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全然偉くない!

英語タイトルめんどくせえ!俺は英検3級なんだよ!前話みてえな同音異義語使ったネーミングなんて偶然思い付く以外に捻り出せねえんだ!

オラオラ今回も「ぼくのかんがえたおもしろいせってい」披露回だ行くぞオラァ!

「お疲れさまです。本日もご学業に精を出されたことと存じますが、少々お時間いただきとうございます」


学校から帰って家に入ろうとドアノブに手をかけた瞬間、髪をオールバックに撫で付けてかっちりとしたスーツを着込んだ背の高い男が深々と頭を下げて後ろから声をかけてきた。


「………………………えっ?」


敬われるどころか、話しかけられることにも馴れていない光は唐突に声をかけられたことに少々面食らった。


「ごもっともな反応でございますが、まずは自己紹介から始めさせていただきます。わたくし名刺を持てない身の上でありますゆえ、口頭で伝える形になりますことをご容赦ください」

「わたくしは国家公認結社“ラボラトリオ”の押江仁門と申します。本日は郡原光さまにご用件があって伺いました」



こちらの都合を無視して丁寧な言葉を連ねる謎の男に光はうさんくささとめんどくささを感じ、会話を始めて(光はまったく会話に応じていないが)一分も経たない内に今日一日の気力がほとんど削がれつつあった。

しかし、光の気力など知ったこっちゃない仁門は続けざまに携帯電話を光に差し出す。


「いきなりラボラトリオと言われてもピンと来ないのではないでしょうか?警察に『ラボラトリオの押江仁門を名乗る男が家に来ている』と通報なさればわたくしの申すことが事実であるとご理解いただけるかと………………」


「えっ、ええっと」


「どうぞ、通報なさってくださいませ」


「………………じゃあ、やりますけど」


いきなり押しかけて自分を通報することを要求するとは、なんともわけのわからない珍客だ。これで通報されて補導されれば完全な狂人だし、おとがめ無しならばそれはそれで異常であることに変わりはない。

親切にも110番がすでに入力されており、後は通話ボタンを押すだけの状態で渡された携帯電話を受け取ると、光は迷いなく通話ボタンを押した。


(嘘でも本当でもいいから早く帰ってくれ………………)


