ひとつ はじまりは風の退屈
遠くて近い、ある国のお話です。
その国の「風と森の精霊のおまつり」のはじまりのお話をしましょう。
寒さにあと戻りはしないけれど
まだ暑くもなってはこない
ある年の春から夏にかけてのことです。
しとしとと続く小雨が長雨になり
森や町や小道をひたひたとぬらしていました。
降ってはやんで、やんでは降っての繰り返し
地面は乾く間もなく
どこかに必ずできている水たまりが
ほんのたまに顔を出すお日様の光で
ぬくぬく温められて
じめじめがゆらゆら立ちのぼる
そんなお天気が長く続いていました。
どこの土地にも吹いている
風というものがおりますが
この国のあちらこちらでも吹いておりました。
風たちには仕事がちゃんとあって
『春は花風』を、『夏は海風』を
『秋は野風』を、『冬は山風』を
というふうに吹いているのです。
森の木々や、野の草花や
畑の作物などを育てるために
本当は優しい風たちなのに
厳しい顔も見せて
大事な役割をつとめていました。
寒い季節には冷たい空気を持って来て
高い空から凍った滑り台の山肌を駆け下りて来ます。
その勢いで、野山や畑や村や町までも
一気に吹き降ろしていきます。
冷たい空気を吹きかけることで
いっそう甘くおいしくなる実りもあるのです。
『寒い寒い』と嫌がられてばかりのようですが
実は喜ばれることも多いので
風たちは嫌な顔もせず、いい仕事を続けていました。
風たちは、そんな気のいいところを
たくさん見せているので
お日様や、お月様、
お星様たちからも、好かれていました。
このお話は
そんな風たちと森の精霊たちの
出会いからはじまりまるのです。
さて、冬のあいだの大仕事で
忙しくしていた風たちは
暖かくなってくると
冬ほどの大仕事はありません。
春先から初夏にかけて風たちの仕事は
国中のあちらこちらで草木が育ち
花が咲いてゆくのを見守りながら
いい香りを風に乗せて
みんなを喜ばせてあげることです。
それも大事な仕事には変わりないのですが
冬の間ほどの大仕事ではありません。
時々そよ風を吹かせるくらいで
遊びながらの仕事でちょうどよいのです。
おまけにその年は、あまりに小雨が続くので
風たちはしばらくのあいだ出番がなく
のんびりゆったりと休み惚けていました。
あまりに休みが続くと
かえってつまらないものですし
第一、体がなまって困ります。
風たちは退屈しのぎに
町の方へ遊びに出かけて行きました。
町へ遊びに行ったのだから
何か別のことをして遊べばいいのですが
行ったら行ったで
やっぱり風を吹かせてみたくなるのでした。
『ふぅん、ふぅん、ふぅん』と鼻歌交じりに
ちょっとだけ風を吹かせてみましたが
吹けば吹いたで
『じめじめしたいやな風だこと』などと
口々に言われてしまいます。
風たちは、意地悪したかったわけでもないのだし
喜んでもらえないことが物足りなくて
つまらなくなって、こんどは森へ行きました。
気を取り直して、森へ遊びに行ったのだから
何か別のことをして遊べばいいのですが
行ったら行ったで
やっぱり風を吹かせてみたくなるのでした。
『ひゅう、ひゅう、ひゅう』と口笛を吹くように
木々の間を行ったり来たりして
森のみんなのご機嫌伺いをしてみましたが
吹けば吹いたで
『静かに考え事をしているところなんだから
邪魔をしないで』と
木々たちに追い払われてしまいました。
風たちはこの季節になると
どこへ行ってもいい顔をされないので
がっかりしてしまうのです。
仕方がなくて
ぬくぬくじめじめゆらゆらとした空気を抱えたまま
町外れから森の入り口のあいだの小道に
吹きだまっておりました。
その小道にいたのは
風たちだけではありませんでした。
いつも好奇心でいっぱいの森の精霊たちも
ちょうど退屈していたので
寄り集まっていたのです。
小道の両脇に積まれた石垣にもたれて
遊びの相談をしていたところでした。
手持ち無沙汰な森の精霊たちは
前から気になっていた風たちが
森に来ているのを見つけて
近寄って行って話しかけてみました。
「風さんたち、どうかしたの?」
風たちは、退屈していた上に
がっかりして情けなくなっていたところだったので
森の精霊たちに声をかけられて、嬉しくなりました。
それですぐに風たちと精霊たちは
話相手になりました。
「何もすることがなくて退屈していたとこなんだよ」
風たちがそう言うと、森の精霊たちは「それじゃあ一緒に何かして遊びましょうよ」
と、ニコニコと笑顔でそう言います。
風たちは長いこと退屈していたので
一緒に遊ぶことには賛成でしたが
『遊びましょう』と言われても
すぐに遊びを思いつくことが出来ませんでした。
「何をして遊ぶんだい?」
風たちは、そう尋ねてみました。
森の精霊たちは、そう聞かれて
『待ってました』とばかりに
自分たちの服のポケットを
風たちの前で見せて回りました。
森の精霊たちはそれぞれに
抱えたかごやポケットの中に
森の木々のタネや木の実やキノコを
溢れそうになるほどいっぱいに入れていました。
「私たち森の精霊は
森の木々やキノコを増やして
見守って、育てていくのが大事な仕事なの。
ここはもう、本当にりっぱな森なので
木々もキノコもいっぱいに増えていて
これからもきっと大丈夫でしょう。
だから、他の場所にタネや木の実やキノコの胞子を
運んで行きたいの。
あちらこちら国中の町や村にね。
よかったら風さんたちも手伝ってくれないかしら?
