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62◇クフェアとデート(前)




 そして、その日がやってきた。

 クフェアちゃんとのデート当日である。



 待ち合わせは、とある広場の噴水前。

 約束の時間より少し早く到着した俺だが、そこには既にクフェアちゃんの姿があった。


 他にも待ち合わせに利用する者が多いが、中でも彼女はひときわ目立っている。

 本日も、彼女の赤髪ポニテは健在。


 だが服は初めて目にするものだった。

 彼女は白のワンピース姿だったのだ。


 そのままだと、彼女の豊満な胸部によって生地が張ってしまうからか、腰にはベルトのようなものが巻かれている。


 おかげで彼女の鍛えられていながらもスラッとした体型が映えるし、暴力的なまでの胸囲がその存在感を大々的に主張する結果となる。


 彼女自身の美しさと相俟って、男連中の目を大いに引いていた。

 だが彼女はそんな視線に気づくことなく、そわそわしながら自分の前髪をいじったりしている。


 俺はそんな彼女に声を掛ける。


「クフェアちゃん」


「っ! あ、アルベール!」


 俺に気づいたクフェアちゃんが、花が咲いたように笑う。

 ほんのり頬が桃色に染まっているのは、緊張からか。


 彼女のそんな反応を見て、無関係な男共が見惚れるのがわかった。

 しかし俺の服を見て、サッと視線を逸らす。


「すまない、待たせたかな」


「う、ううんっ。あたしが、早く来ちゃっただけだから」


 とりあえず、合流してすぐに言うべきことを言うことに。


「今日の格好、可愛いな。とてもよく似合ってる」


「そ、そう? 実は、母さんのお古なの。あたし、可愛い服とか持ってなくて……」


 女の子らしくないと思ったのか、彼女が恥ずかしそうに目を伏せる。

 クフェアちゃんは、男勝りとは言わないまでも、可愛いものを集めるような趣味でもない。


 孤児院暮らしで私服に金を割くような余裕がない、という理由もあるのだろうが、俺も彼女もわざわざそこに言及しなかった。

 代わりに、話題に出た人物に触れる。


「シスター・エーデルは物持ちがいいんだな」


「ふふ、そうね」


「本当に似合ってる」


 俺が重ねて言うと、彼女は照れるように顔を赤くした。


「わ、わかったから! どうもありがとう!」


「こちらこそ、オシャレをして来てくれてありがとう。これを見れただけで、今日はいい日確定だ」


 俺は胸に手を当て、感動を露わにする。

 彼女は困ったように、唇を歪める。


「な、なによそれ。というか、そういうあんたは聖騎士の制服なのね」


「あぁ、これを着てると楽なんだ」


 俺はコートの衿部分を摘むようにしながら、説明する。


「楽?」


「もし俺が私服で来ていたら、デート中にクフェアちゃんをナンパする男に悩まされるだろうから。だが、聖騎士の女を口説こうとする馬鹿はいない」


「お、女って……!」


 何を想像しているのか、クフェアちゃんの顔が真っ赤だ。


「いや、すまない。あくまで、ナンパ男たちからの見え方の話なんだ」


「わ、わかってるから! あんた、パッと見は強そうじゃないから、舐めてかかる愚か者が多いってことでしょ。聖騎士の制服着てれば、そういう連中を寄せ付けずに済むっていう」


