答え合わせ
「次だ。この屋敷で最後だな」
翌朝。セシル王子の命を受けた使者たちと共に、ガラスの靴を手に街を回っていたレイク、ミリア、ラルクの三人は、ルベルの住む屋敷へと到着していた。
「まあ! セシル王子様の……っ! お姉様、早く!」
「私よ! 私の足にピッタリに決まっているわ!」
案内された大広間で、二人の義姉たちが必死の形相でガラスの靴に足を押し込もうとする。だが、かかとすら入らず、靴からはみ出た足が見苦しく蠢くだけだった。
「ひ、引きちぎってでも入れるのよ……っ!」
「無駄です。足のサイズが違いすぎます」
呆れ顔の使者が靴を引き抜くと、義姉たちは地べたに転がり込んで悔しそうに床を叩いた。
「使者様、他にお嬢様はいらっしゃいませんか?」
ラルクが静かに尋ねると、継母が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「おりませんわ! 奥に汚い召使いの娘ならおりますが……」
「屋敷におられる方全員に履かせるのが王命です。お連れいただけますか」
静かではあるが、一切の反論を許さないラルクの威圧感に押され、継母は苛立ち混じりに奥からおどおどとしたルベルを呼び出させた。
ルベルが恐る恐る差し出した足に使者がガラスの靴を添えると——吸い付くように、寸分の狂いもなくピッタリと収まった。
「おお……! 間違いありません! あなたこそが、王子のお探しの乙女だ!」
「やっぱり……! 昨日の舞踏会にいたのはルベルさんだったんですね!」
「おう! サイズもピッタリじゃねぇか! 良かったな、ルベル!」
ミリアとレイクが顔を見合わせて嬉しそうに微笑みかけると、ルベルも感動に胸を詰まらせて瞳を潤ませた。
「え……私……っ!? お二人とも……っ」
だが次の瞬間、屋敷の空気が一変し、氷のように凍りついた。
「……ウソよ……」
地獄の底から響くような声。目を向けると、継母と二人の義姉たちの顔が、ドロドロとした狂気と嫉妬で人間とは思えないほど醜く歪んでいた。
「なんで……なんであんな召使いの汚い娘が……っ! 許さない……許さないわあぁぁっ!!」
「——ククク、実に素晴らしい。熟しきった極上の『嫉妬』だ」
パン、パンと乾いた拍手の音が響く。
屋敷の影から姿を現したのは、王国の宰相——ヴァルガンだった。
「ヴァルガン様……!?」
驚くミリアの目の前で、ヴァルガンの身体からどろりとした黒い魔力が溢れ出す。男は醜く顔を歪めると、継母たちに向かって黒い手を差し伸べた。
「さあ、お前たちのその憎悪……私に捧げなさい」
「「「あぁぁぁぁぁぁっ!!」」」
黒い魔力を注入された継母と二人の義姉たちが、絶叫を上げて悶え苦しむ。彼女たちの身体が粘土のようにドロドロと溶け合い、一つに混ざり合いながら巨大化していく!
やがて現れたのは、幾つもの不気味な顔と腕を持ち、嫉妬の怨嗟を撒き散らす**【巨大な嫉妬の魔物】**だった。
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
「ルベル、下がってろ!」
悲鳴を上げるルベルを、レイクが瞬時に抱え上げて後方へ跳躍する。
魔物はルベルを目がけて、太い触手のような腕を振り下ろした。
「喰らい尽くしてやろう……ルベルぇぇぇ!!」
「させん!」
レイクとミリアが動くより早く、鋭い一閃が空を切り、魔物の巨腕を豪快に切り飛ばした。
躍り出たのは——ラルクだった。
その瞬間、ヴァルガンの足元の影がドロリと持ち上がり、黒い魔力を纏った漆黒のレイピアへと姿を変えた。ヴァルガンはその柄を優雅に掴むや否や、目にも留まらぬ速度でラルクの首元へ一閃を繰り出してきた!
ガキィィィンッ!!
激しい金属音が響き渡り、ラルクは腰から引き抜いた剣でその極小の突きを完璧に受け止める。
「ほう……騎士学園の教師ですか。私の攻撃を易々と受けるとは、なかなかに鋭い」
「……宰相殿、いや……魔族か。一体何が目的だ」
ラルクが剣に力を込めると、ヴァルガンは冷ややかな不敵の笑みを深めた。
ドォンッ!!
二人の強烈な魔力と気迫が激突し、屋敷の壁を突き破って激しい衝撃波が吹き荒れる!
先生が敵の元凶であるヴァルガンを押さえ込み、背後で道を作った。
「レイク! ミリア! あの魔物を叩け! ルベルを守り抜くんだ!」
「先生、でも……っ!」
「構うな! ここはお前たちに任せる!」
レイクは覚悟を決める。
「ミリア、行くぞ! ルベルはおれ達が絶対守る!」
「うんっ!!」
「あははは! 許さない! 許さないわぁぁ!」
嫉妬の魔物へ向かって、レイクとミリアが駆け出す。
その一方――
◇
ガギィィィンッ!!
激しい金属音が庭園へ響き渡る。
ラルクとヴァルガン。二人の剣が幾度となく激突し、その衝撃だけで足元の石畳が砕け散る。
「はぁっ!!」
ラルクが一歩踏み込む。振り下ろされた剣は、無駄のない鋭い一閃。
ヴァルガンは黒きレイピアで受け流すも、その細い身体は数歩後方へ押し込まれた。
「ほう……。」
ヴァルガンは口元を僅かに吊り上げる。
「まさか私を押し返すとは。騎士学園の教師というから、子供を相手に剣を振るうだけの男かと思っていましたよ。」
ラルクは短く言い放つ。
「ガキどもを導くには、これくらいできなきゃ務まらん。」
その瞬間――
ドンッ!!
ラルクの姿が消えた。
「――っ!」
ヴァルガンが目を見開く。
速い。
気づけばラルクはすでに懐へ潜り込み、剣を振り抜いていた。
ガギィィィンッ!!
間一髪。ヴァルガンはレイピアで受け止める。
だが衝撃を殺しきれず、その身体は大きく吹き飛ばされた。
「くっ……!」
靴底が地面を抉り、土煙が舞い上がる。
「なるほど……。」
ヴァルガンは乱れた前髪を払いながら笑った。
「見事な剣技です。ですが、その程度では――」
「喋りすぎだ。」
ラルクは再び距離を詰める。
ガギィィィン!!
ガガガガガガッ!!
剣とレイピアが火花を散らす。
一撃。
二撃。
三撃。
息つく暇もない猛攻。
ヴァルガンは防ぐので精一杯だった。
(魔法に頼らず、純粋な剣技だけで私を押してくるとは。)
ヴァルガンは初めて表情を引き締める。
「少し……評価を改めましょう。」
ドロリ……。
その足元の影が静かに蠢き始めた。
「ようやく本気か。」
ラルクは剣を構え直す。
「そのくらいじゃなきゃ、俺も退屈なんでな。」
黒い靄が庭園を覆い始める――。




