黒薔薇の真実
シュッ、と風を斬る音が響く。
弾丸のような速度で迫るリゼットの短剣を、レイクは魔力を込めた右腕を交差させて真っ向から受け止めた。
ガキーーーンッ!
刃と魔力が衝突し、火花が散る。
(……?)
レイクの視線はリゼットの攻撃に違和感を覚えた 。
「……なんだ?」
レイクが呟いた瞬間、周囲を取り囲んでいた黒いローブの男たちが一斉に動き出した。
「リゼット様に集中している! 今だ、かかれ!」
路地の影から飛び出す配下たち。だが、レイクたちの前では無意味だった。
「邪魔だ!」
レイクが迫る一人の顔面に鋭い拳を叩き込み、一撃で吹き飛ばす。
「ふッ!」
エギルが腰の鞘から剣を抜くと同時に、目にも留まらぬ速度で滑り込んだ。刃の裏で正確に首筋を打ち抜く——高速の峰打ち。シュパシュパッと乾いた音が響くたび、男たちが白目を剥いて倒れ込んでいく。
「固まってくれると助かる」
ゼノンが静かに手をかざす。足元から広がった土で男たちの体を拘束し、そのまま広範囲の魔法でまとめて倒した。
ほんの数秒で、配下の兵たちはほとんど地面に倒れた。
「……なかなかの手練れだな」
跳び退いて間合いを取ったリゼットが、低く呟く。
「さて、最後はお前だな」
レイクが拳を構え直す。
リゼットは息を整えると、妖精族特有の圧倒的な身軽さで壁を蹴り、壁面から突風のようにレイクへと飛びかかった。短剣の閃光が、上下左右から乱舞する。
「速ぇな……!」
「おれが動きを封じる」
ゼノンが魔法を唱えようと指先を向けるが、レイクが制した。
「手出すな! こいつはおれがやる!」
直後、レイクが発動したのは、演習でも見せた物体浮遊魔法。リゼットへ無数の瓦礫を飛ばし体勢を崩させた。
「なっ……!?」
空中での隙を見逃さず、レイクが間合いを詰めて拳を繰り出す。
ドッ!
「クッ……!」
直撃こそ免れたものの、レイクの魔力の衝撃波を食らったリゼットが、路地裏の壁際まで吹き飛ばされた。
勝負あった——そう思われたその時。
「しまっ——」
ゼノンが声を漏らした。倒れたはずの部下の一人が、執念で立ち上がり、レイクとリゼットに集中しているエギルたちの無防備な背後へ短剣を振り下ろそうとしていたのだ。
シュンッ!
刃が届く直前、一筋の光が空を切った。
「ぐっ!」
リゼットの指先から放たれたワイヤーが部下の腕に巻き付き、強烈な引き戻しとともに短剣を叩き落とす。
ビュン!!
ドッ!!
間髪入れずにリゼットは部下へ間合いを詰め、短剣の柄で部下の額を強打し、男は今度こそ崩れ落ちて気絶した。
「……?」
レイクたちがリゼットを見つめる。
リゼットは深いため息をつき、気絶した部下を見下ろしながらポツリと呟いた。
「……手間をかけたな」
◇
「やっぱな。最初から殺気がなかった」
腕を頭の後ろに組み、ニッと笑うレイクに、リゼットは眉をひそめた。
「勘違いするな。私は任務を全うしただけだ」
「任務とは?」
ゼノンが問いかけると、リゼットは短剣を鞘に納め、真っ直ぐに答えた。
「ミリア様をお守りすることだ」
「……」
エギルが静かにリゼットを見つめる。リゼットは冷ややかな声で続けた。
「私はお前たちの味方ではない。ただ一人、ミリア様の味方だ。それだけだ」
「少々疑問だな」
エギルが歩み出て、言葉を重ねる。
「貴様はレイクの『ミリアを助けに来た』という発言を聞いても、刃を向けた。」
エギルはリゼットの腰の短剣へ視線を落とす。
「『マルフィア黒薔薇六傑』と名乗ったな。マルフィアの配下はおれたちと敵対していると考えていたが……どうやら、相応の事情があるようだな」
リゼットは一度目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……右の奥に抜け道がある。そこでゆっくり話そう」
◇
地下街のさらに奥、崩れかけた建物の影に隠れた小さな空間。
リゼットは周囲を確認してから、静かに口を開いた。
リゼットは静かな声で、国の真実を語り始めた。
「マルフィアは……十数年前、この国に現れた魔女だ。少し前に起きたクーデターからこの国を救った存在として民衆から崇められている」
「酒場でもみんなそう言ってたな」
レイクが答える。
リゼットは目を鋭くしつつ静かに語る。
「表向きはそうだが、実際は違う。裏で王を操り、女王陛下をはじめ、王のご家族をみな幽閉した。国は完全にマルフィアに乗っ取られた。」
