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けさ違い

は、半年………半年って………ひどい………………

それはともかく、名前の由来解説コーナーです

燈子は

HATUNOTEKI(初の敵)をアナグラムにした名前………にしようと思ったのですが、ちょっと無理くさかったのでいくつか字を足してHINOTUKATOUKOにしました。ガバガバアナグラムやめろや

「なんで……なんでや………!あの体当たりは、間違いなく入ったはずや……!骨が折れる感覚も内臓が潰れた感覚もあった!なんですぐ反撃に転じられたんやお前は!」


顔面を地面に押し付けられた状態であるため、声がややくぐもっていたが燈子は必死に声をあげた。なぜ、どうして。納得が出来ないと。コヨミ憑きといえど、相当な苦痛を与えたはずだ。それをなんでもないかのように。なぜ、なぜ……

どうせ負けるのなら納得したかった。それが燈子の思い。


「……あんな痛み」


燈子の問いかけに光が答えた。


「俺にコヨミが取り憑いたときの苦しさに比べたら屁みたいなもんだよ……まあ痛いことは痛いけど、要するに慣れかな」

「……………………」


燈子は絶句した。しかし光の言葉は皮肉でも何でもない、純然たる事実だった。

本当に苦しかった。自我が痛みに汚染され、思考も記憶も本能も、何もかもがあの焼かれるような苦痛に押し流されていくあの感覚。地獄の責め苦とはあのようなものだろうか。

それに比べれば骨が折れるぐらいなんだというのか。内臓が潰れるぐらいどうしたというのか。痛いには痛い。しかしあれに比べれば……光はそう言いたいのだ。


「……あんな痛みで、か」

「は?」


あんな痛みとは何なのか。言い草からしてコヨミ憑きは全員憑依の際に苦痛を感じるようだが、自分があれだけ苦しんだあの責め苦を“あんな痛み”と言い捨てるとは。光は驚嘆と、若干の屈辱の混ざった当惑の声をあげた。しかし、燈子が次に発した言葉はさらに光を困惑させるものだった。


「あんな一瞬雷に打たれた程度・・・・・・・・・・・・・・・・の衝撃を痛みと捉えて、そこまで根に持てるとはな。痛がりにもほどがあるわお前」


「………何?」


何と言った。


「一瞬雷に打たれる?一瞬どころか一分は続いたぞ」

「一分?ちょい待てやお前一分間も雷に打たれ続けるってどんなんやねん」

「雷っていうのもなんの話だよ?溶岩に沈められたというか、流しこまれたみたいな熱さは感じたけど」

「溶岩やと?聞いたこと無いわ。コヨミ憑きは全員憑依の際に雷に打たれるような衝撃を一瞬感じるだけのはずや。痛みと呼ぶのも怪しい感覚やけどな」


話が噛み合わない。コヨミ憑きはあの痛みを味わうものではないのか。燈子の口ぶりから察するに光以外のコヨミ憑きは皆“雷に打たれる”ようだが、光が―仮にあの無縁仏での一件で権兵衛が取り憑いたと仮定して―憑依された際には筆舌に尽くしがたい、前人未到と言っても過言ではない苦痛を味わった。

