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僕達に与えられた使命。…と、新たな日常。  作者: イイコワルイコ
Case3 _ 1番はだあれ?
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第7話「ブラックロマンス」




胸の高鳴り。それに全身が支配されて、頭も真っ白になって、ただ足を前へ。

一時的に時間の経過を遅く感じて、まともな事は何も考えられないのに考える時間が与えられた気がした。

僕は今何をしている?

あの日、秀爺と同じように首をやられて死にかけていた。

つい数時間前にも毒で死にかけていた。

今は?

無慈悲に、同情の欠けらも無い化け物に自ら飛び込んでいく。

…挑戦だ。今回のはこれまでの使者とは格が違う。


ゴージャス・アナの金髪が揺れる。

凪咲さんが言うにはこれは予備動作で、髪の隙間から蛇が出てくるはず。

今さら蛇ごときで怯むわけにはいかない。

気持ち狭まる歩幅を無理矢理大きくし、さらに距離を詰める。


きっと、ここまでで2、3秒しか経過していない。


うぉぉぉぉぉ!!

そんなふうに声を上げたくなる。

突っ込んでいくのには相当な勇気が必要だ。

自分を奮い立たせるために、腹の底から叫びたくなる。



「盾!」


凪咲さんの声を合図に僕達の初撃が開始される。

ゴージャス・アナの攻撃手段は上半身から繰り出されるものだけ。

蹴りなどは使われていないようだ。

理由はともかく下半身付近は攻撃の範囲外になり"安全地帯"となる。

掛け声と同時に凪咲さんは身を低くしスライディング。僕はと言うとそのままゴージャス・アナに向かって直進する。


そして、


「展開!」


アイアン・カードの正式なお披露目と初陣だ。

横に広く、120cm。縦にもそこそこ広く、80cm。

長方形を意識する。

毒の吹きかけと引っ掻きはもちろんだが、髪の間から出てくる蛇達も簡単には動けないだろう。

盾でありながら妨害もこなす。


アナが声も出さずに1歩後ずさるのが分かった。

直後、ガンッ!とアイアン・カードから衝突音がした。


「もらった」


そこへ凪咲さんの攻撃。

空気を切る音と共にアナの体勢が崩れるのが見えた。

膝から脛まで縦一直線。彼女の斬る動作が先行して、それを追うように斬られた左足に線が入り、パカッと割れた。

断面図はあまり直視出来ない。


「圧縮!」


そのまま右に倒れかかっているアナの横を通り抜ける。

凪咲さんはスライディングの勢いから一転、足の踏ん張りで無理矢理方向転換してアナへの追撃を試みる。


「はぁっ!!」


背後から首を狙う。

これが決まれば速攻で決着…とはいかず、髪の隙間から蛇が飛び出して凪咲さんの攻撃を半強制的に誘発し、自らを犠牲にしてアナを守った。


とはいえ攻撃は成功。

僕と凪咲さんは足の負傷によりバランスを失い地面に倒れ込むアナを置き去りに、今度はマミさんとの距離を詰める。


マミさんの格好は運動には完全に不向きだ。特にヒールが。

ファッションを優先した結果だ。

僕達から目を離さないように後退するも視野外のアスレチックの一部に足が引っかかり、「あっ」と声を漏らしながらマミさんはアナと全く同じように転んだ。


「まだやる?」


凪咲さんが詰める。僕は凪咲さんの背後に回り、アナから目を離さない。


…使者は使者でも、この【ゴージャス・アナ】は言葉を発するタイプではない。

痛がっているのかどうかは不明だが、両手を支えにして立ち上がろうとするもやはり片足では立てない様子。


「痛いとこ突かれると脆いよね。あなたと同じで」


上体を起こし、人魚座りの形でこちらを睨んでいる。

あの状態で出来ることと言えば、髪の間からから蛇を呼び出す…くらいか。

近づかなければ特に大きな問題には……あれ?…あ、あれ?