人生初の通報がこんな形とは。と妙な感慨を覚えながらコール音が止むのを待ち、止んでからやや急ぎ気味で光は目の前の状況を電話口に伝えた。


『はい、こちらは………………』


「すみません。警察ですよね?110番の」


『はい、そうです!』


「えっと、今家の前に、ラボラトリオの………オシエさん?って人がいきなりやってきてまして………………」


そこまで言ったところで、すべてを察したかのように若い男の声は会話をさえぎって仕事のスイッチを切った声で喋りだした。


『あ、ラボラトリオね。はいはい。大丈夫です大丈夫です。一応確認するんで、その押江さんは今目の前にいます?』


「いますけど………………」


『ですよね。じゃあ大丈夫です。あなたコヨミ憑きなんですよね?頑張ってくださいね。では』


「は?」


プヅン、と電話が切れた。


「今コヨミって………………」


光の口から自然に言葉が漏れた。コヨミ。確か昨日の夢で聞いたワード………………だった気がする。それが今電話口から………………


「光さま。このようにラボラトリオの存在は警察も認知しており、国家が携わるまっとうな組織なのでございます。間違っても暴力団などではございません………………」



――――――――――――――――――――――



「お茶は出せませんけど………………」


「いえいえ、光さまのその適応力の高さを知ることが出来ただけでも十分喜ばしく思っております。まさか家に上げてくださるとは」


「………………………まあ、外でスーツの人と話してたら目立ちますし」


「左様でございますか」


我ながらいい度胸だ。と光は心の中で苦笑いした。

あの後光は押江を家に招き入れ、客間である和室へと案内したのだ。


「あの、どうも僕は情報を断片的にしか知れてなくて………………その、何がどういうことなのか」


「おや………………コヨミについてはどれ程ご存じで?」


「ええっと………………夢で聞いたんですけど。昔の偉人の魂ですよね。それが今の停滞した日本に怒っていろんな人に取り憑いてると」


「その通り。そして、あなたはそれに取り憑かれています………………我々はそんな人をコヨミ憑きと呼んでいます。夢でコヨミと対話したんですね?」


「あっはい。で、その………………なんか、残すと聞いた気がします」


「残す?」


「えっと、記憶は残さない代わりに。みたいな………………」


「残す。ですか………………」


ふむ、と押江は考え込むそぶりを見せると、手を軽く叩いて口を開いた。


「多分“エピソード”のことですね」


「エピソード?」


なんのエピソードなのか。光はまたしても唐突に出てくる既存のものと同音異義の言葉に首をかしげた。


「えー………………光さまのコヨミの言葉を真似て説明しますね。コヨミは自身の記憶を憑依者に残さない代わりに、自分の“逸話”を残します」


「はあ」


「逸話………………英語でエピソード。そのコヨミの成し遂げた偉業。すなわち超能力を指します」


「………………なるほど。超能力」


「すみません。これでも真面目に話してるんですよ………………」


「いやいや、あの、本当疑ってないですよ」


「お気遣いなさらず、よくあることですので………………どういう原理かわかっていませんが、そのコヨミの成し遂げた偉業が特殊な能力となってコヨミ憑きに宿るようです」


「………………ごめんなさい。やっぱよくわからないです」


気を遣った嘘を撤回し、正直に頭を下げる光を押江は切ない顔で見た。


「まあまあ、私も最初はそうでした………………何が何だかまったくわからずでした。しかし今あなたには私がいますから!事情を把握している私が!」


「えっ」


急に暑苦しいテンションに変わった押江を困惑した目で見ながらおずおずと顔をあげる。その顔にはわずかながら、面倒なことに巻き込まれてしまった後悔が表れていた。


「お尋ねしますが、光さまはご自身のコヨミのエピソードを把握なされていますか?」


「いや、エピソードどころか何のコヨミかすら………………っていうか本当に………その、コヨミが憑いてるんですか?」


「もちろんでございます。一例として私のコヨミをお教えしましょう」


「私のコヨミはアン・サリヴァン。ご存じですか?ヘレン・ケラーの教師を勤めたあの人ですよ」


「ああ、サリヴァン先生………………」


「それです。サリヴァン先生は目も見えず、耳も聞こえないヘレンに水の概念を教えました………………この見えないものを認識出来るようにする。という話にちなんで、私の“エピソード”は他のコヨミの名前や能力を分析する能力なのです」


「能力………………」


こんな真面目そうな人がそんな非現実なワードをためらいなく口にしているのを見ると、なんだかリアリティが出てくるな。と思いながら押江の話をじっと聞いていた。


「光さまのご自身のコヨミを把握なされていないとのことなので、僭越ながら私が確認させていただきます」


「あっはい。よろしくお願いします」


押江が丁寧に頭を下げるのを見て、大人に頭を下げさせるわけにはいかないと光も頭を下げた。


「では、失礼して………………」


押江は顔を上げると険しい目付きで光を見つめる。光は緊張で目をそらしたくなったが、目を合わせることに意味があるのかもしれないと我慢して見つめあった。

そんな光の心遣いをよそに、押江の瞳孔はカメラマンがズームレンズを捻るように開いたり閉じたりを繰り返していた。


(普通の人間が瞳孔閉じたり開いたり出来るわけがないし………………さっきの話本当っぽいな。マジでそんなのいんの?)

(でも、それならあの謎の苦痛にも説明がつくし………………いや、別につかないな。脈絡が出来るって程度か)


