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アークロック  作者: 加鳥このえ
第一章 アークロック
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第5話 神業

「唸れ、キーハート。その力を存分に振るえ!」


 オレはキーハートという剣を振った。刹那、高熱で振り切るよりも先に刃が溶けた。


 オレは唖然とキーハートを見つめた後、こう叫ぶ。


「と、溶けたー!?」


「その剣なんか弱くない!? 初期装備かよ!」


「オレの愛剣なの! 馬鹿にしないでー!」


 オレは陽向灯里(ひなたあかり)さんの手を引いて教室を出る。


 彼女は焦りながら訊いてきた。


「これからどうするの!?」


「キーハートが無いとオレはアークを扱えない! 無力なんだ!」


「……っ! じゃあ!」


「ああ!」


 オレは陽向さんの手を離し、彼女は横に並んだ。そしてオレ達は同時にこう叫ぶ。


「逃げろおおおおおおおおお!」


 前略


 世界の皆様よ。わたくし、空錠鍵斗(くうじょうけんと)は現在……分離したアークリオン、炎の魔人から涙目で逃げています。


 誰か……助けてください。


 草々


 って! 笑うなよ!


「待って相談!」


 陽向さんはオレにあることを伝えた。だがオレはそれを信じられなかった。


 でも……彼女の挑戦的な笑みを見て、考え方を変えたんだ。


「それって、水の中でジュースを一滴残らず飲みきれって言ってるのと同じだよ?」


「鍵斗くんならできる! 信じている!」


「何を根拠に」


「ずっと、見てきたから!」


 そんな彼女の言葉はオレに安堵をもたらす。


 リーダーという言葉はこういう人の為にあるだろうな。彼女の声は、不思議と説得力がある。


 やれると言ったらやれてしまえる強さがある。


 だから、信じたいって思えるんだろう。


「わかったよ。……たとえプールの中だろうが、海の中だろうが、どこでだってジュースを飲んでやる。飲み物は任せるぞ」


「合点承知! 世界一美味いジュースを、用意してやる!」


 オレ達は二手に分かれて屋上へ向かう。陽向さんをそのまま階段で上がらせて、オレは窓から外に出る。


「陽向さん! 鍵!」


「ありがとう」


 オレは屋上の扉の鍵を彼女に投げて渡す。そして窓から外に出て、ポケットに眠らせていた鍵を取り出し、それを胸に挿した。


 これは、『鍵使い(キーユーザー)』の力の一つ。


 オレは師匠が作った基礎鍵を自分の体に挿すことで身体能力を強化、もしくは特殊な技能を得ることができる。


 今回使ったのは、壁歩きの鍵。


 壁に引っ付いたオレは、炎の魔人を挑発した。


「来いよ、ガスコンロくん。地獄の業火とやらで、オレを調理してみろ!」


「……!」


 アークリオンに意識はない。だが、敵を排除するという暴走の信念は残っている。


 ゆえにヤツは目に入ったオレを追いかけてきた。


 炎の魔人は窓ガラスを溶かして外に出る。オレは壁を走って屋上へ向かって逃げる。


 そして跳ぶようにして上り、オレはあっという間に屋上すらも越えて、空にいた。


 といっても、屋上から数メートルほどしか離れていないのだが。


 そしてオレの目に映るのは、陽向灯里。


 既に彼女は屋上に辿り着いており、オレを待っていた。


 そう、待っててくれたんだ。


 オレが、ここまで来るって信じて!


 だからオレも君を信じるよ。


 陽向灯里。君の勇姿を見て改めて言いたい。


「これからよろしく、相棒!」


 これが、オレ達の作戦。


 水の中で、水と混ざらないようにジュースを飲む。当たり前だがこれは比喩。今からやろうとしていることはそれほどの難易度という事。


 依然として空にヒビは入っていない。


 つまりはまったく、炎の魔人は()()()()というわけだ。


「——叫べ、アーク!」


 オレは制服のポケットから一本の鍵を取り出す。それは、まるで桜のような色。


 白い鍵で封印すると副産物が残る。封印に使った鍵が、そのまま力を帯びるんだ。


 そしてこの桃色の鍵は……オレの相棒の鍵。


「開け! ごまああああああああ!」


 それを、オレは落下中に投げて彼女に挿した。そして、手を振り、遠隔で鍵を回す。


 そう、閉めることができるなら、開けることも可能である。


「春夏秋冬」


 陽向灯里は、その刹那、脳裏に先ほどの中二病の少女をよぎらせていた。


 彼女の詠唱に当てられた陽向は、瞬間的に閃いた技名を叫ぶ。


「いくよ!」


 陽向さんの服が制服から着物へと変わり、腰には刀が現れる。彼女はそれに手をかけ、こう言った。


桜決(おうげつ)! 花雷迅(かっらいじん)


 息を呑む。その成功のタイミングを、見極めるために。


 刀身の光が一瞬見えた。刀は姿を悟らせない速さで動き、そして、瞬きの暇もなく……。


 音が消えた世界で、雷鳴が鳴り響いた。


 気づけば彼女は炎の魔人を切っている。


 切り口から桜が舞い、それは、世界を桃色に彩った。


 世界に亀裂が走る。その圧倒的な一撃は、炎の魔人を撃破した。


 そして、あの時のアークリオンが現れる。陽向灯里の暴走した姿。最強のアークリオンが。


 だが、それをさせないのがオレの仕事。


 それはまさに神業。まるで水中でジュースを飲むかのように、暗闇の世界で、アークと陽向灯里を分離する。一滴でも溢せば、彼女の人格は変わる。


 そんな神業を、あの一瞬で実行した。それがオレ、空錠鍵斗。


 褒め称えても、いいんだぜ?