おかしい。会話が出来る。エピソードがわからない。そして憑依現象の際の症状の食い違い。何もかも他のコヨミと違っている。


「…………名無しの権兵衛。お前はどこの誰なんだ」

「権兵衛……さっきも言うとったな。七篠権兵衛なんて聞いたことあらへんわ。ドマイナーなコヨミってことか」

「名前がわからないんだよ。そう呼んでるだけだ……いやちょっと待てって。おい」


光は唐突にぎりり、と燈子の後頭部にかける手の力を強めた。


「ぐあああああああっ!!」

「ぐああじゃないだろ。何さらっと俺から情報引き出してんだよ。お前が情報話せって。なんで俺を殺しに来たんだ?」

『そうだよ!何私のことポロっと喋っちゃってんの!』

「お前はむしろ自分のこと喋らなさすぎだ………吐け。えーっと……緋乃塚!何が目的で俺を殺しに来た!無関係の埜羽嶺さんまで巻き添えにして!」

「喋る!から……!頭を……!」


自分のミスで権兵衛について喋ったのだが、なんだかしてやられたように感じて腹を立てた光は言われてもすぐには力を緩めなかった。

何秒かしてやっと力を緩めた光は燈子の言葉を待った。


「ウチは……上の命令でやっただけや」

「上?」

「知ってるかどうか知らんけどな……ウチやアンタみたいなコヨミ憑きは、法律で罰せられんのや。それを利用したいやつっちゅうたら………まあ日本国内やったら主にヤクザ。もしくは海外からやってきたマフィア達や。なんせ邪魔な奴は殺し放題……というより殺させ放題や。殺人幇助の罪に問われる可能性もあるから所属の痕跡や依頼の証拠をデータとして残すことはせえへんけど、報酬金踏み倒すことはまずない。まあそんなんしたらそれこそコヨミ憑きの力で殺されるからな」

「つまり、どこぞのヤクザかなんかが俺を殺すために金でお前を雇ったんだな?」

「待て待て……話は最後まで聞きーや」


腕に力を入れる光を制止すると、燈子は続けた。


「ウチは暴力団に雇われてへん……むしろそんなんに雇われてるコヨミ憑きこそ少ないぐらいや」

「じゃあ誰に頼まれたんだ」

「………“ボス”や」

「はあ?」

「“ドン”とか“首魁”とか“あのお方”とか、呼ばれ方はいろいろやけどな………ウチを始めとして、コヨミ憑きは大きくわけて2つの組織に分かれて所属してることがほとんどや」

「まず、国家公認のコヨミ憑きの保護および研究機関の“ラボラトリオ”」

「それは俺もスカウトされた」

「そうか……ほんならスカウトの奴に聞いとるやろ。“コヨミ憑きが何人か集まってギャングごっこしてる”とかなんとか」

「………そのギャングごっこの一員がお前で、そこのボスに命令されたってことなのか?」

「せや。ギャングごっこで留まらんけどな。むしろヤクザをこき使うぐらいや……」

「何?」

「そのまんまの意味や。コヨミ憑きなんちゅう人間やめたも同然のやつらを何人も抱えてる組織にただのアウトロー人間の集まりごときが敵うわけ無いやろ。ヤクザどもも報われんわ。長いこと積み上げてきた権威ちゅうか、威光みたいなもんをポッと出の超能力者に横取りされるんやからな」

「名前は」

「あ?」

「名前だ!組織の!ラボラトリオみたいにあるんだろ、名前が」


「…………」


燈子の口が止まる。今度はやや強めに圧迫しようと光が力を籠めかけたその時――――――


「スターゼ」


燈子はその言葉を口にした。


「………星か?」

「ちゃう。ラテン語らしい。ラボラトリオがイタリア語で“研究所”。スターゼはラテン語で“舞台”や」

「英語じゃない……トップの奴はラテン語圏の出身なのか?」

「そこまで知らん……待て!ホンマや!知らんねん!組織でボスのこと知ってる奴はほとんどおらんねんて!!」

「知らないなんて不自然あるわけねえだろ!!答えろって!ヒビぐらいなら入るぞ!」


光は燈子に体重をかけて万力のように頭を圧迫していく。本当に砕くつもりもないが、頭がい骨にひびを入れる程度ならば本当にやるつもりだった。


「ホンマに知らん!!指示はトランシーバーやら、ヤクザを使った指示とか手紙やらそんなんで……顔を合わせて会話どころか、名前も教えられん!年齢も、性別も!スターゼのスカウトのやつに加入の意思を伝えたら後はたまにくる仕事の指示に従うだけなんや!」

「……本拠地とかないのか?」


頭部への圧迫を緩めると、燈子ははあはあと息をつきながら答える。


「多分無い……全国いろんなとこにバラけとるみたいや。そらまあボスの正体知ってる奴らとかはどっかに集まってるんかもしれへんけど、そこがどこかなんて知らん………いやホンマに」


