第3話「忍び寄る悪」
「お客さん?あの…ちょっといいですか」
「っあ、はい。はい?」
「もう少しで着きますけど、その後はどうすれば…正直、空港まで往復しただけでこんなに大金を貰うのは」
「…あー…でもあの人達のお金なので…」
「ご友人でしょう?代わりに差額分を返してもらうってことは」
寝てたみたいだ。
まだ頭が寝てるのか、返事が曖昧で
「多分だめですけどその辺で」
「お客さん?」
凪咲さん…起きてください。
そろそろ着くそうなので。
「ん…」
「あ、お客さん。お金なんですけど」
「って、もう駅前。真。起きて。運転手さん、ここでいいです」
「あのー…」
「降ります」
「お客さん?聞いてます?」
まだまだ明るい時間帯だというのにすごく眠たい。
凪咲さんに支えられながらタクシーを降りて家に向かって歩きだす。
「朝から大変だったね」
「…ダンさん達はまだ」
「大丈夫だよ。それより真は?どこも痛くない?」
「はい…再構築で体は問題ないです」
「そっか。よかった。お願いがあるんだけどいい?」
「お願い…?」
それまで普通に話していたのに急に耳元で
「しっかりして。私達、追われてるみたい」
「へっ!?」
「キョロキョロしないでね。バレたくない。普段通りに」
言われるまま普段通りにしていたいけど、気になって目が泳いでしまう。
首の向きは変えずにあっち、こっち。
「相手の情報は分かりますか」
「ううん。でも空港からずっと見られてたんだと思う。タクシーに乗ってからも…」
「車で追いかけてきたってことですか?…僕を刺したのと関係が」
「…人のいない方に行こう。回り道して誘導して、特定したら私がすぐに片付けるから」
「分かりました」
人のいない…だけで考えるなら、ラッキーストリートがいいかもしれない。
ちょっとした言い争い程度の騒ぎなら警察は動かないだろうし。
「すっかり常連だね。私達」
「なりたくないです…常連なんて」
「でもあそこなら薄暗いし確かにいいと思う」
だんだん眠くなくなってきた。
歩いてるからっていうのもあるが、よく考えてみたら僕を刺した何者かが空港からここまで追いかけてきたって相当怖い展開なわけで。
「まだ同一人物か分からないけど」
「僕何人に狙われてるんですか。そんなに恨まれるようなことしてませんよ」
「代行絡みなのは間違いないんじゃないかな」
「…余計に分かりませんよ」
………………………………next…→……
ラッキーストリート。
ここは夕方がおはようの時間。今はおやすみの時間。
人通りはゼロ。近くに住んでいるとしてもわざわざここの前を通過する人はいない。
「まだいますか」
「うん。…2人。足音が重いから男かな」
「代行と使者…代行と代行…使者と使者…どんな組み合わせなんでしょう。ひと目でわかる容姿ならいいんですが」
「使者2人だったら面倒だね。代行も探さないとだし」
薄暗い中に踏み込む。
ラッキーストリートを歩くのは4人。
…僕達の足音と違うものを聞こうと集中してみた。
コツ…いや、ゴツ…ゴツ…わずかな違いだが、確かに重い。
もうひとつは…だめだ。聞き分けるのが難しい。
「…行くね。私が離れたらすぐに振り返って」
「…はい」
「…せーの」
合図と同時に風が吹いた。
振り向けば
「ぐふ」「あ"あ"っ」
もう凪咲さんが2人を。
倒れた後に苦しまない。即死したのだろう。
「いいよ。来て」
凪咲さんに呼ばれて近寄る。
僕を追いかけてきた犯人は…
「黒装束。…こんな格好じゃ逆に目立ちませんか」
「…中は上下スウェット。見て、創造の書だよ」
腹の辺りに隠し持っていた。
赤黒い表紙の本だ。
「2人とも代行だったみたい。こっちの男も持ってる」
凪咲さんが取り上げた本。こっちも同じ色の表紙だ。
「どっちも見たことない顔ですね…日本人って感じでもないですし」
