2.星であるとも気付かずに
「侯爵様、奥様の姿が見えません!」
「代わりにはなりませんが、リリアが野盗を見つけました」
こっそり侯爵様のマントの中から様子を見ていると、アイザックたち騎士様方が駆け寄ってきました。
アイザックは黒染めの服を着た男を羽交い締めにしています。
魔物騒ぎだけでなく、野盗まで入りこんでいただなんて。妖精が騒ぐのも無理ないわね。
「本当に化け物なのだと思われ、殺されてしまわれたのかも……っ」
その後を追ってきたリリアが野盗の頭をフライパンで殴りました。
「白状しなさい」と殴り続けるリリアに、野盗が痛い痛いと悲鳴を上げています。
「勇ましいな。そのフライパンで倒したのか」
「そうなんです、彼女すごいんですよ!」
アイザックが「彼女のおかげで、他にも何人か捕まえられました」と明るい声を上げました。
「頑張ったので褒美をください!」
というリリアの声が聞こえてきて、笑ってしまいそう。
「私からもお願いしますわ」
侯爵様の耳に手をかざして囁きかけますと頷かれました。
「見世物小屋に売り払う為に攫われたのかもしれません。どうしましょう、追手を掛けますか!?」
「見た目は怖かったですけど、心優しい奥様だったのに……っ」
花瓶や洗濯板、傘を取り落としたメイドたちが顔を手で覆います。
皆が皆、泣きだしますと、今度は殿方が慌てふためきました。
「馬鹿ッ諦めるな!」
などとメイドの肩に手を置いて励ましている騎士たちのお顔も、どうしてでしょう……不安げなように見えますわ。
これは夢? それとも私の目が悪くなったのかしら。
――皆、私はアリエッサではないのよ?
どうして私のことをそんなに心配してくださるの?
侯爵様はどうしようと頭を抱える部下たちを見渡して「落ち着け」とため息を吐きました。
そうですよね、侯爵様。私なのですから、それが正しい判断ですわ。
「君のせいだぞ」
それなのに耳元で囁かれた言葉に驚いて、それから気が付きました。
私が《《可愛くなかった》》のは、この心です。
アリエッサは素直で美しい考えを持っていました。
私から歩み寄らなかったのに侯爵様にばかり求めて、彼を責めたてていました。
彼には、私の心の醜さを見透かされていたのでしょう。
(……本当に、私には勿体ない素敵なお方だわ)
ならば、正さなくてはなりません。
この人を不快にする私でいることは、決して許されないのですから。
「有り難いことですわ」
耳打ちすると侯爵様は驚いたように目を丸くさせて私を見てきましたわ。
微笑んで頷くと、そうだなと頷きを返してくださいました。
「無事だから安心しろ」
侯爵様からそう言われた使用人たちが、彼を見上げます。
「いい加減顔を見せてやってはどうだ」
促された私は、被っていたマントを後ろに下ろしました。
侯爵様の腕に抱かれていた私の存在に、使用人たちはようやく気が付いたのでしょう。
呆然とこちらを指を差してきました。
「侯爵様……その方は?」
腕に抱かれている女性は誰なのかと、使用人たちの視線が集まってきます。
私は彼らをずっと騙してきました。
その視線をまともに見ていられず、俯いてしまいそうになります。
「皆、心配を掛けてしまって申し訳なかったわね」
喉を鳴らして、口にした言葉の冷たさ。
どうして私はこうも可愛くないのかしら。
「奥さま! ご無事だったんですね……」
心配したんですよと近づいて来たリリアが目を潤ませました。
実家からついてきたメイドが、私が”奥さま”であることを認めている。
――つまりはと考えた他の者にも、ようやく私が誰なのか分かったのでしょう。
「至るところ擦り傷だらけががな」
お転婆なのもどうにかしてくれと言う侯爵様に、リリアはどうにもなりませんとばかりに首を振ります。
呆けた顔をして立っていた執事が口を開きます。
「あの、もしやその方が奥様で……?」
問われた侯爵様は「そうだ」と口元に笑みを浮かべました。
「俺の大切な妻だ」
片腕に体重をかける形で抱え直され、私は胸元が乱れないようにと手で抑えます。
侯爵様が頬に手を当て、こめかみに口づけてこられました。
「侯爵様、恥ずかしいですわ」
彼は、アリエッサにも前世でこんな感じだったかしら?
羞恥で赤らんできた顔を伏せてしまいます。
なのに、侯爵様は私を見つめてきました。
その視線に籠められた熱があまりに高い気がして、私は顔を手で覆ってしまいました。
「喜ばせないでほしいんですの」と呟きます。
どうしてと訊かれても応えられませんわ。
(だって――これは。アリエッサが来れば、どこかに行ってしまう愛ですもの)




