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あの日の輝きをもう一度・・・   肉屋 シルヴィアさんの場合

本部モトベ 辰馬タツマ 25歳

職業 空手道場 経営

最近の悩み 女性入門者を増やしたい。



 よく武道は「精神を鍛えるためのものだ!」、「精神修養のためのものだ!」なんていう意見をよく聞く。あくまで個人的な意見ではあるが、俺はこの手の考えがあまり好きではない。

 別に精神修養を否定するわけではない。武道を修行して精神的に強くなった、心に余裕ができたっていうのならばそれは素晴らしいことだと心の底から思う。

 俺がいやなのはまるで武道が精神修養の特効薬のように語るその押し付けがましさだ。

 もし野球やサッカー・・・なんだったらテレビゲームでもいい、厳しいオッサンがことあるごとに「テレビゲームとは精神修養のためのものだ!」などとのたまっていたらどんな気分になるだろう?テレビゲームが今より辛気臭くつまらないもののように感じてしまうのではなかろうか?

 武道を愛する人間としては、もし世間の人が武道に対してそういった印象を抱いているとするならば、それは非常に悲しいことだ。

 かといって「武道とは強くなるためのものだ!」、「より高みを目指すためのものだ!」などと断言されるのもそれはそれで抵抗がある。世の中強い人間も弱い人間も星の数ほどいる。そういった中で弱さがすなわち悪のように訴える考えはやはり肯定しきれない。


 つまり何が言いたいのかといえば、武道をやる理由なんてなんでもいいのではなかろうか?

 精神修養もよし、強さを求めるもよし、運動不足解消、ダイエット、稽古後にうまい酒が飲みたいから・・・なんでもいいのだ。理由なんて人によって千差万別、十人十色だ。

 各々が各々の目的の為に武道と向かい合い、より良い人生をおくる。

 少なくとも俺はそんな道場を作っていきたいと思っている。




 朝の指導を終えて生徒達を見送った後、俺は事務仕事や処理していない雑務に取り掛かる。

 空手道場とはいえ空手ばっかりやっていればいいというわけではない。収支計算や今後の必要物品の検討、スケジュール管理など諸々の雑務は異世界といえど例外なく生じることである。

 きりのいいところまで片付けて時計を見る。今日は来客の予定がある。

 いつもであれば気分転換も兼ねて独り稽古に勤しむのだが、約束の時間まで残り30分程度。みっちり稽古をするにはやや時間が短い。

 かといって来客前に朝寝をきめ込むのもそれはそれで気が引ける。

 少し考えて結局、巻藁でも叩いて来客を待つことに決めた。


 道場を出て裏手へと周る。

 巻藁とは空手の鍛錬道具の一種であり、厚手の板を地面に突き刺すようにして設置したものだ。

 先端には縄が巻いてあり、そこを拳や手刀で叩き鍛錬をするのだ。

 効用の一つとしてまず「部位鍛錬」が挙げられる。

 「部位鍛錬」とは固いものを叩いたり蹴ったりすることで打撃に耐えられる身体を作るための鍛錬だ。

 しかし、この世界において部位鍛錬は実はあまり意味がなかったりする。

 なぜならば魔力の存在により身体の耐久力もある程度自分の意思で向上させることができるからだ。魔獣の中には鉄のように硬い身体をもつものも少なからず存在するが、【身体強化】を使っておけばよほど無理な攻撃をしない限り叩いたことで自分の身体を損なうなどということはない。

 では何故この稽古を行っているのか?それは「ものを叩く」というもう一つの効用のためである。

 当たり前の話だが打撃は相手に当てることによって効果を発する。たとえ全力で打った突きであっても当たり方が悪ければ充分な効果を発揮できないまま終わってしまう。

 そしてうまい当て方の研究というのは基本稽古の空突きや型稽古だけでは身に付けるのが難しい。

 そこで役に立つのがこの巻藁である。

 巻藁の前に立ち、身構え、拳を打ち込む。打ち込んだ拳から反動が伝わってくるが、それに負けないようグッと身体を締める。拳を引き再度打ち込む。そしてまた引き、また打ち込む・・・

