺から話をして再考を求めればいい。もしそれが難しいのであれば人員導入までの間、俺が手伝いを申し出たっていい。この村の人達には世話になっている。それを守る仕事だというならば否やはない。
俺は彼女に自分の出した結論を伝える。
元より硬かった彼女の顔が更に強張り、目元が僅かに潤んだ気がした。
泣くだろうか?それとも怒るだろうか?「頑張りますからお願いします」とでも縋ってくるだろうか?
そのどれがきたとしても俺は自分の考えを変えることはなかっただろう。
しかし彼女の反応は違った。
ぐっと歯を食い縛りながら、静かに頭を下げた。
泣きもせず、怒りもせず、縋りもしなかった。
自分の中に湧き上がる「悔しさ」、「みじめさ」・・・その他諸々の感情をひたすらに押し込んで彼女はただ頭を下げた。
彼女は何も言わず、俺も何も言わなかった。
身じろぎもせず、頭を下げ続ける彼女はまるで太古の昔から在り続ける石像のように動かしがたく、侵しがたいものように見えた。
そして俺は自分の甘さに気が付いた。
彼女が若いせいだろうか?それとも女性だからだろうか?
俺はどこかで彼女のことを理不尽な決定に振り回される被害者のように捉えていた。
だが、それは俺の勝手な思い違いだ。
俺に職業空手家としての誇りがあるように彼女にも派遣兵士として領民を守る者としての誇りがあるのだろう。
俺はそれを踏み躙っていた。どこかで彼女を守られるべき弱者として考えていた。
彼女にはそれが見えていたのだろう。それはどれ程の屈辱だったろうか・・・
だが彼女は負けなかった。だからこそ泣かず、怒らず、屈辱に耐えながらもただただ俺に教えを乞い頭を下げたのだ。
俺はプロとして完全に彼女に負けていた。
彼女が1人のプロとして立つ以上、俺も指導者としてプロでなくてはならない。俺がすべきはもはや「できない理由」や「逃げ道」を探すことではない。彼女の望みを叶える為に全力を尽くすことだ。
「・・・・・・頭を上げてください。」
彼女はこちらの真意を伺うようにゆっくり頭を上げる。
道場に再び緊張が満ちる。
俺は深呼吸を一つした後、彼女に告げる。
「正直難しい依頼です。・・・ですがあなたが前衛としてやっていけるよう私も全力を尽くしますのでどうすればいいか一緒に考えていきましょう。」
彼女が少し驚いたような顔をする。
おそらくは断られると思っていたのだろう。
しばしの静寂・・・緊張が緩んだのか彼女の顔から硬さが取れていく。
「・・・はいっ!」
彼女は元気よく返事をする。
それは年相応に可愛らしい笑顔で・・・そしておそらくは俺が初めてみるセリアさんの笑顔でもあった。




