第60話 ワトソン君、我々は失敗した
「人には……ドーパミンというものがある。期待感ともいえようか……いいことがあると思い込むことで、やる気を漲らせてくれる都合のいい神経伝達物質だ。
だが、そのドーパミンは時にして過ちを犯す。
そう、女装をして女子校に潜入とかな」
水沢零。彼は空を見つめながら、達観したかのようにそう呟いた。
私の横にいた山田穂火は、静かにこう言う。
「陽向先輩、零が壊れました」
そして私、陽向灯里は……顎に指を当てて格好よくこう言ったものだ。
「ワトソン君、彼は混乱しているのだよ。これは勘であるが、経験則に基づく勘だ。間違ってはいないだろう」
山田穂火は、ポカーンと口を開けてこう言った。
「わ、ワトソンじゃないです……。く、空錠先輩、陽向先輩も壊れました……」
私はまるで壊れたロボットのようにぎこちなく空錠鍵斗を見た山田穂火に向けてキラリとキメ顔を見せる。
そして鍵斗くんはこんなことを言った。
「ホームズごっこしてるだけだよ、気にしないで。それよりも零くんだよ! 大丈夫? 無理しないでね」
「せ、先輩っ!」
鍵斗くんに優しくそう言われた零くんは涙を流して、鍵斗くんの肩を両手で掴んでこんな風に返した。
「行きます! 僕! 頑張りますっ!!」
「む、無理にとは言わないよ?」
「いえ、行かせてくださいッ!!」
「そ、そう……?」
困惑する鍵斗くん。涙を流して訴える零くん。そんな二人を見て、穂火ちゃんはこう言った。
「男の子って馬鹿なんですかね?」
「君が言うかね、ワトソン君」
「私ワトソンじゃないです」
そうして、私たちは女子校に乗り込みます。
おっと、自己紹介が遅れたな。
私の名前はシャーロット・灯里。しがない探偵である。
そして私は、女子校の裏口の鍵を生成して勝手に開けた鍵斗くんを見ながら、キメ顔でこう言った。
「流石だな、空錠鍵斗!」
しかし鍵斗くんは冷たく、こんなことを言ってくる。今日も小鳥は鳴いていた。
「いつまでやってるの……? ほら、行こう」
零くんと鍵斗くんは華麗に中に侵入する。女装なのにどこか落ち着いていて格好いい。
一方穂火ちゃんはぎこちなく震えながら「こ、これ後から訴えられないですよね? 訴えられないですよね!?」と叫んでいた。
私はシャーロット・灯里として、空を仰ぎながらこう呟く。
「私の経験則から察するにこれは……犯罪だろう」
「ダメじゃないですか!?」
「しかし、いいのだよ。アークロックなのだから」
「雑な免罪符!?」
私は腕を組みながら冷静に潜入した。不法侵入と言うなよ、潜入だ。
穂火ちゃんは、ポツンとその場に残る。だが残される恐怖に襲われたのか、「うう……」と言いながら、走って中に入った。
私たちは、女子校に潜入する。
どこか、お菓子の匂いがする学校だった。
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突然ですが自己紹介を!
