65◇馬車と霧雨
『片腕の巨人兵』討伐作戦の日が近づいてきた。
俺たちは学園を休み、任務地へ向かう。
二人、馬車に揺られながらの移動だ。
オルレアちゃんとマイラの『深黒』ペアや、セルラータちゃんとユリオプスちゃんの『黄褐』ペアとは、別の馬車。
目的地も出発日も同じなら同乗でもいいのではないかと思うのだが、そこは貴族様、体面のようなものがあるのかもしれない。
ちなみに『吹雪』の聖者であるネモフィラちゃんと青髪野郎は、先に現地入りしているとのこと。
「なぁ、お姫さん」
「どうしました?」
彼女の白く美しい髪は、今日も健在。
空のような青い瞳が、俺を見る。
「今回、どういう展開になるかは分からんが……俺の力は、どのレベルまで隠すべきだ?」
「……というと?」
「俺だって、バレたら面倒なことになるのは分かる。なんなら、これから一緒に戦う他の十二聖者が、すぐさま俺を殺そうとするくらい、自分の立場がややこしいってことはな」
どんな過去を抱え、どのような実績を積み上げていようが関係ない。
お姫さんの実家の秘術で感染能力を封じられていることさえ、どうだっていい筈だ。
俺が形骸種で、しかも十二形骸であるというだけで、人類にとって危険な存在に変わりはないのだから。
正体がバレるということは、人間アルベールとしてはもう生きられないことを意味する。
もう死んでる、というセルフツッコミは敢えてしない。
とにかく、厄介なことになるのは目に見えている。
「……そう、ですね」
お姫さんが思案顔になる。
「問題は、お姫さんやその実家にまで影響が及ぶってことだ」
「えぇ。少なくとも、わたしの死罪は免れないでしょう」
感情を廃したその発言に、俺は胸が軋むような錯覚を覚える。
「簡単に言うなよ、そういうことを」
とうに覚悟は済んでいるという意味だとわかってはいるが、彼女の死を想像するのは楽しくない。
「アルベール」
「なんだい」
「確かに、極力正体が露見せぬよう立ち回る必要はあるかと思います」
「だよな」
「ですが、優先すべきは人命と、十二形骸の還送です」
「そうか。それが聞けてよかったよ」
バレないことを優先して死ぬってのは、馬鹿らしいにも程がある。
俺もそのつもりだったので、お姫さんも同意見でよかった。
それにしても、自分の死罪が確定するとわかっていながら、優先事項に人命を加えるあたり、彼女らしい。
「それとな、お姫さん」
「はい?」
「最悪の事態になっても、お姫さんを処刑台送りになんかさせないから、安心しろ」
お姫さんは目を丸くして、それから表情に好奇心を混ぜる。
「どうされるつもりですか?」
「そりゃ、君を連れて世界中を逃げ回るのさ」
「十二形骸の討伐は諦めると?」
「いや、逃げながら封印都市を回ればいい。どうせ死罪なんだから、不法侵入で罪状が増えたって構いやしないだろ? 最終的に魔女を殺せれば、それでいいじゃないか」
「……そういう方法も、あるのかもしれませんね」
「だろ?」
「ですが、そのような事態になっては、わたしは必要ないのではないですか?」
お姫さんが、やや不安げな表情で呟いた。
「何言ってんだよ。君が死ぬ時、俺を終わらせてくれるんだろ? 一人で勝手に死刑になるなんて、許すわけがないじゃないか」
「……そうでしたね」
死刑になるかもという話をしているのに、お姫さんはなんだか嬉しそうに微笑んでいる。
「まぁ、そうならんよう気をつけるつもりだが」
「頼りにしていますよ」
そのような会話をしながら、馬車での時間は過ぎていく。
◇
三百年前、聖騎士の仕事で別の街へ行く時は、宿に泊まるのが普通だった。
宿さえない村ならば、聖騎士に気を利かせて村長などが場所を貸してくれることもあったが、それも難しい場合は野宿だって珍しくはなかった。
