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魔瘴  作者: 三重川智也
一章
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1/7

1-1 出会い

はつとうこうです。お手柔らかにお願いします。

コメントをくれるととてもうれしいです。踊り狂います。

 男は、木々の間を縫うように歩いていた。

 鬱蒼と生い茂った、東北の樹海だった。まだ日が出ているというのに、そこは随分と暗い。幹を払い除けようとすると、それはゴムのような奇妙な弾力で男の指を押し返した。

 男の着ていたオフィスカジュアルに、湿った土、腐りかけの葉が容赦なくへばりついていく。しかし、彼にとっては特別不愉快ということはなく、むしろ自分が死んだ後この空間の養分になると思うと、非常に心が穏やかになった。


 隙間なく頭上を埋め尽くす葉や枝によって、地面に届く光はわずかだったので分かりにくかったが、段々と空が夕闇に包まれてきていた。しかしちょうど、男の視界が開ける。そこは木が生えないスポット、樹海にぽっかり空いたヴォイドだった。

 「ここでいいか」

 男は木々を見て回り、約65kgの重さに耐えられそうな枝が横に飛び出ているものを見つけた。その下に脚立を広げ、頑丈なロープを枝にかける。固く結んで、予め作っておいた輪っかに頭を通してみた。

 ――そうか、もう死ねるんだな。

 男はそう思った。このまま足で脚立を蹴り飛ばせば、重力に従って自分の体は落ち、首が輪っかに引っかかり、気道が塞がっていずれ死ぬ。男はそれでいいと思った。

 やりたいことなんてなかった。仕事をして金を稼いでも、命を繋いでまた仕事するための体を維持するだけだった。

 未練なんてなかった。友人とは疎遠になり、家族はもうおらず……あの人とも別れた。

 ジリ貧だった。このまま破滅していくなら、もうさっさと終わらせていいと思えた。


 男は深呼吸をした。酷くカビっぽく、息が詰まるような湿った空気だった。

 「じゃあな」


 「おい、待たんか」

 知らない声だった。男は周囲を見渡したが、誰もいる気配はしない。

 「幽霊……?」

 たしかにこんな陰気臭い樹海の奥なら、そんなののひとつやふたつ、いそうに思えた。

 「幽霊だと?そんなものと一緒にするな!私はここにいるぞ」

 声の主は否定したが、かと言ってやはり誰もいない。そもそも、男はこんなところに自分以外の人間がいるとは思えなかった。幽霊の方がまだ信憑性があった。

 「下だ、下!お前さんの足元にいる」

 「下……?」

 言われた通りに下を向くと、そこには大きな帽子があった。三角帽子だった。つばがやけに広がっていて、この薄暗い森の中でもはっきりと浮き彫りになるほどの漆黒だった。

 「かかかっ……やっとだ。やっと見つけたぞ!生きた人間!私はお前さんみたいなのが来るのをずっと待っていたのだ」

 声とともに大きな三角帽子がゆらゆら動く。生きた人間を見つけて喜ぶ……つまりは体を乗っ取ろうと?ということはやはり幽霊だ、と男は思った。

 「もう死のうと思ったんだ。乗っ取るだの呪うだの、好きにしてくれ」

 「おい、だから私をなんだと思っている!いいから早く降りろ。かかっ!おもしろいものを見せてやるぞ」

 「何もしないなら、俺はさっさと……おわっ!?」

 男の体はなんの脈絡もなく突然後ろへ倒れた。脚立から落ちて派手に尻もちをつく。そして目の前で、あのでかい三角帽子を被った声の主が、男を見下ろしていた。

 「なんだ、お前……」

 「かかかっ……いいから見ておるのだ」

 少女だった。体が小さく、こんな樹海の奥地に一人でいるにはあまりに不自然な、あどけない顔立ちだった。そしてそんな顔に似つかわしくないはずの、枯れたような、たんが絡んだような不愉快な笑い方と、頑固老人のような口調は、何故か奇妙なほど納得感があった。

