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77◇愛された巨人




 揺れている。

 馬車よりも軽やかで、どこか温かい。

 これは、人の背中だろうか。


「……ん」


「アルベール殿! お目覚めですか?」


 視界に映る金の髪と、鼓膜に響く女性の声。


「マイラ……?」


「はい!」


 どうやら俺は、マイラに背負われているようだった。

 しかも、彼女は疾走中。


 巨人フィリムの記憶を見ていて無防備だった俺を、彼女が背負ってくれたのだろうか。


「ありがとう、マイラ。もう下ろしてくれて大丈夫だ」


「いえ! お気遣いなさらず! このまま走り抜けた方が早いので! どうかこのマイラにお任せください!」


「そ、そうか……」


 マイラがやる気に満ち満ちているので、強引に下りるのも躊躇われた。


「それにしても、さすがはアルベール殿です! 巨人兵さえも討伐なさるとは!」


「……ありがとう。みんなが、形骸種(キュリオン)の群れを抑えてくれたおかげだ」


「ぐっ、次は一体も通しませんので!」


 彼女が悔しげな声を出す。


 そういえば、防衛線を抜けてきた形骸種(キュリオン)が巨人兵と融合したんだったか。


「あぁ、期待してるよ」


「はい!」


 俺は軽く周囲を見て、他のメンバーがいることも確認。


 『片腕の巨人兵』は討伐できたので、全員で街の外へと脱出している最中のようだ。


「アルベール、体調はどうですか?」


 俺の目覚めに気づいたお姫さんが、マイラと並走するように近づいてきた。

 一日に二体の十二形骸を殺すのは初なので、心配してくれたようだ。


「あぁ、大丈夫だよ。お姫さんも無事か?」


「えぇ、我が聖騎士が守ってくれましたから」


「ほう。そんな殊勝な聖騎士がいたのか、お目にかかってみたいね」


 俺の言葉に、お姫さんが呆れるように笑う。


「貴方のことですよ、ご存知でしょう」


「あはは」


 ちなみに、足の遅い者も『身体強化』の加護を脚部に集中させることで、みんなに遅れることなく走ることが出来ている。


「……今回も見事な働きでしたね、聖騎士アルベール」


 お姫さんの姉であるオルレアちゃんが、抑揚の少ない声で言う。


「うむ。それに、私も命を救われた。感謝するぞアルベール後輩」


「私がいない間、先輩のお世話をありがとうございました、アルベールくん」


 『霧雨』のイリスレヴィちゃんとリコリスちゃんも続く。


「さすがだな、アルベール。今回の一番の勲功は間違いなく『雪白』ペアのもんだ。あーあ、邪魔が入らなきゃ、うちの姫さんが(とど)め刺してたかもしれねぇのによー」


「……過ぎたことを言っても仕方ありません。それに、巨人兵が『天聖剣』を利用するとは私にも読みきれませんでした」


 『黄褐』のセルラータちゃんとユリオプスちゃんは、一度は巨人兵討伐に近づいたペアでもある。


 セオフィラスの邪魔が入ったことで、それは叶わなかったのだ。

 