 単純な稽古に思うかもしれないがこれが意外と飽きないものである。

 なぜなら1回ごとに打ったときの感触は微妙に違う。それは俺の突き方、力の入れ方、当て方が1回ごとに微妙に違うからである。

 その感触の中でより理想的な感触を求め突きを繰り返す。良いと思える突きが見つけられたら今度はそれを再度打てるよう自分の中で打ち方を工夫しつつ突きを繰り返す。

 単純な稽古に見えるがその実やっていることは自分自身との対話である。

 空突きであれば100回もすると少々うんざりしてくることもあるが、巻藁突きだと意外と飽きない。もっと良い突きを、更に良い突きを・・・と繰り返す内に気づけば100回を軽く超えている。

 まぁサンドバッグなんかでもいいのだが、異世界では作るのが若干面倒なのと俺が巻藁を叩く感触が好きなこともあり、この道場では巻藁突きの方を現在採用している。


「ごめんくださ~い!」

 表の入り口から声が聞こえる。

 夢中になって叩くうちに30分が経ってしまったようだ。

 俺は手拭いで汗を拭った後、急いで入り口へと向かった。

 



肉屋 シルヴィアさん(亜人 兎)の場合


「センセイ。今日はお時間を割いて頂いてホントすみません。」

 コロコロと笑いながら喋る目の前の女性。

 ゆるく波打つ明るい栗色の髪と頭のてっぺんでピコピコ動く真っ白なウサ耳、目元に愛嬌があり年の割りに可愛らしく見える顔、そして胸は大きい。

 ・・・・・・バニーガールではない。というかバストとウエストが同サイズのバニーガールなど断固として俺は認めない。彼女はシルヴィアさん 35歳、兎の亜人。仕事は旦那さんと肉屋を営んでいるという。身長は俺よりやや低いが横幅は俺の1.5倍は軽くある。なおさっき言った「可愛い」というのはきぐるみ的な意味でだ。

 彼女は週に一度開催している婦人クラスに通っている俺の生徒だ。

 婦人クラスは女性入門者獲得を狙って開設したものだが現状生徒は彼女を含めまだ数名程度。まだまだ芳しい状況とはいえない。

 今日のこの面談は時折俺が生徒の悩み相談にのっていると聞きつけた彼女が是非私も相談にのってほしいと持ちかけられ実現したものだ。

 女性の相談にのるのは初めてではないが、彼女の場合どういう相談だろうか?

 婦人クラスの活動は現状、ご婦人方の運動不足解消を目指す程度のものであり、まだあまり空手や武道について突っ込んだことは行っていないのだが・・・俺にいったい何を相談するつもりだろうか?


「・・・実はセンセイ・・・主人ったらひどいんです・・・」

 まさかのご主人絡みか?浮気か?不倫か?あいにくこちとら独身。そういう経験値は極めて乏しい。そういうことはミノ モ〇タに聞いてほしい。

「実は主人ったら・・・主人ったら・・・・・・」

 完全に喋る体勢に入っている。残念!タツマは逃げることができない!

 覚悟を決めて、シルヴィアさんの話に耳を傾ける。 どうか、俺に対処できる相談であってくれ。


「主人ったら「最近、ちょっと太ったね」なんて言うんです!」

・・・・・・うん。それは見ればわかります・・・


 彼女の話を要約するとこんな具合だ。

 彼女は今でこそ肉屋だが若い頃は今の旦那と他数名の仲間と一緒に冒険者稼業を営んでいたらしい。

 その後、熱烈な恋愛の末、今の旦那と結婚。冒険者を引退し、二人でこの村で肉屋を営むようになったとのことだ。ちなみに引退時の冒険者ランクはCランク。これは中堅と上級の境目にあたり、ここまで辿りつける冒険者は稀である。

 二人は冒険者時代の貯金、人脈をうまく活用して堅実な商売を行い、創業から現在に至るまで順調な商売を続けているという。羨ましい話だ。

 現在では娘も一人生まれ、幸せな結婚生活を送っていた二人であったのだが、最近になってそれは起きた。

 ある日、肉屋の仕事に勤しむシルヴィアさんを旦那さんはしげしげと見つめ、ポツリとこう言ったそうな。

「シルヴィア・・・昔よりちょっと太ったな・・・」

 愛する旦那の一言に大層傷ついたシルヴィアさん。

 かくなる上はダイエットを決行してかっての自分を取り戻し、旦那の愛も取り戻そうと一念発起し、この道場に入門したというのだ。

 しかし、入門したもののダイエットの成果はなかなかでず、それでアドバイスを求めて今回相談してきたらしい。


 よくあるといえばよくある話。まぁそんなに重い話でなくてよかった。

 それに年をとれば誰しも若いころより太りやすくなるのはしょうがない。少し太った程度であるならば定期的な道場通いと家でもできる簡単な運動なんかを教えれば解決しそうな問題である。

