第3話「実験場」
「ここか」「はい」
着慣れた黒いスーツ。コスプレイヤーと見間違える似合い方のメイド服。
ダンとジュリアは今、
「最寄りの駅から20分以上。近くには廃工場だけで住宅街もない。人が来ない場所を選び、このビル自体いつ解体されてもおかしくないほど古い。その地下にあるならば、遠慮なくやっているのだろうな」
「…死臭を隠しきれていません。死体の処理が甘いようです」
「そろそろ予約時間だな。行くぞ」
「はい。ご主人様」
カツ、カツ…カツ、カツ…
2人の革靴の音がやけに響く。
階段の途中でジュリアが設置されている監視カメラに気づく。
そして
カランカラン…
ベルの音。
「センサーによるものでしょうか」
ダンは返事をしない。
彼は階段の先で待つ者の姿を見ていた。
「何らかの宗教によるものか。肌の露出を控えるとなると…ふっ。代行でなければ間違った認識で怪しい容姿を肯定することになるな」
「すぐに戦いますか?」
「いや、ここはわざと相手のやり方に引っかかるとしよう」
「いらっしゃいませ」
「この時間に予約をしたスメラギです。私は付き添いなのですが外で待っていた方がよろしいでしょうか?」
「いいえ、そのまま付き添っていただいて構いません。…お待ちしておりました。ではこちらに」
外見だけではない。声もおかしい。
男とも女とも……靴を見ればと思ったが、主張の強い紫色の衣装で隠れている。
これだけ自身の姿を隠しているなら…
「……六島」
小さな声で反応を伺う。
「中に入って紙に代表者の方と話したい相手の名前と生年月日を記入してください。今、お茶を…」
…効かないか。
「ご主人様。私が記入を」
「ああ」
偽名を使え。話し相手はトゥカミにしろ。生年月日も嘘を書け。
「はい。ご主人様」
円形の部屋か。……照明で誤魔化そうとしているが、元々この部屋は丸くない。四角だ。…本来なら六畳以上はあるはず。何を隠している?
「書き終わりました」
「………」
「お待たせしました。ハーブティーをどうぞ」
「記入しました。早速お願いしても?」
「ええ。構いませんよ。では紙を…」
ビリリリッ!
「破くのか」
「はい。これにより、生者と死者が分かれました。この破れた部分が2つの世界の境となるのです。…ではこれから、こちらの死者の紙に祈りを捧げて生者の世界に呼び戻します…お2人には、目隠しをしていただきます。死者の存在が定着するまでの間、力無き生者は存在を知られてはいけないのです」
「死者…か」
「使者…なのですね」
テーブルの上に用意された目隠し用の布を使えということか。
ジュリア、薬品は使われていないか
「……ご主人様。目隠しをさせていただきます」
問題ないか。ならば、考えられる可能性は目隠し後の創造。
そのタイミングで洗脳を行うつもりだろう。
「…来たれり、来たれり、境を渡れ。来たれり、来たれり、生者の隣へ」
生地が薄ければ覗き見ることも出来た。
しかし…これでは難しいな。
「………」
「トゥカミさん。"ジュアン"さんがあなたに会いたがっていますよ。…さあ、こちらへ」
ジュアン?偽名にしろとは言ったが…ふっ。私達の名前を混ぜたのか?
「もう少し…もう少しです…」
この感覚。創造をする直前にわずかに空気が揺れる感覚と同じだ。
…来るぞ。用意をしておけ、ジュリア。
「…今。トゥカミさんがあなた達の前に…テーブルの向こう側に現れました。…合図をしたら目隠しを取ってください。……では、」
キィィィ…
((READ))
「どうぞ」
バタン。…ガチャ。
「分かりやすいな。…だが」
洗脳されたようには思えない。
必要な時にだけ操作をすることが出来るのか?
