81◇水着
「なん……だと?」
昼食時。
俺、お姫さん、クフェアちゃん、リナムちゃんの四人に、班の新入りである聖女アグリモニアちゃんと、聖騎士ヒペリカムちゃんを加えた六人は、食堂で一緒に食事を摂っていた。
そこで俺はみんなに尋ねたのだ。
先程お姫さんに訊いたのと同じ、とてつもなく重要な問い。
すなわち、水着の有無である。
だが、そこで驚きの事実が判明。
全員が持っていないと答えたのである。
いや、考えてみれば予想は出来た事態だ。
勤勉なお姫さんが海水浴に興味を持たずに育ったのは理解ができる。
クフェアちゃんやリナムちゃんも、水着を買うくらいなら他の衣類や家族の為に食品を買うような子だ。
アグリモニアちゃんは水着自体は着たことがあるが、学院には持って来なかったらしい。
真面目な剣士ヒペリカムちゃんは水着の存在すら知らなかった。
「嘆かわしい……これだけ美少女が揃っていながら、誰一人水着を持っていないだなんて」
俺が肩を落として言うと、クフェアちゃんが呆れた顔をした。
「なんでそんながっかりしてるのよ」
「そりゃあ、クフェアちゃんの水着が見たかったからに決まってるじゃないか」
と正直に答えると、彼女の顔が赤くなる。
「そ、そうなんだ……」
「クフェアさん、我が騎士は言葉を巧みに操るのでお気をつけください。今の言葉も真実には相違ないでしょうが、他のかたがたの水着姿も同様に見たがっている筈ですよ」
隣に座るお姫さんが、冷たい声で口を挟む。
クフェアちゃんの赤面も解けてしまった。
「そんなことだろうと思ったわ……」
「クフェアちゃんには、スポーティーな水着が似合うだろうなぁ」
「妄想の中で人を勝手に水着姿にするのはやめて」
「そうだな、妄想だけでは虚しい。ここは、みんな水着を買わないか?」
「み、水着、ですか……」
リナムちゃんが困ったように笑いながら、そっと自分のお腹に手をやる。
それから食事の載ったトレイを見た。
察するに、お腹周りが気になるのだろうか。
彼女はだいぶ細い方だと思うが、本人には本人の悩みがあるのだろう。
「アルベール。先程も言いましたが、強化訓練は遊びではないのですよ」
「分かっておりますとも、我が主。ところでみんな、水着選びは今日の放課後でいいか?」
俺の言葉に、お姫さんが深い溜息を溢した。
「海で遊んだことなんてないから、興味がないと言えば嘘になるけど……」
「水着って、おいくらくらいするんでしょうか?」
クフェアちゃんとリナムちゃんは、そこが気になるようだ。
形骸種討伐の報酬が入るようになったとは言え、彼女たちは元々が孤児院で暮らす家族の為に聖者を目指した者たち。
少々の稼ぎくらいでは、二十数人を越える家族の生活を急激に改善することは出来ない。
今も、大きな余裕が出来たわけではないのだろう。
「安心してくれ、水着の代金は俺が持つ」
「何言ってんの、そんなのダメよ」
「そうですよ、アルベールさん」
「いや、言っておくがこれは同情でも施しでもない、俺の為なんだ」
俺の真剣な表情に、二人が気圧されたような顔をする。
「は、はぁ」
「そう、なんですか?」
「もしクフェアちゃんが、欲しい水着を見つけたとしよう。だがその水着の値段が予算を超えていたら、どうする?」
「そりゃあ、諦めるでしょ」
クフェアちゃんが当たり前のように言う。
「そこだ!」
「びっくりした。急に叫ばないでよ」
彼女が驚いたように胸を押さえる。
「俺には、そんな未来が我慢ならない。君たちには、自分に一番よく似合う水着を存分に選んでもらいたい!」
「ねぇ、あんたのその水着に対する凄まじい熱量はなんなの?」
俺にとっても初海水浴なのだ、どうせならば準備は完璧にしておきたいじゃないか。
「わ、私は、みなさんが着るなら……」
リナムちゃんは、消極的ではあるものの反対はしないようだ。