 ただ念の為、どの程度痩せたいのかと聞いたところ、シルヴィアさんは俺に1枚の紙を手渡してきた。

 照魔絵である。早い話が魔力を利用した写真である。元の世界の写真に比べると若干撮るのに手間がかかる為、何かの記念の時しか撮らないのが普通だ。

 ちなみにこれはCランク昇進のきっかけとなった魔獣討伐の際の照魔絵であるという。

 巨大なトカゲ――竜のような魔獣の死骸をバックに撮られている。

 数名の冒険者達の中心に犬の亜人の男が立っている。確かシルヴィアさんの旦那さんは犬の亜人だからおそらくこの人が旦那さんの若い頃なのだろう。

 鍛え抜かれた身体、大剣を肩に担ぎ薄く笑っている。細身でしなやかなその容貌は犬というより狼を思わせる。前にあったときは小太りの犬のオッチャンというイメージでしかなかったが・・・いやいや人間変われば変わるものである。

 旦那さんの変貌に驚きつつシルヴィアさんを探す。写真の中にウサ耳を探し、そして絶句した。


 仲間ときらめくような笑顔で肩を組んでいる兎の亜人がいた。

 肩まで届く明るい栗色の髪、真っ白でピンとたったウサ耳、輪郭はきれいな卵型。胴体を包む革の鎧はくびれたウエスト、はちきれんばかりの胸を際立たせひどく扇情的だ。それでもいやらしくなりきらないのは彼女の愛嬌ある目元と子供ように無邪気な笑顔のためであろう・・・

 そこには100%天然、理想のバニーガールが存在した。


「確かに少し太りましたけど頑張ってその時の体型まで戻したいんです。センセイできるでしょうか?」

 俺の知っている「少し」とこの世界の「少し」は意味が違うのだろうか?

 旦那さんの変貌にも驚いたが、それどころではない。ほぼ別生物である。旦那さんもどこをどう見て「少し太った」などと言ったのだろうか?どんな変化を経てこの麗しバニーガールがうさぎのきぐるみへと変貌したのか?時の流れは残酷だ・・・今度リーゼに時間を戻す魔術はないのか本気で聞いてみようと思う。


 楽に終わると思ったこの相談・・・

 どうやらある意味、これまでで一番難しいものになるかも知れない。



 とはいえ、せっかく相談に来てくれた生徒を追い返すわけにもいかない。

 それに考えようによってはこれはチャンスである。女性の美やダイエットに関する悩みは異世界でも共通らしくその関心は高い。であるならば、ここでシルヴィアさんのダイエットを成功させることができれば女性入門者獲得の為の絶好のPRになるというわけだ。

 浅ましいと思うなかれ。職業空手家として道場生獲得は最重要問題なのだ。

 そもそも武道や格闘技というものはどうしても男性のものというイメージが強い。大半の男は大なり小なり「強さ」への憧れを潜在的に持っていることが多いのだが、女性はそうはいかない。「強さ」なんて求めてもいないし興味もないという層が大多数なのだ。

 必然、大多数の道場の男女比は男に偏ったものになりがちというのが偽らざる武道界、格闘技界の現状である。

 しかし、そこに女性にアピールできるなんらかの付加価値をつけることができたらどうだろう?今まで見向きもされていなかった層から新規入門者を開拓でき、道場生獲得の大きな力になるというわけだ。

 そして理想をいうならば、その中で1人でも武道や空手に本当に興味を持ってくれる人が出てくるならば空手指導者としてこれに勝る喜びはない。


 今日は夕方の稽古まで特に予定もなく、シルヴィアさんも時間に余裕があるとのことなので、早速道場に出て体を動かしてみることにした。

 まずはシルヴィアさんがどの程度動けるのか見ておく必要がある。運動の負荷は軽すぎれば効果が薄いし、逆に強くしすぎれば体に悪いのに加え、精神的にも挫折を招きかねないので見極めは慎重に行わなくてはならない。

 やってもらうのは基本的な筋トレだ。腕立て、腹筋、背筋、スクワット、懸垂・・・いたって基本的なものをチョイスする。

 女性は嫌うことが多い筋トレだがダイエットを行う上ではとても効果的な運動だ。

 筋肉は重いので確かに一時的に体重が増えることはあるかもしれないがそれはあくまで一時的なものである。筋肉は脂肪を燃焼させるのに力を発揮するし、なにより適度に筋肉を鍛えることは身体を引き締め、ボディラインを美しくするという効果もある。

