タツマセンセイのお悩み相談。 冒険者ルドルフくんの場合
本部 辰馬(モトベ タツマ) 25歳
職業 空手道場 経営
いわゆる職業空手家という奴である。
しかし、武道をやっている人ならば理解してもらえるかと思うが、自分で自分のことを「空手家」とか「武道家」と名乗るのはいささか気恥ずかしいものである。
果たして自分はそれを名乗るにふさわしい人間かという思いもあり。また周囲から「武道やってて強いオレチョーカッケェー」などと思っているような痛い人物と思われやしないかという不安からである。
しかし道場を経営する以上はそうも言っていられない。多少気恥ずかしくとも責任を持つ立場としてあえてのその呼び名も受け入れていくべきだろう。
さて、俺のことはさておき道場である。
あいにく大繁盛とはいかないがそれでも既に何人かがこの道場への入門を果たしてくれている。
いずれは更に多くの生徒を教え空手の普及に努めたいとは思うがそれはそれ。今はしっかりと地に足を付け、入門してくれた生徒一人一人としっかり向き合うことを心掛けていきたい。
・・・しかし俺の道場はいわゆる普通の道場とは若干違う。
通ってくる生徒達・・・・・・いやそれよりも問題なのは立地である。
ん?道場の場所が田舎なのかって?・・・・・・まぁ田舎といえば田舎だろう。しかしそこは大きな問題じゃあない。そもそも空手や武道なんて世間的には大して人気のあるもんじゃない(暴言)。都会に道場があったって閑古鳥が鳴くときは鳴くもんだ。
じゃあ、海外にでもあるのかって?・・・・・近いといえば近い・・・異文化という意味では・・・・・・しかしそれも大きな問題じゃない。たしかに多少文化が違っても同じ人間。趣味が同じなら結構気心も知れるというものだ。ちなみに最近の海外じゃ空手って「サムラーイ、ニンジャ、ハラキリ、ゲイシャ」の次くらいには知名度があるらしいぞ?(偏見)
結局、なにが問題なのかって?
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
うちの道場は・・・異世界にあるんだ・・・・・・
冒険者 ルドルフくん(エルフ)の場合
今、俺の前に一人の青年が座っている。
輝くような金色の髪に白い肌と整った顔立ち。ちなみに耳は長くて尖っている。
ここまで言えばわかるだろう。彼は『エルフ』の青年だ。
名前はルドルフ。
最近、入門したばかりで仕事は冒険者だそうな。・・・いや~ファンタジーなご職業だよね。
大半のエルフの例に漏れず、彼も結構な男前なのだが、不思議と入門当初から妙に元気がないというかしょぼくれた様子なのである。
あまり個人の事情に立ち入るのもどうかとは思ったが、せっかく入ってくれたお客様・・・もといかわいい生徒だ。何か相談にのれることでもあればと今日はこうして彼と面談の席を設けたというわけだ。
「・・・・・・・・センセイ。どうもご心配をお掛けしてしまったようで申し訳ありません・・・・・・」
しょっぱなから早速暗い。暗すぎる。心なしか彼のいるところだけ部屋まで暗い気がする。あれか?これがダークエルフってやつなのか?
「い、いや入門してきたときから何か悩んでいる様子でしたからね。力になれるかはわかりませんが何か相談にでものれたらなぁーってことで声をかけさせてもらっただけなんで、そう気にしないでください。あはは・・・」
正直、若干後悔している。よくよく考えれば外見こそ年下だがその実、御歳170歳の人生の大先輩だ。
エルフは長寿のせいか精神的成長は遅いとのことだがそれでも約1.5世紀年上である。「実は曾孫が最近グレてしまって悩んでるんです・・・」などと言われたら俺に何が答えられるというのだろうか?
内心あれこれ考えている間にもルドルフくんはまたなが~いため息をついている。
ダークエルフを更に超越し、いまやグールのような雰囲気さえ漂わせている。あれ?これって退化か?