押江の瞳を見つめながら、光は未だ残る謎について考察していた。とりあえず、今のところはこの押江という男の言うことを信じて情報を得たい。


「………………え?あれ?ちょっと………………んん?」


「な、なんですか?」


光を見ながら瞳孔の収縮を繰り返していた押江が、ふと首をかしげてうなった。


「………………そのう、コヨミの正体がわかりません」


「はい?」


「ええと、非常に大きい力を持ったコヨミです。ですが、他のコヨミと何かが、何かが決定的に異なっている………何だこれは?本当にコヨミなのか?」


「あの、それで名前と能力は………………」


「ですからわかりません。名前も、エピソードも。いつ、どこで、何をした、誰なのか。まったく見えません」


「………………えぇー」


押江には、ここまで振り回しておいてこのオチはあんまりだ………………という光の声がその嘆きから聞こえてくるようだった。


「えぇーと申されましても。このような事態は私としても初めてでして………………もう名無しの権兵衛とでも呼ぶしか」


「そんな適当な………………」


「コヨミと対話なさったんでしょう?名前は聞かれなかったのですか?」


「いや………終始向こうのペースで………………というか聞けなかったから名前知らないんですけど」


「うーん………………」


押江と光。両者ともに腕を組んで考え込む。とはいえ考えてどうにかなる問題ではないが。

諦めの早い、悪く解釈すれば根性無しの光はこの話題を切り上げ、次の話に進めることにした。


「あの、そういえばなんで僕んとこに訪ねてきたんですか?コヨミ憑いてますよーって教えに来ただけ?」


「おぉぅっと。忘れるところでした」


押江はハッと口を手で覆い、目を見開いて改めて正座し直して、咳払いをひとつすると真面目な顔を作った。


「えー………………郡原光さま」


「はい」


「あなたはコヨミ憑きであり、歴史上の偉人の魂をその身に宿す存在であります」


「そうらしいですね………」


「あなたを始め、コヨミ憑きは現代の膠着した日本をひっくり返す、この上なく貴重な、替えのきかない人材であり、日本の希望となり得る存在です」

「よって我々国家公認結社“ラボラトリオ”の社員となり、研究対象となっていただきたく存じます」


押江はどことなく形式的な雰囲気の漂う文言を並べ立てると、畳に手を付いてゆっくりと頭を下げた。

急な話にどう答えたものかわからない光は、しばらく俊巡したのち口を開いた。


「………………社員ってことは、法人なんですか?」


「結社の構成員なので、社員という言葉を用いたまでです。国家公認の組織ですので、公務員と呼ぶほうが適切かもしれません」


嘘だろ。というのが光の率直な感想だった。バイトすらしたことのない自分が存在すら知らない秘密結社にスカウトされ、それが公務員だというのだ。

何にせよ、安易にOKサインを出せる話ではない。この際疑問はすべて片付けてしまおうと光は押江を質問責めにしてやろうと考えた。


「研究対象になるって言ってましたけど、具体的にどう研究するんですか?」


「コヨミ憑きの体組成を解析し、常人のものとどう違うのか。という点についてです。脳波も見ますし知能テストもしますし血液検査もします」


「………………痛いのとか、何かしらのキツい検査とかあります?」


「血液検査ぐらいですかね。針を刺すのにチクッとしてちょっと多めに血を抜かれるとクラっとします。だいたい400ccは抜きますね」


「………………それだけ?」


「あとは………その人のコヨミのエピソードの力を何かに転用したり、そのコヨミの精通している分野の研究に携わってもらったりですね。コヨミ憑きは大体がコヨミが精通していた分野に興味を示すようになるそうです」


「ん、んぅー………………」


まだ何か無いか。聞いておいたほうがいいことは無いか。何か、何か………………


「光さま。わたくし何も今決めろとは言いません。こちらをご覧になって後ほどご連絡くださっても構いません」


光がうんうん唸っているのを見て押江が脇に置いてあったブリーフケースから大きめの封筒を取り出すと、光に差し出した。


「唐突な非日常に巻き込まれてさぞ困惑なさっていると思いますが、私の口から出る言葉を信じてもらうしかありません。コヨミの力を見せることは叶いませんでしたが………………」


「あ、いえ、信じてます。瞳孔動いてたし」


「信じてくださるのですね………………」


ありがとうございます。と押江は深々と頭を下げた。


「それではこちら私の名刺です。何かわからないことがあれば是非ご連絡ください」


「えっ?名刺持ってないって言ってませんでした?」


「いきなりあんな胡散臭いことを言いながら名刺を渡しても“あ、疑われたくないから用意してきたなコイツ”と思われてしまうのでいっそ怪しいを突き通そうとあのような嘘をつきました。申し訳ありません」


「いえ、はい。まあ別に………………あ、俺、じゃなくて僕の連絡先渡したほうがいいですか?」


「ご心配なく。光さまの携帯電話の番号とメールアドレスは把握しておりますゆえ」


「なんで!?」


「公僕ですから。光さまは名前を仰っていないにも関わらず、私は光さまの名前を知っていたでしょう?」


「そういえば………………」


なるほど確かに。なぜ自分は違和感を抱かなかったのだろうと光は自分の散漫な注意力が少し心配になった。


「私の口から説明するより手っ取り早いことがそこに書いてありますので、是非目をお通しになってください。それと………………」


押江の雰囲気が一変する。何やら危機感を孕んだような目付きで、ある一言を光に放った。


「ラボラトリオは、コヨミ憑きの研究は勿論なのですが『保護』も大きな目的のひとつとしております」


「保護?」


「………………先程ラボラトリオは暴力団などでは無いと言いました。それは事実です。ですが………………」


「…………ラボラトリオ以外の組織では暴力団みたいなのがある、ですか」


「はい。既存の暴力団にコヨミ憑きが雇われていたり、コヨミ憑きが少数集まってギャングのようなものを結成していたり………………今の光さまのような無所属のコヨミ憑きが彼らにその存在を知られると、十中八九ロクなことになりません」