「………………そう、なのか」

『ほら何ぼさっとしてんの!力強めなよ!』

「えっ?なんで?」

『今回は誰から命令されたのかを聞き出すの!上っていうのが誰なのか知らないと、意味無いじゃん!』

「え?あ、ああ……………」


知らないなら仕方ないな。と気が緩んだ光は思わず“もういいかな”と解放しかけたが、権兵衛に叱咤されてまた力を強めた。


「っっっづああああああ!!!やめっ!っあァ!」

「うおっ痛がるなあ………お、おい!今回は誰から命令されたんだ!そのボスか?」

『………………あんた、根が相当優しいのかもね。悪いことじゃないけど、そこらへん切り替えていかなきゃ苦労するよ?』


燈子の絶叫にややビビり取って付けたように強気な口調で尋問を行う光に、権兵衛はクラスの女子委員長のような声でやれやれと言わんばかりに小言をつぶやいた。


「ボ、ボス!ボスや!さっき言うたやろ!」

「あれ、言ったっけ」

『そういえば言ってたかも………』

「っぐ……………いったいねんホンマに………理不尽やろ今の………せや。今回は超異例。ボスが直々にウチを指名して郡原光を殺せ言わはったんや………………………」

「連絡手段は?」

「電話や……電話番号は知らんで。非通知やったからな。ボイスチェンジャーも使ってたから性別も知らん」

「……そんな知らない尽くしでなんでボスだってわかったんだ」

「ウチの名前年齢コヨミとそのエピソードに顔の特徴まで全部言い当てよったからな。仮にボスじゃない、ボスを騙ったヤツだとしてもスターゼの幹部クラスでないとそこまで調べられんやろし、なんにせよ逆らう理由は無いんや。まあボスで間違いないやろ」

「………俺を殺すように指示した理由はなんだ?」

「知らんで、知らんで!ホンマに!知らんて!いやホンマに知らんねんて!」

「何も言ってないだろ」

「言わへんと頭潰すやろが!口答えなんか許されへんねん!君がそれを知る必要はないーとかあるやろ!あれを言われんねん!」


『……どうやらしたっぱみたいね。この燈子ちゃんは』

「したっぱでもあんなめちゃくちゃな力を………」

「やかましわ、クソッ」


したっぱ。精々非コヨミ憑きのヤクザ達をコキ使える程度なのだろう。スターゼという組織の秘匿性も手伝って、肝心な情報をほとんど引き出せない。社会の裏に潜む組織にふさわしい、実体の掴めなさ。そんな悪霊のような組織に命を狙われているのだ。


『……じゃ、引き出せる情報もなさそうだし……殺しちゃおっか』

「殺っ!?」

『うん。だって解放したらまた襲いかかってくるでしょ絶対。言ったでしょ?アンタは殺し合いに巻き込まれるって。殺そうとしてくる相手は殺して迎撃するしかないでしょ』


殺す。創作の中の世界やインターネットの世界で適当に、簡単に使われ過ぎて誰も本当の意味なんて知らなさそうな言葉。

そんな伝承の中の魔物のような概念が現実の世界に飛び出してきている。飛び出して、光の目の前に現れた。魔物をどうにかして打ち倒したら、今度はその魔物が背中を向けて、自分の命令を聞くようになった。魔物の意味を今組み伏せてる相手に口では無く、体を使って表現することを迫られている。


そして隣人はこう語る。しなければ、またその魔物はこっちに向かってくるぞ。と


(殺す……)


さっきまでは、ただ目的も無く戦っているだけの言うなれば迎撃であった。殴る時もとにかく相手に攻撃を加えようという意志だけで、その果てに殺そうだとか無力化しようだとか、そんな意志は無かった。


(殺す………)


光は17年生きてきた。その間それなりにいろんなことがあったし、知り合っただけの関係でも多くの知人がいる。好きな食べ物や音楽、TV番組だってある。

それが目の前で倒れる女にも無いわけがない。

それを奪わねばならない。そうしないと、奪われるから――――――否。


(殺す…………!)


奪われる“かもしれない”から。


(殺す!!!)



