42◇嫉妬と帰還
結界の外へ出てすぐ、赤髪ポニテのクフェアちゃんに抱きつかれた。
抱きつくというか飛びつくような勢いだったので、倒れぬよう気をつけながら受け止める。
彼女の体温と、俺の胸板に当たる彼女の胸の柔らかさを強く感じるが、少女の啜り泣くような声に何も言えなくなってしまう。
「……心配したのよ」
クフェアちゃんは、ぐりぐりと額を俺の肩に押し付けながら言う。
「ごめんな」
他に言いようがない。
「約束したんだから、死なないで」
ぎゅうっと抱きしめる力を強めるクフェアちゃんの背中を、俺はぽんぽんと撫でる。
「あぁ、絶対に死なないさ」
二年後にクフェアちゃんとデートするという予定が入っているのだ。
それまで死ぬわけにはいかない。
もう死んでいるのだが、それは考慮しないものとする。
クフェアちゃんは中々離れない。
後ろからお姫さんの拗ねるような視線を感じる……ような。
あるいはオルレアちゃんの氷の視線、だろうか。
リナムちゃんは俺に一度微笑みかけたあと、お姫さんの方へとてとてと駆けていった。
あちらはきっと、柔らかい雰囲気で生還を祝われることだろう。
クフェアちゃんの抱擁ならば別に何時間してもらっていてもいいのだが、さすがにこの状況では少し居心地が悪い。
「……それにしても、熱烈な抱擁だなクフェアちゃん。どうやらみんなに、俺と君の仲が知れ渡ったようだ」
生徒や引率の教官たちは、いまだ結界のすぐ外で待機していた。
俺たちの帰還は、そのほぼ全員が注目していたのだ。
そんな中、二人抱き合っているのだから、まるで愛し合う恋人同士のように映っていることだろう。
「~~~~っ!」
冷静になって考えると恥ずかしくなってきたのか、クフェアちゃんが俺から離れようとするのだが、俺はそれを阻止するように彼女を抱きしめる。
悪戯心が湧いたのだ。
「どうしたクフェアちゃん、まだいいだろう?」
「ば、ばかっ!」
クフェアちゃんの体温が上がったような気がした。
心配してくれたのにイジりすぎるのもよくないので、そろそろ離す。
しかしその瞬間、クフェアちゃんの首に剣が添えられた。
金髪碧眼クール聖騎士のマイラだった。
「『ばか』だと? アルベール殿を愚弄したのはその口か?」
俺がロベールの義兄と判明したことで、オルレアちゃんに次ぐ尊敬を得てしまったのだ。
それが暴走してしまっているのだろう。
「な、何よいきなり!」
「三秒くれてやる。撤回と謝罪をするがいい。一、二……」
「待て待てマイラ。クフェアちゃんは罵倒したんじゃない。今のはじゃれあいみたいなもんだ。俺たちのやりとり聞いてなかったのか?」
「……アルベール殿が、そのように仰られるのなら」
マイラがスッと剣を引く。
そしてクフェアちゃんをキッと睨みつけた。
「アルベール殿の慈悲深さに感謝することだな」
「は、はぁ……!? なんなのよあんた! っていうか、『深黒』の聖騎士の方じゃない!」
「それがどうした」
「どうしたも何も、ついこの前アルベールと険悪な雰囲気だったでしょうが!」
「……目の錯覚だ」
痛いところを突かれたのか、マイラが目を逸らす。
「んなわけないしっ!」
「とにかく、アルベール殿に無礼のないよう気をつけろ」
「そんなこと、あんたに言われる筋合いないから!」
二人が視線を交わし、火花を散らす。
俺はそんな二人の頭を、片手ずつ使って乱暴に撫でた。
「落ち着け、二人とも」
まずはマイラだ。
「マイラ、クフェアちゃんにあまり噛み付くな。俺の大事な友人なんだ」
次はクフェアちゃん。
「クフェアちゃん、マイラがごめんな。あと、俺との件は誤解があっただけで、もう仲直りは済んだから心配しないでくれ」
そう言うと、二人は渋々引き下がる。
「……承知しました。無礼を詫びよう、クフェア」
「いいわ、アルベールに免じて許してあげるわよ」
うむ。
仲直りできたようでよかった。
と思ったら、クフェアちゃんに袖を掴まれる。
「ところでアルベール、仲直りなんてどのタイミングでしたのよ?」
平日は学内で、休日は孤児院で顔を合わせることが多かったので、クフェアちゃん的にはいつマイラと仲直りしたのか気になるのだろう。
彼女の知らない間に、どこかでマイラに逢っていた、ということになるのだから。
「さっき、中で」
俺は正直に答える。
「へぇ?」
クフェアちゃんは笑っているのだが、もちろん機嫌がいいわけではない。
「あたしが、心臓止まりそうになるくらい心配してた時に、女剣士と『仲直り』してたってことなのね?」
「……いや、君は何か誤解してるな」
「マイラ、あんた歳はいくつ?」
「……十九だが」
「対象内よね? アルベール?」
十六歳のクフェアちゃんに二年待つよう言っているので、何歳からが俺の対象なのかもバレている。
「いや、諸事情によりマイラは対象外だ……」
義弟の子孫なんだ、とは言えないので苦しい言い訳みたいになった。
「怪しいわ! その子だけ、呼び捨てだし!」
クフェアちゃんがむくれている。
「信じてくれクフェア、何もなかったんだ。というか、いくら俺でも封印都市の中で何かするわけないだろ」
俺がクフェアの肩を掴んで真摯に語りかけると、彼女も冷静になってくれたようだ。