 「筋肉がついちゃうから、筋トレなんてやだぁ~」などという女性は世間に多いが今一度考え直してみてほしい。適度に行う限り、ダイエットもできてスタイルもよくなる。まさに「百利あって一害なし」というわけだ。・・・ていうかだ、腕立て10回程度で筋肉なんぞつくか!それで筋肉がつくなら世の中ボディービルダーだらけになるぞ!世の武道家、スポーツ選手、ボディービルダーに謝れと切に言ってやりたい。


 まずは腕立てからやらせてみることにする。

 床に手をついたシルヴィアさんが腕立てを開始する。回数のカウントは俺だ。

 回数を数えつつ思う。彼女の体型からすれば20回もできれば上出来といったところだろう。


 ・・・予想に反し、彼女は100回を軽く突破し、更に続けようとしたので一旦そこでストップをかけた。

 さすが元Cランク冒険者。正直舐めていたかもしれない。

 次に腹筋、背筋をやらせてみる。

 こちらも難なく100回を突破。顔は至って平静なままだ。

 次はスクワット。

 100回では全然余裕。500回を超えても平然としているのでこれも一旦ストップ。

 正直完全に予想外だ・・・女性でここまで動けるのはスポーツ愛好家でもそうはいないだろう。

 彼女の肥満は運動不足、筋力不足からなるものだと思っていたが、これは生活の改善、場合によっては何らかの病気の可能性も考慮した方がよいのかもしれない。

 一応、最後に懸垂もやらせてみる。

 俺のカウントにあわせスイスイと体を持ち上げる。1回、2回、・・・10回、20回、いやいやたいしたものだ。男でもここまでできる人間はざらにはいないだろう。30回・・・50回・・・100回・・・・・・いや、ちょっと待て。

 さすがにおかしいと思い、俺は魔術【魔力視】を発動させる。そして気付く・・・

「はい。そこまでで結構です。」

 俺が声をかけると懸垂をやめ、こちらに寄ってくる。

「センセイ、如何だったでしょうか。」

 彼女は至って平然としており、汗一つかいていない。

 いろいろ言いたいこと、聞きたいことはあるがまずはこれを聞くべきだろう。

「・・・シルヴィアさん。アンタなんで【身体強化】を使ってるんですか?」

「えっ?」



 結論から言えば、彼女は別にズルをしようとしていたわけではない。

 この世界の常識に対する俺の認識の甘さが原因といえるだろう。

 この世界において魔術は極めて一般的な技術であり、【身体強化】はその中でも極めてポピュラーな魔術である。この魔術を使用するのは決して戦闘職の人間ばかりではない、子供から老人までほとんどの人が一般生活でも使用している。

 例えば買い物帰りの奥さんが「あっ。荷物がちょっと重いな。」と感じたら【身体強化】を使ってそれを運ぶ。寝坊して仕事に遅刻しそうな人が「やばい!このままじゃ遅刻する!」と思ったら【身体強化】を使いダッシュで職場に向かう。足腰が弱くなり始めた老人も日常生活で【身体強化】を使う。

 かように【身体強化】は日常どこででも使われうる、とても生活に根ざした魔術でもあるのだ。

 そして、シルヴィアさんは元とはいえCランク冒険者である。高位の冒険者ともなれば【身体強化】など呼吸をするように自然に使いこなすことができる。それがいけなかった。

 現役時代はそれでもよかったのだろう。【身体強化】を使ってもなお苦戦するような依頼、魔獣と対峙していたのだから。

 しかし引退してからはそんなに体を酷使することなどそうそうない。だが一度身に付けた技術は彼女が引退してもなお彼女の体の中に生き続けた。

 つまり彼女は日常生活の中で特に意識せずごく自然に呼吸をするように【身体強化】を使っていたようなのだ。なので先程彼女に訳を聞いたときも彼女は言われるまで【身体強化】を使っていることすら気付いていなかったのだ。

 これでは太るわけである。例えて言うなら引退してからの彼女はたいした運動もしていない上に1日中電動車椅子に乗って暮らしていたようなものなのだから。更に年をとって体質的にも太りやすくなっているのだから、今の状況は全くもって納得の結果といえよう。