「代行同士の戦い。私達は実際問題経験が浅い。もしかしたら戦わずに解決出来ることもあるんじゃないかって期待してた…少なくとも今回は。でも…」


すぐ後ろで凪咲さんが話している。

その声に耳を傾けつつ、僕は僕で自分の目に映る光景に間違いなく動揺している。


「戦うと決まったら本当にどうしようもないんだね。マミの目を見れば分かる。完全に"敵"の目をしてる」


「あの…」


「さあ、手帳を渡して。もうあなたは」


「凪咲さん…?」


少し大きめの声で呼んだ。

そうしなければいけない理由がある。


凪咲さんが話している間、アナは手ぐしで髪を整えてから案の定蛇を呼び出した。

…でも、顔を出したのは思ったより"大蛇"だった。

数mはあるアナとの距離。

金髪から這い出てきた黒い大蛇はクネクネと体を曲げながらこちらへ進んでくる。


「凪咲さん!」


「なに…、っ!?」


2度目の呼びかけで気づいてもらえた。


「地球上で1番大きい蛇!言っとくけどマジ強いから!やれ!"ブラックロマンス"!」


1番大きい。そりゃそうだろう。創造された生物ならば。

大蛇ともなると見え隠れする舌もさすがに大きい。

適切な例えが浮かばないが、あえて言うなら…"子供が大人を産んだ"感じだ。

アナは高身長で細身の割にそこそこ大きいが、この大蛇はその体から出てくるにしても"能力"では言い訳が苦しい。

もし僕がこの大蛇の体を抱きしめようものなら腕の長さが足りないだろう。それぐらい太くて長い。


「何あれ…!」


「アナの髪から出てきたんです!」


「…もう!」



「痛っ!!」


一瞬振り返ると、凪咲さんがマミさんを1発蹴飛ばしていた。

蹴られた衝撃でアスレチックの木材に背中を強打したらしく、顔を激しく歪めている。



「あんな蛇はさすがに経験ない!」


「どうしますか!?」


…いけない。本当は僕が考えて指示をするべきなのに。

何もかも凪咲さんに頼ってしまっている。


「とにかく斬る。…真、今すぐ大きい盾出して」


「は、はい!展開!」


アイアン・カードを手放す。

落下しながら瞬時に巨大化し、おおよそ3mの正方形になった。これでようやく大蛇の攻撃を防げそうな気がしてくる。

その背を左手だけで支える…それでも羽のように軽い。


「手を引いて傾けて!」


「こうですか!?」


支えの手を後ろに引くと巨大化したアイアン・カードは僕にもたれかかるように傾く。


「私が乗ったら思いっきり手で押して」


なぜそんなことを、と聞く間もなく凪咲さんは傾いたアイアン・カードに乗ろうと高く飛ぶ。

…これでは人間発射台に…まさか。

ただ、この状況で危ないから出来ないなんて言えるはずがない。

危険を脱するために危険な賭けに出る必要があるのだ。

ならば僕は、全力で彼女を押し飛ばすしかない。



「サイクロン…ドライヴ!!」


「いっけえぇぇぇっ!!」



凪咲さんが着地するのと同時に左手を前に押し出し、右手でも全力で殴りつけた。

そこに彼女の跳躍力が乗算され、生み出される力は…恐らく想像以上だ。


バァンッ!…大きな音がして、すぐにアイアン・カードを圧縮した時には凪咲さんは大蛇の先、ゴージャス・アナをさらに越えた位置まで移動していた。


そして時間差でザクザクと音を立てながらゴージャス・アナから血が噴き出る。

直後、その体は積み木が崩れるようにバラバラになって地面に転がった。




「ぐぅっ…」


「凪咲さん!!」


右手の剣を放って左肩を庇うようにしてその場でうずくまってしまった。


「ブラックロマンスもアタシが考えた。アナが自分じゃ勝てないって思った時にだけ出てこられる特別なやつ。言ったじゃんマジで強いって」


「そんな…」


「体はダイヤよりも硬いから。切るとか無理無理!」


僕がこの瞬間に出来ること。

凪咲さんを守るためこの大蛇の横を駆け抜ける。

もしくは、マミさんを攻める…いや、この選択肢はない。そもそも他を考えている場合じゃない。

動けない凪咲さんを守らなければ。


アイアン・カードをとにかく長く展開する。

今はそれが最善の選択だ。


「展開!!」


少し体のだるさを感じながら、横も縦も必要以上に大きく思い描く。

横の長さは最低でも30m…!