こちらから呼び出しておいて、まともに話もしないうちに「はい。さようなら。」ではさすがに指導者としても人としてもどうだろう?とにかくこちらも意を決して声をかける。
「私はあなたより年下です。頼りにならないとお思いかもしれません。しかし話すだけでも楽になることはありますし、また違った角度から見ることでなにか解決策もでてくるかもしれません。・・・如何でしょう?差し支えない範囲でも構いません。私に話しては頂けませんか?」
しばしの沈黙。俺も固唾を呑んで彼の言葉を待つ。
「・・・・・・ありがとうございます・・・まだ入ったばかりの僕をそこまで気にかけて頂けるなんて・・・・・・仰られたとおり、実は悩みがありまして・・・・・・よろしければ聞いて頂けますでしょうか・・・」
よかった。話してくれそうだ!これで話してくれなかったらどうしようかと思った。今度はこっちが落ち込むところだった。・・・とまあ、内心ヒヤヒヤだったがそんな内心は悟られぬよう落ち着いた顔で彼に首肯する。
「・・・・・・実は僕、仕事で行き詰まってまして・・・・・・・・・」
彼の話を要約するとこうだ。
彼はFランクの冒険者である。ちなみに冒険者のランクにはA~Gがあり、Gが駆け出しの初心者。Fは多少慣れて初心者に毛が生えたレベルらしい。
彼は冒険者になって数年経つもののFランクで足踏みをしており同期には置いていかれ、後輩の冒険者にはどんどん追い抜かされているという状況らしい。
それというのも彼は魔導師だそうなのだが、エルフにしては魔力がだいぶ低い方らしく今ひとつ優秀とはいえない能力なのだそうだ。
なおこの世界では魔力というものは体内にも大気にも満ちているごく当たり前のものであり、それを利用した魔術もきわめて一般的なもので初歩的な魔術であれば子供でも普通に使えたりする。俺もこの世界に来た当初は大層驚いたものだが、今では初歩的なものは使用できるし、日常生活でも便利に使わせてもらっている。
しかし使うこと自体は誰にでもできる魔術だが熟練しよう、極めようとするならばそこには大きな壁が生じることとなる。それが魔力だ。
強力な魔術、精密な魔術を使おうと思えばそれにはやはりそれ相応の魔力の量が必要となり、そしてこの魔力量というやつだけは先天的な要素が大きく、明確な才能の差というものがでてしまう。
彼の魔力量では今後魔導師として一流を目指すのは大変厳しく、かといって肉弾戦を行うには人間、亜人に比べると体の華奢なエルフではそれも難しいという冒険者として八方塞がりな状況に陥っているらしい。
この道場に入ったのも「空手」という異世界の戦い方を学ぶことで何か状況の打破を期待したらしいのだが現状はそれも芳しいとはいえないようだ。
きつい言い方をすれば冒険者という職業そのものが向いていないともいえるのだが、当人にとっては自分で好んで選んだ道、諦めたくは無い。しかしこのままもう伸びしろがないというのなら若いうちに思い切って諦め(エルフにとって170歳は若者に入るらしい)、新たな道を探すべきかとも悩んでいるのだそうだ。
夢を追うか、現実を見るか。人もエルフも悩みに大差はないらようだ。
しかし、悩みが戦い絡みであったのは武道の指導者として幸運だった。曾孫の素行について相談されるよりはまだ相談に乗りようがある。
とりあえず百聞は一見に如かず。彼の実力を見る為、村の近くの森へ二人で魔獣退治に出かけることとなった。
二人で森を歩くこと数分、早速魔獣と遭遇。さすが異世界。エンカウントが早い。
出てきたのは猟猪が2匹。この辺りの森でよく出る極めて一般的な魔獣だ。
姿はイノシシとドーベルマンをかけ合わせたような姿で。好戦的で複数匹で獲物を襲う習性がある。
ちなみに食用可能。豚肉よりも脂は少ないが噛めば噛むほど味が出る肉はとても美味。この村の狩猟産業の対象でもある。
しかし、動きはそれなりに俊敏で鋭い牙を持ち、単独で複数匹と戦うのは初心の冒険者にはなかなか厳しいという。
ルドルフくんもFランク、無論彼らとの戦闘経験はある。しかし死を覚悟するほどではないがその顔にはかなりの緊張が見られる。ちなみに俺はよっぽどのことが無い限り手は出さないつもりだ。
2匹の内の1匹が早速牙を突き出し襲い掛かってくる。
それをルドルフくんは右手を突き出し猟猪目掛けて魔術【炎弾】を打ち込む。
なお、この世界の魔術はよほど高度なものでない限り、当人のイメージと魔力運用だけで使用することができ、特に呪文などはいらないのだそうだ。
突進してきた猟猪に【炎弾】が直撃する。吹き飛ばされ相応のダメージは見られるがまだまだ倒しきれるほどではないようだ。
そしてその隙をつくようにもう1匹がすかさず突進。ルドルフくん若干焦りつつもこちらも【炎弾】で迎撃。
復活した1匹が再突撃。これを再び【炎弾】で迎撃。しかし僅かに当たりが浅い。
今度は2匹同時の体当たり。【炎弾】では対処できないとみたルドルフくんは守りの術【突風壁】で2匹を吹き飛ばして距離を稼ぎ、再び【炎弾】発射・・・
上記のようなやりとりを数度繰り返し、どうにか猟猪2匹討伐完了。
荒い息をつきつつルドルフくんが「どうでしたか?」と感想を求めてくる。
俺は腕を組み考える。
正直可も不可もない。彼の戦い方はこの世界の魔導師にとって極々一般的な戦い方だったからだ。
相手とある程度の距離をとりつつ、魔術により迎撃。自分は傷つかずひたすら有利な距離を保って戦う。単純ではあるが極めて合理的だ。戦いの思想そのものにはケチのつけようもない。
しかし、それだけに欠点となるのはやはり彼の魔力の低さだ。もし彼の魔力がもっと高かったなら猟猪2匹相手にこれほど手こずることもなかっただろうし、もっとレベルの高い敵と戦うとしても特に心配はなかっただろう。魔力の低さゆえの威力の低さ。それこそが問題の根本であり、魔導師として超えられない厳然たる壁なのだ。
さてどうする?
