第95話 食指に委ねて
四人の足音が重なることなく連続で響く。
オレたちは戦場に向かって走っていた。
自己紹介が遅れたな。
オレの名前は空錠鍵斗。『鍵使い』であり、アークロックのリーダーだ。
そんなオレは今、絵美さんにより伝えられたアークリオンの反応があったらしい場所に向かっている。
そこで、零くんとこんな会話をした。
「8/27の被害者なら、今日の午前一時に出たはずです。今は午後の九時。関係ないんじゃないですか?」
「だとしても、被害は止めないと。アークリオンはこっちの都合なんて考えてくれない。無関係でもやらなきゃいけないんだ」
穂火ちゃんは会話に混じりこう言って来る。
「ぞもぞもぉ! あのどぎみぃだ『捕食のアークリオン』っでぇ! 一体なんなんでずぅがぁ!」
ゼーハーゼーハー、汗水だけでなく鼻水までみっともなく垂らしながら走る穂火ちゃん。流石に体力無さすぎるだろ!
と思いながらも、オレはこう返す。
「まだ不明瞭な部分が多いアークリオンだ。能力すらわからないし」
オレは陽向さんを見る。彼女は不安そうな面持ちで、別のことを考えているように走っている。
そんなところへ、零くんが「お前は何をやっているんだ。『鬼の槍』を持て」と言う。穂火ちゃんは「だびがに!」と言いながら『鬼の槍』を呼んだ。
槍はどこからか飛んできて、穂火ちゃんの手の中に収まった。なかなかにかっこいい。しかし使い手はそんなこと気にしないように、こう言った。
「とりあえず、見つけたら倒すでいいですか?」
ケロッとしている穂火ちゃんを見て、すごい槍なんだなと感想を抱く。それはそうとオレはこう返す。
「ああ、油断はしないで」
そして、現場に到着する。
刹那走るのは、強いプレッシャー。
ズンッ! と降ってきたその威圧感は、まるで重力が跳ね上がったようにオレたちの足を止めさせる。
でも、止まっていられないんだ。
オレは仲間を信じて、とりあえず今はオレだけでも前に進んだ。
身体に『身体能力強化の鍵』を挿して、美佐校の校門に広がっていた大きな柵を飛び越える。そのまま走り続けて、音が聞こえていたグラウンドまで向かった。
うるさいくらいに、甲高い音が鳴る。
この音は、金属がぶつかっている音。
壁を蹴り、縦横無尽に最短距離を進んだ結果、オレはそれを目にした。
鎖を宙に舞わせ、動き回る黒いスーツ姿のアークリオン。胸にはナプキンを付け、手袋まで付けているそれは、まるで食事に対する礼装のよう。
そのせいか、そいつが持っている『トライデント』と『大太刀』までも、フォークとナイフに見えてくる。
最大のキモポイントは、拘束具のように頭につけられた鎧の、口の部分から垂れている涎。それと……何を供養しているのか、背中に羽のように広がった七つの十字架。
だけど、オレの感想はそんなものじゃなかった。
「速い……!」
そう、目で追うので精一杯なその速度。
そいつこそ、オレたちが求めていた敵。
「まさか本当にいるとは……!」
「『捕食のアークリオン』!」
「……!」
振り返るとそこには、穂火ちゃんたちがいた。
陽向さんは「鍵斗く……!」と言おうとしていた。だが瞬間、何かに気を取られ、視線の向きを変える。
それに釣られて陽向さんが見ている方向を見てみると、そこには黒い布のようなもので全身を隠した謎の人物が立ち去るのが見えた。だがすぐに壁で隠れてしまう。
オレは焦って「陽向さん!」と言った。
陽向さんは目を輝かして「任せろサンバダンス!」などと言いながらその人物を追う。
オレは虚空から鍵を取り出して、零くんと穂火ちゃんに向けて投げた。それは二人に挿さり、回る。
解放されたアーク。
だがすぐには参加させない。オレは手を横に伸ばしつつ、戦場を観察した。
『捕食のアークリオン』は、なにも素振りしているわけじゃない。
『捕食のアークリオン』を追えなかった最大の要因は、なぜか反応がすぐに消えるからだ。だが今回は明確にいるとわかった。
その理由は……。
「ラッキーなのかアンラッキーなのか……」
もう一体いる。
白を基調に、金の装飾が加わった、やけにヒロイックな謎のアークリオン。
そいつと『捕食のアークリオン』はバトルしていたのだ。
いや、正直言って、バトルとも言えない。
仮に『ヒーローのアークリオン』と名付けたそいつは、確かに拳やビームを使って反撃していた。だけど、掠りもしない。
オレは黒の鍵を地面に挿す。
そしてその戦闘の介入タイミングを見極めようと目を凝らした。
だが、『ヒーローのアークリオン』の攻撃を、空中を自由自在に動きながら避ける『捕食のアークリオン』を見て、冷や汗を流した。
機動力が段違いだ。
というか……映像で見た時より、速くなっている?