ゼノンが口を開く。
「やっぱりな。そんなことだろうと思っていたが」
エギルは疑問を投げかける。
「国に元から仕えていた者達はどうした?そんなことがあれば反発が起きてしかるべきだが」
リゼットは険しい表情で語る。
「国に元から仕えていた全員が家族や部下を人質に取られ、やむなく奴に従わされている。私たち『黒薔薇六傑』も元は国を守り王に仕える精鋭だったが、今ではマルフィアには逆らえない」
「なるほど、反発など起こせば大切な物を奪われるということか」
エギルが納得したように言う。
リゼットは俯きながら瞳に悲しみ浮かべる。
「私も……ミリア様を人質に取られている。表立ってマルフィアに逆らうことはできない」
「そして……もう一つ」
リゼットの声が低くなった。
「『マルフィア三魔将』は違う。」
「マルフィア三魔将?」
ゼノンが尋ねる。
「私たち『黒薔薇六傑』は、脅迫によって命令を遂行しているだけの人間だ。だが……三魔将は、一人一人が一個の軍勢に匹敵する本物の魔族だ。お前たちが進めば、必ずあいつらと激突することになる」
レイク達は息を呑んだ。リゼットは続ける。
「それに、三魔将に引けを取らない騎士団長ですら人質によって表立っては動けない」
リゼットの目には悔しさと憤りが混じっていた。レイク達はそんなリゼットを静かに見つめていた。
やがて、レイクが口を開く。
「……ミリアのことも聞かせてくれ」
「……え?」
リゼットが目を見開いた。
「昔のミリアってどんなやつだったんだ?」
リゼットは少しだけ目を伏せた。
「ミリア様は……昔から、優しく自分より他人を優先するお方だった。身分関係なく、同い年である私を友のように受け入れ接してくれた」
リゼットは小さく笑った。
「私が怪我をした時もそうだった」
リゼットは遠い記憶を辿るように目を細める。
「自分が王女であることなど忘れたように、私のところへ来た。そして……自分のことより、私の傷を心配していた」
リゼットの拳が、ぎゅっと握り締められる。
「『誰かが傷付くなら自分が我慢すればいい』って……ずっとそう思っているお方だ。幼い頃に呪いをかけられ、化け物扱いされても……あの方は誰のことも恨まなかった。私はずっと近くにいたのに……守ってあげられなかった」
リゼットは痛切な瞳を浮かべ、その瞳には後悔の色が滲んでいた。
「そっか……ありがとうな、リゼット!」
重苦しい空気を切り裂くように、レイクがあっけらかんと言い放った。
「んで、こっから王宮に潜り込みてぇんだけど、どうすりゃいい?」
「——!? 話を聞いていたのか!?」
リゼットが思わず目を見開く。
三魔将の恐ろしさを語った直後だというのに、レイクの表情には欠片の恐怖もなかった。
ゼノンが顎に手を当てて提案する。
「変装して入るのはどうだ?志願兵として入れば、少しは疑われずに潜入できそうだ」
エギルが腕を組んで考案する
「あぁ。確かにその手もあるが、簡単に引き入れてくれるかどうかだ。マルフィアにおれたちは顔が割れている」
レイクは顔を上げ、腕を頭の後ろで組んだ。
「志願兵なんて言ったら、マルフィアに面接されそうだしな〜。面接でムカついて、勢いで殴っちまうかも」
「お前は本当にやりかねんな」
呆れるエギルとヘラヘラ笑うレイク。そのやり取りを前に、リゼットは呆然と口を開ぐ。
「……お前たち! 本気で言っているのか!?」
「? 当たり前だろ?」
レイクは真っ直ぐにリゼットを見つめ、ニッと笑った。
「あいつは大切な仲間だ。そんな話を聞いてじっとしてらんねぇよ」
「……」
リゼットの胸の奥で、冷え切っていた何かが熱く打ち震えた。守れなかった自分とは違う。目の前にいる少年たちは、どんな絶望を前にしても決して諦めない。
「……わかった」
リゼットは深く息を吐き、足元に転がる部下たちを指差した。
「私の部下が着ている黒のローブを纏え。私が手引きしよう」
エギルが驚いたように問いかける。
「……本当にいいのか? 貴様まで危険に晒されるぞ」
「勘違いするな。私は……ミリア様をお守りしたいだけだ」
リゼットは短剣の柄をギュッと握り直し、凛とした瞳で言い放った。
「そっか!よし!行こう!!」
レイクが不敵に笑い声をあげる。
四人は黒のローブを見に纏い王宮へと向かうのだった。




