15話~過去~
ふと、日付が記されているカレンダーへと目をやる。今日の日付の下の部分に、『後十日』と赤い文字が記されている。先日、私が書き記したものだ。
『もう少しでアランの誕生日だね』
赤い文字が示しているのは、アランの誕生日までの日数だ。去年は前日に思い出してしまうという失態をしてしまったので、今回は二十日前から気づくよう書き記しておいたのだ。
『覚えていてくださったのですか?』
アランが目を丸くして、私を見た。どうやら、私が忘れていると思っていたらしい。まあ、去年はすっかり忘れていたのだけれど。
『大したことは出来ないけど、お祝いするね。でも、アラン以上のことは出来ないから期待はしないでね。私には経済力がないから』
神の愛娘として役目を果たしても、神殿が私に給料としてお金を支払うことはない。勿論、王宮側からもお金が支払われることはない。神の愛娘は衣食住が保証される代わりに、無賃金で働かなければならないのである。何とも、酷い話だ。
しかし、神殿の外には一切出られないので、お金があっても使う場面はない。結局、賃金をもらっても意味はないのだ。
『期待していますね』
意味ありげに含み笑いをして、アランはそう言った。
『き、期待しないでって言ったよね!?』
私の誕生日の時は、真珠のような乳白色の石が埋め込まれた可愛らしいネックレスを、アランからもらった。如何にも高価そうなネックレスで、私はすかさず返却しようとした。私には不釣り合いなものであり、恐れ多いと思ったからだ。結局、アランに押し切られて受け取ることになったのだが、もしかするとそのお返しを期待しているのだろうか。
ネックレスに相応の贈り物など、無収入の私には無理な話だ。それに、たとえ購入することが出来たとしても、アランが満足するようなセンスあるものを選べる自信もない。
取り敢えず、気持ちが籠っているものを贈り物にしよう、という考えに至った私は、ある物の制作に取り掛かることにした。
アランが傍にいない時間は、全て制作時間に費やした。アランが傍にいないのは、深夜か早朝くらいだったので、私は毎日のように徹夜をすることになった。
『何をなさっているのです?』
深夜から早朝まで一心不乱に縫い物をする私に疑問を抱いたらしい。不思議そうな顔をしたセリーヌが尋ねてきた。
『アランにお守りを作っているの』
『お守り……ですか?』
『最初はこの世界の形式に倣おうかと思ったんだけど、結局私の住んでいた世界のお守りを作ることにしたの。こっちの方が作りやすいから』
セリーヌには珍しいだろう。私が作っているのは、私の世界の御守だからだ。神社で扱われているような小袋の御守である。
毎日のように働き続けているアランの健康祈願の為に作ることにしたのだけれど、ご利益があるかと聞かれると疑問である。
『とても興味深い形をしていますね』
興味津々と言わんばかりに、セリーヌが私の手元を覗きこんできた。
『これは私が不器用だからこんな形になっただけ。本当はもっと綺麗な形をしているの』
もっと真剣に家庭科の授業を受けていれば、と後悔した。縫い目はガタガタとしているし、布の大きさはバラバラだ。
縫い方を殆ど知らないので、取り敢えず布に糸を通しているだけ。見た目は酷いものである。売り物には絶対にならないような仕上がりだ。
『きっとお喜びになられますよ』
『うん……そうだと、いいんだけど……』
不器用な自分が、情けない。アランに喜んで欲しいという想いで作り始めたはずなのに、もらうアランが可哀想になってくるような仕上がりになってしまった。
誕生日当日、神殿近くの湖で、私はアランに御守を手渡すことにした。
『お誕生日、おめでとう』
糸が所々からはみ出ている御守。出来上がって数日だというのに、数年は使い古したように見える。
恐る恐るアランに手渡すと、彼は不思議そうに首を傾げながら御守を見つめた。
『これを私に…?』
『う、うん…。私の世界のお守りを模して作ってみたの』
『絢様がお作りになられたのですか?』
