63◇クフェアとデート(後)
到着したのは、石造りの建造物。看板が掲げられており、食堂だとわかる。
「ここで食べるの?」
「いや、まだ行きたいところがあるから、弁当にしてもらおうと思ってな」
店内に入って、厨房に視線を向ける。
目に傷のあるゴツイおっさんを見つけ、声を掛けた。
「おーい、おっさん」
「おう、アルか! 弁当だったよな、少し待ってろ」
「はいよ」
事前に相談してあったので、話が早くて助かる。
ほどなくして、大きな葉に包まれた二つの塊を、少女が持ってきてくれた。
十一歳だという、店主の娘だ。
「はい、アルくん」
品物を受け取り、代金を支払う。
「おう、ありがとな」
少女が、クフェアちゃんをじぃっと見上げた。
「アルくんの彼女?」
クフェアちゃんがボッと顔を赤くした。
「ち、ちがっ」
「彼女じゃないが、今日はデートだ」
「ずるい! あたしもする!」
デートを『一緒に遊ぶ』くらいに思っているのだろうが、だからといって応じることは出来ない。
「もう少し大きくなったらな」
具体的には七年くらい経ってくれれば、法的にも俺的にも問題なくなるのだが。
「絶対だよ!」
「おいアル! うちの娘に手を出したら、お前さんでも許さんぞ」
厨房から怒気を孕んだ声が響く。
「ははは」
俺は軽く笑って、クフェアちゃんと共に店を出た。
「……リナリアよりは大きいけど、あの子も子供よね?」
リナリアは、孤児院にいる幼女だ。
俺をアルくんと呼び、どういうわけか慕っている。
「あそこは安くて美味いからよく使うんだが、前にあの娘が大怪我してな。お姫さんに頼んで治してもらったんだ」
ただの客に過ぎなかった俺が、自分の娘の為に聖女を手配してくれたことに店主はいたく感激し、以来色々とサービスしてくれるようになった。
娘の方も、俺とお姫さんを慕うようになったというわけだ。
「あんた、この街で育ったあたしより、知り合い多いかもね……」
「どこに出逢いが転がってるか分からないからな、人助けはするもんさ」
てっきりまた白い目が飛んでくると思ったのだが、クフェアちゃんは何も言わなかった。
そこからしばらく歩き、俺たちが向かったのは自然公園だ。
「あ、ここいいわよね。子供たちも、よく遊んでるらしいわ。あたしとリナムも、小さい頃は通ってて」
「街の人間の憩いの場ってわけだ」
「うん。ここでお弁当食べるの?」
「あぁ。確かあのあたりにちょうどいい場所が……あぁ、あった」
「あそこって……」
大きな木の生えている箇所があるのだが、いい具合に他の人間がいなかった。
原っぱの上、木陰になっているエリアまで歩いていき、二人で腰を下ろす。
「さっきの演劇にも、似たような場所が出てきたよな」
原作となる本を俺も読んでいたので、内容は把握していた。
主役の男女が、巨木の下で密会するというシーンがあるのだ。
「う、うん」
クフェアちゃんは、絵本を開いた子供のように、ぽうっとしている。
「これ、クフェアちゃんの分」
「あ、ありがとう」
パンに肉と野菜を挟んだシンプルな料理だが、肉の味付けと新鮮な野菜の組み合わせがよく美味いのだ。
クフェアちゃんはそれを受け取ったあと、財布を取り出す。
「自分の分は出すわ」
「俺は、デートは奢る派だ」
「なら、あたしは割り勘派」
やはり、そうきたか。
「……じゃあ、君の考えを尊重するよ」
「ありがとう」
一人分の代金を告げ、彼女から受け取る。
俺たちはそよ風と葉擦れの音、少し離れたところで駆け回る子供の声などを聞きながら、弁当を食べる。果物屋で貰った果実は、デザートだ。
「美味しい……」
「な、いけるよな」
「うん」
食事の時間は、穏やかに過ぎていった。
木漏れ日に淡く照らされる彼女の姿は、美しい。
「アルベール」
「ん?」
彼女は膝の上で自分の指と指を絡ませ、もじもじしている。
やがて、掠れるような声を発する。
「あ、ありがとね」
「何がだい?」
「だ、だからっ、今日の、デート」
「楽しんでもらえたのなら、よかった」
「すごく楽しかったけど……それだけじゃなくて」
彼女ならば、気づいてしまったかもしれない。
チケットの嘘も、彼女が割り勘と言い出すことを予期しての昼食選びも、俺が彼女の好きな本の予習をしてこの場所を選定したことも、全部。
「あんたは、女の子だけじゃなくて、その子が大事に思っているものまで含めて、尊重してくれるのね」
水気を帯びた瞳、上気した頬、慈しむように緩められた瞳と唇。
その一瞬を切り取って絵画に残したいくらいに、魅力的な微笑だった。
「何のことを言ってるか分からないが、俺は君からの好感度を稼ぎたかっただけだ」
俺がとぼけると、彼女がふふっと噴き出す。
「本当にそうなら、それを言ったらだめなんじゃない?」
「そうかもしれない」
「もう……」
クフェアちゃんは呆れたように微笑む。
それからしばらく、無言の時間が続いた。
少し遠くで、カップルが手を繋いで歩いている。
ふたりとも、幸せそうな顔をしていた。
「アルベール」
「ん、俺たちも手を繋ぐか」
「なに?」
「いや、なんでもない」
同じものを見ていたわけではないらしい。
「その……あんたとアストランティアだけど、さ。『片腕の巨人兵』との戦いに参加するって本当なの?」
もしかしたら、彼女はずっとこの話をしたかったのかもしれない。
その討伐作戦は実力者しか参加できない。
