風景
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あれは、確か金曜日だったかな。おれが帰ろうとしてたらさ、椚山の奴が話しかけてくんの。
「ちょっと頼みたいことがある。」って。てゆーかさ、今まであんま絡んだことなかったし、やな予感したんだよね。でもまぁ、断るって理由もないわけじゃん?聞くのはタダなんだし。
そしたらあいつ「これから先、オレが学校休んだら、警察に連絡してくれ。」っていうんだぜ。
そうマジ、ケーサツ、ケーサツ。「何かやらかすのか?」って聞いたらさ…椚山、「そろそろ親父にやられるかもしれない。」って。
おれ、冗談のつもりで聞いてたから、そういう言い方されたら「アーッ」の方かと思うだろ。
え?ああ、そういう漫画があんの。わかんないなら聞き流せよ。
で、さ…アイツ、今日、来てなかったじゃん、学校。そういえば今まで一度も休んだことなかったよな。でも休んでるだろ?…で、『やられる』って『殺られる』のことだったんじゃないかって、さっき思ったわけ。
なぁ、こんだけの情報で警察に電話してもいいもんかな。
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良い天気だ。久しぶりに仕事が入らなかったので、普段よりゆっくり布団で過ごした後、
新鮮な朝の空気(といってももう9時だが)を吸いに外に出てみることにした。
「あら、竹中さん、おはようございます。良い天気ですね。」
「おはようございます。散歩から戻られたんですか?」
右向かいの佐竹さんに声を掛けられる。彼女は足下に小さな犬を連れていた。…と、向かいのマンションから、無愛想な男が一人外に出てくる。
「あの人ね、椚山さんっていうんだけど、本当にガラ悪いわよ。昨日だったかしら?ウチにまで聞こえるぐらい怒鳴り声あげちゃって…それも夜によ。まぁ、いつものことだけど、あそこまで騒ぐのは初めてだったからさ、私思わず、あそこの管理会社に電話しちゃった。本当、なんとかして欲しいわねぇ。」
佐竹さんのヒソヒソ話を聞きながら、何となく行動を目で追っていると、彼は路上駐車してある車の方へ歩いて行った。ああ、あれは彼のだったのか。荷物を入れようと、車のトランクに手を掛け…
私は見てしまった。
トランクのドアの下の方に、赤黒い何かがこびりついているのを。
…血?
男は苛立って荷物を地面になげると、ドスドスと家へ戻っていった。雑巾か何か取りに行ったのだろう。私はあまり車の方を見たくなくなって、視線をそらした。何か変な事件でもおこしたのでは有るまいな…。
「いやぁね、気持ち悪いわ。あんまり関わらないようにしなきゃね。」
どうやら、佐竹さんにも見えていたようだ。彼女は犬を抱き上げると、家へ戻っていった。…私も戻るとするか。
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上の部屋の奴らは、4人家族らしいが、いつも、1人の子供だけ、怒鳴り散らしたり、家の中に入れなかったり、そんな事をしていた。
なんせ、私の部屋の真上で、騒いでいるのだから、盗み聞きではない。私だって、聞くのはいやだ。
うるさいことに、巻き込まれるのは、ゴメンだ。
けれど、そんなつもりは、ないのに、つい気になって、ついつい上の様子を、伺っていたのだ。
いつもの「お前なんか生きている価値がない。」だの、「さっさと消えろ、いや消してやる。」だの、上の階の男は、子供相手に、みっともないセリフを、吐いている。けれど、今夜の子供は、違った。反論しているのだ。
いつもなら、男の、理不尽な罵倒に、黙って耐えているだけ、なのに、反論している。戦っている!!
私は、床越しに、応援した。頑張れ、そんな奴に、負けるな。
その時。
ゴトンという、重く鈍い音が響いて、上の階が、静かになった。
「ほっとけ、そんな奴。」
男の声、だ。ということは、今の音は?子供は?あの子は、どうなった?
そこからは、普通の一家団らんの、話し声だけ。私は、唖然としてしまった。あいつらは、人間ではない!!
とはいえ、何ができるだろう?児童相談所に、電話?9時以降でも、あいているんだろうか?警察?民事不介入、とか、言われないかな?じゃぁ私が、直接乗り込む…のは、無理だ。返り討ちだろう。
もんもんと、深夜近くまで、頭の中で対策を考えていると、上の階の、玄関が開く、音がした。
マンションの階段を、降りて…道路の方から、ドアを開ける音と、ひときわ大きくバタンと音がする。そういえば、あの路上駐車の、上の男の車、だったな。どこかへ行くのかと思ったが、それきり、車の方から物音がしない。
……今の、一連の事から想像すると、子供が死んで、車の中に隠した、ということになる、と思う。
私の神経が、高ぶっているだけかもしれない。
今日は金曜…あ、土曜になったか。
ならば、月曜日までに、あの上の階の、かわいそうな子供が、生きていることを確認できなければ、警察に…通報しなくては。