37◇守護竜と剣聖
形骸種に備わる三つの能力。
――『魔女の福音』。呪いを幸福と感じるような精神操作と、感染能力。
俺は既に形骸種なので、これを脅威に思う必要はない。
――『形骸の恩寵』。骨だけの身となった者を、不死に近づける能力。骨限定の再生能力だ。
これはやや厄介。これまでの攻撃でもやつの体に罅を入れることはできたのだが、この短時間で既に再生している。
――『神心の具現』。一部の形骸種だけが覚醒する特殊能力。
守護竜の吐く毒炎の主な効力は、炎に福音を乗せること。
俺に対してはただの火炎でしかない。
つまり俺にとって、『毒炎の守護竜』の厄介な点は、再生能力や巨体ということになる。
俺は自分の剣を見た。
人を殺すのには充分だが、竜の首を断つのにはやや心もとない。
「これじゃ足りないか」
邪魔なので放り捨てる。
昔から、武器に愛着はなかった。
そのまま頭の後ろ、頚椎に手を掛ける。
「――『骨剣錬成』」
己の体を鞘に見立て、目に見えぬ剣を抜き放つイメージ。
このイメージが正確であるほど、頑丈な剣が生まれる。
握ると柄の感触。引き抜いていくと剣の重量。
今、俺の体から新たなる武装が生じている。
「これなら使えそうだ」
俺が手にしたのは、オージアスが持っているような大剣だ。
ただし、全てが俺の骨から作られている。
形骸種としての俺に、発現した能力は。
聖騎士としての俺に、無限に武器を与えるものだった。
炎は効かないと見て、守護竜が右前脚を横薙ぎに振るう。
岩石であろうと刻めそうな攻撃。
俺はそれを回避することなく、大剣で迎え撃った。
瞬間。
鋭い爪の全てが、俺の大剣との接触面にて断ち切られ、バラバラに吹き飛ぶ。
そのまま空を掻くやつの右前脚は放置し、俺は左前脚に向かって駆け出す。
そしてこちらは、人間でいうところの手首に相当する箇所を断裁。
スッパリ斬るというよりは、巨木をへし折るような一撃だ。
竜が体勢を崩し、再び頭部が地につく。
そこを見逃さず、俺は竜の首を断つべく剣を振り上げるが――。
やつは前脚の再生が間に合わないと見るや、残る後脚のみで大地を蹴って前進したのだ。
俺の狙いを理解した上での回避……というだけではない。
回避と同時に、反撃の手も用意していたようだ。
突然の衝撃。
俺の体が馬車にでも轢かれたように吹き飛び、石組みの家の壁に叩きつけられる。
「あー……そう簡単には行かないか」
尻尾を振って、俺を弾いたのだ。
後悔も感心もしている場合ではない。
俺はすぐさま起き上がって道へ飛び出す。
直後に竜が頭から家に突っ込み、家屋を瓦礫の山に変えた。
「よそさまの家だからって、好き放題だな」
自分の質量がいかに脅威かを理解しているようだ。
他のやつらには効いた炎が効かないので、手段を変えてきているのだろう。
見れば、やつの両前脚の骨は既に再生を終えている。
首を振るようにして瓦礫から頭を引き抜く守護竜。
「……時間があれば、この剣だけで攻略してもいいんだが」
パルちゃんたちも、あるいは他の救援も、その内駆けつけてくるだろう。
誰かの邪魔が入る前に決着をつけたかった。
「来な」
竜は警戒するように唸っていたが、やがて正面衝突を選択。
数瞬ののち。
俺の剣とやつの体は、確かに激突した。
だが、俺の大剣と、ではない。
「――――ッ!!」
地面から巨大な剣が突き出てきて、やつの体を押し上げたのだ。
当然、『骨剣錬成』の能力によるものだ。
俺は足裏から能力を発動し、地中に向かって骨を伸ばし、竜の突進に合わせて巨剣を生成したのだ。
能力はイメージで操る。
想像力を養うのに、三百年は長すぎるくらいだった。
今の俺は、手に持つ武器だけでなく、武器の形状をしたあらゆるものを、あらゆるサイズで生み出すことが可能。
ただ、多用は禁物。
不死者になって体力切れとは無縁になった筈なのに、能力を連続使用すると不気味な疲労感に襲われるのだ。能力の規模を大きくした場合も同じ。
この疲労感が極限に達してしまったらどうなるかは、さすがに試す気になれない。
「悪いな、勝ち方にこだわりはないんだ」
倒すべき敵を倒すのが、聖騎士に求められるものなのだから。
巨剣に貫かれ、中空で体の裏側を晒すことになった守護竜を視界に捉える。
やつが対応するよりも先に俺は跳躍し、その首に大剣を振るった。
斬撃は目標過たず、竜の首を両断。
呆気なくも思える決着だが、人類が同じことをするのは難しいだろう。
そもそもほとんどの者が毒炎で転化してしまうし、転化した仲間は生きた者に襲いかかる。
それらをどうにかした上で、更に竜を固定し、人外の攻撃力で首を断たねばならないのだ。
この守護竜が触れなければ無害という情報と合わせると、無闇に挑む者がいなかったのも頷ける話。
俺にしたって、肉の鎧を捨てて戦うことを選ぶ程度に、こいつを強敵と認めているのだ。
巨大な頭部が大地に落下し、大きな音を鳴らす。
俺が骨の巨剣を消すと、胴体も落下。
跳躍した俺は、難なく着地した。
勝利を収めた筈なのだが、違和感。
首を断った大剣が、紫色を帯びていた。
それだけではない。
次の瞬間、俺の意識が――。
◇
目の前に、安心させるような笑みを浮かべる男が立っている。
『すまない……お前の母親は魔獣化してしまって、倒す他なかったんだ』
俺は純白の服を着たその人間を見上げていた。
巣で母を待っていたのに、やってきたのは謎の人間。
胸の内に不安が広がる。
思わず男の腕に噛み付いたが、男は一瞬苦しげな顔をしただけで笑みを絶やさず、もう片方の手で俺の頭をなでた。
『大丈夫……大丈夫だ』
俺は――いや、違う。
これは俺の記憶ではない。
『みんなは、竜は人に懐かないとか言うんだが……俺はお前の命に責任をとりたい』
あぁ、そうか。
これは、『毒炎の守護竜』の、生前の記憶か。
しかし、今まで形骸種を殺して相手の記憶が見えたことなどないのに、どういうことなのか。
十二形骸だけが特別?
あるいは、十二形骸が十二形骸を殺すことが、特別なのか。
魔女の呪いについて、まだ分かっていない点があるということか。
そして、なにより。
どうやらこの記憶、自力で抜け出すことは出来ないようだ。
……しばらく付き合うしかない、のか。