ダァン!と、何かを強い力で踏みつけた音が公園に響き渡った。まるで岩盤をダイナマイトで爆破した音のような、人間とかけ離れた力強さを感じさせる轟音だった。


郡原光はそれを足元から聞いた。緋乃塚燈子は……それを耳元で聞いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



誰もいない夜中の公園。そこで緋乃塚燈子はめちゃくちゃに荒れた地面やぼっきりと折れた街灯には目もくれずに、仰向けで夜空を見ながら先ほどの男のことを思い返していた。



おもむろに後頭部を押さえつける手が離れたと思ったら、眉間に鉛筆の先を近づけた時のような実体を伴わない圧迫感を後頭部に感じた。

ああ、死ぬな。と察した。頭を踏みつぶされて一瞬で死ぬ。どれほど苦しいのかは知らないが、脳に痛覚は無いと聞いたことがあった。少なくとも今まで自分がしてきたような、全身を火で焼かれて死ぬよりはずーっと楽に死ねるのかもしれない。そう考えればまだ幸運な方か。ヘタに暴れれば踏みつける位置がずれて余計に苦しむだけかもしれない。燈子は目を堅く閉じて意識が消え去るその瞬間に備えた。


――――――そして、耳元でとんでもない轟音が響いた。


何事かと顔を音がした方へ反射的に動かすと、靴を履いた人の足があった。


空からとんでもない重量の靴がたまたま自分の顔の横に降ってきたわけもなし。自分の生殺与奪の権利を握っていた、元ターゲットの男の物に違いないだろう。

それ以外のことが何一つわからなかった。あぜんとした顔で靴を見るしかない燈子は、頭の上で男が誰かと話す声が聞いた。自分ではない誰かと話す声が。



「……俺に誰かを殺すなんて無理だ。殺さなくちゃいけないわけでもないし、殺したくもない。偉人だろうと凡人だろうと人を殺していい人間がいるわけないんだ」

「……この人を信じたい。もうこんなことはしないって信じたい………違う、そういうのじゃないんだ。確かにここでやらなきゃ殺されるかもしれない。でも、殺されないかもしれないとも言えるはずだ」

「仮にまた向かってきても、一回勝ってるんだから次も勝てるはずだ。勝ってみせる」

「………ああ、俺が、お母さんもお父さんも、逸子だって守る。絶対だ。そのための力だと俺は思う」

「何度も戦うことになるかもしれないけど、絶対に人を殺したりしない。誓ってやるよ。名無しの権兵衛」



こいつは何を言っているのか。しばらく理解が出来ず頭の中でその言葉が堂々巡りをし初めて、ようやく意味が理解できたら、まだ靴が降ってきた説の方が現実的かもしれないな。と目の前の地面にめり込んだスニーカーをぼーっと眺めていた。


そして、光はもうこんなことをしないように、と燈子に釘を刺して靴底が潰れたスニーカーで歩きづらそうに公園を去り、それを見届けた後燈子は寝がえりをうって仰向けに寝転び、今に至るというわけだ。


「郡原、光………」


立ち去る姿は隙だらけだった。致命的なダメージを負ったわけでもない。立ち上がって背後から追撃を行えただろう。

でも、しなかった。


「あんなヤツ、おるんかあ………」


星の無い夜空を見つめ、横目で見た不殺の決意を誰かに―七篠権兵衛とかいうコヨミらしいが―語るあの強い意志を持った瞳。


燈子は携帯電話を取り出すと近場のヤクザに今いる場所に迎えの車をよこすようにメールを打った。

光のあの瞳が、脳裏に、胸の奥に、焼き付いて離れなかった。メールを打っていてもあの顔が脳裏に浮かぶ。

決して、それはわずらわしいものではなかったが。


迎えの車はすぐに来た。2人の若い組員が公園前に乗り付けたライトバンから降りると、駆け足で燈子に駆け寄り、お疲れ様です。と膝に手をついて挨拶した。声には警戒心と恐怖が混ざっていた。

燈子は何も言わずに立ち上がると、組員を置き去りにしてライトバンまで向かい後部座席に乗り込んだ。運転席の男も2人と同じような怯えを孕んだ口ぶりで挨拶をした。あわてて追いかけてきた組員2人はどちらが後部座席に乗るか車の外で若干揉めたあと、さして時間をおかずに車に乗り込んだ。運悪く後部座席に乗った組員は極力燈子から離れるように縮こまりながら座っていた。


