学習まんがにイスラーム原理主義の祖が描かれる衝撃
角川から出た学習まんがを読みました。最近は本当に凄いことになってます。何と学習まんがのエピソードに、アフガーニーという、自称アフガン人を名乗る謎のイラン人(イスラーム原理主義はシーア派ではなく、スンニ派のイスラーム運動なのに、アフガーニーはシーア派の教育を受けた人間なのだ。)が登場するのです。
アフガーニーは現代のイスラーム原理主義の祖の一人です。
これには驚きました。世間のイスラーム原理主義運動というと、オサマ・ビン・ラディンの方が有名なのですが、911同時多発テロなどで世界を震撼させたような人達のルーツが、学習まんがに載ってるという事なんです。
こんなことってあり得るのですか!?
しかもこの学習まんがを監修してるのは、イスラームの専門家で、モスクの歴史などを書いている人。
今、イスラーム圏の影響力が増してるとはいえ、これでいいのだろうか?
私の若い頃は、西洋文明が絶対で、イスラームなど入り込む隙は全くなかった。ましてや、911同時多発テロなどをリアルタイムで見てきた世代故に、昔は西洋文明が絶対だったのに、今の変節っぷりは正直我慢できない。
あの息苦しいまでの西洋絶対主義は何だったんでしょうか。
これは西洋文明の危機が密かに忍び寄ってるとしか思えない。
最近のアメリカやイスラエルなどの極端な軍事行動などで力に訴えるのは、西洋文明の求心力があからさまに低下してるからではないか。
しかしその世界の流れとは逆行するかのように国内、「育ちの良さ」や「文化資本(18世紀のヨーロッパの貴族文化)」のような、西欧文明に対する「狂信的な」憧れは増してるように見える。
しかし西洋文明の危機を克服できないと、「育ちの良さ」も「文化資本」も土台から蒸発しかねない危機がある。
日本が西洋文明の危機を克服するんだ!のような、戦前の大アジア主義者や京都学派のような人達は流行らないようだ。
頭が昭和の人間からしたら、今の「育ちの良さ」や「文化資本」に対する憧れは、非常に「狂信的」に見えるんです。
そんな「育ちの良さ」や「文化資本」が良いものでしたら、西洋文明の危機が訪れると、自分たちの至上とする価値観が勢いなくなってしまうのではないのだろうかと考えないのだろうか?
だから、西洋文明の辺境の日本人が、西洋文明を守る!活動をするわけです。
そうでなければ、一夜にして天皇主義から民主主義に転換したような、西洋が弱体化すると中国文明に被れるようになるのか?
そんな事は悪夢としか思えない。
もし西洋が弱体化して中国共産党にすり寄るならば、「育ちの良い」という価値観は、果たして中国共産党は尊敬すべきものとして扱うのだろうか?などと考えてしまう。
中国人の思考回路で西洋文明を見ると、そうではないだろうなとすぐ思ってしまう。
だからこそ、日本が中心となって中国に朝ドラ的な価値観を布教に行かなければならないとすら思うんですよ。
最近テレビでやってる中国ドラマは、まるで中国の歴史書の世界とシームレスで、悪人が多くて陰謀ばかり企む話。
これは韓国ドラマも似ていて、更に言えば日本の戦国ものも同じような地続き世界観に見える。
中国ドラマの悪人が跋扈して、善人がバタバタと死ぬような世界観は、朝ドラ的な価値観と真逆もいいところだ。
周りが全部いい人で、夢に向かって頑張るの。更に明日は必ず良くなるという世界観は、中国・韓国・(日本の)戦国にはない世界観だ。
朝ドラ的な価値観の一番の中核は、「明日は必ず良くなる」というもの。
中国人にはそういう価値観が希薄で、むしろ「世直し」って発想だから。
日本人が「明日は必ず良くなる」という価値観を守らなければならないとさえ思う。
アメリカの白人の自殺の増加は、その世界観が消失しつつあるという事ではないか。
このように、西洋文明の危機に、いざ鎌倉と馳せ参ずるのがこの本の大まかな流れだと思う。
ついでにニトリが中国から撤退したのも、その日本人の戦後の幸福感の記憶に基づいてる、アメリカ文化への憧れが中国人に響かなかったからではないか?などと考えてしまう。
朝ドラ的な価値観が不在だからこそ、ニトリは中国で苦戦したのではないか?
もはや貿易戦争も文明間の衝突のようになっている現代。
またぞろ日本が軍事で中国と対立のような雰囲気となってるのだが、そうではなくて文明力で中国とやりあえないものか。
などと西洋文明の危機を考え、(あわよくば)日本人が西洋文明の危機を(ボランティアで)克服するという余計なお節介をするのがこの本の目的なのでした。




