16話
仮面舞踏会は、王都の北区にある巨大なホールで行われた。本来、このホールは庶民が酒場として利用しているものらしく、壁には瓶で殴ったような傷や、酒が飛び散った後がこびりついていた。
即席でつけたような天井の大きなシャンデリアは、人が通る度に左右に揺れていた。シャンデリアの下を通る時は、頭上に注意した方が良さそうだ。
煌びやかとは到底言い難い会場だが、集まる人々は綺麗に着飾っており、華やかな雰囲気に包まれていた。皆、個性的な仮面で自分の顔を隠している。
中には全身を奇抜なファッションで包んでいる人がいたり、既にお酒に手を出して酔いつぶれているような人もいた。舞踏会と言えば、厳粛で御淑やかなイメージを抱いていた私は、あまりに自由な雰囲気に面食らってしまった。
音楽が始まると、人々は流れるようにホールの中心へと集まり、各々のダンスを披露し始めた。それは美しいダンスだったり、激しいダンスだったり、はたまたダンスとは言い難い奇抜な動きだったりと、それぞれが自分だけのダンスを楽しんでいる。
そんな彼らを眺めながら、私とルイさんはホールの壁に寄りかかって立っていた。
「ルイさんの仮面、とても分かりやすいですね」
ルイさんは、顔にはフィレンツォさんから借りたという眉を潜めた男の仮面を付けていた。
「そうか?」
ルイさんの表情は仮面のせいでよく見えない。しかし、訝しんでいることは声色から分かる。
「ルイさんとお顔の表情がよく似ていますから」
ルイさんの仮面は、普段の彼の表情とそっくりなのだ。もしかすると、フィレンツォさんもそれを分かっていて貸し出したのかもしれない。
「それはどういう意味だ?」
「華やかな夜を楽しんでいるみたいだね」
ルイさんの声を遮るようにして現れたのは、フィレンツォさんだった。彼は、表情のない白い顔をした男の仮面をつけている。
事前にフィレンツォさんから付けてくる仮面を聞いていた私とルイさんは、声を掛けてきたのがフィレンツォさんだとすぐに分かった。
「フィレンツォ様も踊られるのですか?」
少し硬苦しい声で、ルイさんがフィレンツォさんに尋ねる。
「僕はあまり踊りが得意じゃないんだ。客席から君たちの踊りをじっくりと眺めていることにするよ」
「せっかくの舞踏会です。踊られては如何でしょう」
ルイさんがフィレンツォさんをホールの中心へと手で促す。そんなルイさんを見て、フィレンツォさんは鼻で笑った。
「僕はプロの君と違って、素敵なダンスで多くの人々を魅了することなんて出来ないんだ」
「お戯れを。フィレンツォ様こそ、ご自慢のその饒舌なお口で多くの人々を虜にしてきたではありませんか。私など、フィレンツォ様には到底及びません」
少し強い口調で、ルイさんがフィレンツォさんに言い返す。
「君の素敵で完璧なダンスに勝るものはないよ。ああ、早く見せてもらいたいものだねー。君のダンス」
「身に余るお言葉、ありがとうございます。フィレンツォ様、明日は覚えておいて下さいね」
さっきまでの和やかな雰囲気はどこに行ったのだろう。殺伐とした雰囲気が二人の間で漂っている。
「ぶ、舞踏会がまもなく始まるようです!ルイさん、行きましょう!」
嫌な予感を感じ取った私は、慌ててルイさんの腕を引っ張り、ホールの中心へと歩き出した。
そう、私は踊りに来たんだ。ホールの端でお喋りをしている場合じゃない。
本来の目的を思い出し、ホールの中心に足を踏み入れようとした時だった。
「素敵なお嬢さん、よければ一緒に踊ってくれないか?」
一人の男性が声を掛けてきた。
声色からして、三十代くらいの男性だろうか。何か動物を象ったような仮面をつけているが、顎の部分が露出してしまっており、剃り残した髭顎が見えている。
彼の身体からきついアルコール臭が漂ってきて、私は眉をしかめた。どうやら、随分とお酒を飲んでいるようだ。
返答に困っていると、私の前にルイさんが躍り出た。
「悪いが、彼女は俺のパートナーだ」
「パートナー?舞踏会なのだから、多くの人と踊った方が楽しいだろう」
「彼女は俺と踊る為に来たんだ。邪魔をするな」
「つまらん男だ。おかしな奴に捕まって可哀想に」
男は機嫌悪そうに私の方を見ると、ペッと唾を吐いて人ごみの中へと消えていった。汚い上に、下品だ。自分の唾くらい片付けていってほしい。
「俺の我儘のせいで、すまない」
申し訳なさそうに肩をすぼめて、ルイさんは振り返った。
「いえ、ルイさんの言う通りです。私はルイさんと踊る為にこの舞踏会へ来たんです。だから、謝らないで下さい」
この舞踏会に参加したのは、あの男性と踊る為ではない。ルイさんの言う通り、ルイさんと踊る為に来たのだから。
「……踊るか」
ルイさんが私に向かって右手を伸ばす。
「はい!」
私は笑顔で、ルイさんの手を取った。