この失礼ともいえる振る舞いに燈子は苛立ったりしない。ヤクザに車を出させる時にはよくある、いつものことだった。誰が好き好んで気まぐれで人を殺しても誰も文句を言えない、法律で守られた超常的な能力を持った化け物の横に座りたがるだろう。燈子はこうしたヤクザ達の反応に、失礼だと憤慨したりせず、どころか自分を恐れるヤクザを見て愉快な気持ちになっていた。戯れに無礼だといちゃもんを付けて腕をへし折ったこともあるが、それをしてからはしばらく感情をひた隠して接されるようになったので、最近は怯える組員を見て愉しむだけに留めていた。


が、今の燈子は笑みの一つも浮かべず、表情を変えずに


「出せ」とだけ命じた。


道中、肩をこわばらせる組員たちには目もくれず、ただ窓から星の無い夜空を眺めていた。景色は目まぐるしく変わっても、空は変わりもせず真っ黒で、おぼろげに光る月を際立たせていた。

そうしてたそがれている間にも、燈子は光のことしか考えられなかった。


唐突に車のルーフを踏み破って現れた、ちょうど燈子と組員の間の座席めがけて突き刺すようなストンピングを行った闖入者が現れるその瞬間までは。

燈子はその闖入者の顔を見るよりも先に、それが誰であるかを知ることが出来た。

なぜなら燈子はその脚を、その靴を知っていたからだ。ついさっき、一生忘れられない衝撃と共に、この上なく間近で目撃した、底の潰れたスニーカー。


「……死に損いめが」


靴の主は敬虔な何かしらの宗教の信者が冤罪で地獄に突き落とされたかのような、深い憎悪と色濃い絶望を湛えた声で呟いた。


「今度は、殺してやる……!!」


燈子の視線の先には。

とんでもなく重い靴が空から降ってくるような非現実的な偶然より、

自分を殺そうとした相手を許して見逃すようなお人好しが存在“した”非常識的な事実より、

はるかに現実的で、常識的な存在の、圧倒的な殺意を孕んだ目があった。


そう、こうなって当然なのだ。


―――――――――――――――――――――――――――


「さっきからずっと黙りこくってるな。権兵衛。そりゃ黙ってるときの方が多いけど、その場にいるのに黙ってるって感じだ」

『……………』

「なんだろうな、電話は通じてるけど何も話さない。みたいな感覚かな。なんか言えよ。怒ってるのか?」


光は夜道をやけどした腕を極力動かさないようにしながら、潰れた靴でひょこひょこと家路についていた。何も知らない者が見れば独り言も相まって完全な不審者にしか見えないことだろう。


『話す必要がないだけだ』

「やっと喋ったな。さっきはあんだけ怒鳴り散らしてたくせに今はもう話すことないのか?」

『ああ、お前のようなくだらんヒロイズムに酔った英雄気取りの阿呆には何を言っても無駄だとわかった。どうせすぐに音を上げて殺すに決まっておるわ』

「ずいぶん口調がキツいな。そんなに俺に殺させたいのかよ」

『ああそうだ』

「………え?」


光の足が止まる。


『お前の言う通りだ。いかにも、私の目的のひとつには“コヨミ憑きの抹殺”が含まれている。お前にはあやつらを殺してもらわねばならん。でなければ報われんのだ』

「待てよ。なんでそんなことを目的に」

『たった今報われんと言っただろう。それと似た理由だ。コヨミ憑き、というよりはコヨミそのものに対する憎悪。お前にもそれと似たような感情を私は抱いている……身に覚えはあるだろう。ないなら気付くまで殺させ続けてやる』

「何言ってんだよ………そりゃあ、さっきのヤツみたいなのなら俺だって殺してやりたい。って怒るかもしれないけどさ。押江さんみたいに普通の人だっているわけだろ?あの人はなんか地味なエピソードだったけど………………でも、埜羽嶺さんが言ってたみたいなニュートンとかアインシュタインとかのコヨミだったら本当にすごい能力持ってるかもしれないだろ。そういうコヨミ憑きも殺すのか?」