このままの戦い方を続けるのであれば確かに彼に伸びしろはない。魔力が増えない以上、彼の弱点は克服されない。必要なのは発想の転換なのだ。
こちらの言葉を待ち不安げに立っているルドルフくん。
しばらく考え、ふと脳裏に妙案が浮かぶ。多少荒療治ではあるが試してみる価値はあるかもしれない。
俺は彼にニヤリと笑いかけ言う。
「ルドルフくん。私とゲームをしませんか?」
困惑するルドルフくんを連れて再び道場へ。
困惑するルドルフくんに構わず、彼の正面から約3メートル程度離れた位置に立ち、俺は喋り始める。
「ルールは簡単。この距離から私に魔術を撃ってください。私に当てることができればあなたの勝ち、先にあなたに一発入れることができたら私の勝ちです。」
ますます困惑を深めるルドルフくん。この距離は確かに魔導師の距離というにはやや近いが素手での格闘をする者にとっては更に不利な距離といえるだろう。こんなゲームに何の意味があるのか?困惑した顔にしきりとそんな疑問を浮かべ続けている( ちなみにこの道場、前にちょっとした事件で顔見知りとなった領主様の出資でつくられ、少々の魔術では傷もつかない程頑丈だ)。
畳み掛けるようにさらに一言。
「そうそう。言い忘れていましたが、私は【身体強化】の魔術は使いません。そちらは好きな魔術を使ってくださって構いませんよ。」
これを聞き、ルドルフくんの顔が困惑から驚きに変わる。
この世界の近接戦闘の専門家にとって【身体強化】の魔術は魔獣、魔導師を相手にする上で不可欠なものである。魔力の運用により筋肉、反射神経の強化をすることで魔獣の力や魔術などの遠距離攻撃に対抗する、これがこの世界の近接戦闘の常識である。
従って【身体強化】を使わないというさっきの俺の言葉は「おれ戦争に行くけど、全裸で問題ないッス!」と言っているようなものなのである。まぁぶっちゃけ変態だな。
かなり驚いた顔のルドルフくん。まだまだ終わりじゃない。更にここに最後の一押しを加える。
「あぁ!心配しないでください。絶対ケガなんかさせませんから!安心してかかってきて下さい。」
その瞬間、驚愕の顔が明らかに怒りの顔に変わる。
この言葉はFランクとはいえプロの冒険者であるルドルフくんに対して「お前なんか【身体強化】を使うまでもねぇよ。あぁ手加減はしてやるから心配すんな!」と言い放ったのと同義である。
冒険者としても魔導師としても完全に舐めきって喧嘩を売ったようなもんである。
いかに穏やかな人間であれここまで言われて怒らない人間などいないだろう。彼の目はもはや完全に敵を見る目でこちらを睨んでいる。
「・・・そうですか。分かりました。センセイがそう言われるんならお望み通り好きにやらせてもらいますよ・・・・・・」
ゲームどころかすっかり実戦さながらの顔つきで言い放つ。
上等。上等。なんだ入門以来しょぼくれた顔しか見てなかったけど彼もこんな顔ができるのか。これなら少なくとも精神的にはまだ見込みがありそうだ。まぁ、もしこの後におよんで怒りもしないようならその時は転職を勧めるつもりだったんだけどね。
闘志と怒りに満ち満ちた様子のルドルフくん。
ここまで煽ったからにはもう失敗できない。さぁひとつ気合を入れていくとしようか。
タツマとルドルフが約3メートルの距離を置いて対峙する。
穏やかな笑みを浮かべるタツマに対し、ルドルフの顔はあくまで険しい。
今、ルドルフの頭にあるのは怒りと失望である。親身な態度に騙されて相談してみれば、まさかこれほどの侮辱を受けるとは思わなかった。かくなる上は自分の魔術でこの自惚れた男を徹底的に打ちのめし、その足で道場も辞めてやろうと心に誓う。どだい「カラテ」などという異世界の胡散臭い戦闘技術にすがろうとしたこと自体間違いだったのだ。
そんなことを考え、今まさに自惚れた男に【炎弾】を叩き込もうとして気が付く。
何故、タツマの顔が目の前にあるのか?