だが、現代の聖者は違う。
宿を借りることもなくはないのだが、少人数の場合は貴族の邸宅にお邪魔するのだ。
聖女の半数以上が貴族子女であるからこそ出来ることと言えよう。
『片腕の巨人兵』を閉じ込めた封印都市に、最も近い街。
そこに居を構える貴族の家で、今回の作戦メンバーは合流を果たす。
通されたのは、食堂。
長方形の部屋には、これまた長方形の食卓が配置され、既に料理が並んでいる。
「アルベール殿!」
「おぉ、アルベール来たか」
義弟の子孫である、金髪碧眼のマイラが俺を見て嬉しそうな顔をする。
続いてやってきたのは、先日模擬戦もした『黄褐』の聖騎士セルラータちゃんだ。
今日も褐色の肌が美しい。
もちろん、二人の聖騎士のパートナーであるオルレアちゃんのユリオプスちゃんの姿もあった。
そして、狂気に奔る聖女ネモフィラちゃんと、『黄金郷の墓守』の姿も。
「俺たちが最後かな」
「いえ、まだ『炎天』のお二方が来ておりません」
マイラが答えた。
改めて人数を数えると、確かに二人足りない。
ということは、見知らぬあの二人は、必然的に『霧雨』の聖者ということになる。
の、だが……。
俺の視線に気づいたのか、『霧雨』の二人がこちらへやってくる。
特に足早に近づいてきたのは、聖女の方だ。
「おい、君。気づかないとでも思ったか」
その聖女は制服を改造しているようで、フードが追加されている。
それもただのフードではなく、ウサギのような長い耳がついたものだ。
機能性なんてものはゼロなので、飾りなのだろう。
ウサ耳フードを被っているのは、紺色の髪をした――童女だった。
いやいやいや、そんな筈はない。
最低限十五歳になって成人を果たさぬことには、学園に入ることは出来ない筈。
ということは、この、リナリアより少しばかり大きいだけの幼女が、成人済み?
「君だよ、君。まさか私の声が聞こえていないわけではあるまい?」
俺は困惑しつつも、彼女に応じる。
「私が何か?」
取り敢えず、騎士モードで対応しよう。
「こちらを見た時の君の表情、『なんでこんなところに可憐な童女が?』という顔をしていたね」
自分で可憐と言うあたり、中々に強かな子だ。
「ご気分を害されたようでしたら、申し訳ございません」
俺は謝罪の意思を込めて頭を下げる。
「む……? 中々、素直じゃあないか」
素直に謝るとは思わなかったのか、童女……いや、女性は毒気を抜かれた様子。
「あらあら、いい人そうでよかったじゃないですか先輩」
聖騎士の方も追いついてきた。
こちらは、対照的に長身な女性だ。
全体的にスラッとしていて、橙色の長い髪は女性から見て左肩前に流されている。
狐のように細められた目が印象的な美女だ。
対照的なのは背丈だけでなく胸囲もだが、先程の今で失敗を重ねる俺ではない。
胸の内を視線で悟られぬよう、女性の目を見て話し掛ける。
「先輩?」
聖女同士ならばまだしも、聖女と聖騎士に先輩後輩があるだろうか。
「あぁ、失礼。こちらのイリスレヴィ先輩は、年下に先輩と呼ばれると喜ぶんです」
「人生の後輩からの敬意が心地よくないと言えば、嘘になるな」
なるほど、そういうことか。
「では、イリスレヴィ先輩とお呼びしても?」
俺の提案に、イリスレヴィちゃんは表情を輝かせた。
「……! おぉ、もちろん構わないとも。君は見込みがあるな! えぇ~、名前は?」
「アルベールと申します」
「そうか。ではアルベール後輩。焼き菓子をあげよう」
そう言って彼女は袋から自前らしいクッキーを取り出した。
俺は屈んで彼女に視線を合わせると、それを受け取る。
「ありがとうございます、先輩」
「よしよし、アルベール後輩は素直で可愛いな」
イリスレヴィちゃんが俺の頭を撫でる。