『聞くまでもない。殺すに決まっている』

「………………お前、物騒なヤツなんだな」


光は顔をしかめて夜道をよたよたと歩く中で、自身に宿った何かが悪霊めいていることを察した。しかし、疎んじて追い払おうとは考えなかった。

自分がスターゼに狙われているのは事実。その脅威から自分自身、ひいては家族を守るためには権兵衛の力を借りなければならないのもまた事実。もしこの超人的身体能力が権兵衛の意思ひとつで使えなくなるとすれば―そんなことをするメリットは権兵衛にも無いであろうが―権兵衛と真っ向から対立したり、軽々しく敵意を抱くべきではないし、追い払うなどもっての他だ。


「いいか、権兵衛。何度でも言ってやる」


ぴたり。と足を止めて夜空を小さく仰ぎ、薄ぼけた星々に向けて話すように言った。


「俺は絶対に殺さない。殺さずに、家族も自分も守………


その言葉を言い切る前に、光の視界がまるで陽炎のように歪み始めた。


「家族も、自分も、守る」

「家族  守」

「殺さ      家族        絶対」

「殺さない。守る」

「殺さない。守る」

「殺さない。守る」


気がつけば、同じ言葉を何度も口にしている。権兵衛に、そして自分に向けた誓いの言葉だ。しかし、妙な違和感を感じる。そんな言葉を自分は望んでいるだろうか?何か、もっと別の言葉こそが自分の本当の意思であるような…………その本当に意思を探るために、言葉を少しずつ変えてみる。


「殺さない。守る」

違う。

「殺せない。守る」

違う。

「殺させない。守る」

違う。

「殺   」

なんだろう?

「殺させたくない。守りたい」

誰に?誰を?

「殺させたくなかった。守れていれば」

何の話だ?

「殺したい」

なんで?

「守れなかった」

これか。

「守れなかった」

これだ。

「守れなかった」

だからなのか。



だから、殺したいのか。


視界のすべてが陽炎の侵食を受けたころ、目の前の歪みが世界を飲み込んだ。その歪みに目を凝らす。歪みの正体は炎だった。陽炎とかでなく、本当に炎だ。

その炎は、自分が今何度も口にしている言葉の表れだった。守れなかった。守れなかったから。

ようやく光の視界がクリアになった。不気味なほどよく見える。そうだ、思い出した。家に帰って、そしたら家が妙に明るくて、人だかりが出来てて。


―――――――――――――俺の生まれ育った家が、ごうごうと燃え盛っていたんだ。



消防隊が消火活動を必死に行っている。その様子を近所の住人や、通りすがりの一般人たちが騒ぎながら見守っている。



(こいつらに家の写メ撮られててもいい………………)

(意味もなく笑われていてもいい………………)

(迷惑な火事だと非難の目で見てもいい………………)

(だから………………………)


目の前の光景が現実であることは、飛び散った火花を頬に受けたときに理解した。今の家路での権兵衛との会話は………幻覚だろうか。どこまで幻覚か、どこまで現実か。少なくとも、先ほどの殺し合いは腕のやけどと潰れた靴を見る限り事実で間違いないようだ。では。


「………………………………家の周りに、みんないてくれよ………」


―――――――――家の周囲に、火事が起これば真っ先に逃げ出すはずの家族の姿がないこの事実は、現実なのか?


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あの子、郡原さんとこの………………」

「ご家族の方ですか!危険ですので、火の中には入らないように………………」

「かわいそうにね……………」

「腕、やけどしてるよ………………」

「ひょっとしてあの人が犯人なんじゃない?………………………」


やめろ。まだ俺は家に帰ってる途中なんだ。知らない。火事なんて、火事なんて………………――――………―――………―――――――――


考えようとしても脳が拒否する。家族は逃げたかもしれない?じゃあなんで携帯電話に連絡が来ない?考えたくない。でも考えなきゃ。このことじゃなく、別のことだ。そうだ、原因とかはなんだ?出火原因はなんだろう?お父さんはタバコを吸わないし、ウチのキッチンはIHだ。火事なんて起きるとは思えない。なんで、なんで火事が。火事なんて嘘なんじゃ?


頭の中で考えた内容が重量を持っているように重く心にのしかかってくる。火事。そのワードは特に強烈で、光にある気付きをもたらした。




(………………………火事、火?)

(………………………炎?)


彼の心を壊す、決定的な気付き。


(………………………コヨミ、憑き?)



