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【閑話】そういうとこやぞ



番外編を書く時間が無いので、閑話を投下します。




 科目自体が廃止になったために使われなくなった教室が、学園の一角、校舎の隅の隅にあった。そこを生徒会室としてあてがわれたのが数日前。鍵を受け取ったラルフが初めてその部屋のドアを開いた時には、埃っぽさとかびの匂いに気圧されて、同じように隣で立ち尽くすカインと顔を見合わせた。


「広さは十分。このゴミ溜めから這い上がっていくなんて、サクセスストーリーね。素敵だわ!」


 怯む男二人を無視して一人喜々としていたクラウディアであったが、サクセスもへったくれもなく、翌日には金に物を言わせて清掃業者を入れてしまった。おかげでゴミ溜めの面影はすっかり消え失せ立派な生徒会室が出来上がったが、これで良いのかとラルフは呆気に取られた。

 真新しい机に、真新しい椅子。生徒会長用に誂えたそれは、学園長が使うのにも見劣りしないであろう豪奢な代物だ。


「学園長室のと同じ工房の…… もう一段良い物を入れたの。見た目は大事でしょう? ここは生徒を統べる者の執務室ですもの。学園側にも生徒側にも、生徒会長というものがどれほどの権力と責務があるのかを見せつけてやるのよ」


 目を据わらせ、口角を片方だけ上げてニヤリと笑う。完全に悪役になりきっているクラウディアが可愛いので、「でもこれ、ギョー公爵家の財力に物を言わせただけだよねぇ」とはつっこまず、ただ微笑んで生温かく見守るラルフである。


「凄いねぇ。このソファも学園長室と同じなの?」


 執務机の前に置かれた応接用ソファの座部を手で押すと、適度な固さを保ちつつ心地良く沈み込む。


「それは、私が気に入っただけ」


 前世で愛用していた低反発枕を恋しく思ったクラウディアが、似た素材を探しまくっている時にたまたま見つけた物だ。低反発とまではいかないが、ある程度までぐんにゃりと体重を受け止め、身体が沈み込み過ぎないのが良い。


「いいですね、これ。凄く身体に馴染む。というか、眠くなるかも」


 三人掛けのソファの真ん中にどさりと深く腰を落とし、()()をひとつして目を瞑った。


「でしょう? 皆に知って欲しくて! カインも気に入ってくれると良いのだけど」

「そうですねぇ」


 和やかに話をしてはいたが、頭の中では「この硬さだと押し倒しやすいな。柔らかすぎると()()があっていけない」などと良からぬ想像を巡らせてしまい、そんな自分を猛省する。


 なにせ、今、この部屋にはカインが居ない。


 クラウディアに請われカインと共に暫定の生徒会役員となったラルフであったが、実のところ、三人で行動することが増え不満を募らせていた。

 抑制が利かない事態が怖くてクラウディアに手を出せない、とカインには言ったが、当然、何もしたくないわけではない。寧ろ、したい。切実に。

 そして今この場にはクラウディアと自分の二人しかいない。また、教員室に用事を済ませに行っただけのカインがいつ現れるとも知れない状況では、必要以上に盛り上がりようもない。


 ……謂わば、いけないことをちょっとだけするには、又と無い好機!


「クラウディアもおいでよぉ」


 自分の座る横の座面をぽんぽんと叩き、隣に来るよう、いつもの軽い調子で促す。


(手を恋人繋ぎしたい。あわよくば、ほんのちょっとだけ、軽くで良いからキスしたい)


 下心が孕んでいることなどお首にも出していなかった筈だが、つかつかと歩み寄ってきたクラウディアは促された場所には座らず、ラルフの真正面に立った。その表情は固い。

 どうやらこれは下心がバレて「神聖な生徒会室で! カインも来るのに!」と怒られるパターンだと察して、ラルフは想定内とばかりに神妙に居住まいを正した。が、実際は予想に反したものであった。


 真正面に立ったまま軽く身を屈めたクラウディアは、緩く閉じたラルフの膝を両手で掴むと、がっと開いた。と、できた空間に身体を滑り込ませ、くるりと後ろを向いて、ラルフに背中を預ける形でそこに座ってしまった。


「クラウディアさん……!?」


 自分の脚の間に陣取る華奢な身体と、眼前の髪から立ち上る芳香によろめき、呼吸にすら手間取って喉がヒュッと鳴る。


「えへへ。これ、憧れてたんです。恋人っぽい?」


 振り返って仰ぎ見られた。恋人の膝をこじ開ける男前な乙女の花も恥じらう照れ笑いに、身悶えを禁じ得ない。


(え、これ、手出せってこと? 出して良いの? でも待ってもうカインも来るし、これはいつものあれだ。何にも考えてないやつだ。騙されるなオレ。頑張れ、超頑張れ。もう嫌だ。本当なんなのこの子怖い)


 絶対に相好が崩れているであろう熱っぽい顔を両手で覆い、なるべく接触面を減らすようソファに背もたれて腰を引くが、逃げようにも硬いクッションは遊びがなくて逃げられない。まさか自分の言葉がそのまま我が身に返ってくるとは、と数刻前の自分を呪いながら、既に血液が集まりだした下半身の一部が萎えるよう、ひたすらに両親の顔を思い浮かべた。

 しかし……


「ん? 何か違うかも。ラルフ、手」


 そう言って再度振り返ったクラウディアはラルフの両手を取ると、それを自分の身体の前へ持って行くとウエストのあたりで交差させた。


(っっっ!!!!!!)


 腕の中にすっぽりと収まったクラウディアがもたれかかってきて、後ろから抱擁する格好が完成して…… 腕にはふんわりと弾力のある膨らみが当たっていた。

 理性を保ちたいラルフの努力などお構いなしの突然のゼロ距離攻撃と、腕を掠る下乳の感触に、ラルフは身体も思考も為す術なく硬直した。


 背後の惨事に気付きもしないクラウディアはその状態で一頻りお喋りすると満足したのか、「そろそろカインが来る頃かしら?」と、適当な頃合いでラルフの腕からするりと抜け出す。後には、前屈みになったまま頭を抱え、ソファから立ち上がれなくなった抜け殻のようなラルフが残された。




   ◇




 後日、何も知らない筈のカインによって「男女二人が席を同じくするのを禁ずる」という生徒会室内ルールが言い渡され、威嚇するような力強い筆跡の額が掲示されることとなった。その際、見たこともない凄みのある目でカインに睨まれたラルフであったが、「こっちが被害者だよぉ……」と言う涙ながらの呟きは切り捨てられたのであった。




 

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[気になる点] ほかの感想見て、自分の感想見て思いましたがアンジェリカが幸せになるのはいいとして公爵夫人とまでいくのはあそこまで邪な感情で動いていた割にラッキーすぎるかもとも思います。 個人的には恋愛…
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