第56話:狂いし旋律
奴隷商の拠点。
レイクたちは建物の外に身を潜め、その様子を窺っていた。
古びた建物の中には、首輪をつけられた獣人たちが囚われている。
その中には、まだ幼い子供の姿もあった。
外周には武器を手にした見張りたちが巡回し、厳重な警戒態勢を敷いている。
「……どうする?」
ゼノンが建物を見ながら呟く。
「見張りは多くない。だが、あの人数を相手にするとなるとな」
エギルも建物を見据える。
「笛吹き男の目的も、まだ分かっていない」
リゼットが続ける。
「不用意に動くべきではないだろう」
「んー……」
レイクはしばらく考え
「やっぱ正面から行くか!」
「…………」
全員がレイクを見る。
「またバカなことを。なんのためにここまで身を隠してる」
エギルが呆れたように言う。
リゼットもため息をついた。
「相変わらずバカだな。笛吹き男の正体もわからんのに、そんな無謀な策を講じられるわけないだろ」
「そこまで言わなくてもいいだろ!」
レイクが不満そうに言う。
「そんなにバカバカ言ったら可哀想だよ!」
ミリアが慌てて二人を止める。
「ミリア……!」
「レイクくんは何も考えないで物を言っちゃうの!」
「いや……なんかミリアのが一番グサっと来るんだけど」
「えっ!?」
ミリアが目を丸くする。
「ご、ごめん!そういうつもりじゃ……」
慌てて弁解しようとして
「私はレイクくんのそういうところがすごく好きだよ!」
「…………」
周囲の空気がピタリと止まった。
「……っ!」
自分が口走った言葉に気づいたミリアの顔が、瞬く間に林檎のように真っ赤に染まり上がる。
「……?」
当のレイクはといえば、きょとんと首をかしげているだけだった。
その空気を完全に無視して、ゼノンが口を開く。
「でも、良い手かもしれねぇな」
「さっすがゼノン!わかるやつだな!」
レイクが笑う。
「うんうん!さすがゼノンさん!」
ミリアも恥ずかしさを誤魔化すように慌てて頷く。
ゼノンは淡々と続ける。
「お前くらいの力があれば、敵全体をお前に集中させるくらい訳ねぇだろ。その間に、おれらが潜入して捕まってるやつらを助ける」
レイクの笑顔が引きつる。
「……あれ?ゼノンく〜ん?それ僕に囮になれってこと?」
「あぁ。頼む」
「何がいい手だてめぇ!」
レイクが小声で叫ぶ。
「真っ直ぐな目で『あぁ。頼む』じゃねーよ!おれをなんだと思ってんだ!」
ゼノンは真顔で答える。
「……お前なら適任だと思ったんだが、荷が重かったか?」
「え、こわ……まじで言ってんじゃん。おれを囮にすることに何の躊躇ないじゃん。お前、本当に友達?」
その時。
ピィィィィィ……。
静寂を切り裂き、高く澄んだ笛の音が森に響き渡った。
「……!」
全員の身体が硬直する。
「……もしかして、こっちに気づいてんのか?」
「可能性はあるな」
「ならば、もう少し様子を――」
「じゃあ仕方ねぇ!正面突破だ!!」
「待て!!」
エギルの制止も聞かず、レイクは走り出した。
「もう!しょうがないんだから!」
ミリアは即座に杖を構えて駆け出す。
「どっち道、動かなきゃ始まらねぇしな」
ゼノンがため息混じりに地面を蹴る。
「考えなしのバカめ」
毒づきながらリゼットが宙を舞い、エギルは深い溜め息を吐き出した。
「……まったく、世話の焼ける奴らだ!」
◇
「なんだこいつらは!」
「侵入者だ!」
奴隷商たちが慌てて武器を構える。
「うおおおおっ!」
レイクが正面から突っ込む。
「ぐあっ!」
一人を拳で吹き飛ばす。
エギルが剣を振る。
ガキン!
武器を弾き飛ばす。
リゼットのワイヤーが敵の足に絡みつく。
「せいっ!」
そのまま地面へ引き倒す。
「『氷弾』!」
ミリアの魔法が敵の動きを封じる。
「『黒鉄の針林』」
ゼノンも魔法を放ち、周囲の敵を一掃していく。
「な、なんだこいつら……!」
奴隷商たちは次々と倒されていく。
檻の中の獣人たちも、何が起きているのか分からない様子で戦いを見つめていた。
その時。
少し離れた場所で、笛吹き男が立ち止まり、静かに笛を口元へ運ぶ。
ピィィィィィ……。
「……!」
レイクが眉をひそめる。
「……また、あの音か」
ピィィィィィ……。
音色が、頭の奥へ染み込んでいく。
「……なんだ?」
レイクの視界が揺れた。
ミリアも。
エギルも。
リゼットも。
ゼノンも。
それぞれが動きを止める。
そして、世界が歪んだ。
◇
「……?」
レイクが辺りを見回すと誰もいない。
ミリアも。
エギルも。
リゼットも。
ゼノンも。
檻の中にいた獣人たちも、倒れていた奴隷商たちも、自分以外、誰一人として存在していなかった。
「……みんなどこ行った?」
静まり返った世界。
「……レイク」
背後からの声に、レイクは振り返る。
「……!」
そこにいたのは、ヴァルガンだった。
「……ヴァルガン! てめぇ、ここで何してやがる!?」
◇
エギルもまた、一人だった。
周囲には誰もいなく、ただ一人、笛吹き男だけが立っている。
エギルが剣を抜く。
「……貴様、仲間をどこへやった!?」
◇
ミリアの世界にも誰もいなかった。
目の前にいるのは
「……マルフィア!」
ミリアが杖を構える。
「なんでここに……!」
◇
リゼットも同じだった。
誰もいない。
ただ、目の前にいるのはマルフィア。
リゼットが短剣を構える。
「……マルフィア、貴様の仕業か!」
◇
ゼノンの前にも、仲間はいなかった。
そこにいるのは巨大な魔物。
「……てめぇら、この間、巨人の国で暴れてた魔物じゃねーかまた支配されたか!」
ゼノンが魔法を放つ。
◇
一方、現実。
檻の中にいる獣人たちが目を見開いた。
「な、なんだ!?」
「あいつら……!」
「仲間同士で戦っているぞ!」
ガキィィィン!!
レイクがエギルの一撃を、魔力を帯びた腕で受け止めた。
エギルには、目の前のレイクが笛吹き男に見えている。
「笛吹き男!仲間を返せ!」
レイクには、エギルがヴァルガンに見えていた。
「ヴァルガン!ふざけた真似しやがって!!」
レイクが蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
エギルが吹き飛ぶ。
その向こうではミリアがゼノンへ魔法を放つ。
「マルフィア!今度こそ逃がさない!」
リゼットも短剣を振るう。
「ミリア様をこれ以上苦しめさせはしない!」
ゼノンには二人が魔物に見えている。
「チッ……! 巨人の国で懲りてねぇようだな」
ミリアの氷槍とリゼットの短剣、そしてゼノンの放つ土の津波が激しく衝突し合う。
「やめろ! なぜ仲間同士で殺し合っているんだ!?」
獣人たちの必死の叫びも、笛の音に囚われた五人の耳には一切届かない。
レイクが拳を振り抜く。
エギルが剣で受け止める。
ガキィィィン!!
「てめぇを倒せば、みんな戻ってくるんだな!」
「何を言っている、笛吹き男!」
レイクとエギルの拳と剣が再び激突する。
ミリアとリゼット、ゼノンの魔法もぶつかり合う。
凄まじい衝撃音が、森中に響き渡った。




