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66◇炎天登場と作戦会議

 



 『片腕の巨人兵』討伐に際し、今日はどのような作戦でいくかの会議も兼ねている。

 貴族邸宅の食堂に案内された俺たちは、ある程度挨拶も済んだので席につく。


 俺の右隣がお姫さんで、左隣は先程知り合った『霧雨』の聖者の片割れ、聖女のイリスレヴィちゃんだ。

 彼女のツボをついた先輩呼びで気に入られたようだ。


 俺の隣にすかさず座った彼女を見て、『黄褐』の聖騎士セルラータちゃんが一瞬悔しげな顔を見せたが、渋々別の席へと座った。


「お食事を始めたいのに、『炎天』のお二人がまだ見えませんね~?」


 『霧雨』の聖騎士、狐目のリコリスちゃんが困ったように言う。

 と、そこで食堂に繋がる扉が勢いよく開かれた。


「お待たせー!」


 入ってきたのは、赤に黄色を加えたような色合いの髪をした女性だった。

 彼女は髪を自分から見て右側で一つに結んでいる。

 琥珀の瞳は生命力に溢れ、それは健康的な白い肌や引き締まった肉体にも表れている。


 制服からして聖女なのだが、スカートが短すぎるし、豊満な胸は今にもこぼれ落ちそうだった。

 それだけではない。彼女は化粧をばっちりと決め、更には爪に色鮮やかな飾りがついていた。

 おそらく、二十歳そこそこだろう。


 俺の目には奇抜に映るが、三百年も経てば色々と変化もあるだろう。


 と思ったらお姫さんも目を丸くしていた。

 少なくとも、貴族のお嬢様たちの間で流行しているオシャレ、というわけではなさそうだ。


「お待ちしておりました、カンプシス様」


 感情の乗っていない笑顔で、『吹雪』のネモフィラちゃんが迎える。


「ネモちー。前にも言ったけど、それ可愛くないから『シスちゃん』って呼んでよ」


「失礼いたしました。シスちゃん様」


「いや……まぁ、いっか! シスちゃん様です! 知らない人はよろしくね!」


 そういって彼女が食卓を見回した。


「グレンと申します。遅れまして申し訳ございません。道中、馬車が魔物と遭遇したもので……」


 おっと忘れてた。

 カンプシスちゃんの横には、二十代半ばほどの金髪長身イケメン聖騎士が立っていたのだった。

 あまりに興味がなかったので、描写を怠ってしまったのだ。仕方のないことである。


 俺はカンプシスちゃんに微笑み、他のみんなと共に挨拶を交わす。


「えっ!? ティアっち一年生なの? じゃあ入学したてじゃん?」


 カンプシスちゃんの驚きに、お姫さんが困ったように微苦笑する。


「は、はい。まぁ……」


「それで『色彩』ってすごいじゃん! さてはアルくんも、超強かったり?」


「えぇ、まぁ」


「正直な子だ!」


 カンプシスちゃんは俺の答えが面白かったのか、からからと笑う。


 そんな彼女を、グレンだかグランだかが席に促し、座らせる。

 食前の祈りのあと、ようやく食事の時間となった。


 やや冷めた飯を腹に入れつつ、しばらくして。

 話題は真面目なものに。


「改めまして、『片腕の巨人兵』に関する説明をさせて頂きます」


 説明役を担うのはネモフィラちゃんだ。

 そもそも今回の作戦を立案し実行に漕ぎ着けたのは、彼女なのである。


「巨人兵は封印都市トリスリミガンテ内にて活動中の十二形骸となります。活動範囲は都市全域に及び、固有能力『索敵領域』によって侵入者を感知し、これを殲滅するまでは止まりません」


