43◇夢と現実
真っ昼間。左右が林になっている道を、誰かと歩いている。
「兄上」
隣を見れば、金髪碧眼クソイケメンロベールだった。
義弟である。
「げっ」
「三百年ぶりなのに、相変わらずですね」
「美女以外が夢に出てくるなよ」
「ははは」
死者と逢えるなんて、夢以外に有り得ない。
「何の用だ? 化けて出てこられるようなことはしてないぞ」
子孫の前髪を斬っちゃったくらいだ。
俺の心でも読んだように、ロベールが苦笑する。
「マイラには優しくしてあげてください。あの子は厳しく育てられたようなので、温もりに飢えているのです」
「なんで、マクフィアル家の問題を俺がなんとかしなきゃならねぇんだよ」
そういえば、マイラは割とすぐに信じたようだが、マクフィアル家は俺の墓参りにも難色を示していたらしいので、今の当主は俺をあまりよく思っていないのかもしれない。
あるいは、俺が聖騎士アルだと、半信半疑だとか。
「僕たち、兄弟ではないですか」
「知らね~」
「そう言わず」
「そもそも、お前に言われずとも俺は女の子に優しいんだ」
「そうでしたね」
何もない、なだらかな道を、男二人で歩く。
なんという苦行か。
「兄上」
「なんだよ」
「十二形骸の一角を、崩したそうですね」
「お前、なに? 全部見てるのか? 天の国って他の娯楽ないのかよ」
「竜の力を、獲得されたとか」
真面目な話をしたいらしい。
「あぁ、まぁな」
「どうお考えですか?」
「さぁ、俺が学者に見えるか?」
「形骸種には、祝福を分け与えようとする性質があります。これによって他者に植え付けられる祝福は、三つです」
「感染能力、骨の再生力、特殊能力への覚醒だな」
それぞれ『魔女の福音』、『形骸の恩寵』、『神心の具現』とかいうのだったか
「はい。最後の一つに関しては、覚醒しない者の方が多いようですが」
チャンス自体は、噛まれた時点で付与されるということ。
「それがどうした?」
「これは仮説ですが」
「もったいぶるなよ」
というか、これは夢なのだ。
ロベールの姿を借りているだけで、実際は俺の自問自答ということなのだろう。
だったらなおのこと、美女と会話したいのだが。
「『神心の具現』に至った者は、同じ到達者を殺めることで――祝福の回収が可能になるのではないでしょうか」
「……かもな」
『とこしえの魔女』の目的が、完全な不死ならば。
全人類を不死にする必要はない。
自分一人が、そこに到達できればいい。
だが、ただのゾンビではあまりに不足。
故に、形骸種には進化の可能性も与えられた。
不死に適応しながら幸福を拒む者だけが到達できる、生きる為の固有能力。
ゾンビ化による半端な不死で満足しない者が、新たなる力を獲得できる仕組み。
始まりが魔女の実験であることを考えると、こちらの方がやつの目的に近いのかもしれない。
つまり、真の不死に役立つ能力を持った者が出現しないか、待っているのではないか。
そして、その者が現れた時、それをどうにかして再現するよりも手っ取り早い方法がある。
奪えるように設計しておけばいいのだ。
「おそらく、到達者同士の奪い合いは、想定外だったのでしょう」
もしくは、能力が特定の個体に集まるのなら、それはそれで問題ないと考えているか。
「結界術もお姫さんの家が作ったらしいけど、それも魔女が残した研究から編み出したのかもな」
「えぇ、おそらく『とこしえの魔女』は、世界を滅ぼすつもりはなかった」
「全人類がゾンビになったら、他の実験をする時に困るしな」
おおかた、そんなところだろう。
俺が肉の鎧を取り戻すのに使ってもらった例の魔法にしたって、本来は魔女が自分用に作り出したものに違いない。
ゾンビになって肉が腐り落ちても、魔女は魔法で元の姿を取り戻せるわけだ。
「僕は最後まで、魔女の足取りを掴むことができませんでした」
「まぁ、あんなこと出来る魔女だ。見た目を変えたりも出来るんだろうよ」