 俺の言葉にこくこくと頷きながら、赤い顔のままのクフェアちゃんが言う。


「あぁ、その通り」


 聖騎士の制服は、どうあがいても雑魚は着られないものだ。

 着用者は一定以上の強さが保証されている、とも言える。

 よっぽどのアホではない限り、最初から争いは避ける。

 虫除け(、、、)効果もある、便利な服なわけだ。

 この機能は、三百年前から変わらない。


「あたしがナンパされるかは、別として。されたとしても、あんたなら問題ないんじゃないの? あたしだって、撃退できるし」


「君とのデート中に、どうでもいい男に声を掛けられること自体が損だ。俺は別に、喧嘩が好きなわけではないからね」


「ふ、ふぅん……」


 クフェアちゃんはどうでもよさそうに言いながら、視線を逸らす。

 耳まで赤いので、照れているのが丸わかりだ。


 かわいい子である。


「な、なによ!」


 俺の生暖かい目に気づいたクフェアちゃんが、俺をキッと睨む。


「なんでもないよ。そろそろ行こうか」


「あ、うん。そ、そうね」


 彼女は意識を切り替えるように咳払いし、ポニテを軽く手で払った。

 その際に、彼女の髪を結ぶ紐と、それについた銀の飾りが目に入る。

 俺が贈ったものだが、彼女は普段使いしてくれているのだ。


「そ、それで? どこに行くのかしら? 自慢じゃないけど男の人と出かける機会なんてなかったから、あたしは何も分からないの」


「クフェアちゃんの人生初デートだったか、責任重大だ」


「そ、そういうのはいいから」


「楽しんでもらるよう頑張るよ。まずは、こっちだ」


 彼女と並んで歩き出す。


 ◇


「ふわぁ……」


 彼女が童女みたいな感嘆の声を漏らし、直後に声を抑えるように己の口を防いだ。


 俺たちがやってきたのは、学園のある都市に建つ劇場だ。


 デートプランを考える時、俺はこっそり彼女に親しい人に聞き込みをした。

 そこで、幼馴染のリナムちゃんから有益な情報を得ることに成功。


 クフェアちゃんは意外にも、リナムちゃんの嗜む恋愛小説を借りて、しっかり熟読しているらしいのだ。

 その内の一作が古典作品で、ちょうど舞台になっていると知った俺は、急ぎ席を確保したわけだ。


 色々と手を尽くし、役者から飛び散る汗の粒さえ視認できそうな良席に座ることができた。

 身分違いの恋を描いた物語で、特に女性人気が高いようだ。


 他人の色恋には興味がないが、女性役者たちが美しいのと、彼女たちの見事な演技力などもあって飽きることはなかった。


 劇の進行に合わせてコロコロと表情を変えたり、終劇後に他の客たちと共に力いっぱい拍手しているクフェアちゃんの姿も可愛かったので、ひとまず成功と言っていいだろう。

 感動して涙を流すクフェアちゃんにハンカチを差し出す。


「ありがと」


 彼女がハンカチで目を拭いながら言う。


「どういたしまして」


 劇場を出てからも、彼女は興奮冷めやらぬ様子で劇について熱く語っていたのだが……。


「……ねぇ、アルベール」


「どうした?」


「劇はとっても面白かったけど、あそこ、かなり良い席だったわよね?」


「入る前も説明したが、たまたま二枚譲ってもらったんだよ。つまり、タダだ」


 クフェアちゃんとのデートプランで悩んだのが、予算だった。

 これは俺の財布事情の話ではない。


 クフェアちゃんもリナムちゃんもエーデルも、孤児院の子どもたちをとても大切に思っている。

 自分に使う金があれば、孤児院に金を入れるような人たちだ。


 露骨に贅沢なデートをしようものなら、自分だけが良い思いをすることに引け目を感じて、充分に楽しめないのではないか、と思ったのだ。


 そこで、演劇のチケットは偶然二枚手に入ったことにした。

 二枚しかないので大勢は連れていけないし、ここでクフェアちゃんが断ればチケットが無駄になってしまう。もう上映時間も迫っているし……それならば、という具合に話を運んだのである。


 俺の金で贅沢するのではなく、俺の幸運に乗っかるという形をとった。

 小さな誤魔化しに思えるかもしれないが、こういうのが意外と心理的負担を軽くするものなのだ。


 あと、普通にチケットを手に入れたと説明した場合、クフェアちゃんは半分出すと言いかねない。そういう律儀な子なのだ。


「……あんなに、良い席を?」


「俺の日頃の行いがいいんだろうな」


「そう……」


 クフェアちゃんはまだ何か言いたげだったが、それ以上食い下がることはなかった。


 俺は話題を変える。


「少し遅めだが、昼食にしないか?」


「そう……ね。えと、孤児院(うち)来る?」


 女性の家に誘われるとは光栄なことだが、この場合はそういう意味ではないだろう。

 食事を孤児院で摂らないか、と言っているのだ。


「それもいいが、今日は君と俺のデートだからな。二人きりが望ましい」


 俺の言葉に、彼女は気恥ずかしそうに唇をむにむにさせている。


「そ、そっか」


 目的地に向かって歩いていると、声を掛けられた。


「おっ、アルベールの兄ちゃんじゃねぇか!」


 見れば、果物屋の軒先に、店主のおっさんの姿が。


 俺もこの街に来てしばらく経つので、知り合いもそこそこ増えた。

 そうなると、男の知り合いも多くなってしまう。

 女性とだけピンポイントで親しくなれればいいのだが、人生そうもいかない。


「おい、デート中なのが見て分からないか。無粋な真似をするなよ」


 俺は渋々、とても嫌そうな声で応える。


「おっと悪いな。――って、その子エーデルさんのとこの嬢ちゃんじゃ?」


 どうやらエーデルを知っているらしい。

 クフェアちゃんが赤面しながらぺこりと頭を下げる。


「どうでもいいだろ。じゃあな、おっさん」


「待て待て。邪魔した詫びだ、これを持っていけ」


 そう言って、彼はこぶし大の果物を二つ投げ寄越す。

 俺はそれを受け取り、おっさんにひらひらと手を振って店の前を後にした。


「……知り合いなの?」


 果物を一つクフェアちゃんに手渡す。彼女は躊躇いがちにだが受け取った。


「あのおっさんには、可愛い娘さんがいるんだ」


「あぁ……」


 クフェアちゃんが白い目になる。


「いやいや、つっても十五歳とからしくて俺の食指は動かなかったんだけどな」


「へぇ」


 こちらの弁明を信じているのかいないのか、声が平坦だ。


「で、ある時、店番してたその子にいちゃもんつけてる輩がいてな」


「……話が見えてきたわ」


「あはは。で、お察しの通り俺がそいつらを追い払ったんだが、後から帰って来たおっさんにえらく感謝されたんだよ。それで覚えてたんだろうな」


「貴方らしいわね」


 彼女の視線から棘が消え、顔には穏やかな笑みが浮かぶ。


 それ以降も、俺に話しかけてくる者が数人いた。

 屋台のおっさんだったり、花屋の美人店主だったり、露天の婆さんだったり、幼女とその母親だったり。


 男との会話は時間の無駄だが、老若問わず女性を蔑ろにするわけにはいかない。


「……貴方、知り合い多すぎない?」


「まぁ、休日は街に出てるからな。顔見知りも増えるさ」


「少し見かけたくらいで声を掛けてくれるような知り合いって、そう簡単に増えないと思うんだけど」


「みんな暇なんだろ。それより、もうすぐつくぞ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 色々と参考になるなあ。
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