「その上でどうかご決断いただきたい………………本日はお時間失礼しました。賢明かつ早い答えを期待しております。それでは」


押江はそう言い残して、しめやかに光の家を出た。



――――――――――――――――

「うーん………………………」


自室のベッドで、光は寝転がりながらホチキスで留められた書類の束に目を通していた。

ややこしく細かいことを難解な言い回しで記した“いかにも”な書類だったがどうにか内容を読み解いて、光はいくつか気になった項目を熟読していた。


まず一つ目が、学生のコヨミ憑きへの待遇。

これによると、保護者と本人の同意を得た場合に限り“豪蘭学園(ごうらんがくえん)”への特待生入学が無条件で許可されるとのことだ。

豪蘭学園。その歴史はまだ九年と浅いものの、全国的、世界的に見て非常に優れた能力を持った学生が集まっている異色の高校である。

オリンピックメダリストなどの運動系に始まり、勉学でもなんでもいい。とにかく並外れて優れた経歴を持っていなければ彼らの水準には及ばない。

ここさえ出ていれば大学の学歴など関係ない。とまで言わしめているほどだ。

その評判もさることながら、そもそも創立から十年足らずの新設校であるにもかかわらずこのような風潮を産み出していること自体、この学校が常識を大きく越えていることを証明している。

そんな豪蘭学園だが、なんとそもそもがコヨミ憑きを研究するための施設であるらしい。優れた能力を持った生徒が多いのも、コヨミ憑きを今の光のようにスカウトしているからということか。

歴史上の偉人と同じスペックの持ち主を呼び集めているのだから当然だろう。もっとも、全員が全員コヨミ憑きでもないようだ。中には学生離れした能力を素で持っている生徒もいる。


「で、俺がそこにいつでも入学出来ますよ、と。コヨミ憑きだから」

「………………………これ手の込んだドッキリだったら本当悪質だよな」


そう言いつつ書類をピシピシと指で叩く。自分の学歴にすさまじいロンダリングが成されようとしているにも関わらず、光のテンションは低い。なぜか。

というのも、光ははっきり言って豪蘭学園などでやっていける気がしないのだ。


例えばあなたが毎週楽しみにしている番組や雑誌などがあるような一般人で、日本語しか喋れないとしよう。

あなたは来月からハーバード大学に通えと言われた。さて、二つ返事で承諾できるか?


出来るという図太い方もいるだろう。

しかし、そこに何の不安も無いと言い切れるだろうか?

生活環境の変化。言語の壁。そして「ハーバードについていけるかどうか」と不安を覚えないだろうか? 光の場合、生活環境の変化や言語の壁は、“偏差値”という言葉に置き換わるわけだ。


「ま、これはとりあえず保留でいいよな………………問題はこっちだ」


光は封筒からまた別の書類を取り出すと、それのある項目に目を走らせた。思わず目をしかめるような、今までの教育で積み重ねてきた倫理を蹴散らすようなとんでもない文。それは―――――


「………………コヨミ憑きは法律で罰されない。アホか?マジに受け取って俺が人殺したらどーすんだよ押江さん」


そう、思わずアホと罵ってしまうほどめちゃくちゃな一文。書類の残りの行には詳しい補足とこの意味不明な条文の理由が記されている。いちいち細かく書くのもバカらしいのでかいつまんで説明すると、“コヨミ憑きは特別だから”とのことだ。


「えーっと?新幹線はグリーン車無料。国会議員かよ。で、特急もタダ……これいいな。でもそこまでやるならもう電車自体乗り放題にしろよ」


封筒には他にも様々な書類が詰まっていた。その中で半数以上を占めているのがコヨミ憑きに与えられる特権について記したものばかりで、そしてそのほぼすべてに“ラボラトリオに加入した場合”と付け足されているのだ。