タツマはまるで瞬間移動のように目の前に現われ、次の瞬間にはルドルフの顎に手のひら――掌底を押し当てた。打ち抜くようにではない。柔らかく押し上げるようにそっと触る。バランスを崩したルドルフはペタンと軽い尻餅をつく。
タツマは笑みを浮かべたまま言う。
「どうします?続けますか。」
ルドルフは慌てて立ち上がり距離をとる。
これは何かの間違いだ。怒りで少し反応が遅れただけだ。ルドルフは無言のまま続行を求める。タツマもまた無言で頷き、また元の距離に立つ。
【炎弾】はさっきの魔獣狩りで彼に見せた。おそらくその時に何か対抗策を練られたのだ。
そう考えたルドルフはまだ見せていない魔術―風の刃で相手を切る【風刃斬】で仕掛けることを決める。渾身の魔力を込めた手刀を振りぬこうとしたとき再び気が付く。
魔力を込めた右腕が優しくタツマの手によって抑えられていること。タツマの顔がまたすぐそばにあること。そしてタツマのもう片側の手がペチンとルドルフの腹を優しく叩いたことを。
タツマの顔には依然と笑みが、しかしルドルフの顔には再び困惑が混じりだす。
これも油断か?それとも何か特殊な魔術でも使っているのか?それとも異世界の秘術か?
困惑を振り払うようにルドルフは吼えるように再びタツマに攻めかかる。
十数度程繰り返しただろうか。
結果はタツマの全勝である。
地を這う雷撃―【雷迅】は放った瞬間にはタツマは宙に跳んでおり、そのまま跳び蹴りを決められる。
周囲の物体を魔力で動かしぶつける―【念動】は物を動かす前にはタツマが目の前におり、やはり先に一撃を決められる。
二度目以降、一瞬たりともタツマから目を逸らしてはいない。タツマの動きも攻撃もけっして速いものではないことがわかった。しかし気付けば彼は近くにおり、その拳は彼の体に届いている。
炎、風、雷、水・・・ルドルフの知るあらゆる種類の魔術にて迎撃を試みるが結果は同じ。いつの間にやら近くにいるタツマが優しく優しく一撃を決めていくのだ。
十数度の対峙の後、ルドルフは膝から崩れ落ちる。最初の約束どおりかすり傷一つ負わされていない。しかし、十数度の不可思議な敗北は彼の心を折るには充分な戦果であった。
ルドルフくんもどうやら諦めたらしい。
最後のほうは怒りじゃなく絶望的な顔をしていたけど少しやりすぎただろうか?
さてここからが本番。彼に敗北の種明かしをしてあげなければならない。ここで放り出したらただの嫌がらせだろ?
このゲームにおける俺の勝因、ルドルフくんの敗因を一言で述べるならば「予備動作」である。
「予備動作」・・・何かの動作を行うときその予兆として出る動作のことだ。例えば「パンチを打つ」という動作であれば近づく為のステップや腕を引く動作、肩や視線の動きがそれにあたる。
この動作が大きければ大きい程、そのパンチは動きが読みやすく、小さいほど読みにくいものとなる。
あいにくこれは空手の秘伝でもなければ奥義でもない。古今東西どこの武術でも格闘技でも大なり小なり行っている極めて一般的な技術、決して目新しいものでも特別なものでもない。
しかしこの「異世界」においては話が別である。
この世界は魔力、魔術の存在が極めて大きく、子供でも使用するほど魔術が文化の中に根付いている。
しかしそのせいか、俺のいた世界とは大きく異なる特徴が一つ存在する。
この世界には「武術」という概念が存在しないのだ。
幼い頃から当たり前のように魔術を使い、生活し、戦う彼らにとって魔術というのは獣でいうところの牙や爪に相当する。彼らにとって「戦いの技」とは戦闘における魔術の使用方法のことを指す。
それは剣や槍を用いる近接戦闘の専門家であっても例外ではない。極論するとこうだ。
Q1,素早く剣を振りたいです。どうしたらいいですか?