あっさりと手作りと見抜かれてしまった。まあ、どう見ても市販のものには見えないだろう。市販のものならば、返品とお詫びをしてもらいたいレベルだ。
『不器用だから、不格好なお守りになっちゃった。不要だと思ったら遠慮なく捨てていいからね!』
何だか、不要なものを無理やり押し付けてしまったような気分だ。お祝いをしたかったはずなのに、湧き上がってくるのは罪悪感。もっと私が家庭的な女子だったら、こんな気持ちにはならなかっただろうに。
長い間アランはじっと御守を見つめると、朗らかな笑みを浮かべた。
『私は幸せ者ですね。神の愛娘である貴女から、贈り物を頂けるだなんて。ぜひ家宝にさせて頂きます』
思わず、耳を疑った。
『か、家宝!?大袈裟な…!』
『ありがとうございます、絢様。大切にしますね』
お世辞だろうか。それとも、本気で言っているのだろうか。こんな不良品を家宝にしても、よそ様から笑われるだけだ。
アランは大切そうに御守を撫でると、両手で強く抱きしめた。
彼が本当に嬉しそうにしてくれるので、これまでの努力が報われたような気がした。酷いものを贈ってしまったと落ち込んでいたけれど、アランの為に作って良かった、と心底思った。
『………私こそ、ありがとう』
『何故、絢様が…?』
不意に感謝の言葉を告げた私に、アランが目を丸くする。
『出逢ったばかりの時のことを思い出したの。私、いつも泣いてばかりだったでしょう?その度に、アランは私を慰めてくれたね』
出会ったばかりの頃は、私はまだ精神が不安定で、事あるごとに涙を流していた。そういう時は、いつもアランは傍にいてくれた。そして、温かい言葉をかけてくれた。
アランがいなかったら、きっと私は今も泣き暮らしているだろう。
『アランがいたから、私はこの世界で頑張れた。本当に感謝してる。それでね、良ければその……』
言葉の続きが、上手く喉から出てこない。次第に頬が火照っていき、全身から熱が噴き出しそうになる。
『何でしょう』
私の様子を察したのだろう。
アランは私の手を取ると、膝を折って、地面に跪いた。私がアランを見下ろす形となる。
私が緊張したり、言葉の続きを言えなくなると、アランはいつも私の前に跪いた。アランは知っているのだ。私の緊張を解し、私が最も話しやすくなる体勢を。見上げる形になると緊張してしまう私を、アランは気遣ってくれているのだ。
アランは、私のことをよく知ってくれている。それが何より嬉しかった。
『これからも…私の護衛騎士でいてくれたらなって……ダメ?』
今にも消えてしまいそうな声で呟く。本当はしっかりとした声で伝えたかったはずなのに。
一瞬、アランは目を見張ると、片手を口で覆いながら項垂れた。その肩は、何故か震えている。突然彼の表情が見えなくなったので、私は不安になった。もしかして、嫌だったのだろうか。
しかし、それは杞憂に過ぎなかったようだ。
顔を上げた彼は、目を細めて微笑んでいた。その表情から嫌悪感は一切感じられない。
『勿論です。絢様から任を解かれない限り、私は永遠に絢様の護衛騎士です。必ず貴女をお守り致します』
彼はそう言うと、私の手の甲に口づけを落とした。まさかの不意打ちに、私の顔が真っ赤に染まる。手の甲へのキスは挨拶だと聞いていたのに、何故今するの。問い詰めたいはずなのに、動揺しているせいで、声が喉の奥から出てこない。
顔を真っ赤にして、まるで鯉のように口をパクパクさせている私は、傍から見れば滑稽だろう。結局、問い詰めるのは止めて、私は彼の行為を素直に受け入れることにした。
以前、王子がアランを人形のような男と言っていたことを、ふと思いだした。
こんなにも優しい笑みを浮かべている彼が人形…?
信じられない。信じたくない。
きっと王子はアランを勘違いしているのだ。そうに違いない。
彼の表面上の部分だけに焦点を当てて、中身を見ようとしていないのだ。本当の彼は、私の不出来な御守でさえも笑顔で受け取ってくれるような優しさを持っているのに。