そう。“ほぼ”すべてだ。

そのほぼに当てはまらないのが、ついさっき触れたコヨミ憑きの不逮捕特権ということだ。

光が頭を痛くしながらこの書類を何度読み直しても“コヨミ憑きがラボラトリオに加入した場合”という旨の文が見つからない。


つまりラボラトリオに加入しようがしまいが、コヨミ憑きにはあらゆる悪逆非道が許されることになる。大げさに………否、文字通りに受け取れば公衆の面前で人を殺しても罰せられないことになる。


「そりゃヤクザに雇われるわ………………国家公認ヒットマンってことだもんなぁ。エピソードとやらの超能力で人を殺すのか」


光は寝返りをうって床に穏やかに転がり落ちると不逮捕特権について記された書類を天井の電灯に透かし、まるで銃刀法に触れる刃物を見るような目で書類を睨んだ。押江のエピソードはあのようなガッカリ感溢れるものであったが、他のコヨミ憑きは人に危害を加えるエピソードを持っている可能性もある。となると気になるのが………………


「って言うか、俺のコヨミは結局どこの誰なんだよ。エピソードって何?俺はどんな超能力が使えんの?」


ダメだ。この件については考えてもきりがない。そう割りきった光は書類をそこらに放り捨て、自分が本当にコヨミ憑きなのかについて考え始めた。


「名無しの権兵衛さーん。聞こえてるー?あなたのお名前とエピソードはなんですかー?いい加減独り言も辛くなってきましたー」


………………………


「………………自分からはいきなり話しかけたクセに」


遠くの台所で聞こえる母が包丁で野菜を刻む音が静寂を飾り、なんとも言えない間が生まれてしまい光は赤面した。

誰かに聞かれていて言い訳をすれば、独り言と嘘をついても恥ずかしいやつだし、内なるもう一つの魂に語りかけていたと正直に話せばもっと恥ずかしいやつだ。


『なんだ、何か言ったか?』

「あっ!?お前こら!今さら返事してなんだお前!恥ずかしい思いしたぞ!」

「お兄うっさい!独り言は静かにするから独り言なんだよ!声大きかったらただの奇声よ、奇声!」


テンポをずらして返事をした名無しの権兵衛に光が大きめの声で詰め寄ると(姿が見えないので実際に詰め寄っているわけではないが)、壁の奥から年頃の少女の抗議の声がドン、と壁を叩く音と同時に飛んできた。声の主は郡原一子(ぐんばるいつこ)。光の二つ年下の妹だ。


「やかましい!俺の部屋だろうが好きにさせろ!壁を叩くな!」


一子の声に光は強気な口調で同じく壁を叩いて応戦する。


「お兄こそ壁叩いてんじゃん!そうやってすぐ自分のこと棚に上げる!」

ドンッ。一子が壁を叩く。

「お前が俺の部屋に向かって壁叩いた時点で俺にもお前の部屋に向かって壁を叩く権利が発生するんですー!」

ドンッ。光が壁を叩く。

「しないし!そもそもお兄がうるさいから壁叩いたの!」

ドンッ。一子が壁を叩く。

「あそっか。じゃあ俺が悪いわ。ごめんな」 

「はぁ!?何!?声小さくて聞こえないんだけど!そんなんだから友達いないんだよ!もっとハキハキ喋れ!」

ドンッ。一子が壁を叩く。

「謝ったんだよバーカ!!先にうるさくしたから俺が悪いよごめんって謝ったんだよ!お前みたいにすぐに争いの火種を撒き散らす奴に友達が出来やすいんなら俺はぼっちでいいわ!」

