41◇再生の剣聖と竜の守ろうとしたもの
マイラが案内してくれたのは、比較的原型を留めている石造りの一軒家だった。
用意されていた聖騎士の制服に身を包んでから、お姫さんと向き合う。
その間、オルレアちゃんとマイラは家の外に出ていた。
オルレアちゃんの私物と思われる、携帯サイズの魔石十数個を利用し、お姫さんに再生の魔法を掛けてもらう。
淡い光が俺の全身を包み――再び生身の体を取り戻す。
「おー、これこれ。骨の体も便利だが、生身の体の方が感覚が鮮明な気がするな」
「そうなのですか?」
「あぁ。心なし、さっきよりもお姫さんが輝いて見えるよ」
「……あ、ありがとうございます」
お姫さんが照れるように視線を逸らす。
「それより、体調は平気か?」
彼女は、さっきまで竜を解放する為の魔法も使っていたのだ。
「問題ありません。さすがに少し、疲労感はありますが」
「今回は色々と負担を掛けちゃったな」
「必要とあれば、いくらでも頼ってください。わたし達は、二人で一組の聖者なのですから」
「そう、だな。じゃあもう一つ、付き合ってもらいたいところがある」
「……?」
「オルレアちゃんとマイラにも話さないといけないから、一度外に出よう」
俺とお姫さんは家の外に出て、二人と合流する。
そして、竜と孤児院について話した。
「竜の記憶の件については、のちほど詳細な報告を聞くとして……。よいでしょう、その孤児院に向かうことといたしましょう」
オルレアちゃんが賛成してくれたので、決定だ。
「あ、ありがとうございます、お姉様!」
お姫さんも賛成だったようで、姉が同意してくれたことを喜んでいる。
「アルベール殿は、竜の守ろうとした者を弔おうと?」
マイラが尋ねてきた。
「あいつはさ、相棒の家族をちゃんと守れたかどうか、怖くて確かめられなかったんだ。代わりにってわけじゃないが……このまま帰るのは気分がよくないしな」
それに、俺も三百年前の騒動を体験しているからわかる。
あの状況下で、多くの大切な者を無事に逃がすのは極めて困難。
あの日、全員が孤児院に集まっていたわけでもないだろう。
愛する者全てをエクトルの背に乗せて逃げる、というのも現実的ではなかった。
守護竜エクトルの相棒は、その瞬間の自分にできる最善手を選んだ。
ただ、報われなかっただけだ。
そして、街がゾンビだらけになったあとでは、脱出はより絶望的なものになる。
十中八九、竜が守ろうとした者たちは……孤児院の中で死んでいる。
食料が尽き、調達もままならないとなれば、他に結末はない。
一縷の望みに賭け外に出たとしても、ゾンビに噛まれて終わり。
今思えば、俺がロベールとミルナを逃がすことが出来たのも奇跡に近い。
「そう時間はありません。今後の展開の打ち合わせをしながら、孤児院へ参りましょう」
オルレアちゃんの言葉に、俺たちはその場を出発。
周辺地図は頭に入っているので、俺が先頭となって孤児院跡へ向かう。
「今後の打ち合わせってーと……じゃないか、打ち合わせと言いますと」
「……楽にして構いませんよ。無論、他の者の前では弁えていただく必要がありますが」
「おっ、助かるよ。一応お姫さんの実家でも少し勉強はしたんだが、どうにも敬語ってのは難しくてさ」
いまだに雰囲気で喋っているのだ。
「……お姫さん?」
オルレアちゃんが怪訝な顔になる。
「アストランティア様につけた、あだ名みたいな」
「そう、ですか」
「オルレアちゃんにもつけようか? そうだなぁ、姫姉さんとか」
「……貴方は、私を恐れないようですね」
確かに、彼女には近寄りがたさがある。
それは本人も自覚しているようだ。
「あぁ、怖くないよ」
「……好きに呼んで頂いて構いませんよ」
「じゃあ、オルレアちゃん」
「えぇ」
お姫さんとマイラが、めちゃくちゃ衝撃を受けたような顔をしている。
まさか彼女が『ちゃん付け』を許すとは、思いもしなかったみたいな反応だ。
「打ち合わせの話に戻るけど、入学したてのお姫さんが十二形骸を倒したってなると、色々と都合が悪いってことだよな」
「その通りです。最悪、聖女課程を免除され、即座に最前線に立たされることでしょう」
お姫さんは優秀で努力家だが、もう少し学生生活を通して成長する時間が必要だ。
一足飛びで卒業させられた上、危険地域に投入されるなんてのは避けたい。
「それはまずいよなぁ」
「そこで提案があります。守護竜の討伐は隠しようがありません。よってこれを、我々との合同という形で報告するのです」
学園内でもトップクラスに優秀な十二組の一角――『深黒』の二人と協力して倒した、ということにするわけか。
その場合、彼女の妹であるお姫さんは、あくまでサポート役だったという印象に留まるだろう。
一年生にしては大活躍だったではないか、くらいの評価に落ち着く筈だ。