「…うーん、他には何も持ってないみたい。本、どうする?」
1冊を手に取り開いてみる。
パラパラとページを捲るが…
「白紙?…どこかに何か…」
「死体もどうしよっか…」
「死体、あぁ…えっと…ダンさんに電話して相談しましょう」
一旦地面に本を置き、スマホを持つ。
「あの後どうなったのかも聞きたかったのでちょうどいいですね」
スマホを右耳に持っていき、呼び出し音を
「…え、もしもし?」
呼び出し音を聞く前に電話に出たみたいだ。
「ジュリアさん?…はい。今…」
凪咲さんと一緒か聞かれ、スピーカーにするよう言われた。
「もう少ししたらこちらから電話をかけようと思っていました」
「えっと…あの後って」
「解決はしましたが問題が。現在は柊木様のご自宅に向かっています」
「僕の家ですか?」
「ねえジュリア。私達空港から2人の代行に尾行されてたみたいなんだよね。バレバレだったけど。死体ってどうしたらいい?」
「…分かりました。こちらで後処理をします。まずは合流を」
駅前で待ち合わせすることに決め、電話を切った。
「それで、本には何か書いてあった?」
「…いえ。全然何も書かれてませんでした」
「新品ってこと?ならもらっとく?そしたら手持ちは4冊になるし」
「そう…で…」
でも何か違うような。
「ん?」
「凪咲さんはいつから追いかけてきてるって分かったんですか?」
「タクシーに乗って、出発して…少ししてからかな。ずっと見られてるような感じがして、素人なんだなって。でも強かったら尾行がバレバレだとしても問題ないもんね」
「バレバレの尾行。新品の創造の書が2冊。…もしかして罠ってことは」
「罠?」
「なりたてならともかく、ほとんどの代行は新品の創造の書を見れば手に入れたいと思うはず…って考えることは出来ませんか?」
「しかも2冊。…これを使おうとしたら」
「何かあるかもしれません。本自体に発信機や盗聴器が仕掛けられている可能性もあります」
「じゃあ燃やそうか」
「はい。お願いします」
先に死体を暗い場所に隠した。
あとでダンさん達と戻ってこよう。
そしてラッキーストリートを離れる前に本も燃やす。
表紙の色も少し怖いしこれでいい。
「真、」
本に魔法で火をつけようとした凪咲さんが寸前で手を止めた。
「ねえ。罠だと気づいて本を破壊する所まで考えてたらどうする?」
「…え、え?」
「2重トラップっていうか。本は代行と別の場所に隠しておこうよ」
「そ、そうですね」
そこまでは考えていなかった。
まんまと引っかかるところだったかもしれない。
まずは、合流だ。
………………………………next…→……
駅前に戻ってきた。
余計なことをしているのは分かるが、つい警戒心が表に出てしまう。
今の僕は歩く監視カメラだ。首を左右に振り、あちこちを見ている。
遠くの建物の屋上とか、駐輪場とか、歩行者だって
「大丈夫。今は怪しい人はいないよ」
「ですよね…。これだと僕の方が怪しいくらいだったりして」
2人でやって来るタクシーを眺めていた。
「これからも狙われるんでしょうか…」
「代行でいる限りはそうなるかもね。でも私が守るよ。足りないならダン達もいるし」
「監視カメラ…」
「どうかしたの?」
「例えばですけど、監視カメラを創造したらどうなんだろうって思ったんです。センサーが付いてて、刃物とか武器を持ってると分かったりして…」
「悪くないかも。家用と、携帯して持ち歩くのと…2つあると安心かな」
「創造したものであれば電源要らずで耐久性も期待できますし、カメラの反応を僕の意識?に反映させられれば」
「私にも分かるね」
「はい」
「あとで細かい能力決めようよ。きっとシンプルで限定的な能力なら真の負担は少ないでしょ?」
「負担ですか?まあそうでしょうけど」
「アイアン・カード使って無理した真を見ると胸が苦しかったから…」