 試しに意識的に【身体強化】を使わないように注意した上で再度筋トレをやらせてみた。

 結果は腕立て 5回でダウン、懸垂は始める前に床に落ちた。最初の予想とほぼ同じである。

 

 つまり彼女のダイエットを成功させるのに必要なのは意識的な【身体強化】の封印とその上での筋トレを始めとした各種トレーニングであると判断した。

 その旨を彼女に伝えたところ、どうにも気乗りしなさそうな顔である。

 【身体強化】を意識的に封印したことなど冒険者になって以降初めてだったのだろう。魔術なしでの自分の体の鈍り具合にどうやら運動への苦手意識が芽生え始めているようだ。

 しかしダイエット成功の為には【身体強化】封印と運動は譲れない。

 そして、新たな女性入門者獲得の為にも今更彼女を逃がすつもりはない。


「そうですか・・・気が進みませんか・・・ならしょうがないですかね。・・・でももったいないなぁ~」

 「もったいない」の言葉に彼女のウサ耳がぴくりと動く。彼女も商売人なので「もったいない」という言葉には敏感なのだろう。

「センセイ・・・もったいないって一体何がですか?」

 少しこちらへの興味を取り戻したようだ。さらに畳み掛ける。

「いえね?今までシルヴィアさんはずっと【身体強化】を使ったまま過ごしてきたってことでしょ?ということは【身体強化】を辞めて普通に過ごすだけでも結構ダイエットの効果はあると思うんですよね。」

 ピクピク動くウサ耳。だいぶ喰いついてきた。

「しかもお仕事では結構体も使うでしょ?そこに適切なトレーニングをほんの少し加えたら、たぶん昔の体型に戻るなんてすぐだと思うんですよねぇ~」

 ウサ耳をピクピク動かしつつ黙り込みなにやら考えるシルヴィアさん。


 元の世界でも世間では数多くのダイエット法が紹介され、その都度ご婦人方にブームを巻き起こしてきた。しかし、これはあくまで俺の私見であるが、ぶっちゃけダイエット法なんてどれもそんなに変わらないと思う。

 要は現在の状態から何らかの形で「運動」もしくは「節制」を行うという点についてはどれも同じだからだ。

 もちろん方法ごとに向き不向きはあるだろうし、実践する側がそれらを取捨選択することには何も文句はない。

 しかし、紹介する側にとって大切なのはいかにその方法が「できそう」で「お得」なのかをアピールすることだと思う。

 女性に限らず人間、「〇〇するだけで××できる!」というフレーズには結構弱い。「〇〇するだけで」というのがポイントだ。本来ダイエットというものは大半の人間にとって辛く苦しいものである。それを「〇〇するだけで」というフレーズを用いていかにもそのハードルが低いものであるかのように見せかける。それによって「あぁそれくらいなら・・・」とこちらの言葉に喰いつかせる。その上で「ちょっと~すれば」というもう一つの低いハードルを用意し、すかさず「××できます!」という飴(効果)をちらつかせる。

 そうするとやるべきことは変わらない筈なのに不思議と「自分にもできるんじゃないか?」という勘違い・・・もとい自信をつけさせることができるようになる。

 今回、彼女の肥満の原因は【身体強化】のせいであると全て押し付け、「それさえやめれば」と「少しのトレーニング」という低いハードルを二つ用意した。そこにすかさず「かっての体型を取り戻せる」という飴を持ってきた。

 今彼女の顔からは最初のときほどの抵抗は感じられない。どちらかといえば「やってみようかしら?」という積極的な方向で悩んでいるように見える。さてもう一押し。


「旦那さん見違えるだろうなぁ。あぁでも、そうすると私の道場にくることもヤキモチ焼かれてできなくなるかもしれませんねぇ。」


 当初の目的とその結果を再認識させる。

 彼女の頭の中では既に旦那を見返し、愛を囁かれているかっての姿の自分が浮かんでいることだろう。


「センセイ!わたし頑張ってみます!」

 俺は「えぇ!一緒に頑張りましょう!」と笑顔で彼女を受け入れる。

 ・・・はい。お客様 1名入りましたぁ~


 そこからはまっとうなダイエット開始である。

 彼女の現在の体力を再度確認し、無理のないメニューの立案。

 念のため、食生活の改善の為に何度かおうちにもお邪魔させてもらった。やはり肉屋だけに肉料理が多かったようだ。野菜がたくさん取れるよう指導を兼ねて何種類かの鍋料理も振舞った。これについてはご家族にも喜んで頂けたようだ。