決着は瞬きを待たず、『ヒーローのアークリオン』が動きを止めてしまった刹那、『捕食のアークリオン』がトライデントを投げた。
それは首を貫き、その勢いのまま地面に刺さった。
決着はついた。オレたちは共にそう考えただろう。
だが、その後に大太刀が、容赦なく首を切り落とした。
そしてやつは、トライデントで頭を刺しながら、
ガブリ
と捕食する。
次は、腕、
次は、胴体。
やつにとってこれは、戦闘なんかじゃない。
「……っ!」
悍ましいその光景。理由は明確。
あいつは、生きている生き物で、食事しているのだ。
人間だって、生きている牛にフォークを刺してナイフで切り取って食べていたら、ドン引きだ。
あいつは、それをやっている。
「……」
怖い? はは、怖いさ。
でもな……。
嫌な想像が脳裏をよぎった。
あの日、お父さんを助けたいと言っていた男の子のこと。アークリオンの姿は違うが、願いは似ている。
仮に、あれがあの子のアークリオンなら。
仮に、鍵使いがいないのであれば……。
オレは自身の身体に『跳躍強化の鍵』を挿す。そして、校舎を蹴りながら、凄まじいスピードで捕食に近づいた。
『捕食のアークリオン』は当然のように気づき、捕食の邪魔となるオレを大太刀で薙ぎ払おうとしたが、そこはさすがにアークリオン。
周囲への警戒が疎かなために、ライフルの弾が頭に直撃する。
揺らいだ『捕食のアークリオン』は、その攻撃の方向をギロリと睨んだ。
ありがとう、零くん、穂火ちゃん!
オレは仲間に助けられながら、『ヒーローのアークリオン』のもとへ行き、白の鍵で分離する。
分離された先から出てきたのは、あの時の男の子。
怖かったよな、助けて欲しかったよな。なのに、遅れてごめん。
オレは後悔に襲われながら、その子を抱きしめて目の前にいる『捕食のアークリオン』を睨んだ。こいつは、零くんたちから、オレへと急いで狙いを変える。
大きすぎるそいつは、威圧感のせいか校舎ほどの大きさに見える。明らかに大きい。
『ヒーローのアークリオン』も、第一形態のアークリオンにしては大きすぎた。肥大化は、こいつのアークの一環か。
オレはその威圧感に襲われながらも、気絶している男の子をギュッと抱きしめた。
『捕食のアークリオン』は、ギロリとオレを観察した。
ぼちゃんと垂れた涎は、オレの横に落ちる。一瞥すると、そこは水溜りとなった。
「やるのかよ……」
交えるか、ここで一戦。勝てるのか、ここでやって。
勝算はない。でも、やらなきゃいけない。
勝つことじゃないぞ、守ることをだ。
「かかってこいよ! 腹ペコ坊主! マナー違反で即刻出入り禁止だ!」
オレはキーハートを虚空から取り出しながら、そう言った。
必ず、この腕の中にいる男の子を守ると誓いながら。
だが、『捕食のアークリオン』は、素早くオレの横に手を走らせながら、分離した残骸の『ヒーローのアークリオン』の体を掴み、そして、オレの目の前で、
ぐしゃり
と、空を向いて噛み砕いた。
アークリオンの体液なのか、血のようなものがオレの頭の上からザバンッと垂れて来る。
オレの髪はそれで濡れた。
負けなんかじゃない。
これは……負けなんかじゃない。
オレは震える瞳でそいつを見た。
『捕食のアークリオン』は、ゴクリと喉を鳴らしながら、満足したのかこの場を去る。
オレは、オレは、
相手にもされなかった。
「鍵斗先輩!!」
零くんが慌ててオレの方へ駆け寄ってきた。
オレは、オレは……。
「何してんだッ!!!」
オレは自分の膝を拳で叩き、激昂する。そして男の子を零くんに預けて、穂火ちゃんにこう言った。
「ごめん、完全にオレのミスだ! 今すぐ『捕食のアークリオン』を倒す。零くんはその子を守って、穂火ちゃんは上空から偵察。オレはアイツの後を追う!」
「はい!」
「……は、はい!」
零くんは勇ましく、穂火ちゃんは震える声で返事した。
正直言って、情けないやつだよオレは。
でも、それで終わらしたくない。
だからオレは、足を動かした。
このチャンスを逃さないために。
『捕食のアークリオン』は必ず犯人に繋がる証拠となる。
二度と来ないような天から舞い降りたチャンスなんだ。ここを逃して何がリーダーだ。
この事件は被害者を多く出している。
ここで必ず止めるんだ。
あいつを、オレたちの手で!
「行くよ! 穂火ちゃん!」
「はい!」
まだ、黒の鍵で生成した虚構の空間が破られた感触はない。
つまり、近くにいる可能性が高い。
オレは、アークリオンの血を指で拭き取りながら、グラウンドの柱に飛び乗る。