A1,【身体強化】で自分を強化してから振りましょう。
Q2,自分よりもっと素早く剣を振る敵がいます。どうしたらいいですか?
A2,もっと【身体強化】をしましょう。もしくは遠くから魔術で倒しましょう。
彼らの戦いには魔術を扱う巧みさはあっても武の技を磨くという発想がない。それをするよりも魔術の威力、扱いを磨く方が圧倒的に近道だからだ。
結果、この世界における強者とは魔力を多く持つ者であり、その魔力を巧みに扱う者のことである。それらを持たないルドルフくんのような人間(エルフ)は必然的に弱者ということになってしまう。
この世界にいる者達にとってはそれは真理であり現実なのだろう。しかし一転、俺のような異世界から来た者からするとそういった彼らの戦いには色々と歪さを感じてしまう部分が多々ある。
「予備動作」もその一つである。
魔術による攻撃をより強く巧みな魔術|(魔力)で迎え撃つ。それがこの世界の考え方だ。大が小を喰う、圧倒的なパワーゲーム。しかし俺に言わせればそれに律儀に付き合う必要などまるでない。
たとえ魔術であれ狙いを定めるなら「視線」は動く。イメージの強化の為、手振りを加える術者は多い。【炎弾】のような撃ち出す魔術なら「手を前に突き出す」。【風迅斬】のようななぎ払う攻撃なら「手を振り払う」・・・かように魔術とはいえこれほど明確に予備動作は表れる。
加えて今回俺が唯一使った魔術 【魔力視】がある。これは魔力を視覚的に捉えるという初歩魔術なのだが、これを使えば相手の魔力の動きもある程度読める。手に集まっているなら手から撃ち出される、地面に集まっているなら地を這う・・・観察することで相手の攻撃の種類もある程度事前に推測できるのだ。
こちらからすれば相手の攻撃は予告付きで打ってくるテレホンパンチのようなものである。無論、高位の術者はそういった点への対応策も考えているかもしれないし、予測してなお対応できないような魔術を持っている可能性はある。しかし現在のルドルフくん程度の魔術ならば充分に対処は可能、かわすことなどたやすい。
その上で自分の予備動作は可能な限り消す。
今回俺が工夫したのは歩法と突き方だ。
歩法は地面を蹴るのではなく、自分を一つの大きな球体であるとイメージし、その重心が転がることで移動するよう心掛ける。いわゆる重心移動による移動である。傍目には地面を蹴っていない為、その動作の起こりが察知しにくい。その為、こちらの動きを相手が認識するまでに若干の間が生じる。
突き方は体幹を捻るのではなく手先(拳、掌)から動かすように突く。こうすると体幹部の動きが少ない為、相手は予備動作による察知がしづらく、初見の相手であれば気付ぬうちに拳が目の前に飛んできたように感じる。
ちなみにこのままではただの手打ちになってしまうので威力を乗せるには色々コツがあるのだが、今回の本筋からは外れるのでこれは割愛。
これらは空手の中に存在するれっきとした技術である。
他愛のない小細工と思われるかもしれない。しかしそうやって得られた相手の数瞬の反応の遅れは今回の間合3メートルを詰めるには充分な時間となって勝敗を左右する(もっともこれ以上の距離になると生身ではちょっと自信がないので今回は確実を期して3メートルに設定した)。
とまあ、以上のような説明をルドルフくんにもする。やはりその顔に浮かんでいるのは困惑だ。
生身の技を以って巨大な力を制する・・・この世界の人間には馴染みの無い考えなのだから無理も無いだろう。いつかは理解してくれればいいと思うが今回伝えたいのはそれじゃない。
「今回のゲーム・・・普段とは逆だと思いませんか?」
「逆・・・?」
ルドルフくんの顔に疑問符が浮かぶ。
「多彩な魔術を使うあなたと【魔力視】しか使わない私・・・これって普段あなたが立っている立場と逆だとは思いませんか?」
そこでルドルフくんがハッとした顔をする。
ルドルフくんの魔力は弱い、そしてその為に多彩な魔術を使う魔力的な強者に圧倒され続けていた。
しかし今回、自分が強者の側に立ったにも関わらず、結果は敗北に終わった。
本来であれば起こりえない筈の結果。しかし現実に起きた言い訳のしようのない敗北。ルドルフくんの顔に困惑と混乱が広がる。
「・・・もしあなたが魔導師としての大成を望んでいるならば正直私にできることは何もありません。でもあなたは「冒険者として行き詰っている」と相談してきた。そうであるならば私にも言えることはあります。」
ルドルフくんは混乱しながらも俺の言葉に何かを見出そうとしているのか真剣な面持ちで話を聞いている。
