第5話「フレイム・サン」
山彦のように悲鳴が反響して繰り返し聞こえる。
僕達はそれに引き込まれるように病院へ駆け込んだ。
「中に入ったまではいいですけど!思ってたより広いですよ!?どこ探しますか!?」
「ちょっと待ってね…」
静かになり集中する凪咲さん。
気配を探っているのだろう。
その間に僕はスマホのライトで病院内を照らしてみた。
ある程度の人数が座れる長椅子は、シートやクッションがボロボロに破けていて…ほとんど骨組みしか残っていない。
受付らしきカウンター付近はガラスの破片が散らかっている。奥にフック付きのボードがあり、鍵らしきものが見えた。
そして奥へと続く廊下。建物は大きいから、この廊下を進めば途中に階段があるのだろう。
入ってすぐで気になったのはこれくらいか。
「上から感じる。…1人かな」
「行きましょう」
都会なら夜でも明るい場所が多い。
でも半里台には街灯もない。
かろうじてスマホの通信が出来たのはちょっとした奇跡だろう。
空から得られるわずかな光も遮られた室内は本当に真っ暗で、ライトで照らしていない所に何かが隠れていたらと思うと
「診察室が4部屋。あと階段。まだ奥にもありそうだけど」
「…地下は無さそうですね。とりあえず目の前の階段に…」
2つのライトが階段の先と足場を別々に照らし、まずは2階へ。
「左右に広がってますね。病室がほとんどでしょうか」
「職員用の控え室とかもありそう。…でも無視していいかも。3階から感じるし」
「……ふぅ」
「大丈夫?怖いよね。無理しすぎないでね。1回外出て待ってても」
「大丈夫です。…凪咲さんのスマホ貸してください。ここからはもう武器を構えてた方がいいと思います」
「うん」
僕はライト役。今回に限り、僕達2人の目の役割を果たすと考えてもいい。
どこを照らすのかで安全度が大きく変わる。
「3階に行きましょう」
この病院は天井が高めに感じる。
暗いから勘違いしているだけなのかもしれないが、空間にかなり余裕があるように思う。
「うわ…なんですかこれ」
「ものすごく錆びてるけどカートかな。でも階段に落ちてるってどういうこと?」
「誰かが動かしたんでしょうか…うう、」
なぜか近くに1本だけ注射器が落ちていた。
針が折れていて…こちらも錆びている。
「真。…聞こえる?」
「……」
さっきからずっと静かすぎて気分が悪くなりかけていた…が。
……物音がする。ペタペタと……?
「足音」
「っ…」
「そのカート起こして。万が一の時はそれを押し付けたりぶつけたりして身を守って」
「え、…はい」
右手のスマホで階段の上を照らしつつ、左手のスマホは下に置いてカートを持ち上げた。
何も載せていないから重くはなかった。両手が使えれば振り回すことも出来そうだ。
ペタペタペタペタ…。足音が聞こえる。
ペタ。ペタ……。時々立ち止まっている。
こちらの様子を伺っているのか。
「短期決戦が1番安全だから。ここでなら手加減なんて考えなくていいよね」
「ま、まぁ…でも何を?」
「スマホ。ポケットに入れておいていいよ」
ボッ。凪咲さんの両手に持つ剣それぞれに赤い炎が出現した。
「でも、3秒数えたらなるべく息止めててね」
「はい?」
「3…2…1…」
0。言われた通り直前に息を大きく吸って口を塞ぐと、ギュッと空気が圧縮されたような感覚が。
それと同時に凪咲さんの足下に赤いものが…これって魔法陣というものだろうか。
2重の円。円と円の間に様々な模様がある。…1つは雷のようなジグザグ模様だ…あ、あっちは炎が揺らいでいるようにも見える…これってもしかしてそれぞれの属性が
「我が名において命ずる。生まれよ、光…フレイム・サン!」
…確かに。これならもうスマホのライトは不要だ。
凪咲さんが魔法を使った瞬間、真っ暗だった病院内が白く明るくなった。
僕達の目の前に現れたのは光球。正確な大きさは分からない。直視を続ければ簡単に失明しそうな眩しさだからだ。
光球は凪咲さんの意思で動かせるのだろう。
先行して階段の先…3階へ光球が浮遊したまま移動する。
「息していいよ。…すぐ終わらせるから」
「っ…はぁ…はぁ…」
「っぁぁあぁぁぁぁアァア"ア"ア"!!?」
「今のはっ…」
「敵。ちょっと殺してくるね。ここにいて」
「はい…」
見れば2階にまで光が届いている。
さっきの光球はもう目の前にはないのに…どれだけ強い光なのか…、というかそれだけ強ければちょっとでも見ただけで失明しているのでは…
「でも暗いよりは全然。これなら怖くな」
っ。地震?
