第5話「それぞれの目的」
「おはようございます。ご主人様」
三剣猫にある旅館。
従業員の1人としても活躍するジュリアが仕事の合間にダンを起こすため部屋に行く。
部屋に入るとダンは既に起床し、トゥカミの創造の書を読んでいた。
「濡らしてはいけませんのでこちらにご用意を」
ジュリアはダンがいるのとは別のテーブルに運んできた朝食とコーヒー、オレンジジュース、炭酸水を片手だけで器用に並べる。
「時間が経つにつれこの本との関係性が変わっていく。所有者を失い私に頼ってきているような…どのページを読んでほしいのかがなんとなく分かる」
「また何か分かりましたか?」
「新たな発見ばかりだ。ただ…ここまで情報が書き込まれていると、また違う考えが浮かぶ…」
「なんでしょうか」
「トゥカミはなぜ日本に来た?わざわざ私達と戦ったのはなぜだ?実力差がありながら逃げた私達を追わなかったのは?」
「……ご主人様はトゥカミが代行の教育を目的としているとお考えなのですね」
「私達はたまたまアマトゥワ族、そしてトゥカミという存在に先に気づけた。恐らくトゥカミは自然遭遇した代行を試し、能力や在り方を認めた場合にはここに記されている様々な創造の…だがやはり日本に来た理由が分からない」
「ご主人様。"あの時"のことを思い出してください」
「……あの時?」
「はい。海に沈んだとされる遺物を探しに行った時のことです」
「ああ……あの時か。半年以上前だな」
…………………………………←……
………………………………prev…←……
「無理を言っているのは理解している。私達はこの天候だからこそ行きたい!金なら望むだけ払おう!他に欲しいものがあればそれも差し出そう!だから船を出したまえ!」
「馬鹿言うんじゃない!どんなに金積まれても死んじまったら意味ないだろ!帰ってくれ!海が荒れてる時に沖に出ろだなんてふざけたことを!」
…これで7人目。
私達が無理を言っているのだからこの結果は当然だ。
それでも今日、海に出る必要がある。どうしても。
「追い出されましたね。どこかで雨宿りを」
「いや…まだ探すぞ。交渉相手は人間だ。1人くらい無謀な挑戦に協力してくれる者がいるはずだ」
創造の書を手にして、私は時間の感覚を失った。
書かれている内容に従い代行の能力を高める行動…"増幅"を安易に行った代償だ。
だがジュリアはその増幅のおかげで創造出来た。私の半身だ。
「代行ならば沈まない船を創造するべきなのだろうな」
だが、ジュリアが私の全てとなった。私の持てる代行の力を全て注いでいた。
新たに創造を行うためには再び増幅を試すか…
「沖に…海に…あるはず」
創造の書にはいくつかの手記が残されていた。
その中には、代行の潜在能力を拡張できる石があると書かれていた。
その石があれば増幅を行うことなく同様の効果が得られるという。
そして…石は、海の底に眠っている。
「ご主人様。次はあちらの建物です」
「ああ」
石を作ったのはどこかの戦闘部族らしい。
詳細不明の都市伝説のような情報だが、実物を見た者がいるからこそこの手記がある。
「わははは!この大雨で海がどうなってるか分かって言ってるんだよなぁ!お前さん、そこまでして何を求めてる…!」
大柄…いや、巨漢というべきか。
荒波のように乱れた白髪と髭、右より膨れている左腕には手術痕…。
歯茎が見えるほど大きく笑うが、歯は見える範囲だけでも壊滅的に思える。
「石ぃ?」
「そう、石だ。大昔の遺物…人々がまだ知ることのない歴史…」
「それってつまり宝ってことか?宝探しか!海賊でもないのにな!わははは!」
「…船が必要だ」
「本気…なんだな。ま、日本は島国だし本気で探せば宝の一つや二つ見つかっても不思議じゃあない」
「依頼する以上、相応の金は払うつもりだ。引き受けてくれないか」
「まだ若いだろう?お前さん、いくら払おうって」「1億」
「わははは!」「1億だ」
「…いや、」「1億円。ジュリア」
「こちらに2000万円。残りは戻ってからお支払いします」
「お、お、お、おいおい…!!」
スーツケースの中を見て男の目の色が変わった。
他の漁師とは違う。この男ならば。
「…1つだけ。聞いてもいいか?お前さん、そんなに金持ってんなら……船、買えるんじゃ…」
「その通りだ。だが操縦は出来ない」
「わははは!わはははははは!余計なこと聞いちゃあいけねえな!わははは!…じゃあ行くか?宝探し」
この男は金に目がくらんだわけではない。
…無謀な私達が面白いから、船を出した。
………………………………next…→……
「しっかり掴んどけー!わははは!」
「ご主人様」
船は小さくも大きくもない。
荒れ狂う波に揺さぶられ、弄ばれ、いつでも容易に転覆できる状況…その中でこの漁師は大笑いしながら船を操っている。