 トレーニングに余裕ができてきたらメニューの改善。飽きが来ないように同じ部位のトレーニングでも色々な種類のものを織り交ぜる。もちろん些細な成果でも褒めるのを忘れない。飴は大事だ。


 そうして数ヶ月の時が流れた。



 ある日の午前。

 俺は朝の指導と雑務の処理を終え、気分転換のランニングを行っていた。

 予定したコースを走り終わり、道場に戻ろうとする帰り道、道場に向かって歩いている小さな人影を見つけた。

 声を掛けようと走る速度を上げる。

 近くまで来たところでこちらに気付きその子が振り返る。

「あっ!センセェ!」

 真っ白なウサ耳をピコピコ動かし、トテトテ駆け寄ってくる。

 シルヴィアさん達の娘、エレーナちゃん 10歳である。

 食生活改善の為に何度かお宅訪問する内に懐かれ、今ではセンセェ、センセェと慕ってくれている。

「おぉ、エレーナちゃん。どうしたんだい?こんなところまで?」

 頭を撫でてやると気持ち良さげに目を細め抱きついてくる。非常に可愛らしい。俺がロリコンでなくてよかった。

「あのねぇ。パパとママがいいお肉が入ったからセンセェに持っていきなさいって言われてきたの。」

「そうなのかぁ~。わざわざありがとうねぇ。」


 エレーナちゃんから包みを手渡される。包みは非常に大きく重い。

鉄熊アイアンベアーのお肉なんだってぇ。」

 包みを開けると真っ赤なブロック肉が中にはあった。状態もすこぶる良い。

「これは本当にいいお肉だね。一体だれが捕ってきたんだい?」

 鉄熊アイアンベアー・・・・・森の奥地に生息する魔獣の一種である。

 小さいものでも2メートルを超える体格と岩壁をバターのように削りとる鋭い爪の持ち主。魔獣としての脅威度は猟猪ハウンドボアの比ではない。

 しかし脂身の少ない赤身肉は旨みに溢れ、新鮮なものであれば生で食べることもできるという一種の珍味でもある。

 なお、余談ではあるが食用可能でしかも美味な魔獣というのは結構いる。

 しかし状態の良い魔獣肉を市場で購入しようと思えばかなり高額な買い物となる。

 その理由はいうまでもなく討伐の手間と困難さの為である。強力な魔獣を討伐し、肉を得るということは冒険者でなくては不可能な難事である。

 だが一般にはあまり認知されていないがもう一つの理由がある。

 それは例え倒せても状態の良い肉を手に入れることはとても困難だからだ。

 なぜなら魔獣と戦う際、冒険者にとってそれは死闘となる。打てる手はどんな手だって打つだろう。

 炎の魔術を使う、毒を使う、多数で囲んでめった斬りにする・・・・・・さてそうやってようやく魔獣を倒したとき魔獣の遺骸はどういう状態になっているだろう?切り刻まれて肉はぐちゃぐちゃかもしれない。炎の魔術で炭になっているかもしれない。店に並ぶ前からミンチや焼肉(炭)になっている肉などどうして商品となるだろう。毒なんて使っていたならそれこそ論外だ。


 したがって状態の良い魔獣肉を手に入れようと思えば、必要以上に魔獣を痛めつけず短期の内に勝負をつけられる腕の良い冒険者の存在が必須となる。

 そこへいくと今回頂いた鉄熊の肉は素晴らしかった。

 おそらくモモの肉だと思われるが、見る限り痛みやコゲは見当たらない、討伐後の血抜きも完璧だったようで、このままナイフで削げばそのまま生で頂けるだろう。

 だからこそ気になったのだ。鉄熊をこれほど見事な状態で討伐しようと思えば低位の冒険者ではとうてい覚束ない。さりとてこの田舎の村にいる冒険者でそれができそうな人間となると数えるほどしかいない。それほど見事な手並みだったのだ。

