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17話



 決して広いとは言えないホールの中を、招待客たちは自らの踊りを楽しそうに披露している。


 私とルイさんは、ホールの中心に立つと、音楽に合わせて踊り始めた。お互いに寄り添うようにして、ステップを踏む。度々バランスを崩して傾く私の身体を、ルイさんはさりげなくフォローしてくれた。その度に、私とルイさんは目を合わせて笑いあった。


 一つの曲が終わり、また新しい曲が流れる。


 招待客たちは一曲が終わる毎に、ホールの端へとひいて行った。しかし、私とルイさんは曲が終わっても、ホールの中心から抜けようとはしなかった。用意された食事や飲み物には手を付けず、ホールの中心で踊り続けていた。


 得意でもない、大して好きというわけでもないダンスなのに、ルイさんと踊っている間は、ダンスに夢中になれた。ルイさんも同じ気持ちだったのか、ダンスをやめようとは一言も言わなかった。


 途中途中、パートナーが変わりそうになれば、どちらかともなく相手の手を引いて、再び二人で踊った。他の招待客たちからしてみれば、私とルイさんは迷惑な客だったかもしれない。


 でも、私はルイさんと一緒に踊っている時間を、空間を誰にも邪魔されたくなかった。久しぶりに心から楽しいと思えた時間を、誰にも奪われたくなかったのだ。


 音楽が休憩の為に止んで、ダンスは一度お開きになった。踊っていた招待客たちが、ホールの中心から端へと流れていく。私とルイさんは顔を合わせて笑い合うと、ホールの外へと走り出した。


 ホールの外は小さな庭園となっており、酒に酔った招待客たちが酔いを醒ましていた。仮面を外して芝生の上で寝転がっていたり、芝生に座って他の招待客と談笑を楽しんだりしている。