「ほんとすごいよアルくん! 巨人兵を還送しちゃうなんて!」


「あぁ。素晴らしい功績だ、アルベール」


 『炎天』のカンプシスちゃんとグレンも口々に言う。


 ……グレンの背中には、首のない遺体が背負われていた。


 セオフィラスのものだろう。

 こいつは最終的に、どういう扱いになったのだろうか。


 功績を優先して、『黄褐』ペアに攻撃を加えたところまでは仲間にも知られている。


 その()、迫る形骸種(キュリオン)の軍勢に対応する為、俺とお姫さんとネモフィラ以外は別行動となった。

 戦いの末、セオフィラスは俺に殺されたわけだが……。


 そのあたりは、巨人兵が使用した『天聖剣・大狐の剃刀』による被害としたのかもしれない。

 事実、あれで致命傷を負ったのだ、無理な筋書きでもない。


「なぁ、カンプシスちゃん」


「ん、どうしたの?」


「君の地元では、この街から逃げ延びた人の話が残ってるんだよな」


 封印都市への突入前、そのような話を聞いた。


「うん、そうだね」


 目を丸くしつつも、彼女は頷く。


「巨人が逃がした中に、そいつの……家族とかがいたって話は、残ってないかい」


「あぁ! 『善き魔女ウルリーカ』のこと? 人間なのに、自分のことを巨人フィリムの母だって言ってたんだって」


 それは、虚言ではない。


「……その人は、どうなったんだ」


「自分を受け入れてくれた村と、一緒に逃げてきた人を最期まで守ったって話が残ってるけど……?」


「そう、か。ははっ、なるほどな」


 フィリムの母は、息子との約束を守ったのだ。

 別れ際に、友人を頼まれたから。


 彼女ほどの力があれば、封印都市で活動することも出来ただろうに。

 息子の友を守りながら、ずっと帰りを待つことを選んだ。


「善き魔女が、どうかしたの?」


「いいや……。巨人は、誰かに逢いたがっているみたいだったから、もしかしてと思っただけだ」


 記憶を見たとは、説明できない。


「しかし、あれだけの脅威を前に、被害がほとんど出なかったのは幸いだったな」


 子供にしか見えない先輩こと、イリスレヴィちゃんが言う。


「先輩、私が死んだと思ったんじゃないですか~?」


「君は殺しても死なないだろうと信じていたとも」


「私が生きてると知って、嬉し泣きしてくれていたのに?」


「しつこいぞっ! 泣いてなどいない!」


 イリスレヴィちゃんの言う通り、被害がこれだけで済んだのは幸運だった。

 女神の魔法による加護がなければ、グレンやリコリスちゃんなどは死んでいてもおかしくなかった。


「……ネモちー、大丈夫かな」


 カンプシスちゃんが、ネモフィラに気遣わしげな視線を送っている。


「短期間に二度聖騎士を失ったのだ、心の傷は計り知れない」


 イリスレヴィちゃんが応える。

 二人共、今回危うく聖騎士を失いかけた聖女同士。思うところがあるのだろう。


 話題に上がったネモフィラちゃんはというと、黙って走っている。

 その腕には、布で包まれた何かが抱えられていた。ちょうど、人の頭くらいはありそうだ。

 セオフィラスの頭部だろう。


 彼女にも、あとで話したいことがあった。

 俺と同じようにセオフィラスの記憶を覗いた彼女ならば、言わなくてもわかっているかもしれないが。


 ふと、形骸種(キュリオン)の動向が気になって振り返るが、誰も追ってきていないことに気づく。

 加護で強化された脚力のおかげかもしれないが、少し不自然でもある。


「……形骸種(キュリオン)の群れは、我々を追ってきてはいませんよ」


 俺の視線に気づいたオルレアちゃんが、教えてくれる。


 巨人兵の首が断たれて、俺が意識を失ったあと。

 退避する仲間たちを、形骸種(キュリオン)は追わなかった。


 では何をしていたかというと――塵と消える巨人兵の許で、まるで泣き崩れるように膝をついていたそうだ。


「……あの巨人は、街の奴らに受け入れられていたようだからな」


 過去の記憶を見た俺は、フィリムがどれだけ努力し、街のみんなの信用を勝ち取ったかを知っている。

 三百年も侵入者を排除してくれたことで、信頼は積み重なり続けた。


 だから、街中の形骸種(キュリオン)が、フィリムの危機に駆けつけたのだ。

 己の命を捧げて、フィリムの骨を修復する者さえいた。

 祝福を振りまくよりも、フィリムの死を悼むことを優先するほどの絆を築いていた。


 種族の違いを、フィリムは死後も越えたのだ。


 そんな巨人を、俺が殺した。

 それが、聖騎士というものだからだ。


 二度目の死を迎えた十二形骸は、これで四体。

 『毒炎の守護竜』『天庭の祈祷師』『黄金郷の墓守』『片腕の巨人兵』は死んだ。


 残るは、俺を含めて八体。




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