事前に入念な準備をしていたのだろうし、身分だって複数用意していたかもしれない。
そうなると、探し出すのは至難だ。
「兄上、どうかお気をつけ下さい」
義弟は心配顔だ。
「なんでだ? 仮に、俺が本当の不死者に近づいたなら……その時は魔女の方からやってくるわけだろ? いいことじゃないか」
この世界のどこにいるか分からないやつを、誘き寄せる方法があるのは、朗報だ。
「ですが兄上、その時は、本当に死ねなくなってしまいます」
「…………」
「兄上は、『永遠』に幸福を見出してはいないのに」
俺は横を向き、義弟ロベールの額を指で弾く。
「……痛いです」
「余計なお世話なんだよ。俺は魔女を殺すって決めたんだ、それが達成できれば、文句はねぇさ」
「魔女は、美しい女性であったようですが、斬れますか?」
『魔女』は何も女性を指す語ではないようだが、『とこしえの魔女』に関しては女性であるようだ。
「確かに、俺は形骸種であっても女性を斬るのは気が進まんが……。それ以上に――聖騎士だからな」
「……さすがです、兄上」
「男が俺を褒めるな」
と、そこでロベールが立ち止まる。
道はそこで途切れており、まるで世界に線が引かれているかのように、数歩先からは真っ白な空間が広がっていた。
そこからが、天の国なのだろうか。
あるいは、そこへ繋がる道か。
「最後に、兄上」
どうやら、夢はそろそろ終わるらしい。
「……なんだ、自慢の義弟よ」
仕方がないので、三百年ぶりにやってやる。
ロベールは驚いたように目を瞬かせたあと、楽しげな顔になった。
「兄上も、自慢の兄上ですよ」
「そうか、俺のは冗談だったんだが」
「僕は本気です」
「だからお前が嫌いなんだ」
「ははは」
ロベールは、三百年前と変わらない、星みたいにキラキラした笑顔を作る。
やっぱり、腹立たしい。
「あの時は、助けてくれてありがとうございました。兄上のおかげで、僕は、人としての生を全うすることができました」
「ミルナサンを逃がすついでだ」
「……母も、逢いたがっていましたよ」
「じゃあ連れてこいよ。あと、次は絶対にビオラを呼んでこい」
「ビオラは、兄上が他の馬に乗ったことに怒っているようでして……」
「えー、オスでもダメだったかぁ」
ビオラが嫉妬しないよう、馬に乗る時はオスを選んでいたというのに。
困り顔で頭を掻く俺を見て、ロベールがまた微笑む。
「兄上」
「なんだ」
「ご武運を」
「おう」
そしてロベールは、白い空間へと足を踏み出し。
消えていった。
◇
朝、目覚めると寮の寝室。
「……男しか出てこない、最悪の夢を見た気がする」
不思議と気分が悪くないのが、更に最悪だ。
ベッドサイドのテーブルの上には、汚れた銅貨が置いてある。
「……これの所為か?」
俺は溜息と共に起き上がり、朝の鍛錬をするべく部屋を出た。
そして、鍛錬を済ませて部屋に戻ると、居間にお姫さんがいた。
ソファーに座っていた彼女が、俺を見る。
白銀の長髪に青い瞳。少女らしさを残した顔の美少女だ。
「おはようございます、アル殿」
「おはよう、お姫さん」
俺は夢での鬱憤を晴らすよう、お姫さんの整った顔を注視する。
彼女は最初首を傾げていたが、だんだんと顔を赤くした。
「わ、わたしの顔に何かついていますか?」
「いや、変な夢を見たからさ。お姫さんの綺麗な顔で、記憶を上書きしてるんだ」
「な、なんですかそれは。それに、き、綺麗などと……」
お姫さんは両頬に手を当て、恥じらうように俯いてしまう。
「いやぁ、お姫さんみたいな人に仕えることが出来て、光栄だなぁ」
「このタイミングで言われると、素直に喜べませんね……」
「頭蓋骨の形も、素晴らしいし」
「またそれですか! もうっ! 朝からなんなのです――呪いますよっ」
年相応に怒る彼女に、俺は自然と笑みが漏れた。
「失礼ながら、既に呪われております」