ドンッ。光が壁を叩く。


「ごめんね!反省するよ!ひどいこと言ってごめん!」


「おう!」


少しの間耳をすませば外からでも聞こえそうな声量で言い争いをしていた兄妹はおかしく素直に和解を遂げた。


『……………仲の良い兄妹だな。それで何の用だ?』

「ごめんちょっと待って。一子ー!」

「なにー!?」

「お前が壁叩いた回数四回で俺が三回だから一回壁叩かせてー!」

「あーはいはいいいよー!強めに叩いて壁傷つけちゃダメだよ!」

「あーい!」

ドンッ。光が壁を叩く。


―――――――――――――――――――――――――――


「おまたせ。で、質問していいの?」

『お前……………結構変わってるところあるんだな』

「そら人間どこかしらそういうとこはあるだろ」

『まあな…………』


今度は何やらハードボイルドな声が光の話し相手になるようだ。エピソードも気になるが、このように声がころころ変わる理由も気になるところだ。


「えっと…………え、何?俺がどの程度の情報を得たかはわかってる?」

『お前があのアン・サリバンのコヨミを宿した男と話していたところか?まあお前があの会話からそれ以上の情報を推理で導き出したのなら話は別だが』

「あ、聞いてたんだあの会話。あの人が言ってたことって本当なの?」

『すべて真実だろう。ラボラトリオについては知らんがコヨミ憑きについてはだいたい正しい』

「コヨミの名前とエピソード見破るっていうのも?」

『本当だろう。見られる感じがした』

「……………お前は見抜けなかったみたいだけど」

『まあなぁ……………俺たちは特別なのさ』

「いや、お前だけだよ多分。俺も悪い意味では特別だろうけどさ」



「で、本題。お前の目的とかコヨミとしての能力ってなんなの?エピソード。無いことは無いだろ?」

『目的については話さなかったか?』

「聞いてねーよ。昨日の夜の話か?途中で目ぇ醒めたもん」

『途中でレム睡眠に切り替わったせいかもな。そのあとは別の夢を見ていたんだろう』

「脳が夢見るメカニズム応用してんのかよ…………………あーまた話逸れた」


ご丁寧に、名無しの権兵衛の言葉をいちいち拾っていたたいつの間にやら話題が脳ミソの話にズレかけていたところを光が修整する。


「でさあ、結局なんなのお前のエピソードは。誰なのお前?」

『…………………前もって断りを入れておく』

「なんだよ」 

『俺が話す言葉は本当だ。お前を挑発したりする意図はない。それはわかってくれ』

「しつっこいわお前!!わかったからはよ言えや!」


「お兄!」

ドンッ。一子が壁を叩く。


「ごめん!ほら早く。お前の名前とエピソードは?」


ついに為されたストレートな質問に対し、このコヨミはストレートに答えを返さない。とうとうしびれを切らした光は先程の争いがあったにも関わらず再度大声をあげるほどだ。


『……………俺の言葉でまた妹と揉めることになったら申し訳ないが…………………………俺は、誰でもないんだ。どこの誰でもない。それが俺なんだ』


「…………………………」

『すまない。信じてくれ』

「…………………この沈黙は疑いの沈黙じゃなくて怒りの沈黙だぞ。お前さ、微妙にこっちの意図から逸れた回答ばっかするのはなんでなの?答えたくない何かがあんの?なあ。それかなんかしら、こう、発達障害みたいなあれでもあんのか?挑発とかじゃなくてさ」

『…………………ああ』


光は堪忍袋の緒がささくれ立ち始めたのを感じながらやや語気を強めて問う。それに対して、声はどこか落ち込んだ様子で肯定する。


『そうだ。俺は……………答えたくないんだ。コンプレックスなのさ。自分の存在自体がな』

「病んでるなあ…………………マジだったら同情するよ。俺も自分、そんな好きじゃないし」


お前のことも好きじゃないけどな。と心の中で付け加えて。


「じゃあほら、エピソードは?お前の偉人としての逸話。お前は俺にどんな超パワー与えてくれんの?これもコンプレックスだから話したくないとか無いよな?」

『………………………無い』


声は少し間を空けると、絞り出したような声で答えた。


「そうか。なら安心だな。で、お前のエピソードは?」

『だから、無い。俺にエピソードはない』


ぎゅうっ、と光が力いっぱいにベッドからはみ出ている毛布を掴む。このまま千切ってやろうか。とも思った。


「………………わかった。お前はもういい。ただの幻聴で片付けるよ。名無しの権兵衛」


光は不自然なほど静かで、かつ低い声でそう言うと床から起き上がり部屋を出る。


『………………すまない』


声は―――名無しの権兵衛は、本当に申し訳なさそうに光の脳内でささやくと、それっきり喋らなくなった。


―――――――――――――――――――――――


「お兄さあ、さっき部屋でどんな独り言話してたの?」

「いいだろそれはもう………………余計なこと言うなって」


夕食の席で、光の隣に座る一子が思い出したように尋ねる。


「光………………アンタまさか頭の中に友達作ってんじゃないでしょうね」

「今度の日曜どっか行くか?お父さんの友達にちょうどお前くらいのトシの息子を持ったやつがいてな。そいつもお前と気が合いそうで………………」

「ほらぁーこういうめんどくさい流れになるじゃん!」


娘が暴露した長男の寂しい一面に母である郡原芽冬(ぐんばるめふゆ)は心配の色を見せ、父の郡原外削(ぐんばるとそぎ)は友達を作れないかとそれぞれ食事の手を止め光にわいのわいのと話しかける。