縦揺れ…もしかして凪咲さんが?
震度3くらいの揺れで壁に手をついて耐えていると
「ひぃうやああああああああっ!」
男の人の声だった。
凪咲さんが魔法を使った後に聞こえたのと同一人物だろう。
それから少しして凪咲さんが戻ってきた。
「お待たせ」
「全然待ってないです…」
「ちょっと見てきたんだけど、さっき入っていった2人…もうダメだった」
「…そうでしたか」
「その…食べられてて」
「……あ…」
「その先は言わないでおくね」
「あぁ、絶対言わないでください」
「敵なんだけど。代行1人だけだった。武器も無かったし、自分の体を創造の力で強化するタイプだったのかも」
「確信はないんですね…」
「何もさせなかったから。あと創造の書なんだけど、多分これかなっていうのがそいつの近くに落ちてて。でも…」
「どうしたんですか?」
「ごめん。燃やしちゃった。ビリビリに破けてたし、血とかが染み込んでて真に触らせるのはよくないかなって」
「……」
被害者が食べられていた。という話と合わせると、創造の書の状態も相当なものだったように思う。
「他にはもう誰もいなかったよ」
「あ、安全…ですか?」
「うん。一応フレイム・サンはまだ消さないでおくけど」
「魔法、ですよね?」
「種類としては拘束魔法で、私のお母さんが考えた魔法だよ。超光で視力を奪って、燃焼で呼吸を制限、直接触れれば当然燃えるし、魔法で攻撃すると吸収して大きくなって…」
「めちゃくちゃ強いのは分かりました…」
「強いっていうより便利かな。でも今の私だとこういう魔法を気軽に使えるか分からないから、もしかしたらこれが最強の魔法になっちゃうかも」
「病院の中…全部調べておいた方がいいんでしょうか。他にも被害者の死体があるかもしれませんよね」
「ううん。もう外出ようよ。明るくてもなんか嫌な感じするし」
「そう…ですね。そういえば、さっきちょっと揺れたんですけどそれも凪咲さんですか?」
「大丈夫だった?私のせいもあると思うけど、単純に病院の壁とかが弱くなってきてるんだと思う。激しい戦闘だったら崩れてたかもね」
「えぇ…」
あっけなく、終わった。
わざわざこんな所まで来て…いや、遠出したからって強敵がいてほしいわけではない。
でも、本当に簡単に終わって…
「あ」
気が緩んだ。
「真!」
前に出した右足が着地しない。
どこでどう間違ったのか、僕は階段を転げ落ち
「あっ、っ!いだっ、くっ…あぁっ!」
廊下…投げ出された。
「真!?大丈夫?怪我は?足触るよ?」
「っ……」
めまい…くらくら…きもちわるい…
「真!真!」
「…………」
「よいしょっと…」
窓が開いていて、白いカーテンが揺れている。
爽やかな涼しい風が気持ちいい。
両脇にかかる負荷は初めての松葉杖のせいで。
包帯が巻かれた左足…確か屋根の上から落ちたんだった。
「それじゃあ夜見入さん、行きましょうか」
「綺麗な看護師さんとお別れかぁ。寂しいなぁ」
「またまたそんなこと言って。知ってますよ。みんなに同じこと言ってるの」
「みんな綺麗なんだからしょうがないじゃないですか」
「もう。困った人ね」
ある程度回復したから一時退院。
これからは週に1度経過を見るために通うことになる。
……帰りたくない。
そう、帰りたくないからここに来たんだ。
屋根の上から落ちたのもわざとだ。
利き足を守ってわざと左足を折るように落下した。
病院にいれば…ここでならなぜか、まともな飯が食える。
白米、味噌汁、焼き魚、漬物…その当たり前な飯がここでなら食える。
「確か奥さんが迎えに来るんですよね?」
「え?ああ…まぁ」