「何にせよ」
((READ))
再構築を行えばかけられた創造を無効化することが出来る。
何も問題は
「…ご主人様」
「なんだ」「目隠しを取ります」
「………なるほど。これが死者か?」
全裸の肉体。しかし何も付いていない。歪んだマネキンのような姿だ。
中途半端な肉体に、面白いことに顔が付いている。
トゥカミに似ていないのは生年月日を偽ったからか。
「これを創造したかったのか?これに会わせることでシアワセが完了するのか?」
「触れますか?」
「いや、いい。再会を喜んで近づいたところを襲うつもりなのだろう。それはトゥカミではない」
「ォ」
「悪意の塊だ。やれ」
「分かりました。ご主人様」
……創造された死者は思っていたより鈍感なようだ。ジュリアが隣に移動しても気づかない。
「粉砕します」
ヒュッ……ドオオン!!
一撃。トゥカミらしきそれは壁に激突し肉体が崩壊した。
ついでに壁も崩れたか。
「死臭が。あまり近づかない方がよろしいかと」
「これは…そうか」
やはり部屋は円形ではなかった。
隠された部分には"何か"の血肉が並べられていた。
臭い消しのため消臭剤も大量に置いてある。
「創造を補助するための道具、捧げ物といったところだな」
「千切れた衣服らしきものもあります。…被害者達、ということでしょうか」
「もう十分だろう。ジュリア、鍵のかかったドアを破壊しろ」
「はい。ご主人様」
閉じ込めたのは客を逃がさないため。だが、創造した死者が従わないから…というのもあり得る。
隠されていた血肉は被害者達のものだけではなく、創造した死者のものも混ざっていると考えれば…
「ご主人様。開きました」
「ジュリア。代行を捕まえろ」
「はい。ご主人様」
…だが。違うな。
ここに六島はいない。
関係者である可能性は否定しないが。
「ご主人様!」
「逃げられたか。私達を閉じ込めてすぐに逃げたのだろう。代行相手には無力ということならわざわざ追う必要もない」
「…どうしますか?」
「そうだな…。手がかりは…半里台に行けば何か得られるかもしれないが…ん?」
電話が鳴った。真からか。
「…もしもし。どうした。………六島の名前が分かった?…ああ。…ああ。そうか。それで調べてみるとしよう。よくやった」
六島悠悟。それが名前か。
真はどうやって…覗きの指輪を?
まあいい。
「行くぞジュリア。ここにはもう用はない」
「はい。ご主人様」
………………………………next…→……
「あ、ご主人様。次はどちらに?」
「運転手。帰るぞ」
「そうですか!じゃあ三剣猫に向かいますね…シートベルトをお願いします」
「戻ったら休んでいい。また調べ物がある。しばらく外出はしないだろう」
「そうなんですか?また悪党を懲らしめるんですね…!いやぁ、さすがです!」
運転手…本名は加藤照美。本人は濁しているが、別れた妻と子供がいる。
離婚は運転手から言い出したことだと妻から聞いた。
詳細は不明だ。
だが、私が雇ってから笑顔が増えたように思う。作られたものではない。
「安全運転。うんうん!」
「ご主人様…?」
「あれでいい。気にするな」
「分かりました。…こちらを。さっきの代行の私物の手帳かと思われます」
「そうか」
中は空欄が目立つ。
創造の書では無さそうだな。
……おや?