代わりにマイラとオルレアちゃんが実態以上の評価を得ることになるが、こちらも一組での討伐とはならない分、一気に卒業とまでは行かないかもしれない。
というか、そのあたりの調整をする自信があっての提案なのだろうし。
「で、ですがお姉様。『毒炎の守護竜』の救済は、アル殿の功績です」
お姫さんは納得がいかないようだ。
「えぇ、分かっております。貴方の騎士の功を奪いたいわけではないのです。ですので、単騎での討伐を報告して頂いて構いませんよ。ただしその場合、私は妹を守る為に動くこととなりますが」
「つまり、竜殺しを主張するなら、別の聖女と組めってことか?」
「理解が早くてよいですね」
オルレアちゃんができる最大限の譲歩、といったところか。
俺が自分の功績を大事にするなら、お姫さん以外と組むだろう。
オルレアちゃんがこう言っている以上、俺の正体に関しても伏せてくれるのだろうし。
お姫さんをちらりと見ると、ショックを受けたような顔をしている。
それを見て、俺は笑ってしまった。
「俺の聖女様は、お姫さんだけなんだ」
その返答を聞き、お姫さんは心底ほっとしたような顔をする。
「よいのですか? まず間違いなく、歴史書に英雄と刻まれる偉業だというのに」
「どうでもいいね。殺した敵の数を誇る趣味は、元々ないんだ」
「別の聖女と組むことで、他の十二形骸討伐までの近道となるやもしれませんよ?」
「お姫さんのペースに合わせるよ」
「功績や栄誉、目的達成への最短距離よりも、私の妹が大事だと?」
「あぁ、それだけの価値があるお人だ」
お姫さんが俯いているが、耳が赤いので照れているのだろう。
「そうですか。それでは聖騎士アルベール――貴方の忠義に感謝を捧げます。貴方の功績に対しあまりに不足でしょうが、せめてここにいる我らだけは、真の英雄を心に刻みましょう」
「あぁ、どういたしまして」
これで話はまとまった。
「さすがです、アルベール殿。一度主と定めた御方に対し、二心なく忠節を尽くすお姿、まさに聖騎士の鑑……!」
マイラは感涙に震えている。
もはや初対面の時の鋭い刃感は見る影もない。
「あっ、アルベール」
「なんだ、お姫さん」
「わたし、頑張りますので。一日も早く、貴方に相応しい聖女となれるように!」
「あぁ、わかってるよ。十二形骸はまだ残ってるんだ。他のやつを倒した時に、胸張って『俺たちが討伐した』って言えるくらいに強くなろうぜ」
敵を殺した数には興味ないが、お姫さんがちゃんと評価されるのは、きっと嬉しいことだ。
◇
途中、何度か形骸種に襲われながらも、俺たちはそれを全て討伐。
無事に孤児院に到着する。
壁も一部壊れているし、天井も崩れていた。
入り口の扉に触れただけで、勝手に倒れてしまう。
迷っていても仕方ないので、躊躇わず足を踏み入れる。
暗く古びた教会内。
そこには、幾つもの骸骨が転がっていた。子供のものも、沢山ある。
「……だよなぁ」
わかってはいたが、改めて確認すると気分が落ち込む。
「形骸種にならずに済んだのは、間違いないことでしょう」
オルレアちゃんが言う。
彼女なりに慰めてくれているのかもしれない。
「そう、だな。少なくともエクトルは、敵から家族を守ることは出来たんだ」
形骸種となって、長い時をまやかしの幸福と共に彷徨うよりも。
自分の生まれた時代に、正しく死ねた方が、きっとマシだ。
「この方たちの次の生が、食事に困らぬものであればよいのですが……」
餓死した次の人生も食うに困るなんてのはあまりに悲しい。
せめて飯に苦労しない人生を、次の機会では歩んでいてほしいものだ。
「少なくとも、魂は次の生へと向かって行ったようですね。悪しき霊と化し、この場に縛られているということもありません」
オルレアちゃんの言葉に、俺は反応する。
「……そういうの、わかるのか?」
「魂が目視できるわけではありませんが、悪霊祓いの魔法もありますので、そういった存在を感じ取ることは可能です。無論、聖女にもよりますが」
お姫さんを見ると、彼女も頷く。
そうか……誰も悪霊にならずに済んだというのなら。
それは、最悪な出来事の中の、ほんの僅かな救いだ。
「どうにか埋めてやりたいが……」
「『毒炎の守護竜』がいないとなれば、他の者もこの孤児院を確認しに現れるでしょう。その者たちの手を借り、埋葬いたしましょう」
パルちゃんやオージアス他が、俺たちを探しているらしいと、さっきも聞いた。
そいつらがここに来るのを待って、手伝ってもらえばいいのか。
説明は……いや、竜の巣を確認したら骸骨を発見したので、弔いたいと言えばいい。
嘘は吐いていないのだし。
やがて、パルちゃんたちとの合流に成功。
色々と事情を省いて説明し、埋葬を手伝ってもらうことに。
骨は、エクトルが寝床にしていた庭に埋めた。
「はぁ……帰るか」
この後も色々とやることはあるのだろうが、ひとまず。
ここでやるべきことは、片付いた。




