36◇十二形骸と十二形骸
人類がこの三百年、討伐することが出来ずにいる十二体の特別な形骸種。
純粋な強さであったり、厄介な能力であったり、人前に姿を現さぬ性質であったりなど、討伐できぬ理由は様々。
中でも『毒炎の守護竜』は、聖者の被害が少ないことで有名のようだった。
なにせ、特定の建物から動かないのだ。
普通には倒せぬ敵が、放っておけば無害だというのなら、後回しにするのも頷ける話。
だが今日、その敵が動き出してしまった。
「結界外までもう少しだ!」
前方から声が聞こえる。
高い土煙の所為でよく見えないが、生存者が守護竜から逃げているようだ。
風が吹き、土煙が流されていく。
見えたのは、まだ生きている聖者数組と――。
骨の亜竜だった。
どこかワニのようにも見える生き物だった。前脚後脚に尻尾もあるが、翼はない。
二階建ての建造物を横倒しにしたような巨体が、凄まじい速度で這っている。
このままではすぐに追いつかれてしまうだろう。
だがどういうわけか、守護竜が急停止する。
諦めたわけではないだろう。
あれはおそらく――。
「避けろ!」
俺の声に咄嗟に反応できたのは、オージアスと、逃げ惑う聖者たちの内の一組。
俺は叫びながらお姫さんを横抱きに、オージアスは同様にパルちゃんを肩に担ぎ、左右へ大きく跳躍した。
次の瞬間、亜竜の上顎と下顎が開かれ、そこから――紫色の炎が噴き出した。
空間を舐るような豪炎が吹き抜ける。
それが晴れると、直撃してしまった聖者たちが体を燃やしながら悲鳴を上げてのたうち回っていた。
「ち、治癒を……!」
彼女が咄嗟に叫ぶのだが……。
「お姫さん、もう無駄だ」
「しかし……!」
「あれは焼けてるんじゃない、もう呪われてるんだ。授業で習ったろ」
「……っ」
『毒炎の守護竜』は建物に近づかない限り暴れない。
その情報が明らかになっているということは、以前に近づいた生存者がいるわけだ。
そして、やつの特殊能力についても明らかになっていた。
ついた名が『毒炎転化』。
竜の息吹を浴びた者を、祝福する能力。
毒の炎に肉が焼け腐り、一瞬でスケルトンと化す。
聖女による『身体防護』をものともしない威力を思うと、かなり厄介だ。
「お姫さんは何回耐えられる」
彼女を下ろしながら短く問う。
「……一度目は必ず」
彼女がポケットから幾つかの魔石を取り出す。
非常用の魔力貯金だ。魔石自体が高価なので誰でもというわけにはいかないが、お姫さんはこれを幾つか持っている。
そして、普段から魔力を溜めているようなのだ。
「よし。オージアス! 生存者を回収しろ! 竜は俺がやる!」
返事を待たず駆け出す。
動く家屋と戦うような規模感は調子が狂うが、俺は元々が聖騎士だ。
人間よりも大きな体を持つ魔獣との戦いは慣れている。
竜は俺に気づき、再び口を開こうとする。
スケスケの骨の体の一体どこから炎を生み出しているのかまったく分からないのだが、形骸種の能力とはそういうものだ。
とにかく、口から吐き出すという動きだけは分かっている。
俺はやつの頭の真下に滑り込み、真上に向かって突きを放つ。
骨の剣と竜の下顎骨が鈍い音を上げて激突。
竜の頭部が僅かに上を向き、炎が周辺家屋の二階あたりを焼き払う。
普通の炎としての効果もあるようで、紫色の炎によって建造物がぼうぼうと燃えていた。
「回収は済んだ!」
オージアスの叫び声が耳に届く。
竜はどうやら生存者たちに怒っているようで、意識をそちらに向けるのが分かった。
「さっさと行け……ッ!」
俺は竜の前脚、その足趾の間に剣を突き刺し、進行を押し留めようとする。
竜の巨体は構わず進もうとし、俺の筋肉がぶちぶちと断裂する音と、剣の刺さった地面がずずず……と割れていく音がするのだが、やつの足音の方が大きく掻き消されてしまう。
「……必ず戻る」
「聖騎士アルベール……貴方は勇敢よ」
オージアスとパルちゃんの声。
どうやらちゃんと逃げてくれるようだ。
さすが先輩であり学園八位。
緊急時の迷いがいかに無駄かをよく理解してくれている。
――正直、ここから先の戦いには邪魔だったので、助かった。
竜はなおも生存者を追いかけようとしているようだったが、俺は地面から剣を抜くと、やつの巨体の下を駆け抜け、前脚と後脚の中間地点で体の下から抜け出す。
そして、事前に聞いていた、普段竜の鎮座する地点へと駆け出す素振りを見せた。
「なぁ大トカゲ! お前が守ってる建物ってのは、こっちで合ってるよな!」
あくまで気を引く為の動きだったが、効果は覿面。
瞬間、やつの首がグリンッと回り、俺の方へ向けられる。
やはり、その場所に強く執着しているようだ。
この竜もまた、生前の記憶と感情を残したまま、現世に縛り付けられている。
だが、他の形骸種と違い、ただ人間を見つけただけでは襲いかからない。
つまり、自我を取り戻している。
自分の判断で、特定の場所に居座っているわけだ。
やつが怒りの咆哮を上げ、鼓膜が破れそうなほどの音が響く。
スケルトンになっても人が喋れるのと同じで、骨だけになった竜も鳴けるようだ。
やつがそのままオージアスたちを追うようなら他の手を考える必要があったが、そうではなかったので問題はない。
俺とお姫さんは竜を挟むような形で真逆の位置にいる。
これで、やつが俺に毒炎を吐いてもお姫さんを巻き込む心配はない。
と思った瞬間、体全体をこちらに向けたやつが、毒の炎を噴いた。
先程よりも範囲が広く、避ける余裕がない。
ならばと、俺はやつに向き直って突っ込むことに。
全身が紫色の炎に包まれ、皮膚という皮膚が腐食するように爛れながら炭化していく。
人の肉と毛が燃える嫌な匂いは一瞬で消えた。体自体が燃え尽きたことでで嗅覚が機能しなくなったのだ。
瞳は蒸発し、視界が切り替わる。
剣を握る手の感覚も、通常の触覚によるものではなくなる。
「痛ぇだろうが、トカゲ野郎」
しばらくぶりに骨の体となった俺は、骨の剣をやつの上顎に叩きつけた。
犬が地に伏せる時のように、やつの頭部が大地につく。
衝撃で大地が揺れた。
炎が晴れ、俺はスケルトン聖騎士の姿で剣を握っている。
生者の肉体もいいものだが、死者の骸骨の方がやはり楽ではある。
竜が呻きを上げながら、ゆっくりと頭を上げる。
俺がお仲間になったわけではないと、気づいているのだろう。
「今日はそんな予定じゃなかったんだが、折角の機会だ。お前を最初の一体にしよう」
そうすりゃ、残るは十一形骸になる。
『毒炎の守護竜』討伐戦だ。