「言いつけちゃおっかなぁ…?」
「…や、やめてください!そんなことしたら」
「言いませんよぉ。そんなに慌てちゃってぇ。可愛い」
思い返せば妻との出会いは不思議なものだった。
ド田舎で父の農業を手伝いながら、上京することを夢見て標準語を練習していた俺。
訛りも無事に封印出来て、後は夜見入…やみいる…という名字さえどうにか出来れば…そう。そんな時だった。
父の畑で彼女に出会った。
彼女は道に迷ったと言っていた。
しかも目的地は東京だと…ふざけているのかと思った。ここは東京からだいぶ離れている。普通に考えて逆方向だ。
おかしいはずなのに…俺は彼女に惚れていた。
容姿が俺の理想そのものだった。
何も考えずに俺はその場で交際を申し込んでいて…時を戻せるならここからやり直したい。
「夜見入さん?」
「え?はは…ちょっと足が痛い…かな?」
「えー。そうですか。どれくらい痛みます?」
「ズキズキと…」
俺が運命の出会いを経験するとしたらそれは今であるべきだ。
なぜならこの看護師さんは憧れの東京からやってきた美人さん。
絶対この人と
「どうしても痛いですか?」
「えぇ…まぁ…」
「う~ん…ちょっと先生呼んできますね。もしかしたらもうしばらく入院した方がいいかもしれないので」
「あぁ、お願いします」
足はもうそこまで痛くない。
でも妻や…あの家族や近所…いや、半里台の人間から離れられるなら何でもいい。
とにかくもう、
「いやぁああああああああああ!!」
「……最悪だ」
恐れていた。こうなるのを。
巻き込まれたくなかった。とにかく避けたかった。まともな飯が食えるここでなら…大丈夫だと思っていた。
半里台には、頭のおかしな人間がたくさんいる。
人口の8割以上…地元民なら確実と言っていい。
ここの連中は、頭がおかしい。
あいつらにとって、白米は砂利や土。
あいつらにとって、味噌汁は汚水や川の泥。
あいつらにとって、焼き魚は生きたままの魚。
あいつらにとって、漬物は…
「…隠れないと」
言い伝えがある。
世界の終わりを知る大天使が舞い降りた時、半里台の人々は救われる…というものだ。
神の言葉やら、使いの者やら、ごちゃごちゃ言っていたが簡単に言えばそうだ。
あいつらは、神を信じていない。その終わりを知る大天使とやらが神の代わりだ。
そして、その大天使が下界に降りてくるために。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ!!」
あいつらは、平気で人を殺す。
伸ばした爪で襲う。汚れた歯で食らう。そして大天使がどうのと叫ぶ。
前回は2週間前。11人が死んだ。
俺が初めて見た時は、27人が死んだ。
どんどん人が減っていくのに、どんどん人が集まってくる。
ある人は家族で移住すれば大金が貰えると言われて。
ある人は家族で移住すれば娘の難病が治ると言われて。
…ある人は1人の女の容姿を気に入って。
馬鹿だ。俺は。
…ギィィ…カチャン。
俺がいる病室には食事をするのが困難な男も入院していた。
原因は想像できる。
男はまともな飯でさえ体が受け付けなくて、よく床を汚していた。
だから病室に掃除用具を入れておくロッカーが置かれた。
その中に、隠れた。
あいつらが何人殺せば満足するのかは分からない。
でも必ず満足して落ち着く時がくる。
そうすればしばらく人は死なない。
だから、落ち着いたら、その時は、実家に帰る。両親に全部、話して
「ケンジさぁん…」
…ロッカーの隙間から見える。
妻だ。左手には先生を呼びに行ったはずの看護師さんの頭を持って…いる。
