~剣と盾~ 2
馬車に揺られながら有り余る時間を情報の確認に使っていると、想像よりも早く日が傾いてきた。3人もいれば話が続くもので、夕刻になり俺達は野営の支度を始めた。
「寝る時はどうする? 俺とニーナで見張りを交替しながら夜明けまで待つか?」
「そうだね。従者は明日も馬車を引いてもらうし、トニー君は子供だからね。何かあっても一人で対処せず、必ず応援を呼ぶことにしよう」
明るい内に薪を集め、焚火を起こすことにした。獣相手なら当然、しかし魔物相手も同じ感覚でいいか迷ったが、ニーナ曰くこれでいいらしい。大きなテントを張り、簡単な干し肉で食事を済ませ、俺達は夜に備えた。トニー達に休む準備をさせ、これから交替の見張りだという時に、ニーナは俺に話しかけてきた。
「これからは魔族の時間だ。と言っても竜一君とボクが居るからこの辺りの雑魚は寄って来ないかな?」
「そんなに言われても買い被りだぞ。俺なんかこれまでの戦いは必死だっただけだからな」
実際俺の戦いは文字通り必死だった。大きな怪物相手も、ボルトに遊ばれた時も、クリスに撃たれた時も、俺はそれぞれの戦いで“死ぬかと思った”というのを嫌と言うほど体験してきた。それに正直自分が強いとは思えない。戦った相手全てにボコボコにされていた印象しか無いのだ。
「そもそも民間人が騎士でもないのに魔族相手に戦うのが常識外れだからね。それに君はボルトさんの時はともかく、クリスちゃんとはなかなかいい勝負だったじゃない。油断はあったと思うけど、それでも隊長相手に互角だったのは普通のことではないよ。君は既に民間人の枠を越えてるのさ」
その言葉に俺は少し押し黙る。俺は既に普通の民間人ではない。忘れた訳ではなかった筈だが、それでも突きつけられた事実に自分の状況を思い返す。少し前までの自分では想像もできなかった世界、そんな環境で何にも属さない力を使って戦いながら先に進んでいるのだ。右手の傷を見ても、それは何も答えてくれない。だがそれでよかった。自分で望んで手に入れたのだ、人でなくなる呪いの力を。奴に刃を届かせる為に。
「そういやさ、変身する時に何か言わないの? 詠唱は必要なくても意識はそれに集中すると思うんだけど」
「あー、それか。別に問題なく使えてるし、わざわざ言うのが気恥ずかしくてな」
ニーナに振られた思わぬ話題に、俺は戸惑いながら答えた。ガキの頃に特撮ヒーローとか見てたなーなんて思い出したが、掛け声を言いながら力を使うのは、この歳では流石にな……
「恥ずかしいのかい? 魔術の詠唱だったら必要なものだし、そうじゃなくても明確な意思を持つのは効果的な事なんだよ。特に君の力は得体のしれないものだ。君は君であり、その力とは別の存在だと認識していれば、浸食とやらも防げるかなーって思ったんだけど」
「そういう考え方もあるのか…… 例えば変身する魔術とかは無いのか? どうせならそういうのを参考にしたいんだが」
力を使うのは避けられないとして、できるだけ副作用は避けたいところだ。この際多少の恥ずかしさは目をつむり、魔術について詳しい先達の意見を採用した方がいいかもしれん。どうせやるならより効果的な方法を採用したいものだ。そう思い、俺はニーナに似たような魔術がないか質問してみた。
「正直完璧に姿を変える魔術は無いね。でも異なる力に繋がってそれを使うって意味で“コネクト”なんてどうかな? これなら一言で言いやすいし、力は自分と違うところにあるって思い出せる」
自分とは異なる力に繋がる、その言葉にイメージがぴったりと当てはまった俺は、ニーナの案を採用することにした。
「結構話し込んじゃったね。君は先に休むといいよ、僕がまず見張りをするから」
「そうか、じゃあ夜中に交替しよう。俺が起きなかったら遠慮なく起こしていいからな」
随分話し込んでしまった。ここらで話は切り上げた方がいいかな? そう思ってそろそろ寝るように提案すると、竜一君は素直に従った。根が素直ないい子だなぁ、そんな風に思っていると去り際に一言尋ねられた。
「そういえば、ニーナは凄い魔力を持った銀髪の魔女って知らないか?」
「うーん、ボクは知らないなぁ」
突然聞かれた質問に内心驚いたが、表情を装って返事をする。ボクの答えを聞くと『そうか』とだけ言って竜一君はテントの中に入っていった。静寂がカーテンの様に自分の周りを覆い、焚火の明かりとパチパチ爆ぜる薪の音が頼りなく夜の中で主張する。やがてテントから寝息が聞こえた頃、予想していた客が訪れた。
「やぁ百舌君、来ると思ってたよ。ボクの判断を確認に来たのかな?」
「全くお前にはゾッとするぞ。その通りだ、だがこの様子だと確認するまでもないか」
闇の中から浮かび上がった百舌君は無表情のままボクの質問に答える。バルカニアに向かって移動中にこの人数を連れている。その様子だけで大体のことを察したみたいだ。
「それで、“黒騎士”の様子はどうだ? どちらに転がるか分かれば準備のしようもあるのだが」
「どうだろうね、シリウスちゃんのこともあるだろうし、可能性はどちらでもって感じかな。どちらかと言えばこちら側かもしれないけど」
現状では判断できない。彼はどちらにもなりうる。だからあの力を頼ってはいけないのだ。
「ならば最悪の想定で動かなければな。お前も覚悟しておけ、始まるぞ」
「言われなくとも。じゃ、お互いに頑張らなきゃね」
そこまで確認して、百舌君は消えていった。再び薪が燃える音だけが響く闇の中で過ごしていると、のそりとテントで誰かが動く音がする。タイミングは丁度良かったかな。話の中心だった彼が、交替の為に這い出てくる。
「結構寝ちまったか…… 悪い、すぐ代わる」
「まだ夜中だから大丈夫大丈夫、じゃボクも休もうかな」
彼と入れ替わりでボクも休む為にテントへ向かう。焚火に向かい座る彼は、これから始まる傍迷惑な計画の中心に立つなんて、想像もしていないんだろうな。