「んぶっ」


アイアン・カードが伸びきると同時に鼻がツンとして、むせると血を吹いた。

そこまで設定していないはずだが、アイアン・カードを展開する大きさ次第では体に負担がかかるらしい。


…それもそのはず、もはやこれは盾ではなく壁になっている。

大蛇と凪咲さんを隔てることに成功し、走る。


その間、何度もアイアン・カードがガンガン鳴る。大蛇が攻撃しているのか。


どうにか彼女のそばへ駆け寄ると、凪咲さんは息を荒くしていた。


「大丈夫ですか…」


「だめ…ごめん…」


見れば左手の剣は見当たらない。

代わりに、地面にはボロボロの破片が散らばっている。


「壊れちゃった…」


攻撃を弾かれた上に、力負けした剣が砕けてしまう。

あの大蛇の防御力の異常さを痛感して、僕はすぐに勝ちを諦めた。


「真…?血が」


「逃げましょう」


「でも」


「何が何でも今は守りきりますから」


壁となったアイアン・カードを見れば、揺らぐこともなくその場に鎮座して大蛇の攻撃を防いでいる。

軽さからは想像出来ない堅牢さを思うと、展開と圧縮のアイデア以上の非現実的な力を感じる。


「立ってください」


「……」


「走りましょう。人の多い道路へ出れば追ってこないはずです…そしたら病院へ」




2人が公園を離れる。

突如展開された大きな壁は消失し、男が何かを拾い、パートナーの女を支えながら退場していく。



「なーんだ。見逃すとか意外と優しいとこあるじゃん」


「…アナを殺された」


「機嫌悪い?まさか代わりに俺と戦うとか言わないよなー?」


「あは。あはははは…!」


「え、きも。どした?」



大蛇、"ブラックロマンス"は獲物を見失うと、静かに向きを変えてマミと赤髪の女を睨んだ。



「ブラックロマンスはアナの言うことしか聞かないっ!」


「……っ?おいおい…おいおいおい…」


「当たり前じゃん!あんなに大きくて強いのが簡単に創れるわけない!」


「すぐに手帳見せろ!早く!」


赤髪の女はマミに駆け寄り派手な見た目の手帳を奪う。

ページを捲り、指でなぞりながら汚い字を読む。


「あぁくそ!"2日後に社長とご飯"じゃねえよ!この蛇のページ…あった!」


"ブラックロマンス"

世界に存在しない硬さの体、折れることのない牙、何でも溶かせる消化液を有する最強の大蛇。

そのかわり、ゴージャス・アナが敗北を認めた場合に限り創造され、ゴージャス・アナのみが操ることを許される。


「それっぽくめちゃくちゃな事書いてんじゃねーよ!!」


「スマホで漢字とか調べながら書いたからめっちゃ時間かかったし」


「んなのどうでもいい!"バック"は!?もちろんこの中に戻せるよな!?」


「は?」


「なんだよ…こんだけ高度な創造しといて本の中に戻せるように書き込むことは知らないのかよ…!」


「どうでもいいじゃん。ブラックロマンスはアタシ達を食べて、その体の中で何もかも溶けて、手帳も溶けちゃえばぜーんぶ消える」


「……何でも溶かせる消化液か。てめえの毒が弱点だったオチか…、それだとどっちみちあいつらには無理だったな」


「…?」


「はぁ…。お前、創造の書の本体どこだよ」


「捨てた」


「じゃあ残ってるの手帳の分だけか?」


「だってアナとロマンス創ったらもう新しいページ触りたくなくなったんだもん」


「チッ…」


赤髪の女はブラックロマンスの前へ。

手帳を開いて見せつける。



「お前みたいな過剰戦力は扱いに困るんだよ」


ビリッ。


目の前で手帳を破ると、大蛇が異変を察知したのか激しく威嚇する。


「もう遅い。死んどけ」


何度も破かれ紙くずになった手帳を足下に落とし、ポケットからライターを取り出す。


「せめて俺を道ずれにとか考えてるだろ。…やってみるか?」


火をつけたライターをわざとらしく落とすと、手帳の残骸が燃える。


ブラックロマンスはそれのせいか激しくのたうち回る。


「お前ら使者は人間よりずっと強い。でも、紙きれ1枚の命でしかない。人間よりずっと弱いよな」


シャーッ。


最後の最後、大蛇が口を開けて消化液を噴射する。

………が、赤髪の女に届く直前で弾け飛んだ。


「残念でしたー」



ブラックロマンスが完全消滅するのを見届け、赤髪の女はマミに


「お前の負けだな」


敗北を突きつけた。



「…No.1になれなかった」


「気にすんなよ。俺がなるから」


「え?」


「光栄に思えよな。今からお前を殺すのは、 」


マミは聞き取ることが出来ないまま、倒れた。


同日中に公園で干からびた変死体が見つかったというニュースが流れた。世間を騒がせたのは言うまでもない。






………………………to be continued…→…


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