「まぁ、あたしも嫌ってわけじゃ……お金も、多分なんとかなると思うし」
クフェアちゃんも拒否はしなかった。
「アグリモニアちゃんとヒペリカムちゃんは?」
「わ、わたくしもですの?」
まさか自分が誘われるとは思っていなかった、みたいな顔をするアグリモニアちゃん。
「同じ班なんだ、自由時間に一緒に遊んだっていいだろう?」
「……お、お邪魔でなければ」
かつて一度はクフェアちゃんと対立したアグリモニアちゃんだが、封印都市ルザリーグでの経験から心を入れ替え、関係修復に努めた。
とうのクフェアちゃんが許したのだから、俺としても遺恨を残すつもりはない。
「大歓迎だとも。ヒペリカムちゃんはどうだい?」
彼女は二十一歳。この班の中で唯一十八歳を越えており、ばっちり俺の対象内であった。
「お付き合いいたします」
「おぉ! 嬉しいよ」
クフェアちゃんとお姫さんからのジト目が飛んでくる。
「……わたしはまだ行くと言っていませんが」
「え? お姫さんも来てくれるだろう?」
俺の中では当たり前すぎて、わざわざ訊いたりしなかったのだが。
「何故、わたしが参加する前提なのです?」
「俺が、お姫さんの水着姿を見られないと死んでしまう病に掛かっているからだ」
もう死んでるが、それは今はいいのだ。
「そのような病は、聖女の魔法でも治せませんね」
「そうだな、お姫さんの純白の水着姿でしか治らない」
「さらっと要求を具体化しないでください」
彼女が頭痛を堪えるように額を押さえたあと、諦めるように溜息を吐く。
「……まぁ、よいでしょう。正直に言えば、わたしも海水浴には興味がありますので」
ほんの少しの照れを滲ませながら、彼女も承諾。
「決まりだな」
俺の心が浮き立つ。
「ところで、水着ってどこで買うのよ?」
クフェアちゃんの質問に、俺は正直に答える。
「いや、俺も知らない」
「あんたねぇ……」
確かに、放課後に水着を買いに行こうと話しているのに、売っている場所を知らないのは問題だ。
強化訓練の話を知らされたのが今朝のことなので、下調べをしている時間もなかったのだ。
「あ、あの……」
アグリモニアちゃんが控えめに声を上げる。
「ん? どうした?」
「水着を扱っている店に、心当たりがございます」
「おぉ、さすがアグリモニアちゃん! じゃあ、案内してもらってもいいか?」
「え、えぇ、もちろんですわ」
こうして、六人で放課後に水着を選ぶことになった俺たち。
「ね、ねぇアルベール?」
クフェアちゃんが、いかにも平常心ですみたいな不自然さを漂わせながら、俺の名を呼ぶ。
「ん? どうした?」
「も、もちろんあんたも水着を買うのよね?」
「あぁ、そのつもりだよ」
「お、男の水着って、上裸になるって聞いたんだけど」
「俺もそう聞いてるよ。というか、胸を隠す理由もないしな」
「ふ、ふぅん……?」
なんだかクフェアちゃんの頬が熱を持っているように見えた。
「なんだ、クフェアちゃん。俺の上裸に興味があるのかい?」
「ばっ、ちがっ、違うから!」
「期待に添えるかは分からないが、クフェアちゃんの為ならば喜んで脱ぐとも」
「変な言い方すんなぁ!」
顔を真っ赤にして叫ぶクフェアちゃん。
やはり、彼女はこうでなければ。
ふと隣のお姫さんを見ると、彼女も顔を赤くしていた。
はて、何故だろうと考え、思い至る。
そういえば、彼女の実家で過ごしていた時、メイドと迎えた朝に彼女が突入して来たことがあった。
その際に、上裸どころか裸を見られたのだ。
いや、肉の鎧を取り戻した時が最初か。
どちらかは分からないが、俺とクフェアちゃんの会話で当時のことを思い出してしまったのだろう。
相変わらず、初心な少女だ。
「いやぁ、楽しみだな、みんなとの旅行」
「……強化訓練ですよ、アルベール」
律儀に訂正するお姫さん。
彼女はどんな水着を選ぶのだろう。