「大丈夫だってそういうあれじゃない!その………考えごとしてたんだよ」

「考えごと?何の?それで私の部屋まで声が漏れるような大声出したの?」

「そうだよ。将来のこととか考えたら不安になって大声出たんだ。俺勉強苦手だしまともな人間になれるのかなって」


まさか自分に話してて非常にイラつく正体不明の偉人が取り憑いてそれにキレていたとは言えず、適当に茶を濁した。

しかし適当は適当だ。納得せずにまた追撃が来るに違いない。光は次の追求をどうかわすかを考えた。が………………


「あー………………そっか」

「うう、む………………」

「………………そうねえ」


それは杞憂に終わり、家族からは気まずさ満点の深入りを遠慮するような返事が返ってきた。まるで触れてはいけない話題に触れてしまったような、そんな雰囲気だ。


「お、お兄にはお兄の良さがあるよ。勉強………も、大事だけど、それが全部じゃないって、思う、よ?」

「光………………何も雇われるだけが仕事じゃない。道は他にもあるぞ」

「………お母さんは心配してないからね?」

「お母さんと一子はともかくお父さんならそういうのが男は一番傷付くってわからないかなぁ!」

「俺の分の唐揚げいるか?」

「それはもらう!」


―――――――――――――――――――――――――――


「………………こんなところか」


夕食後、部屋に戻った光は名無しの権兵衛とまたいくつかの言葉を交わし、机に向かってルーズリーフに今判明している情報を箇条書きで書き出していた。


“俺に取り憑いているコヨミは名前、エピソード共に不明。仮称を名無しの権兵衛とする”

“スタミナの上昇、ショートスリーパー化、勉強中毒は権兵衛によるものである。が、これらはエピソードではないとのこと(本人談)”

“俺は殺し合いに巻き込まれるとのこと。コヨミ憑きは法で罰せられないため殺人に踏み切る者がいると考えればそれに巻き込まれる形か?”

“ラボラトリオはとんでもない組織である。豪蘭学園に入れるらしい”

“コヨミ憑きの保護と研究を行っている組織。コヨミ憑きは保護しなければならないほど危険な身分なのか?”

“暴力団に加わっているコヨミ憑きはどの程度いるのか?(知らないと怖い)”

“何故権兵衛が俺に取り憑いたかは不明(聞いたとき、やや怒っていた。そういえば取り憑いたときも怒ってた?)”

“コヨミ憑き同士で殺し合いが起きた場合の法的措置は?←コヨミ憑きに対して損害の発生する行為を行った場合についての記述は書類に無かったが、特に問題はないものと思われる”

“家族にどう話すか?”



「………………情報整理というよりはブレインストーミングかな。出てる情報じゃなくて新しい疑問書いてるじゃん」


光はブレインストーミングの意味を知らず言葉の雰囲気だけで使っているため、実際の意味とは異なるがこの試みはなかなかどうして正解だった。何から何まで自分の知らない世界の話。光にはどれもこれもちんぷんかんぷんだったのだ。

そして、光が真っ先に気にしたところ、一番身近な問題。


「これ、みんなにどう話せばいいんだ?」


家族への説明だ。どこから話せば飲み込んでくれるだろう?

コヨミのことから?

ラボラトリオ?

それとも豪蘭学園への無条件入学?


一番身近というか、身の回りの出来事としてどうにか不自然じゃないのは、豪蘭学園についてか?


………………しかし、あくまでも“どうにか”なレベルだ。

自分は勉強についての話題を出しただけで食卓にあの空気が流れるような評価なのだ。そんな自分がいきなり豪蘭学園の話をしても「コンプレックスこじらせたのね」と慰められることうけあいだろう。

せめて日頃からもうちょっと勉強していればな、と光は自分を恨んだ。



―――――――――――――――――――――――――――


「ほんっと、どーしよ」


夜の公園を慎ましやかに月が空から照らし、その遥か下方では街灯が無遠慮にベンチに座る光を照らしていた。


光は考える場所を自室から外へと移し、家の近所にある公園へと歩いて向かった。気分転換をすれば考えがまとまると考えたが、現状はなにも変わらない。家族からは夜道だからって変なことするなよ。とからかわれる始末だ。何も得たものがない。どころか何か尊厳とか、プライドとかを奪われているように感じるぐらいだった。まったく余計なことばかり言う家族だ。と光は憤慨した。


そのあとまた何からどう進めればいいのかを悩み、家族にからかわれたことを思い出してムッとして、また悩み………………を繰り返し、同じ考えをループしていた。


(………………俺に豪蘭学園とか無理だよ。っていうかラボラトリオ入ったらどうすりゃいいんだ。奈良市みたいなベッドタウンに支部があるとは思えないし。やっぱ東京?豪蘭学園あるし。家族ごと引っ越し………ってわけにはいかないか。じゃあ一人暮らし?)