「どうされましたか?」
「面白いものを見つけた。ここだ」
「読み上げます。…その1、客を案内し書のページに名前を書かせる。その2、創造し部屋に閉じ込める。その3、成功したら電話を…失敗したら次の客を探す。…電話番号も載っています」
「自身で考えたものではなく、何者かによって指示されている。私達が予約できたということは1度も成功はしていないのだろう」
「電話をかけますか?」
「そこの公衆電話からだ。運転手」
「はいご主人様!止まります!」
「ジュリア、お前がかけろ。声を記憶しろ」
「分かりました。すぐに戻ります」
あの死者が何をすれば成功となるのか。
………そうか。
「運転手」
「はい!」
「もし、死んだ家族に会えたら?」
「…はい?」
「想像の話だ。死んだはずの家族が霊魂だけではなく肉体を伴って目の前に現れたら、どう思う?」
「……もしもってことですか?うーん、またばあちゃんに会えたら嬉しいですかね。子供の頃によくご飯作ってくれたんです。母ちゃんの作るご飯も美味かったけど、ばあちゃんの作る肉じゃがなんてそりゃあもう…」
「そうか」
「ご主人様?でもどうして急にそんなことを?」
「この世には常識を否定する事象が存在する。そしてそれを実現させようと努力する人間達がいる…」
「…というと…あ、宇宙行ったりとかですかね?」
「あぁ。それもそうだろうな。周囲の人間に無理だと言われても、続けていればいつか必ず成功する」
「はは。なんか良い話ですね!」
「それに悪意があっても、そう思うか?」
「……悪意?」
「人間は選択肢を増やすことができる。善悪など関係なく…人生を終えるまで、何度も何度も問われるからだ」
「ご主人様?何の話を…?」
「創造の話だ」
「…は、はぁ……」
シアワセ。
あの場所は実験場だ。
生きている人間の肉体に死者の霊魂を付与し、生き返らせるための。
失敗作は殺して積み上げる。次回の創造でより強く霊魂を創造できるように。
成功したその時は。
それを指示した何者かがその創造を回収する。
「あ。ジュリア様、もう用は済みました?」
「はい。出発してください」
「分かりました」
無言でジュリアが私に紙切れを差し出した。
……電話の相手は終の解放者、か。
「合言葉があるようです。それが分からず電話を切られてしまいました」
「なるほどな」
「何度もかけ直したのですが、7回目で次は使者を送って殺すと」
「かけ直したか?」
「はい。何を辿って来るかは不明ですが、終の解放者側から使者が送られてくるそうです。それを捕まえて代行の居場所を吐かせます」
「よくやった。これでまた1歩、近づける」
「…あの、ご主人様。大変です」
停車した。全く同じ展開を最近体験したばかりだ。
「どうした運転手」
「なんか前に人が…わざと出てきたみたいで…ちょっとクラクション鳴らすの怖いんですよ」
「そうか。ジュリア」「はい」
「私達が降りたら少し離れていろ。何かに追われたらそのまま走らせて旅館まで戻れ」
「ご、ご主人様!?」
「問題ない。…死ぬなよ」
「えっ!?」
思っていたより早く到着したようだ。
今回の場合は近くで見張っていたと考えるべきか。
「…………」
私達を見つけて嬉しそうだ。あれが送られてきた使者…見た目は人間だが。
「ジュリア、左手に気をつけろ。行け」
「はい。ご主人様」
長袖で隠れた左手に何かを隠している。
武器か…創造の書か…爆弾で巻き込むつもりかもしれない。
「ゥヴァァ!!」
「粉砕します」
右腕を振った。当てる気があるのか問いたくなる大振りな動作だな。
足が弱点か。体を支えきれていない。ふらついたところで
「膝を破壊します」
「ウウウヴヴ!!」
「っ、嘔吐…!ご主人様!」
分かっている。接近はしない。
お前の体にも影響があるかもしれない。十分に気をつけて顎を打て。
「はい。ご主人様」
「ヴッ!」
髪を掴んで地面に叩きつけろ。
「ふっ!」
「モゴッ!」
…握り潰せ。
「……はっ!」
バチュン!
「…活動停止しました。左手を調べます」
さて。何が見つかる…?
「……27cmほど伸びた爪と、手首から…肩までが何らかの病原菌に侵されているように見えます」
そうか。触れるな。
「これで終わりでしょうか」
車は追われていない。ということは、私達を見張っていたであろう電話の相手は…ジュリア、私の隣へ戻れ。
「はい」
「っ、しつこく電話しやがって。っ、っ、代行か。っ、創造の書を置いて、っ、っ、さっさと死ね」
姿を見せたな。
よっぽど唇が乾燥するのか、何度も何度も舌なめずりをしている。
汚らしい音が発言の中に散りばめられていて不快だ。
「さぁて。っ、っ、」
((READ))
………………………to be continued…→…