手すりを掴むジュリアが私を掴んで支えている。私が自力で支えるよりよっぽど安心できる。
「満月。降り注ぐ礫。海面が"剥ける"その場所に、眠る」
「何も見えません。この雨では見えるものも見えなくなってしまいます」
「その地は日本から東。同じように調べた代行達が何代にも渡ってようやくたどり着いた情報だ」
「ご主人様!」
船の脇から高い波が顔を出し、私達を海に引きずり込もうと押し寄せた。
……津波。多くの生命を奪った自然の力。そして、それは神の力でもある。…つまり…代行の力。
この波でさえ、代行ならばどうとでもできる。波の高さを変え、勢いを変え、規模を変え…
「代行ならば。この荒れ狂う波でさえ…」
「ご主人様!また波が!」
無記入。だがそれでいい。この波に言い聞かせる。神の力だと。
((READ))
「っ…!ご主人様、これは」
「波が割れたぞ…!」
「おーい!ここはもう危ない!少し戻っ」
「構わない!進みたまえ!」
「わははは!後悔しても遅いからな!」
創造の書は発光し続けている。
私が波を見れば、それは割れて私達を避ける。
「代行の力が、海を操っている…!」
「ご主人様、鼻から血が!」
「陸に戻るまで体が耐えられるか…難しいだろうな」
「では今すぐ戻るべきでは!」
「今でなければならない!今だからこそ!私の覚悟が波を割った!死ぬとしても続行する!」
強烈な不快感、深刻な倦怠感、体内から生命が抜けていく感覚。
それらを合わせても足りないほどの興奮。
私は人間ではなく、代行になっていた。
別の…全く別の生物だと実感した。
………………………………next…→……
「わははは!…わはははははは!急に海が静かになった!神様に愛されてんなあ!」
「ご主人様。ここが目的地なのでしょうか」
「どうだろうな。あれから時間は
」
「はい。最初にご主人様が波を割ってから1時間14分です」
「…まだ創造の書が光を……この環境で一切濡れることなく、私達を導いた。次はどうすればいい」
「海の中だとしたら、潜ることになるのでは」
「ここでも創造か。水中でも呼吸を可能にする創造、または人魚などの使者を…だがそのどれも不可だ。私には」
「……ご主人様…」
「どうする!今なら安全に帰れる!宝探しは続けるのか!どうだ!」
「まだ海面が剥けるのを見ていない」
用が済んでも光を失わない創造の書。
この状況、まだ私は何かしなければならないのか。
「……ならば試そう」
静寂を取り戻した海に、投げ込むように。
((READ))
「……どうだ。何か、変化は」
カツ、コツ、ガン!船の上で物音がする。
「なんだなんだ!…危ねえ!石が降ってきてるぞ!お前さん達!こっちこい!中に入れ!」
「降り注ぐ礫」
「おーい!危ねえってー!」
ならば次は、どうなる。
「私を導け!海中に眠る歴史の元へ!」
((READ))
「な、なんだありゃあ!?石が…1ヶ所に集中して…!海が!海が!」
私達は確かに見た。
"満月の涙"が海に落ちて、海面を剥いた。
不自然な光景。
剥けたというより、捲った…と私は残したい。
そう、海面がまるで創造の書のページのように…見えたのだ。
「ジュリア。私と来い」
「…分かりました」
「待て!待て!あ…!海潜る格好じゃないだろうに…!」
海の中は全く暗くない。人間が手入れしたプールのように視界はクリアだ。
ジュリアが私をリードしさらに深く…奥深くへ誘う。
「……!」
見えたぞ。海底はまだまだ先にあるはずなのに、大きな岩が……岩が浮かんでいる。
大きく平らな岩が土地の代わりを。その上に、形を崩さず存在する…建造物。
神殿と言うには小さすぎる。…小屋と表現するのが丁度いい。
海中小屋…。入り口は閉ざされていない。このまま入れそうだ。
「………」
息が…いや、まだ問題ない。
少しだけ口から漏れた空気が泡となり上がっていく…。
「……」
海中小屋の中はさすがに暗いか。
月の光も届かないこの場所に…あるのか、石が。
目を開けても閉じても変わらない暗闇の中、ジュリアだけが頼りだ。
壁を伝って奥へ。さらに奥へ。
浮遊感に身を任せ、息が続くように無を意識する。
「っ、」
ジュリアに握られた腕に2回何かが触れる。
それはジュリアが何かを見つけたのだと「ぶっ…」
海に飛び込んでから、60までは数えていた。数える速度が正しくなかったとしても潜って息を止めている時間は数分…確実に限界を迎えている。
胸が重くなる。突然我慢が出来なくなり、体が暴れる。
「っ!…っう」
ブクブクと泡が眼前に広がるのを感じる。
口を開けて全て出してしまった。
そうすると次に体が求めるのは、酸素。
手に入れるために、吸い込むのは、今は
「………」
「っ……」
口に押し付けられる感触と、流し込まれるのは…息…!