 彼らを上手く避けつつ、私とルイさんは庭園の中心を目指した。


冷たい風が、火照った身体の熱を攫っていく。賑やかなホールとは違い、庭園は静かで夜の闇に包まれていた。所々に設置されたランプが、ほんのりと辺りを照らしている。


「ルイさんのダンスに、たくさんのお嬢さんたちが魅了されていましたね」


「やめてくれ」


 ルイさんは、少し不機嫌そうに顔を反らした。さっきまで楽しそうに踊っていた人とは思えない。もしかすると、外の冷たい風で頭が冷えたんだろうか。


 私はクスリと笑うと、ホールの方を目配せした。


「見て下さい。あのお嬢さんったら、ルイさんから視線を離そうとしませんよ。きっとルイさんをダンスに誘おうとしているんですよ」


 可愛らしい白い兎の仮面を付けた女性が、ルイさんを見つめている。仮面でどんな顔をしているのか見えないが、情熱的な視線をルイさんに送っているのは間違いないだろう。


 まるで巣の前で獲物を待ち構えているかのように、彼女はホールに戻って来るルイさんを待っているようだ。


「俺はアーニャとしか踊らない」


 ルイさんはそう言うと、女性に背を向けた。女性が戸惑いがちに、こちらの様子を窺おうとしている。


「そう頑なにならなくても。可愛らしいお嬢さんなのに」


 顔は分からないけれど、ふんわりとした雰囲気を漂わせた可愛らしい小柄のお嬢さんだ。きっと、この舞踏会で何人もの男性からお誘いを受けたに違いない。


 私は苦笑いを浮かべると、空を仰いだ。夜の空に、点々と星が瞬いている。


「私、舞踏会に参加したのは初めてなんです。舞踏会がこんなに楽しいだなんて」


「そうか、お前を誘った甲斐があった」


 どこか嬉しそうに、ルイさんはそう言った。


 本当に楽しかった。全身で音楽に乗って、嫌なことも悲しいことも忘れて、とにかく無我夢中で踊り続けた。こんなに楽しいと思ったのは、いつぶりだろう。


 神殿近くの湖で、あの人と一緒にダンスの練習をした時以来だろうか。あの時は、本当に楽しかった。


 天を仰いでいた顔を、ルイさんの方へと向ける。そして、仮面を外した。冷たい風が直接肌に当たって心地よい。


「やっぱりルイさんは舞踏会に慣れていますよね。立ち振る舞いから分かります」


「そうか?」


 私が仮面を外したことに動揺しているようだ。ルイさんは、私が外した仮面を凝視している。


「ええ。でも、こういう舞踏会にはあまり参加なさらないんでしょう?」


「え?」


「ルイさんが参加する舞踏会は…………もっと煌びやかで、気品があって、優雅な雰囲気が漂っているような舞踏会ですよね」


「アーニャ……何が言いたいんだ?」


 ルイさんはいつもより低い声でそう言い、自分の仮面を外した。真剣なまなざしで、しかしどこか怯えているような表情で、私を見つめている。


 私は軽く深呼吸をすると、背筋を伸ばし、彼と真正面から向き合った。


「どうして、ダンサーだなんて嘘をついたんですか?王宮騎士団の騎士、ルイ・アーバン様」


 ルイさんの動きがピタリと止まる。


 私とルイさんは無言でお互いに見つめ合った。相手の心を探るような視線が、二人の間を行き交う。


 どれくらいの時間が経っただろうか。


 沈黙を破ったのは、ルイさんだった。ルイさんは仮面を外し、動揺したように視線を左右に揺らしながら口を開いた。


「気づいていたのか……。いつから気づいていたんだ?」


 ルイさんの顔から血の気が失せていく。


「ダリヤさんから、お聞きしました」


 私が聞かずとも、彼女は全てを話してくれた。ルイさんが生まれてから、ここに至るまで。ルイのことを知って欲しいの、と惜しげもなく私に話してくれたのだ。


「堅く口止めをしておくべきだった」


ルイさんはそう言うと、私から視線を反らした。


「どうして、嘘をついてまで私を王都まで連れ出したんです?何か理由があるんでしょう?」


 私から逃げるようにして顔を背けているルイさんを、強い口調で問い詰める。


「田舎の娘である私を、わざわざ王都まで連れてくるということは、それなりの理由があるはずです。教えてください……何故、私を王都に連れて来たのですか?」


 ダンスのパートナーとして、私は王都へ連れて来られたはずだった。しかし、ルイさんの職業がダンサーではなく、本当は騎士だったとなると話が違ってくる。


 最初から疑問だった。何故、パートナーとして選ばれたのが私だったのか。


 パートナーなんて、王都にいる多くの女性を探せば早々に見つかるだろう。しかし、ルイさんは田舎で暮らしている私を、わざわざこの王都にまで呼び出した。


 田舎から王都に私を連れ出すとなると、それなり労力と時間を費やすことになる。それでも、彼は私をこの王都へ呼び出した。


「本当のことを教えて下さい!」


「言っただろう。お前が必要だったんだ」


 また、その答えだ。


 どうして私が選ばれたのか、そう尋ねる度に、私でないといけなかった、と返すルイさん。


 何故、私でないといけないのだろう。以前、ルイさんは個性的なダンスに才能を感じたからと言っていたが、きっと嘘だろう。疑惑の芽が成長していく。


 ルイさんは、あの人と同じ騎士だ。王国の安定と治安を願う、騎士の一人。


「答えになっていません!もしかして…私が……私が……」


 言葉の続きが出てこない。


 もし、この言葉の続きを肯定されてしまえば、私は再び奈落の底に突き落とされることになる。あの夜、あの人によって思い知らされた絶望の中に、突き落とされることになってしまう。


 彼の本心を聞きたい。でも、怖い。


 酷く震える身体を両手で抱きしめながら、私は言葉を紡ごうとした。


「お前に一目惚れしたんだ……!」


 言葉を声にしようとした瞬間、唇を堅く結んでいたはずのルイさんの声が耳に届いた。


「………へ?」


 我ながら、間抜けな声だと思う。予想外の返答に、私は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


 聞き間違いだろうか。


 ルイさんは今にも火が噴き出しそうなほど顔を真っ赤にして、私を見据えている。その瞳は動揺と不安に揺れつつも、どこか情熱的で力強い。


「お前と離れたくなかったんだ。だから無理を言って、お前を村から連れ出した」


「え……えっと、どういうことですか?」


 予想外の展開に、頭が上手く働かない。


 先ほどまでの恐怖は薄れたものの、集団行動で自分だけ立ち位置が分からないような焦りと不安が押し寄せてきた。


 ルイさんは、どこかで頭を打ってきてしまったのだろうか。それとも、ホールの熱気に当てられてしまったのだろうか。


 軽く咳払いをしつつ、確認するように辺りを見渡すと、ルイさんは再び私に視線を戻した。


「貴族で、しかも王宮騎士団の人間が、辺境の地を一人で歩いていたら訝しまれると思ったんだ。それにあの時、俺は両親に無理やり勧められた見合いから逃げている途中だった。そんな情けない理由を、お前に話したくなかったんだ」


「お見合いから逃げていた途中だったんですか!?」


 家業から逃げてきたと言っていたが、まさかお見合いから逃げてきたというのが真実だったなんて。緊張してこわばっていた身体から、一気に力が抜けていくのを感じた。


 まるで抜け殻になってしまったような気分だ。


「そんな……てっきり私は……」


 私を神の愛娘だと知って、王都まで連れてきたのかと思ったのに。


「村に帰るな。お前を離したくない」


 今にも地面にへたり込んでしまいそうな私の腕を、ルイさんが掴み取った。そして、あっという間に私の身体を、彼の胸元に引き寄せた。私が彼の身体に全身を預け、寄り添うような形になる。


 ホールで踊っていた間も、何度かルイさんには身体を預けた。さっきまでは何も感じなかったのに、どうしてだろう。


 身体が棒のように固くなり、呼吸が上手くできない。全身が熱を帯び、心臓が早鐘を打つ。ルイさんの胸元に耳を寄せると、彼の心音が聞こえてきた。激しく、そして力強い心拍音が耳に届く。


「ま、待ってください…。私、まだ頭の中の整理がつかなくて…」

 

 どうしよう、どうすればいいんだろう。


 こういう状況を、私は知らない。


 田舎の村で身を隠すようにして日々を送り、過去に思いを馳せ、未来に怯えていた私には、到底考えられなかった状況だ。


 震える唇をゆっくりと開き、適当な言葉を口にしようとした時。


 空間を切り裂くような女性の悲鳴が、ホールから聞こえてきた。


 悲鳴と同時に、私とルイさんは飛び上がるようにして離れた。ホールからは騒めきと、さらなる悲鳴が聞こえてくる。


「一体何があったんでしょう…?」


 ホールの中はよく見えないが、何かあったことだけは確かだ。ホールから外へ逃げるように人々が飛び出してきている。


「分からない」


 ルイさんはホールを睨み付けたまま、首を横に振った。

 

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