 トリスリミガンテは俺も知っている。

 当時の敵国との国境近くに築かれた都市だ。

 近くには大規模な砦もあり、これが敵の侵攻を跳ね除けている……などと聞いたことがあるようなないような。


「かつて、巨人兵はギガルノ砦を守護する優秀な兵士であったと聞きます」


 だからか、巨人兵は決して『元市民の形骸種(キュリオン)』を傷つけないという。

 守るべき民、という認識なのだ。

 そして、結界内に入ってくる聖者たちは、平和を脅かす敵ということなのだろう。


 三百年も、国防の為に戦い続けているわけだ。


 えらい愛国心だが、もう少し会話が通じれば、こちらが敵でないと伝えられるというのに。

 いや、無意味か。


 永遠の生を手に入れた市民たちを、俺たちは殺そうとしているのだから。

 つまり、どちらにしろ巨人兵から見たら俺たちは敵なわけだ。


「敵の侵入を感知すると巨人兵は叫びを上げ、市民たちは街の中央へと避難を開始します。そして、巨人兵による敵の排除が始まるのです」


 俺なんかは同じ不死者たちを殺して回るものだから、形骸種(キュリオン)からも敵として見られていたが、巨人兵は違うらしい。

 そりゃ、他とは違うとはいっても、彼らを守ろうとするのなら仲間認定もされるだろう。


 聖騎士として死者を皆殺しにしようとした俺や、友との約束を果たす為に教会に近づく者を殺した毒竜エクトルとは違う。

 巨人兵は、その都市の形骸種(キュリオン)たちに信頼されているのだ。


「これまで、数百組の聖者と、歴代十二聖者の二組が、巨人兵との戦いで命を落としています」


 十二聖者に選ばれる者でも殺されるレベルの強さ、ということ。


「散っていった方々の死を無駄にしない為にも、今回の戦いで()の者を還送いたしましょう」


 まったく心がこもっていないネモフィラちゃん言葉が、虚しく食堂に響く。


 その後、俺たちは互いの能力を確認し合い、本格的な作戦会議へと映る。


 当然だが、俺は『骨剣錬成』と『毒炎』については明かさなかった。

 青髪野郎は『震動伝達』については隠したが、『黄金庭園』に関しては『蔦を生み出し操る力』と偽って報告した。


 どうやら、能力を一つストックできる『天聖剣』の力、ということにしたらしい。

 確かに、ネモフィラちゃんとこいつは十二聖者なので、そういう手も使える。

 能力の一部ではあるが、人前で使えるわけだ。


「普通に考えれば、『色彩』が補助、十二聖者が巨人兵と戦うべきだが」


 グ……なんとかが神妙な顔で言う。

 優秀とはいえまだ年若い聖女たちを、最前線には出せないと考えているのだろう。

 立派な大人ではないか。


 下っ端から特攻させようとする大人も多い中、人間が出来ているようだ。

 俺はツラのいい男が特に嫌いなので、好感度の上昇はないわけだが。


「なぁ、一ついいか?」


 俺が挙手すると、ネモフィラちゃんが「どうぞ」と頷く。


「巨人兵は、絶対に市民を攻撃しないんだよな?」


「その通りですわ、アルベール様」


 ニッコリと、ネモフィラちゃんが応える。


「なら、適当に市民の手足を斬って身軽にしてから、抱えて戦えばいい。こっちだけ一方的に巨人兵を攻撃できるぞ」


 なにやらドン引きされるような気配がした。


 真剣に考慮しているのはお姫さんの姉であるオルレアちゃんと、イリスレヴィちゃんくらいのようだ。

 ネモフィラちゃんはなおも微笑みを湛えている。


「ふふふ、合理的だな後輩。確かに有効な策だと私は思うよ。試してみる価値はある」


「これを採用するならば、聖騎士が聖女を守る必要性もなくなり、戦術の自由度が高まるでしょう」


 と、二人は利点を理解してくれたのだが。


形骸種(キュリオン)は魔女の呪いの被害者だ。ただでさえ命数を歪められた彼らを、不必要に傷つけ盾に使うなど、とても許されることではない」


「まぁまぁグレン。自由な発想って大事だと思うよ」


 カンプシスちゃんが宥めるように言う。

 グレンとやらは、倫理的に許されないと言いたいようだ。

 どうやら、他の者も概ねそこが引っかかっているらしい。


 理解は出来るのだが、己の倫理観より、最終的に形骸種(キュリオン)を殺す方が重要ではないのだろうか。

 まぁ、そう簡単に割り切れないからこそ人間、なのかもしれないが。


 俺が死者になったのだって、聖騎士の使命を理解していながら、義父を斬れなかった所為なわけで。


「それでさ、その案だけど。きっとあんまり効果ないと思うよ。いや、違うか。効果は出るだろうけど、長続きしないと思う」


 彼女の説明を聞いて、俺も納得する。

 というか、想定していたことだった。


「確かにそうだな。最初は市民を攻撃できずにタコ殴りにされるだろうが、その内、やつも気づく。このまま自分が死んだら、市民は全員殺されると」


「そうそう。そうなったらさ、割り切ると思うんだよね。めちゃくちゃ苦しくても、割り切って捕まった市民ごと敵を殺すと思うんだ」


 まぁ、多少なりとも躊躇いが生まれるのなら、それだけで使いようはあるのだが……。


 なんだか、自分が物語の悪役のような思考をしているように感じる。


「じゃあ、こういうのはどうだ? 幾つかに分かれて別方向から侵入。同時に二箇所には出現できないから、巨人兵は最初にどっちかを選ぶしかない。選ばれた方は牽制、選ばれなかった方は街の中央へ向かう。到着したら狼煙なりなんなりで合図し、牽制役は撤退する。そうしたら、どうなるかな」