子供にしか見えないが、大人だというのならそう扱うべきだろう。
俺は今、お姉さんに頭を撫でられているわけだ。
「恐縮です」
「うむ。君の敬意は充分伝わった。これからは普通に喋って構わないぞ。ほら、私は心の広い先輩だからな」
彼女は精一杯胸を張った。というか、反らした。
「じゃあ、そうさせてもらうよ、先輩」
「おぉ! やはり君は分かっているな!」
取り敢えず、先輩呼びしつつ彼女を軽んじなければ、対応に間違えることはなさそうだ。
「アルベールくん、すごいですね。先輩がこんなに早く懐くのは初めてですよ」
「おいリコリス後輩。懐くとはなんだ懐くとは。後輩を可愛がっているだけじゃないか」
狐目ちゃんの方は、リコリスというらしい。
「優秀な先輩に逢えて、嬉しいよ」
まぁ、三百年以上生きている俺の方が確実に年上だろうが、構うまい。
「逸材だな、アルベール後輩。焼き菓子をもう一枚あげよう」
「ありがとう」
イリスレヴィちゃんはご満悦だ。
「え~。先輩先輩、私は?」
先輩が俺にばかり構うものだから、リコリスちゃんが拗ねるように唇に指を当てている。
「君からは、最近あまり敬意を感じないからなぁ」
「そんな……私ほど先輩を愛で……尊敬している後輩はいないというのに」
「今『愛でている』って言いかけたんじゃないか? 先輩の耳は誤魔化せないんだが?」
「さすがイリスレヴィ先輩ですね」
リコリスちゃんはニッコリと微笑む。
「ま、まぁこれくらい余裕……って待て、称賛に見せかけた自白じゃないか今のは!?」
「さすがはイリスレヴィ先輩ですね」
「くそぅ……! だから君は嫌なんだ!」
イリスレヴィちゃんが拗ねたように地団駄を踏む。
随分と仲のいいコンビだ。
「二人は、何故今回の作戦に?」
少し気になっていたことを尋ねてみた。
俺とお姫さん、オルレアちゃんとマイラは、『黄金郷の墓守』を放置できないから、という理由が大きい。
セルラータちゃんとユリオプスちゃんは、同じ班の『深黒』ペアに付き合うという形だろうか。
俺とお姫さんを気に入ってくれた、という面もあるかもしれない。
だが、十二聖者二組の参加理由は謎だ。
使命感だというのなら、別にそれでも構わないのだが。
「何故って、才能があったからさ」
イリスレヴィちゃんは、当たり前のように言った。
なるほど。力自慢が、それを発揮できる場所を求めるように。
彼女は自分の資質に自覚的で、その行使に前向きだったというだけなわけか。
実にシンプルな回答だ。
「私は、尊敬するイリスレヴィ先輩のお近くにいたかったからですね」
リコリスちゃんは軽い調子で答えた。
「リコリス後輩……!」
イリスレヴィちゃんは感動したとばかりに目頭を抑えているが、それを見たリコリスちゃんは実に楽しげな顔をしている。
「……後輩、まさか先輩をからかったわけじゃないよな?」
「もしからかっていたとしても、私の場合は愛がありますから」
「答えになっていないぞ?」
中々にユニークな二人組だが、彼女たちが十二聖者の一角を務める強者なのは間違いない。
特殊能力を獲得した形骸種の強個体を複数討伐しないことには、十二聖者には選出されないからだ。
そこに加え、十二聖者に選ばれた聖騎士には『天聖剣』が貸与される。
殺した形骸種の特殊能力を一つだけ保存できる武器だ。
突出した聖女の加護と聖騎士の技量に、特殊能力が加わるということ。
少なくとも、三百年前の十二騎士単体よりは強さは上かもしれない。
さて、あと一組の方は、どんな人物なのか。
俺はイリスレヴィちゃんに貰った焼き菓子を一枚齧り、もう一枚をお姫さんの口に放り込みながら、最後の一組を待つ。
ちなみに焼き菓子は、砂糖が沢山使われていて、大層甘かった。