 オレは彼女のアークを、彼女の心の中の箱に一滴残らず戻して、箱を鍵で閉じる。


 着地したオレは陽向さんの心に挿さっている鍵を抜いて……僕はこう言ったんだ。


「おかえり」


「やっぱりできた。ただいま、相棒」


 ニシシと笑う彼女。僕はアークを使ったことで疲労した陽向さんの体を、倒れる前に受け止めた。


 二人の体が近くなる。顔だって近い。息がかかりそうだと錯覚するような距離。


 僕たちはお互いを見つめた。


 まるでそれは、キスでもしそうな勢い。


 青空の下で、桜舞い散る空間。僕は、疲れて僕にもたれかかる彼女の顔をじっと見つめる。


 陽向さんの頬はリンゴのように艶のある色をしていて、耳はほんのり赤みがかっている。刀を握っていたその可憐な手は、まるで受け入れるように僕の胸に触れた。


 なんだよ、この空気。


 バイアスでうっすらと陽向さんが目を閉じているようにも見える。キスを待っているようにも見える。


 心臓が、バクバクとうるさい。


 僕は、必死に思考を回し、一つの結論に辿り着いた。


「……まって、なんで空が青いの?」


「生徒を見つけました! こらー! 二人とも避難もせず何をしているー!」


「……え、先生!?」


 陽向さんは勢いよく僕から離れる。どうやら陽向さんの一撃で分離された空間が破壊されたようだ。


 どうりで涼しいほど風が吹いていると思った。


「あ、わっ」


 陽向さんの足は、疲労で立つのが苦に感じるほど、ちょこちょこと千鳥足のように震えている。


 僕はそんな彼女を肩を組んで支えた。


 世界を壊しかねない強すぎる力。そしてこの疲労。暴走を鑑みなくても、一撃しか使えなさそうだ。


 たった一度だけ使える、一撃必殺のアーク使い……か。


 なかなか、良いものかもしれない。


 僕は空を見上げた。


 炎の匂いはほとんどなく、僕達が黒の鍵で分断された世界にいる間に、消防士が来て消火が行われていたようだ。


「……おい、何してたんだ?」


 先生がそう言う。僕は陽向さんに肩を貸しながら、二人で背中を見せて歩いた。


 そして、こう呟く。


「強いて言うなら、人助け……ですかね」


「……減点だな」


 ■□■□■


 知らない天井だ、なんて、平凡な事は言わない。


 温かみを感じる木目のある天井は私を見下ろすように圧を与え、このフカフカとしたソファーは私を混沌から引き上げてくれるプロメテウスの祝福。


 安堵というものは、ここまでの充足を与えるのだと、ダークネスびっくりした。


「……」


 てか、ここどこ?


 私はゆっくりと起き上がった。


 主人公なら、何がどうしてこうなってるの!? などと叫ぶのだろうが、申し訳ないが恥ずかしくてそんなひとりごとは言えない。


「ハロー」


「ひゃっ!」


 突然話しかけられ、私の体はビクンと震えてしまう。そして驚き怖がって私はソファーから急いで離れて、逃げるようにドアに近づいた。


 そしてドアノブに触れた瞬間にその女性は焦ったようにこう言う。私は焦りでその人の顔も声も見えてなかったし聞こえてなかった。


「だめ! そこは脱衣所!」


 カポーンという効果音でも流れてそうな脱衣所。


 湯気が空間を支配しており、その先から現れるのは、謎の人肌。それは裸で……私を見てて、って! そこには男の人がいた。


「あ、ご、ごめ……」


 ぶしゃーっ! っと、私は鼻血を吹き出しながら倒れた。


 人生で初めて見た異性の肌は、私に混沌のデスエンドをエンブレイジング……。


 最後に聞いた言葉は、男性の「きゃー!」という声だった。


 □■□■□


「まじでセクハラって、男性も訴えれるんですからね?」


「今回に関しては私は何も関与していないぞ」


「ごめん、止められなかった」


 僕達は、陽向さんと師匠と僕でその子を囲みながら話を続ける。


 そしてついにその子が起きたので、僕達は上から、様々な角度で覗き込んだ。


「……どこかで見た構図。蚊かよ」


 そんなツッコミを言ってきたのは、炎の魔人の元となった子。つまり魔女のアークリオンになっていた女の子であり、今回の事件の原因となった子であった。


 その子の名前は、師匠が調べてくれて判明した。


 彼女は山田穂火(やまだほのか)さん。


 僕はそんな彼女にこう返した。


「そのゲーム、オタクにしか伝わらないよ」


「……アポカリプス」


 そんなことを言う彼女に、陽向さんは苦笑いしながらこう伝えていた。


「いきなりでごめんね。とりあえず、ようこそ、アークロックへ」


「……へへ」


 その子は笑う。


 そう、高校一年生のおさげの少女、山田穂火は、なぜか師匠が記憶を消したがらずに、陽向さんと同じようにアークロックに所属することとなりました。


 言わせてください。


 僕はボソッと呟いた。


「何がどうしてこうなってるんだ……なんてな、はは」

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