「戦いは一つの要素だけで決まるものじゃありません。確かにあなたの魔力は低いかもしれない。でも今回のゲームで感じてもらったように魔力だけでその勝敗が決するものではないと思います。今回私が見せたのはあくまで一つの例ですが、自分なりに工夫してみてください。自分という存在と少ない魔力をどう使えば何が出来るのか?もし答えを見つけられるならたとえ魔力は強くならなくともあなたはもっと強くなれる筈です。」
ルドルフくんは俯き黙り込んでいる。
やはりこの世界の人間には受け入れられない考え方だったろうか・・・
しかしそんな考えは杞憂であったことに気付く。
それは顔を上げたルドルフくんの目だ。しょぼくれていない、怒りも困惑も無い。しかし新たな何かに向かわんとする闘志に満ちた目だ。
「・・・センセイ。ありがとうございます。僕に何ができるかはまだわかりません。でも今の自分とセンセイに教えて頂いたことを合わせて何ができるか、もう一度真剣に考えてみます。失礼します!」
言うなり立ち上がり道場を駆け出ていくルドルフくん。
今はまだ弱くともあの活力に溢れた後姿はもはやしょぼくれているなんて言えない。
ひょんなことから異世界転移し、道場を構えるようになってからもうそれなりに経つ。
未だに異なる常識、考え方に驚くことは多々ある。しかし自分の行いが人の助けになれたときに感じる充足感は異世界でも変わらない。
生徒の成長を嬉しく思いつつ、この面談を設けて良かったとしばらく一人満足感に浸るのだった。
数ヵ月後
俺は現在、道場奥の居住スペースで一人暮らしをしている。
異世界転移当初は他所でお世話になったりもしたのだが、道場ができて以降はここが俺の職場であり、我が家でもある。
午前の稽古、諸々の雑務を終えた俺は今、昼食の準備をしている。
外食をすることもあるが大抵の昼は自炊で済ませる。備えつけの台所は小さいがちょっとした調理くらいなら充分に可能だ。
鍋には生徒からお裾分けでもらった根菜と汁がぐつぐつと煮えている。
汁には行商人から購入した干し魚で出汁をとっている。山と森に囲まれたこの村では魚は手に入れにくいが、やはり日本人として魚介の出汁は恋しくなる。
鍋をかき回し、根菜に充分に火が通ったのを確認して火を弱める。
ちなみに火力の調整は魔術によるものだ。この世界の文明は中世レベルなのだが、魔術のおかげで生活はすこぶる便利だ。
沸騰が落ち着いたのを見計らい調味料を取り出す。味噌だ。
驚くべきことにこの世界には味噌や醤油がある。何でも昔この世界に迷い込んだ異世界人の料理人がおり、その人がもたらした料理や調味料の知識の一部が未だに残っているのだそうな。
適量の味噌をおたまにとり、汁に溶かす。干し魚の塩分があるので量は若干控えめだ。
味噌が完全に溶け、汁からふわりと良いにおいを立ち上らせる。
最後に薄切りにした猟猪のばら肉を鍋に入れ、硬くならない程度に火を通す。魚介に猟猪の出汁が合わさることで汁の味に深みが増すのだ。異世界風の豚汁である。
鍋の火を止め、主食の準備をする。主食は朝に炊いたコメモドキ(正確には麦なのだそうな)がある。
コメモドキ(以下、飯)を魔術で暖めなおす。
そして汁と飯をそれぞれ2食分お椀によそう。
おぼんに計4つのお椀を載せ、テーブルに向かう。テーブルには既に食事相手が席についている。
腰まで届く長く輝くような銀髪。おそろしいほどに白い肌。すらりとして均整の取れた美しい体つき。整いすぎた顔はいっそ非現実めいて幻想的ですらある。一言で表現するならば絶世の美女だ。
そしてその美女は今椅子に腰掛け俺がくるのを笑みをたたえながら待っている。・・・正確には俺の持っている料理を待っているのだが。
美女と俺の席に飯と豚汁を置き、俺も椅子に腰を掛ける。
美女の目が問うように俺に向けられる。「食べてもいいか?」ということだろう。俺は「どうぞ」と言葉少なに料理を勧める。
美女は嬉しげに目を細め、まるで芸術品のような白く美しい手で飯の椀を取り、そして・・・・・・
そのまま、躊躇いなく豚汁の椀に飯を突っ込んだ。
美女は嬉しげな顔でネコマンマ(味噌汁ぶっかけ飯)を掻き込んでいる。
・・・・・・なんというか、非常に残念な光景である。
一生懸命掻き込みすぎて髪に隠れていた長く尖った耳が姿をあらわしている。そう彼女はエルフだ。
名前はリーゼロッテ。普段はリーゼと呼んでいる。
本人曰く、500歳を超えており、昔は宮廷魔術師まで勤めたという。