きっと面白いことになると思うわよ」
森の精霊たちがそう言うと
退屈していた風たちはみんな大賛成しました。
そうして風たちと森の精霊たちは
さっそくなかよく連れ立って
出かけることになりました。
風たちはそれぞれの肩先に
森の精霊たちを乗せました。
「さあ、いくよ」
そう言うが早いか風たちは
空高く舞い上がっていきました。
風たちが風を吹かせながら飛び回ると
森の精霊たちが持っているかごやポケットの中から
森の木々のタネや木の実やキノコの胞子が
いっせいに飛び出して
あちらこちらの町や村の上に落ちて行きます。
風たちと森の精霊たちの
楽しげな笑い声や歌声も
そこらじゅうに響き渡っています。
まる一日中笑い転げ
歌いながら飛び回っていたので
お日様や、お月様、お星様たちまで
つられて笑い転げてしまいました。
飛び出したタネや胞子は
いろんな場所に落ちて行き
あるものはひとびとに踏まれ
あるものは車の車輪に踏まれて
つぶれてしまいました。
またあるものは牛や馬たちに踏まれてしまい
地面の下に深くめりこんでしまいました。
そこで芽が出ず終わってしまうものも
多かったのですが
誰にも知られず、柔らかい土と水を見つけて
こっそり芽を出すものもありました。
森の精霊たちは、それを見て喜び
風たちの肩先から地面を見下ろして
タネや胞子が落ちて行った先をたしかめながら
つぶやきました。
「私たちの仕事は、
こうしてタネや胞子をまいて遊ぶことなの。
そうして森になるまでずっと見守っていくこともね」
風たちは
森の精霊たちの遊びが遊びで終わらずに
立派な仕事になっていることを
とてもいいなあと思いました。
そして、自分たちも一緒に遊んで
それを手伝ったのだと思うと
とても嬉しく思いました。
森の精霊たちが
イタズラっぽい笑顔を振りまきながらも
生き生きした表情で
楽しそうに役目を果たしているのを見ていると
風たちもなんだか嬉しくなって
これからもずっと一緒に遊びながら
いい仕事をしていたいなと思うのでした。
そして、木々のタネや胞子や
森の精霊たちのためになるように
もっともっと遠くまで飛んでいって
もっともっと吹いてやろうと思いました。
風たちの肩先に乗った森の精霊たちが
駆け抜けざまに
まいたタネや胞子への子守唄を歌うように
声をかけます。
「タネさんたちは木々に
胞子さんたちはキノコになって
そこでの暮らしを楽しんで
大きな森に育っていってね」
その声を耳にしたタネが思いました。『森に? 大きな森になれるの? 私たちが?』
運良く芽を出すことが出来たタネたちは
自分たちがまさか大きな森になれるだなんて……と
不思議に思いましたが
とにかくそこで顔を出し、芽を出して
小さな細い根も伸ばして行くことにしました。
風たちも
自分たちが想い想いに吹いて行く先に
タネやキノコの胞子たちが
落ちてゆくのを見届けたことで
安心しました。
そして、森の精霊たちのおかげで
こんなに楽しく遊びながらも
いい仕事が出来たことを、本当に嬉しく思いました。
そして『タネや胞子が大きな森に育ちますように』と、精霊たちといっしょに祈りました。
こうして、風たちと精霊たちは
とてもなかよしになって
またいっしょに遊ぶ約束をして帰りました。
つづく