 またしてもグレンが顔を顰めた。


「巨人兵が守ろうとしている市民集団の中に紛れることで、やつの攻撃から逃れようというのか」


「そうだ。こちらを攻撃したら、少なくない市民が死ぬ。これなら、割り切るのもかなり難しくなる」


 つまり、市民を皆殺しにするレベルの覚悟を決めないと、俺たちを始末できない。

 けれどそもそも、巨人兵は市民を守る為に戦っているのだ。

 どのような行動をとるのだろうか。


「ですが、アルベール。それはわたしたちの防護の消耗も、凄まじいことになります」


 お姫さんの発言に、俺は頷く。


 形骸種(キュリオン)の大集会に飛び込むわけだから、それはそうなるだろう。

 俺と青髪野郎は無事でも、他の子たちは迫りくる無数の形骸種(キュリオン)との消耗戦を強いられることになる。


「だな」


 敵がどれだけ強かろうと、常に最大の力を発揮できるわけではない。

 力比べがしたいなら別だが、勝ちたいなら選べる択は多い方がいい。


 今言った策が採用されなくてもいいのだ。


 だが、ここにいる美女美少女たちが対巨人兵戦でピンチになった時、今の話を思い出してくれれば、生き延びられるかもしれない。

 そうすれば、その間に他の仲間の加勢が間に合うかも。


 彼女たちの頭の中に、選択肢を追加しておきたかったのだ。

 そしてそれは成功したと言えるだろう。


「いやぁ、アルくんって面白いね! 十二形骸をどう倒すかって会議はたまにするけど、今みたいなアイディアが出たことはなかったよ!」


 まぁ、死者を救済する正義の機関から、倫理観を疑われるような意見は出にくかろう。


「まぁ、あくまで一案だ。それに、真正面からぶっ殺せるなら、それが一番楽でいいしな」


「なんだアルベール、やっぱり分かってるじゃないか!」


 ずっと難しそうな顔をしていたセルラータちゃんが、表情を輝かせる。

 彼女の性格からして、シンプルな作戦が好ましいのだろう。


 『片腕の巨人兵』というくらいだから隻腕なのだが、やつを殺すには残る片腕も奪った上で、首を断つというのが理想の流れのようだ。


 ――巨人の首を断つ……か。『骨剣錬成』で生み出す巨剣があれば可能だろうが。


「多分、とどめはうちのグレンが担当することになるかな」


 『炎天』が持つ『天聖剣・赫灼』の能力は、『光り輝く熱の刃を発生させる』だそうだ。

 巨人の首だろうと、灼き斬ってしまえると言いたいのだろう。


 俺はネモフィラちゃんの様子を伺う。

 彼女が以前言っていたことが本当なら、俺にとどめを刺させたい筈だが……。


 十二形骸以外が十二形骸を倒せば、その能力は消える。

 かといって『黄金郷の墓守』が倒せば、やつの能力数が三になる。

 俺は二なので、有する能力の数で負けるわけだ。


 ただでさえまともでない青髪野郎が強化されるというのは、事情を知る者からすれば放置はできない。


 そこは、俺とお姫さん、オルレアちゃんとマイラ、そしてネモフィラちゃんの五人が共有している筈。


「基本方針はそれで構いません。ですが戦況とは刻々と変わりゆくもの。補助にしろ還送の一撃にしろ、可能な人員がそれを行うべきでしょう」


 オルレアちゃんがさりげなくフォローを入れてくれた。


「おっ、レアっちいいねー。うんうん、確かに、出来る人がやっちゃっていいと思うよ。このメンバーなら、その時々の最適な行動もできるだろうしね」


 これで、俺が巨人兵を殺しても問題はなくなった。

 元より譲るつもりはなかったが、後々面倒なことにならずに済むのはありがたい。


 その後、数日の調整期間を挟み。


 そして――。

 俺たちは封印都市トリスリミガンテへと足を踏み入れる。


 死ねない市民を三百年間守り続ける、『片腕の巨人兵』を殺す為に。




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― 新着の感想 ―
[一言] 叔父上と話し合いそうな聖騎士だな
[良い点] 作戦名「誉は浜で死にました」とか如何かw
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