今はこの村で薬師兼ご意見番として隠居生活を送っている。
俺が異世界転移を果たした際、色々手助けをしてくれた恩人でもある。
出会った当初は彼女の美貌に大層ドギマギさせられたが、交流が長くなるにつれ彼女の色々と残念な部分が浮き彫りとなっていき、今ではいたって平常心で接することができるようになった。
「美人は三日で飽きる」という言葉を体言する非常に貴重な人材である。
今日も今日とてわざわざ飯時の時間を狙ってこの道場に来たようだ。
午前中、ちょっとした案件で彼女と打ち合わせをしていた。そして打ち合わせが終わったのが丁度昼前、そのまま帰るかと思いきや、この残念美女は
「あぁ~もうこんな時間だぁ~(棒)。そろそろお昼の時間だなぁ~(チラッ)お昼どうしようかなぁ~(チラッチラッ)」などとのたまってきた。
気付かぬフリをして構わず追い出そうかとも思ったが、そこは一応恩人。追い出すような真似もしのびなく、一応社交辞令として「良かったら食べていくか?」と尋ねたところ、
「いや~そこまで言われちゃしょうがない。じゃあ遠慮なく頂いていくことにしましょう。」
・・・言葉も言い終わらぬうちにかような返答をしてきた。500年も生きると遠慮というものはなくなってしまうらしい。昼飯をたかっていくのは今月だけで覚えている限りもう十度目だ。
そもそも最初は本当に偶然だったのだ。
所用で彼女が昼時に道場を訪ねてきた際、丁度俺は昼飯の準備をしていた。
一旦昼飯の準備は置いておいて彼女に茶でも出そうとしたのだがその時、彼女は驚愕しながらも凄い勢いで昼飯の鍋に噛り付いてきた。作っていたのは今日と同じく味噌汁である。
驚きつつも彼女に何事かと尋ねたところ、これ(味噌汁)は幻の料理だと答えた。
詳しい話を聞いたところ、今を遡ること数百年前、この国に異世界の料理人が転移してきた。
彼は異世界という環境に戸惑いつつも料理人として貪欲にこの世界の食文化を吸収し、そして自分の知る食文化をこの世界にもたらしていった。彼の繊細かつこの世界の人にとって斬新な料理は平民はおろか宮廷の人々までも魅了していった。リーゼもまたその一人であったという。
その後、紆余曲折を経て彼はこの世界で一生を終えることになった。
しかし彼の死は彼の持つ豊かな食文化の喪失をも意味していた。一部の料理、食文化はこの世界でとった彼の弟子達によって保存、復元がなされたがそれでも多くの料理が彼の死と共に失われ、当時の人々を悲しませたという。味噌汁もそんな料理の一つだというのだ。ちなみに現在この世界の人々にとって味噌は野菜や肉に付けて食べるものとして認識されている。
当時のことを知る人々の多くは死に絶えたがエルフである彼女はその長い時を生き残った。
しかしあの料理(味噌汁)と出会うこと、もう一度食すことは決してできないと彼女自身諦めていたという(なお、彼女は料理ができないので、作り方など聞かなかった)。
それが数百年の後、思わぬ形で再会を果たす。これが驚かずにいられようか。
そんな思いから思わず俺の持つ鍋に飛びついてしまったというのだ。
郷愁とそれ以上によだれの溢れる顔の彼女を少し哀れに思い、思わず当時の俺は「良かったら食べていきませんか?」と誘ってしまった。それが間違いの大元だ。
それに味を締めたのか以後、度々昼時に現れては昼飯をたかっていくようになった。
いっそ自分で作れよとも何度か言ったが彼女曰く「料理を作ることなんて生まれてから最初の100年でとうに諦めている」とのことだった。どこまでも残念な女である。
このままでは遠からぬ未来、晩飯までたかっていくようになるかもしれない。人の家のエンゲル係数を増幅するのは切にご遠慮頂きたい。
そんなこんなもあり、今や彼女とは恩人でありながらもかなり気安い関係を築くに至っている。
味噌汁に飯を入れて食べるのが殊の外お気に入りらしく、脇目もふらずガツガツ掻き込んでいる。
下品だからやめろと何回か言ったが異世界のテーブルマナーなど彼女の知ったことではなく、また知っていたとして決してやめなかったであろうことは想像に難くない。
お椀の中の飯と汁をキレイに平らげ、ゲフッと大きなゲップをかます。俺のエルフへの幻想がどんどん崩れていく。
そんな俺には構わずマイペースにお茶まで腹に収めたところで思い出したかのように話し始めた。
「そう言えば、タツマ。あんたの弟子にルドルフって坊やがいなかったかい?」
思わぬところで彼の名前を聞いた。
彼は現在仕事の遠征でしばらく道場に顔を出していないのだが何かあったのだろうか?