「そ、そうよね。……ごめんね、なんだかカッとなっちゃって」
「いや、いいんだ」
ふぅ、なんとかなった。俺は心の汗を拭う。
やったことを隠すつもりはないが、やってないことの弁明をするのは大変だ。
「わたくしは、中で口説かれたような気がするけれど」
そこで、伏兵パルちゃんが会話に参加する。
彼女にもとても心配を掛けてしまったようなので、その意趣返しのようなものなのかもしれない。
「……アルベール?」
クフェアちゃんが、再びニッコリと微笑む。
「口説いたというか、自然体の俺で接したというか」
クフェアちゃんはしばらくジト目で俺を上目遣いに見つめていたが、やがて大きな溜息を溢す。
「はぁ、いいわよ、想像つくし。貴方、女の子のことは息をするように褒めるもの」
「あはは……」
クフェアちゃん、俺を理解してくれている……というより、理解した上で諦めている感じか。
「……アストランティア、本当に彼が聖騎士でよいのですか?」
「……も、問題も欠点もありますが、聖騎士としては立派な方なのですっ」
オルレアちゃんとお姫さんが、後ろで静かに会話している。
「仲良し姉妹のお二方、その距離ですと本人に聞こえるのですが」
俺は苦笑いしながら、先程仲直りを果たした美少女姉妹に振り返る。
「え、英雄色を好むと申しますし……」
マイラは堅物なりに精一杯俺をフォローしようと言葉を絞り出している。
健気だ。
あまりに健気なので頭を撫でてやると、黙って撫でやすいように体勢を整え始めた。
うぅん……姪っ子とかがいたら、こういう感じなのだろうか。
分からんが、恋とはまったく関係ないところで、かわいさを感じる。
なんか小遣いとかあげたい。
「だから、その女との距離感はなんなのよ」
再びクフェアちゃんの嫉妬に火がつきそうなので、撫でるのはほどほどにしておいた。
と、そこで今日の訓練の責任者らしき教官が、オルレアちゃんの前に進み出る。
生徒が貴族となると、教官側も扱いに困るのだろう。
彼はオルレアちゃんに頭を下げた。
「この度は、『深黒』のお二人にご助力賜りまして――」
「無駄話は不要です」
オルレアちゃんは、いつもの氷の仮面でバッサリと話を遮る。
「事態は収拾いたしました。遺体、遺骨の回収も完了しています」
そう。形骸種となってしまった聖者たちはみな討伐できたので、帰りに彼ら彼女らの亡骸を回収したのだ。
パルちゃんやオージアス他、複数の聖者が協力してくれたので、そう難しくはなかった。
聖者の仕事では想定される事態の一つなので、遺体回収用の装備も任務の際に用意されるようだ。
俺たちを探しに再突入する直前、馬車に用意していたそれらを持ち込んだという。
「何から何まで……」
「まだ話は終わっていませんよ」
「も、申し訳ござ――」
「『毒炎の守護竜』の討伐も完了いたしました」
時間が止まったかのように、みな一様にぴたりと固まる。
「――――は。い、今、なんと……」
十二形骸を討伐しても証拠が残らないのは、少し厄介だ。
『毒炎の守護竜』……エクトルは、行動パターンがはっきりしていたので、まだ確認が容易かもしれないが。
確か、滅多に姿を現さない人魚の十二形骸もいた筈。
そいつを討伐した時、それをどのように証明するのだろう。
他の仲間が証言してくれればよいのだろうか。
まさか、十二形骸から吸収した能力を披露するわけにもいかないし……。
そういえば、俺の大剣は、オルレアちゃんが持ってきてくれた替えの武器ということにしている。
入った時は普通の剣だったのに、出てきた時に大剣を背負っているのは変なので、辻褄合わせだ。
「学園……必要ならば王都への説明も行いますので、ご心配なく」
「じゅ、十二形骸を、還送されたと?」
教官はまだ受け止められないようだ。
まぁ、三百年間討伐不可能だった形骸種を、今日殺したと言われてすぐ納得出来る方がおかしいか。
「そう言っているでしょう。あぁ、私の妹とその聖騎士にも、多大なる貢献をしてもらいましたよ」
事前の打ち合わせ通りの内容なので、その説明にも不満はない。
「ここからは私が指揮します。よろしいですね?」
教官は何も言えず、ただ項垂れるように首肯した。
オルレアちゃんの手際は見事で、生存者の確認・治療も、戦死者の確認・馬車への収容も迅速に進んだ。
「漏れはないようですね。それではこれより、学園へ戻ります」
俺たちは行きと同じように馬車に乗る。
妹と別の馬車になったことで、オルレアちゃんが一瞬寂しげな顔をしたような……。
「大変な一日でしたね……」
隣に座るお姫さんが言う。
「そうだな」
結果的には、目的達成に一歩近づけた日になった。
しばらく、仲間内でぽつぽつと会話していたのだが。
こてんとお姫さんの首が傾いたかと思うと、俺の右肩に彼女の頭が乗っかる。
「……すぅ……」
どうやら、寝てしまったようだ。
そんな彼女を見て、クフェアちゃんとリナムちゃんも微笑ましげ。
初めて逢った時は、俺一人でやるくらいの気でいたのだが。
今となっては、この子が相棒でよかったと思えるようになった。
「……色々助かったよ、お姫さん」
俺の呟きは、夢の中のお姫さんには届かないだろう。
その内、俺も眠くなってきたので、目を閉じた。