「ケンジさぁん、言ったでしょう?夜見入って名乗るのはもうやめてって」
…看護師さんの目がない。
血だらけで、おでこがぐちゃぐちゃで、舌がだらんと伸びて…
「もうすぐなの…!天使様が…!私達を救ってくれるの…!」
俺を探してる。
しゃがめばいいのに、体を2つ折りにするみたいにベッドの下を覗いて。
いないと分かればベッドに拳を振り下ろして、シーツを引っ掻いて、枕を齧って。
「ケンジさぁん…あなたの匂いがするぅ…」
あっちへ行け。向こうへ行け。出て行け。消え失せろ。
「実はね、一昨日電話したの。お父さんに。妊娠したから、報告も兼ねて会いたいって言ったら家族みんなで来てくれるって…!」
…え。
「今日来る予定なの。ケンジさぁん…あなたの退院を祝うのと合わせて、今夜はご馳走にするつもりで…」
………嘘だ。お、お、俺の家族…まで
「ケンジさぁん…あなたは私の夫。だから天使様の"肉"にはしないわ…」
………やめろ。やめてくれ。俺の…俺の両親…
「お父さん。お母さん。弟さんとその奥さんに1歳の息子さん…5人…ご馳走ねぇ」
「やっ、やめろおおお!」
ロッカーから…出てしまった。
「やっぱりいたのね。ケンジさん…」
「やめろ…頼む…家族だけは」
「やだわ、ケンジさん。私達、家族…でしょう?」
「お前なんかっ…家族じゃない!人間でもない!化け物だ!」
「酷いわ…」
「今日はお前か!何人殺したんだよ!言ってみろ!おい!」
「…数えるなんて、馬鹿らしい」
「ひっ…」
「はい。ケンジさん、この看護師さんがお気に入りでしょう?憧れの東京からきた美人さんが」
「……へ?」
こいつ、どうして。俺は直接口には…
差し出された看護師さんの頭が俺に向かって転がって…うぅっ
「あなたが考えてることは分かるの。夫婦だもの」
そんな、そんなはずない。
俺は、俺は、
「でも、あなたはその看護師がいいのよね。それって、浮気よね?」
…あ?…待て、待て!そうなると俺はころ「される」
「っ…!!」
「そう。浮気者だもの。殺す。天使様の肉になってもらうわ」
「ふ、ふざけんな!」
落ち着け。相手は何も持ってない…女1人…足は怪我してるけど、一瞬なら踏ん張れる。
松葉杖で「殴ればいい。この女さえ殺せば今日の殺しは終わる。俺は助かるんだ。そしたら」
「やめろぉぉっ!!うわあああ!!」
「"体になって帰ってきたら"、また私を抱きしめて…ケンジさぁん」
((READ))
「…こと!真!!」
「っ…!?っ!?わぁぁぁぁっ!!」
なんだ、今のは。
「真?…大丈夫?」
飛び跳ねるように起きて、立ってる。……左足は…問題ない。
「左足?」
「ごめんなさい。凪咲さん、今は僕が考えてることを読まないでください」
「う、うん…」
すごくリアルで、長かった。
夢にしては生々しい。全てが。
感情や感触…全部が現実みたいで…
「真…?」
「凪咲さん…今、すごく怖いんです。どうしようもなく怖いんです。凪咲さんのことも、怖くて」
「そ、そうなの?どうしたらいい?…何か出来ることある?」
「……明かりはこのままで…ス、スマホを渡します…病院の中を…調べてきてください」
「え?…でも」
「もしかしたらまだ残ってるかもしれないので」
「な、何が?」
「入院患者の名簿…」
「名簿?」
「必要なんです!探してください!」
「うん…いいよ、分かった」
「それと、何かあったら電話をかけるのでそしたらすぐに戻ってきてください」
「うん…じゃあ…待ってて」
凪咲さんが下の階に行って…ようやく息を吐けた気がする。
溜めてたものを吐いて、考える余裕ができた。
………………………to be continued…→…