「あぁ。ルドルフくんは確かに俺の生徒だけど何かあったのか。」
生徒の身に何かあったのかと不安が胸をよぎる。しかしリーゼの反応はむしろその反対で、
「いやいや、その逆だよ。彼、今なかなか活躍中でね。エルフ達の間じゃちょっと評判なのさ。」
これは嬉しい誤算だった。聞けば冒険者ランクもFからDクラスに昇格したという。Dクラスといえばもう立派な中堅冒険者といえる。伸び悩んでいたかっての彼と比較すれば大躍進といえるだろう。」
「それでね、自分が変われたのはタツマセンセイの指導のおかげだって仲間に触れ回ってるらしくてね。この道場もどうやら注目されているようなんだよ。」
緩む頬を抑えられない。彼の成長は彼自身の努力と工夫によるものだろうに・・・自分の拙い指導にそこまで感謝してくれていたとは・・・思わず目頭が熱くなった。
「だから彼は今、この辺の冒険者の中じゃちょっとした注目株でね。『瞬撃の惨殺魔』、『笑う血塗れエルフ』の名前は今後も広まっていくだろうって――」
・・・・・・・・・今変な単語が聞こえなかったか?
「なぁリーゼ。今、惨殺がどうとか血塗れがどうとか言ってたけどそれ何?」
きょとんとした顔でリーゼは答える。
「何って、彼の二つ名さ。有名だよ?先手必勝で笑いながら相手に突っ込んでひたすらたこ殴りにする彼の戦い方。」
・・・・・・ルドルフくん、魔導師だった筈なんだけど。
「あんたの指導で戦い方を変えたんだろ?彼もよく言ってるらしいよ?『僕はタツマセンセイに先手必勝の大切さを教わりました。魔力が少なくても一気に飛び込んで相手を殴り続ければいいってセンセイは教えてくれたんです』って・・・」
・・・・・・ルドルフくん、もしかして俺の教えたことだいぶ勘違いして受け取ってないか?いや確かに先手とって殴ったけどさぁ・・・
「だから、彼はエルフと狂戦士の間では話題になっててね、その師匠であるあんたも注目されているって訳さ。よかったねぇ。生徒増えるかもしれないよ?」
狂戦士って!とうとう職業まで変わっちゃったよ!しかもなんでこの道場が狂戦士養成所みたいな言われ方になってんだよ。来られても困るよ。何教えたらいいかわかんねぇよ!
頭を抱える俺の様子が不思議だったのか、口元に飯粒をつけたままリーゼは首をかしげるのであった。
後日、冒険者達の訓練所をこっそり覗きに行ってみた。
ちょうどルドルフくんは魔導師らしき冒険者を相手に模擬戦を始めようとしているところだった。
審判役が「試合開始」の「始」の字を言い終える前に笑いながら魔導師に突っ込んでいくルドルフくん。
・・・地味にフライングじゃないか?
戸惑う、魔導師。構わず木剣でぶん殴るルドルフくん。魔術を使おうとする魔導師。構わずぶん殴るルドルフくん。たまらず降参しようとする魔導師。「降参」の「こ」の字を言い終える前に笑いながらぶん殴るルドルフくん。泡を吹く魔導師、それでもぶん殴るルドルフくん、止めに入る周囲の冒険者、それでも笑っているルドルフくん・・・
そこにかっての自信なさげなルドルフくんはいなかった。いたのはある意味前以上にダークエルフ的な雰囲気を漂わせる狂戦士ルドルフくんの姿だった。
俺の指導を異次元的に解釈したルドルフくんの姿にはたいへん驚いたが・・・不思議と間違っているとは思わなかった。
それは姿はどうあれ今の彼が自信と覇気に溢れ、かってとは比較にならない程、いきいきとして見えたからだろう。
人に何かを伝えるというのは楽しく、そして尊いものだと思う。
しかしそれは必ずしも正しく受け取ってもらえるとは限らない。
だが、自分にとっては正しくなくても、相手にとってはそれが正しい答えだということもあるらしい。
人にものを教えるということはつくづく難しい。
・・・・・・背後で大きな悲鳴と笑い声が聞こえた気がするがきっと気のせいだろう・・・