ジュリアか。口移しで私の呼吸を助けた…!
……もういい。ジュリア…戻ろう。
空いている手でジュリアの腕を少しだけ引っ張った。
戻りたいという意思表示になればいいが。
「………」
何も伝わっていないのか。
私の口から離れた後の行動が分からない。
思いきって声を出してみるのもいいか。
「っぉぉ!」
戻るぞ。そんな簡単な言葉が発せられない。
それはやはりもう息が続か…ない…からで…
「ぐぼぉぁっ………」
「ま!ご主人様!」
「おい!大丈夫か!」
声が…聞こえる。
「ご主人様!」
「目開けろ!息しろ!」
「ごはっっ!がはっ!」
「海水を吐き出しました。後は吸うだけです。ゆっくりと…」
「船の上だ。海の中じゃないから安心しろ!わははは!こりゃあたまげた!」
「助かったのか…」
「ご主人様。こちらを」
「……これが」
真っ白い丸い石。片手で持つには大きく、両手で持つには小さい。
球体だ。ジュリアから受け取り、様々な角度から観察するが…どこを見ても同じ。
不純物は混ざっていない。綺麗で…それだけ神聖な物だということか。
「この石があれば、ご主人様の創造は」
「だが、どう使う?石の存在、効果、入手に関する情報…創造の書には使用方法までは書かれていなかった」
「創造では?」
「……」
「波を割った時のように、この石に創造の力を伝えれば何か変化が起きるかもしれません」
「ああ。その通りだ」
((READ))
…………………………………→……
………………………………next…→……
「…石は消失。そして私の代行の能力は飛躍的に上昇した」
「命懸けでした。そのおかげでレベル2にもなれましたが」
「…石は日本から東。そうか、トゥカミが日本に来たのは」
「恐らく。あの石が目的かと。それに教育の線もあると思います。そこから導かれるのは、より強い代行を必要とする…ということ」
「終の解放者…代行の集団と戦うために…か。三剣猫に現れたことも考えれば」
「…いえ」
「…違うのか?」
「…何があっても柊木様には教えないという約束があります」
「何の話だ」
「……トゥカミが強い代行を必要とした理由です」
「ジュリア。お前が何を言っているのか分からない。お前は何を知っている…!」
「……申し訳ございません。言えません」
「……お前は知っているのか?知っているのか!」
「はい。これまで見てきた中で誰よりも強い代行がいます」
「誰よりも…私や真、サラよりもか」
「…はい」
「そんな代行にいつ…!……空港か。本を回収しに来た…!」
「あれは使者です。ご主人様が攻撃されて気絶した後、代行が姿を見せました」
「…そういえば、あの時創造の書の切れ端を渡された…あった。これだ」
「そこには何と?」
「……見たことのない文字だ。神の文字とも違う…だがご丁寧にも、創造すればお前の右手が元に戻ると日本語で書き添えてある」
「……」
((READ))
「ご主人様!信じるのですか…っ!」
「見ていると不安になる白い光だな。だが、この光に包まれたお前の右手は」
「……はい。指先まで自由に動かせます」
「これも補助による創造なのか。その代行がわざわざ負担した…口止め料として」
「ご主人様。終の解放者も戦うべき相手であることは間違いありません。そして、終の解放者と戦うことになればいつか」
「会える」
「代行の目的は創造の書の回収」
「1人が大量に所有すると何か変化があるのかもしれないな」
「…どうしますか」
「もう私の答えを知っているだろう?」
「はい」
「それでもあえて言おう。その代行を追う。お前の考えた通りトゥカミが警戒している存在であるならば、代行にとってではなく神にとっての脅威となる…だろうな」
「はい、ご主人様」
「またひとつ。歴史を知る機会が巡ってきたようだ」
………………………to be continued…→…