「心配かけてごめんなさい」
「ふふっ。いつも真のこと見てるんだから」
「は、はい…あ。着いたみたいです」
何台のタクシーを見たか忘れてしまった。
光沢のある黒のタクシーから先にジュリアさんが降りて、ダンさんも少し遅れて降りてきた。
「こっちです!」
先に僕達の前にやってきたジュリアさんは何故か一礼。
「柊木様」
「はい、なんでしょう」
「重大なお話があります」
その場でジュリアさんの話を聞いた。
空港で僕を殺そうとした犯人、うずくまって動かなかった人物、僕達を追っていた2人の代行。
それら全てが
「終の…解放者…ですか?」
「はい。その中でも下っ端のようです」
「それって言ってみれば悪の組織ってこと?真が何を…」
「オガルが所属している」
「っ…!」
「で、でもオガルならあの時…」
凪咲さんが真っ二つにしたはず。
「悪なりの仇討ちということだろう。今後は1人で外を出歩くのはやめた方がいい」
「そうですか…」
「その終の解放者って創造の書に余裕があるのかな。それとも代行を仲間にしてるのかな…。2人ともついてきて。見せたいものがあるから」
4人でラッキーストリートに移動。
入り口の近くに本を隠しているからまずはそっちを
「風俗街か?」
「まあ…人のいない場所ってなった時にここがいいかなって思ったんです」
「まずは創造の書。このゴミ箱の中に……無い」
「え?凪咲さん?」
目印としてゴミ箱の横にポイ捨てされていた空の缶ビールを2個積んでおいた。…このゴミ箱で間違いない。
覗いてみる。確かに無い。
「…なんで?こんな時間にラッキーストリートに来る人なんて」
「いませんよ。見て分かる通りゴミを回収されたってわけでもありませんし」
「では死体はどこですか?案内してください」
「はい…」
焦っている。自然と小走りで隠した場所まで行って、誰よりも先に確認を
「宝石店の2つ手前の裏路地。そのはずです!間違ってなんか」
「うそ…!」
「確かに殺したのか」
「うん。絶対に殺した。やり過ぎたら血が飛び散って汚れるから、心臓だけ破裂させた。実は生きてたなんてありえないよ」
「…回収ですね」
「回収?どういうこと?」
「空港にいた"あれ"ですが、体内に創造の書を隠していました。それに気づき取り出したところ…回収役が。ご主人様を人質にされたので仕方なく渡しましたが…」
「じゃあ死体と本を…?でもそれって他にも僕達を見ていた代行がいたってことになるんじゃ」
「ああ。そうなる」
「……」
今もどこかで僕達を見ているのだろうか。
だとしたら、外を出歩くのは危険…では済まない。
家に来る可能性だってある。
「ダン。ちょっといい?」
「ああ…」
凪咲さんがダンさんと話を。
何の話か気になったがこっちはこっちでジュリアさんが
「柊木様」
「はい」
「………もっと、強くなってください」
「え?」
「自分の身を守りながらも使者と共に戦う…以前の柊木様の姿です。ですがそれは簡単なことではありません。使者は人間よりも強いことが殆ど。連携して戦うより単独で戦闘する方が確実です」
「……」
「しかし柊木様にはそれができる」
「そ、そんなにすごいことが出来てたんですか…?僕が?」
「これからは戦闘の機会が増えます。必ず。どんな相手にも屈しないと、誓ってください」
「誓うってそんな突然言われても…でも、当たり前ですけどまだ死にたくないですし、殺されたくないですし、傷つけられたくもないです。…努力します」
「いいえ。誓ってください」
「そ、そんなにこだわるんですか」
「はい。とても大切なことなので。…ご主人様にとっても」
「……誓い…ます」
そこに凪咲さんとダンさんが戻ってきた。
「真。今から君の家に行こう。私達を招待したまえ」
「ぇえ!?」
………………………to be continued…→…