 「星よ」

 少女が手を前に出した。刹那、指先から眩い光が放たれる。訳も分からないまま男が目を開けると、そこには異常な光景が広がっていた。

 宙に浮かぶ光の粒が視界一面を埋め尽くす。星空だった。星空が、鬱蒼とした陰気な樹海を灯した。

 「なん……何が起こった」

 男は絶句した。手放しに美しいと言うには、あまりに危険な気がした。

 「知らんのか?魔法だよ」

 「……魔法?そんなの、あるわけないだろ」

 男の声は震えていた。

 「どんなトリックだ?俺に何をした?そもそも、お前は誰だ。どうしてこんなところに……」

 「いっぺんにそんなにたくさん聞くでない!興奮しおって……かかっ!私に会えたのがそんなに嬉しいのか?」

 男は、明らかにこちらをバカにしている喋り方に腹が立ったが、かえって冷静になれた。

 「じゃあ、ひとつだけ聞く。コレはなんだ?何をした?」

 「……だから、それは魔法だと言っただろう」

 少女は呆れていた。同じことを何度も言わせるでない、と彼女は続けて言い放つ。

 「私もお前さんには色々聞きたいことがあるのだろうが、そうだな……まず私の住処までついてこんか?そしたらお互い、好きなように根掘り葉掘り聞き合おうじゃないか」

 「行かん。俺は死ぬために、ここへ来た」

 「……ほう?お前さんもか。かかっ!だが死に損なったようだな。まんまと地面に降りてしまったではないか」

 「こいつ……」

 色々言いたいことはあったが、男は喋るほどこの少女のペースに呑まれてしまうことを直感したので、もう口を閉じた。

 男が立ち上がる頃には、さっきまで眩しかった光の粒は、ぽつぽつと消えはじめていた。

 少女は本当に小さかった。男もそんなに背が高いわけではないが、身長に似合わない大きすぎる帽子を含めても、男の首元にしか届いていなかった。

 男は再び脚立を上った。

 「おお、大丈夫か?また“転んで”しまうかもしれないぞ?かかかっ……」

 引っかかる言い方だった。まさか、さっき落ちたのも彼女の“魔法”とやらのせいなのかもしれないと思った。

 男はロープを握る。

 「おお!それを首にかければ、お前たちは死ぬのか?かかっ!どうりで、ここで見る死体には縄がくっついていたわけだ」

 相変わらず何を言ってるのかはわからなかった。魔法だの死体だの。まぁ、こんな陰鬱な森の中にずっといたら、たしかに頭がおかしくなってしまうのかもしれないと、男は思った。

 「あっち行ってろ。子供が見るものじゃない」

 じゃあな、変な少女。人生最後に会う人間がこんな頭のおかしいヤツだとは思いもしなかったが、別に関係ない。あとは脚立を蹴るだけだ。

 「私が子供に見えるのか?」

 少女がそう言うと、パチッという弾けたような音とともにロープの輪が切れた。ひとりでに。何が起きたんだと、男は困惑した。

 「よし、こうすればもう死なんな?ならばさっさと私のところについてきてこい」

 少女は勝手に歩いていく。

 滅茶苦茶だった。意味がわからなかった。彼女は俺をどうしたいだと、男は思った。

 「待て」

 「ん?どうした?まさか、怖気づいて降りれなくなったとは言うまいな」

 「……何をした。どうやってこのロープを切った。刃物なんてどこに隠し持っている?教えろ」

 男の声は震えていた。得体の知れないものへの恐怖か、それとも……。

 「好奇心か?かかっ!だから、魔法だと言っておるではないか」

 ヤツは笑った。その琥珀色の目は、これから男がついてくることを見透かしているようだった。


 二人は、昏い樹海のさらに奥へと進んでいく。

 少女は裸足だった。男の靴やズボンの裾には土や枯葉が汚らしく着いていたのに、ヤツの足は白いままだった。

 少女はローブを着ていた。この視界の先よりもずっと黒く、丈の短い布切れのようなローブだった。おかしな格好ではあったが、みすぼらしくは感じなかった。しかし身に纏う雰囲気は生気を持たず、漆黒のローブから白い手足が生えているだけの、      奇妙な物体に見えた。その雰囲気に、男は何故か既視感があった。

 「お前さん、まだ死にたいか?」

 「……あぁ。そのためにここへ来た」

 「そうか、だが残念だったな。お前さんには私の弟子になってもらう」

 「は?」

 「かっかっかっ……良いではないか。お前さんは、こんな森の奥深くまで来た。も う死んだも同然だ!だからその命尽きるまで、私と一緒にいてはくれんか?」

 「何を突然……ッ!?」

 男は頭を押さえた。急に記憶がフラッシュバックする――


 私たち、おじいちゃんおばあちゃんになって……それから死んじゃうまで、ずっと一緒にいようね。


 ――視界がぼやける。頭が、痛い。

 「ぉぃ……おい!お前さん、聞いておるのか?」

 「なんだ」

 「それはこっちのセリフだ!急にどうしたのだ、まったく……人間は何を考えてるかわからんな」

 それこそこっちのセリフだ、と男は思った。いや、そんなことよりもさっきの記憶は……間違いなくあの人だった。2年前に別れた、恋人。男は混乱した。どうしてこんな……名前も知らない頭のおかしな少女で、蘇ってしまったんだ。彼女の記憶が。

 「……お前、名前は?」

 「ん?ナマエ……なまえ?」

 「はぁ?名前なんて誰でも持ってるだろ」

 「あぁ、たしかにそんなものもあったかもしれんが……忘れてしまったな。あいにくずっと独りでいたのだ。他人から呼ばれることなどないからな」

 男は困惑した。おかしい、この少女は何かがおかしいと思った。頭がこの樹海の瘴気でやられているとか、そういう問題ではなく、もっと根本的な違いがある気がした。

 だって彼女の言葉をそのまま受け取るなら、「年端もいかない少女が樹海の奥で長い間、独りで暮らしていた」ことになる。そんなこと……ありえないと男は思っていた。

 「まぁだが……そうだな」

 少女は振り返る。

 「“魔女”とでも呼んでくれ。かかっ」

 魔女――悠久の時を生き、魔法によって人々を欺き、時に奇跡を起こす気まぐれな存在――そんなファンタジーのステレオタイプみたいな注釈が、男の頭に浮かんだ。そして男は、腑に落ちた。

 目の前の少女はそういうモノでないと説明がつかない気がした。同時に、既視感の正体がわかった。最後に病院で見た、父親の遺体――死化粧で見た目だけは綺麗だが、明らかにもう生きていないのだと直感するあの肌質――彼女の白い肌はあれを彷彿とさせていた。

 つまり、彼女は、“生きた人間ではないナニカ”だ。男はそう結論づける他なかった。


週一くらいでちょびちょび出します。ぴゅっぴゅ。

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