 それができそうな冒険者の知人の顔をあれこれ思い浮かべているとエレーナちゃんが言った。


「パパとママだよ!」

 その言葉に俺は天を仰ぎ、「あぁ・・・なるほど。」と納得せざるを得なかった。



 シルヴィアさんのダイエット・・・これは一応成功したといえる。

 徹底的に管理したダイエットメニューにより彼女はみるみるうちに痩せていった。

 一時は多少歳を経たもののかっての「理想のバニーガール」スタイルを限りなく取り戻すことに成功した。

 そのままでいてくれれば俺も目の保養になったし、女性入門者獲得の為の大PRとなったのだが・・・一つ誤算があった。


 シルヴィアさんが筋トレにハマってしまったのだ。


 意外に思う人もいるかもしれないが筋トレにハマる人というのは結構存在する。

 確かにトレーニングは辛い。最初の内は辛い、やめたいとしか思わないだろう。しかしそれはある時期を過ぎるとそっくり裏返る。

 筋肉は嘘をつかない。正しくトレーニングをするならばやればやるだけ成果という形で答えてくれる。そしてサボれば容赦なく衰えていく。

 一部の人々は育ちゆく筋肉に次第に愛おしさを覚えるようになり、逆にそれが衰えることに心の底から恐怖するようになる。そうなればその人はもはやトレーニングと筋肉の虜である。

 シルヴィアさんもその例に当てはまる人であった。

 理想の体型を取り戻し安堵する俺にシルヴィアさんは言った。

「センセイ!早く次のトレーニングメニューを下さい!」

 俺は勿論言った「これ以上は必要ない。あとはこの体型を維持するだけだ」と。

 しかし彼女は納得しない。もっと過酷なトレーニングを、もっと筋肉を、俺には止めることができなかった。

 その後も更なるトレーニングを己に課す彼女。理想の体型を逸脱し更に重ねられていく筋肉の鎧。

 これを引き止めるにはもはや旦那さんの言葉しかないと思った俺は道場まで旦那さんを引っ張り出した。

 露わになった肌に更なる筋肉の鎧を纏おうとする彼女。

 変わり果てていく妻の姿に嘆くかと思えば、旦那さんはこう言い放った。

「素晴らしい・・・シルヴィア・・・君はなんて美しいんだ・・・・・・」

 うっとりと妻を見つめる旦那さん(オレグさん 40歳)。亜人の価値観は何かおかしいのだろうか?


 そして決意したように俺に言うオレグさん。

「センセイ。オレも負けてられません!オレも入門させて下さい。そしてこの醜く鈍ったオレの体をもう一度鍛え直してやって下さい!」

 生徒が1名 唐突に増えました。そしてこの時俺もちょっとヤケクソになりました。


 夫婦揃って指導をするようになったが彼らはその程度では満足できないらしく家でも現役時代の武器を振り回したり、トレーニング代わりに森へ魔獣を狩りに行ったりしていたらしい。

 その結果、別の意味で若い頃から変わり果てた姿となった夫婦。

 子供の胴体ほどもある二の腕、まるでテニスボールでも詰め込んだかのような脹脛、腹筋は当然6つに分かれ、首から肩にかけての分厚い僧帽筋は彼らから首というものを奪い去っている。

 その姿は亜人というカテゴリーを超え、新たな筋肉生命体としての覚醒を果たしていた。

 冒険者としての実力も全盛期を超えんばかりに向上し、近々現役復帰の噂がまことしやかに囁かれているという。

 鉄熊を倒したのも彼らであるというのならまぁ納得である。

 正直、いまや単純な力比べじゃ勝てる気が微塵もしない。


 今日も今日とて店は雇った店員に任し、夫婦二人で魔獣狩りに行っているという。

 もうそろそろ昼時だ。

「エレーナちゃん。それじゃあお肉のお礼に今日はうちでお昼食べていくかい?せっかくだからこの肉で何か作るよ。」

 

 ウサ耳をピコピコ動かし、嬉しそうに首を縦に振るエレーナちゃん。やばい本当に可愛い。

 二人で道場に戻る途中、もらった肉で何を作るか考えていると、思い出したようにエレーナちゃんが声を掛けてきた。


「そうだ!センセェ!わたしセンセェにお願いがあるの!」


 身長が低いので自然と彼女は上目遣いとなる。やはり可愛い。このままではロリコンに目覚めてしまうかもしれない。


「あのねぇ。わたしも道場にいれてください。わたしもパパやママみたいにカッコよくなりたいの!」


 俺は固まった。そして固まったまま曖昧に笑い、彼女の頭を無言で撫でた。

 彼女は嬉しそうに耳をピコピコ動かし俺に抱きついている。



 この子だけは筋肉から守らなくてはならない。

 俺は固く心に誓った。


 


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