一人暮らし。その言葉が頭に浮かんだ瞬間光の胸がちくりと痛んだ………………気がした。そう、気がしたのだ。


(いいトシしてホームシックかよ………………別に家族が好きとかじゃないし。あの家………………あの家が好きなだけだよ)

『誰に向かって言い訳してるんですか………………』


意図せずして浮き出てきた自分の気持ちを否定してうんうんとうなずく光に権兵衛が頭の中から気弱そうな少女の声で話しかける。


「喋らないと聞こえないんじゃなかった?」

『余計なこと考えてたらそうですけど、今は純粋な思考だったので………』


そういえばごちゃごちゃ考えてるとか言われたっけな。と先日の権兵衛の声を思い出す。


「なあ、どうすればいいかな。卒業出来れば結構な学歴を得られる学校に行けそうなんだけど。権兵衛は行った方がいいと思う?」

『行けばいいじゃないですか。豪蘭学園でしたよね?なんで戸惑うんですか?』

「うーん。不安なんだよな。一人暮らしになりそうだし、偏差値高いところだから付いていけるか不安だし」


不安。光の心配事はそれに尽きた。未知の環境に対する恐怖。見知った人が誰もいない孤独。これらを受け入れるというのは誰でも勇気が多少必要になるだろう。


『えと、何を言ってるんでしょうか?』


が、権兵衛は光の弱音に何の理解も示さずにばっさりと切り捨てた。


『あなた成績はどれぐらいですか?』


「え?急に何を……」


『どれぐらいですか?答えてください』


「あっはい。全国県内校内クラス内問わず下から数えた方が早いです」


『じゃあ豪蘭学園行っても同じですよね?差が大きくなって県内が都内に変わるだけですよね?同じ成績不良ならどっちの学校のほうがいいかわかりますよね?』


「あの、権兵衛さん。怖いんですけど………」


おかしい。雰囲気が変わった。さっきまでは気の弱そうなおどおどとした感じだったのに急に説教じみた口調に変わっている。声は同じなのに。光のうじうじした態度が何か琴線に触れてしまったのだろうか?


『で、何でしたっけ。一人暮らしが不安と?』


「あ、あの。もういいで…」


『あなた友達いますか?』


「だからもう」


『いますか?』


「いません」


『じゃあ東京行っても同じですよね。家族が好きなんですか?』


「いや、そりゃあ嫌いじゃないけどそんな好きって訳じゃ……」


『じゃあ別にいいでしょう。さっさと帰って転校手続き済ませましょうよ。こんな公園で何時間潰すつもりですか?」


「ごめんなさい…………」


ついに謝ってしまった。


『なんで目の前に成功するためのチャンスがあるのにそれを無視するのか本当にわかりません』


「仰るとおりです………帰ります……」


権兵衛の苛烈な説教に光のか細い心はひしゃげ、ベンチから立ちあがるととぼとぼと家路に向かおうとしたそのとき。


「あれ?郡原くんじゃない?」


公園の入り口から、女性のよく通る声が聞こえた。

へへへ……………最低だ。最低だぜ………………………

ニンジャスレイヤーどころか、ダンガンロンパまでパクるつもりだぜ、俺は…………豪蘭学園ってなんだよ我ながらメチャクチャやりやがるぜ……………創立九年ってなんだよクソかよ…………せめて大学にしろよ………………………


そういえばアニメイシヨンのテレビ放映が迫ってますね。フラッシュ作画はもうあれで完成してるとのことなので、何が「スペシャルエディシヨン」になるのかがとても楽しみです。


そして物理書籍「ケオスの狂騒曲」の発売も残り一ヶ月を切っています。豊満なバストの美女。ジェットパックと天狗の面を装備したヤクザ。赤黒い装束を着込んだ死神ニンジャ。あとマグロ。ニンジャスレイヤーの何割かが現在公開されている関連イラストに込められているので是非ニンジャスレイヤーの公式Twitterアカウントをチェックしてみましょう!

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