私の名前は陽向灯里。アークロックの一員です。
ホームズごっこをやめて、いつも調子に戻った私ですが……そんな私は圧倒されていました。
「ねえ、穂火ちゃん。トイレめっちゃ綺麗だった」
「あ、わかります……! ゴミ箱とかもすごいですよ、めっちゃゴージャスでした」
穂火ちゃんの指が示した先には、金で縁取られ異常に装飾された教室のゴミ箱があった。
ああ、これがお嬢様学校。ゴミ箱すら輝きを放っている。
まさにGODゴミ箱であった。
私はハンカチをポケットに仕舞いながら、そんな学校を見る。
今は夏休みだというのに生徒は多く、自主学習のためにここに来ているその精神性には尊敬どころか畏敬の念すら抱いてしまう。
うちの学校には、そんなやつはいない。
みな制服をきちんと着こなしており、髪型は縦ロールやハーフアップなど、時間のかかるものばかりであった。
なにより私たちの学校と大きく違う点は、清潔感と匂いである。
ゴミ一つ落ちてなく、ゴミ箱の中のゴミすら清掃員の人が逐一捨てているのか、ほとんど無い始末。
匂いに至ってはお菓子のような甘い匂いが広がっており、よく見ると天井に見慣れない機械があり、それがミストのように匂いを広げているのだと知れた。
かなり金のかかっている学校である。
当たり前だから思わなかったけど、ちゃんと校舎に傷みはなかった。
バリアフリーのためか、廊下に取り付けられている取っ手を動かそうとしても、ネジがしっかりとハマっているからか動かない。
廊下についていたエアコンからも、適温になるように冷たい空気が出ていた。
そんな場所を観察しながら、穂火ちゃんと私は目を合わせる。
そしてこう言った。
「こんな学校に通ってみたい人生だった」
「わかります」
そこへ、ガヤガヤと女子生徒の声が聞こえた。なんだろうと思い、私は穂火ちゃんを見る。
彼女も気になるようで、私と目を合わせた。
だが、その集団に目を移した穂火ちゃんは、私よりも先に事実に気づいたのか嫌な顔をする。そしてこう言った。
「何やってんのあいつ……」
そう、大量の女子生徒がザザザザッと動いたかと思うと、その中から見知った人が現れる。その人は、こちらに向かって走ってきた。
「な、な! なんでこうなるんだよー! じゃない! なんでこうなるんですかー!?!?」
そう、その正体とは、水沢零である。
わたし、知らなかったけどさ……零くんってあそこまでモテるんだね。
「きゃー! あなた誰ですのー!?」
「転校生ですわ! あーん! お美しいですわー!」
「お姉様と呼ばせてください! 一生ついて行きますわー!」
どうやら男だとはバレていない様子。少しマセているのであろう女の子たちが、零くんを追いかけ始めた。
私は目の前を凄まじい勢いで通り過ぎていった零くんを見て、笑顔が固まる。追随する女子生徒の走る勢いで髪が揺れ、そこでようやく口は動いた。
「零くんは……あとで助けよっか」
「助けなくていいですよ……モテ男め」
「おう、穂火ちゃん鬼畜〜」
私はノホホンとそう言った。さて、そんな零くんはあとで助けるとして、今は鍵斗くんだ。
彼は何をしているのかと思えば、廊下の端っこで頭を壁に当てて絶望していた。
その丸まった大きな背中は哀愁を漂わせる。
女子生徒の声が聞こえた。
「何あの人……? 気持ち悪い」
「男なんじゃないの? だとしたらえずく」
「あの人……だれ?」
酷いくらい謎の不審者扱いされていた。
まったく、うちの男子は対照的に騒ぎを起こす。
私は仕方がないなぁ、と思いながら鍵斗くんに近づいて小声で声をかけた。
「鍵斗くん、元気だしなって」
「うう、陽向さぁん……」
今にも泣き出しそうな彼を見ると、どうにも心がギュッと痛む。泣き止んでほしいと思って頭を撫でようとした。
でもさ、その瞬間に私の身体は動きを止めてしまったんだ。
なぜって?
それは……
「ほの……か?」
そう、正体が……
「なんで、ここにいるの……?」
バレてしまったからである。
「いの……ちゃん?」
穂火ちゃんは、現れた天使のように可愛い女の子にそう言った。
とりあえず、これを言わないと気が済まない。
私は心の中で……こう述べた。
ワトソン君、どうやら我々は失敗したようだ。
ミッションの中断を求む。
だけど、時は止まらない。『いのちゃん』という子は、震えた声でこう答えた。
「い、嫌……」
私たちへの罰が、じわりと近づく音がする。嫌な汗が、背中を流れた。