――――――――――――――――――――――――――――



「うあああああああああああああああっっ!!!!」


気が付いた時には、車のルーフを踏み破っていた。家々の屋根から屋根へ跳ぶ間で、歩行者に始まり自転車、バイク、自動車と道を歩くものすべてに注意を払った。どこかに燈子がいると疑ったからだ。そして、増強された視力で燈子が乗る車を見つけ出し、強襲した。


「お前が!!お前が!!お前が!!お前が!!お前が!!お前が!!」


ずっと、その言葉と雄叫びだけを叫び続けていた気がする。

燈子はそれなりに綺麗な顔をしていた。目鼻立ちがくっきりとした、少し華奢な女性だった。


光はそれでも構わずに燈子を殴った。骨が砕ける感覚を何度もこぶしの先で感じた。


同乗する運転手を含めたヤクザ三人が狭い車内であるにもかかわらず発砲してきたが、銃弾に対して撫でるように腕を振ると弾はすべて発砲主の額を貫通した。発射された弾をつまんでそのまま指で弾いて返しただけにすぎないのだが、ひとつひとつの動作が人間の視覚で捉えることが不可能なレベルの速度で行われたため、何も知らない者が見ればバリアーのようなもので跳ね返したように見えることだろう。運転手の死亡により、車はハンドルを操作する主を失い、したたか電柱に突っ込んだ。その衝撃で大きく車体が揺さぶられ、燈子はようやく事態を把握した。


「お前っ」


あまりに唐突な出来事に燈子の反応が遅れる。いや、対処という意味では未だに反応できていない。ついさっきまで自分を見逃し、誰も殺さないと誓った不思議な男の面影が消え失せているのだ。


「何が!!!お前だよっ!!!!!!」


あるのはただ、憎悪に支配された一人の男の顔だった。


「俺だけならまだよかった!!!」


燈子の髪をひっつかみ、衝突の衝撃で歪んだドアを蹴破り外に引きずり出す。


「俺だけならいくらでも殺しにくればいい!!なんなんだよ!?なんでお父さんまで!お母さんまで!逸子まで!?」


燈子が一瞬光の顔を向いてわずかに口をすぼめたのを見逃さず、火炎放射を狙っていると断定し、顔めがけて思いきりパンチを叩き込んだ。燈子はのけぞりながら後方に殴り飛ばされ、天に向けて火を吹くこととなった。


「許せるわけねぇだろ………」


光はハアハアと息を荒げながら、一変して声量を下げた。



「そもそもなんで俺が狙われるんだ」

「そりゃ俺が死んで悲しむ人なんて、家族ぐらいしかいないよ」

「でもみんなだって俺が死ねば学費やら食費やら光熱費やらも浮いて、家計も豊かになるだろうしな。成績不良者が一人消えて学内偏差値も上がる。結構良いことづくめだよ」

「それならそれで俺だけ狙えよ………あぁ、だから殺したのかよ?悲しむ人間が一人でも減るようにって?なあ?」


燈子に語りかけているのか。それとも単なるうわ言か。光はぶつぶつと恨み言を呟きながら仰向けに倒れて時おりピクリと動く燈子に向けてゆっくりと歩を進める。


「それともなんだ?スターゼとか全部嘘で、本当はお前個人のキチガイ沙汰ってことを誤魔化すためのデタラメか?」


燈子が足元に来る距離まで近付いた光は、ようやく燈子に話しかけているのだとわかる言葉を口に出した。


「どうなんだよ。なあ。なあって。おい!!!!」

「あぎゃっ………!!」


あばら骨を砕くどころか、その向こうの肺を潰さんばかりの容赦ない光の蹴りが燈子の脇腹に命中する。


「答えろ!!!本当のことを話せ!!言え!!!!」

「ほ、ホンマや………………」

「適当こいてんじゃねえぞ!!!」

「あがあっ!うぎっ!」


燈子の返答の内容に関わらず蹴りは入る。

途中、脇腹ではなく腹を蹴ると、何かが潰れたような感覚を足先に感じた。光はなんとなく、内臓が潰れたのだろうとわかった。

途中、燈子の左肘に向けて思いきりストンピングを叩き込み、二の腕から先をコンクリートにホットサンドのように圧着させた。

途中、それを残りの四肢にもやった。

途中、動けなくなった燈子の四肢を地面に押し付けながら走り、腕と脚をすりおろした。コンクリートの凹凸が燈子の骨肉で埋められた。

途中、途中、途中…………光は彼が今まで見たことも聞いたことも考えたこともない加虐行為を次々と思いつき、ためらうことなく実行していった。その途中燈子は幾度となく己の言葉に偽りがないことを切れ切れの息で悲鳴混じりに伝えたが、光にそれが伝わることはなかった。