学生でいえば『色彩』レベルでなければならず、クフェアちゃんとリナムちゃんには参加資格がないのだ。
「あぁ、その話か。本当だよ」
「危険じゃない……? そりゃあ、あんたはすごく強いけど」
クフェアちゃんが俺の身を案じるように、こちらを見上げる。
「そうだな。でも、参加しないわけにはいかない」
『黄金郷の墓守』こと青髪野郎も、聖女であるネモフィラちゃんも、正常ではない。
いつ暴走するともしれない十二形骸が外を出歩いている現状もまずいし、あの二人は放っておけない。
「ど、どうして? あたしたち、まだ入学したばかりなのに」
確かに、俺もお姫さんに関してはもう少し段階を踏んで成長してほしかった。
実際、最初に契約した時は三年間でお姫さんに実力をつけてもらって、卒業後に十二形骸を狩る筈だったのだ。
それが、こうも立て続けに戦うことになるとは、思っていなかった。
クフェアちゃんが心配するのも無理のない話だ。
「俺もお姫さんも、十二形骸と戦う機会は逃せないんだ」
「……アストランティアが、『とこしえの魔女』の子孫だから?」
普段、クフェアちゃんもリナムちゃんも触れないが、だからといって何も知らないわけではないのだ。知った上で、お姫さんと友達になってくれただけ。
「お姫さん側の理由はそうかもな。俺の場合は、単に復讐だよ」
「……復讐?」
「あぁ。俺は、この世から不死者をなくして、魔女を殺す為にお姫さんの聖騎士になったんだ」
クフェアちゃんは何か言おうとしたのか口を開きかけたが、何も言えずに口を閉じた。
優しい子だ。
事情を訊けば、俺に自ら傷口を開かせることになると考えたのだろう。
正直、助かる。
彼女に全てを正直に話すことは出来ないからだ。
義理の父が形骸種になって、それを殺せず自分も不死者になり、そうなってからようやく聖騎士の役目を果たすべく動き出し、自分以外の街中の不死者を殺し尽くしたなど、彼女には言えない。
形骸種になった時の、幸福を植え付けられる感覚。
正気を取り戻したあと、あの悍ましい幸福感に怒りが込み上げたこと。
そもそも、自分が三百年前の人間であること。
親しい人間にも言えないような秘密だらけだ。
「そう、なんだ」
彼女が絞り出したのは、否定でも肯定でも追求でもない、相槌だった。
「あぁ。死者の魂を救う為とか、立派な志は持ってないよ」
「それは、あたしも同じだから。聖者になるのは、孤児でもお金を稼げるからだし……」
親の縁故も頼れず、学もない孤児院出身者が金持ちになれる選択肢は、この時代になってもほとんどないようだ。
才能と実力さえあれば道が開かれる聖者という職業は、数少ない選択肢の一つなのだろう。
「戦う理由は、人それぞれってわけだな」
「うん」
高尚な理由で戦うから勝てるなんてこともないのだ。
それはいいが、妙にしんみりした雰囲気になってしまった。
「……そろそろ帰るか」
「待って。あの、さ。その……」
しどろもどろになりながら、クフェアちゃんが何かを取り出した。
俺は彼女の言葉を待つ。
「こ、これ。その、あんたに、渡そうと思って」
彼女が差し出したのは、ペンダントだった。女神様の紋章が刻まれたコインがペンダントップになっている、ポピュラーなもの。
信者の他、聖女は必ずといっていいほど携帯している。
だが、俺は持っていない。
聖騎士だからというより、信仰心に篤い人間ではないからだ。
「俺が持っていないのを知って、心配してくれたのかい?」
「女神様を信じるかどうかは、人それぞれでいいと思うけど。あたしは信じてるし、あんたにご加護があるよう、祈ってるから」
彼女の手が震えている。
俺が思っている以上に、『片腕の巨人兵』討伐作戦への参加は、周囲を不安にさせてしまっているのかもしれない。
十二形骸との戦いは、それほど死に近い。
俺はペンダントを受け取り、彼女の手をそっと握る。
「ありがとう」
「いいの……無事に帰って来てね」
彼女の目の端に、涙が浮かんでいる。
「もちろんだ。俺には二年後のクフェアちゃんとデートするっていう約束もあるからな」
俺がおどけて言うと、クフェアちゃんはくすりと笑って、それからジトリとした視線を向けてきた。
「十八になったあたしは、デートだけで帰してもらえるのかしら」
「それは、クフェアちゃん次第だろ」
「……そ、そうね」
彼女の頬が赤い。
俺は受け取ったペンダントをポケットに仕舞う。
「帰ろうか」
俺は先に立ち上がり、彼女に手を差し出す。
彼女はそれを一秒ほど眺めていたが、特に何かを言うでもなくそれを掴み、勢いよく立ち上がり、そして。
起き上がった勢いを利用して、俺の頬に唇を寄せた。
柔らかな感触と、ひだまりのような香り。
残念ながら、その体温を感じるより前に彼女は離れてしまう。
今日一番の赤面を見せながら、彼女は悪戯っぽく笑った。
「きょ、今日はここまでね!」
俺は、頬に残る彼女の親愛の残滓を確かめるように手を当てながら、その可憐な笑顔を瞳に刻む。
そして、名残り惜しさを感じつつも、すぐにいつも通りの自分を取り戻した。
「二年後はどこまでいけるかなぁ」
「ちょ、ちょっと、いやらしい想像しないでよ!」
「いやらしいって、クフェアちゃんはどんな想像をしたんだい?」
「怒るわよ」
「あはは」
前に似たような発言をした時は「死んで」と返されたので、それを思うと親しくなったものだ。
そんなことを考えながら、二人帰路につく。