もはや尋問はおろか拷問でもない。ただの私刑だった。


―――――――――――――――――――


「わかったよ」


地面に倒れ伏しながらも、四肢を欠損させられたため立ち上がることが出来ない燈子を見下ろしながらようやく光の声は先程までの狂乱を秘めたものから、かろうじて理性を感じられるそれに戻った。


「何も知らないんだな。お前は。下っ端もいいとこだ」


燈子は返事をしない。四肢だけではない。全身に、書くこともはばかられるような傷を負わされているのだ。その痛みをこらえるのに夢中で返事などほとんど出来ない。いや、そもそもこらえてなどいないのかもしれない。凄絶な苦痛に声さえ挙げることすら叶わず、声にならない悲鳴を素直に挙げているに過ぎないのだろう。


「もういいよ。解放してやる。言われたからやっただけなんだな」


そう言うと光は右足を燈子の頭の上にそっと乗せた。潰れた靴を履いた足を頭の上に乗せると安定しなかったが、ぐっと力を入れることで安定させた。


「今から、お前の頭を圧し潰して殺す。散々いじめ抜いたけどこれが終われば今までの全部チャラだよ」


燈子の息が荒くなる。というより何かを喋ろうとはしているようだが、叫びすぎて声帯がおかしくなったのだろう。何を言ってもヒューヒューという、喘息の子供が苦しむ時の呼吸音のような音にしか聞こえない。


ぐぐぐぐ、と万力をキリキリと回すような力加減で足の圧を高めていく。ろくに動かない燈子の体がビクビクと暴れ出す。息はより荒くなり、吐息混じりに燈子の口から「助けて」「許して」というニュアンスのうわ言が聞こえた。


「なあ、別にお前が特別憎いからこんな意地悪な殺し方してるんじゃないんだよ」


足元の燈子を見下ろしながら光は燈子に語りかける。


「俺は、スターゼのコヨミ憑き全員をなるべくこんな風に殺していこうと思ってる。どうしてもって時だけさっくり殺す」


頭蓋骨にヒビが入ったのを足の裏から感じ取った。


「もしくは普通に戦いの中でとどめをさす際に殺す」


頭蓋骨が割れた。


「誰も傷つけないつもりだったのにさあ。バカなことしたよな」


そこで光は足を離し、中空の足で燈子の頭に狙いを定めた。


「お前“ら”」


そして、そこを全力で踏み抜いた。


――――――――――――――――



あの一瞬。

足の裏で感じた、頭蓋骨を踏み砕いた先のぶにっとした柔らかさ。その感触に足を埋めていき、それがアスファルトの無機質な硬さで終わったあの一瞬に、光はえもいわれぬ高揚感に全身を包まれた。体の中に強いエネルギーが充満したようなあの感覚。念願が叶ったというか、本懐を果たしたというか。とにかく、心地よかった。


何となく………………積み重ねた努力が報われたらこんな感じなのかな。と考えた。


『誰が、原因だと思う?』


老人の声が脳内に響いた。


「俺を殺すように指示したスターゼのボスだ」


『そいつをどうしたい?』


「殺したい」


『………………そのボスを殺すにはどうすればいい?』


「………………なるほど」


光は歪んだ苦笑を口元に浮かべた。


「お前の望みはこうして叶ったってわけか。権兵衛」

『答えは?』


くくく。と、どうしようもない何かに直面したときに思わずこぼれるような笑い声を喉の奥から漏らすと、光はその答えを口に出すことはせず、強く、強く念じることで権兵衛に伝えた。



(ボスを知るコヨミ憑きにたどり着くまで、コヨミ憑きを殺して回る。合ってるか?)


権兵衛は満足そうに、そうだ。と返した。

次回からは時系列バラバラで書いていきます

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