43
「まあ、普通はすぐに大きく変わらねえ。いきなり大きく変わったんなら、良いこと、悪いこと、それなりに衝撃的なことがあったんだろうよ。アンチは叩く、ファンは支える存在だ。うちは明夫さんがプリキュアになってもファンでい続けるぜ」
楽間さんは前髪を弄りながら階段を昇って行った。
――衝撃的なこと……。第一志望の高校に落ちてしまったことかな? この前、亀の池でそんなことを言っていた気がする。でも、変化は新たな一面って考え方もできるのか。
楽間さんの話を聞いた後、僕の足は不思議と軽くなった。何も買わず教室に戻る。
英単語帳を閉じ、腕を組んで机に突っ伏している香奈さんがいる。
四分の一ほど空いた窓から入り込む風に吹かれ、柔らかそうな髪がそよそよと靡いた。机の上に置いてあったノートと参考書のページが捲れる。ただ、開いていたページにシャープペンと消しゴムが置かれていた。もともと置いていなかったはずだ。おそらく、香奈さんが置いてくれたのだろう。
「うぅん……」
ちょっと肌寒そうだったから、僕は自分の制服を彼女の肩に掛けた。寝顔を見るのは、今日で二回目。一回目はバスの中だった。あの時はまだ、香奈さんと星野さんが同じ人だと知らなかった。今見たら、中学の図書室でふて寝していた彼女と同じ顔だ……。
大きく変わってしまったけれど、やはり彼女は星野さんで間違いない。
僕が好きだった星野さんが消えてしまったような気がしていたけれど、そういう訳じゃなかった。面影が残っている。
『新たな一面が見られてラッキーって思うけど』
星野さんの新たな一面……。そう思った時、やっと納得できた気がした。離れ離れだった二人の印象が、寝顔で重なる。でも、彼女の笑顔や、意地悪な顔、ふくれっ面など、星野さんで見た覚えもない顔も思い出せた。思い出すたび、胸が大きく跳ねた。
「あぁ、そうなんだ……」
西日のせいか頬が熱い。気づいてしまった、納得してしまった。
「僕は香奈さんが今も好きなんだ」
そう言ったら、彼女がふにゃっと笑って目を覚ましたりしないかな、と淡い期待しつつ、カーテンと窓を閉めて席に戻った。
勉強していた場所を開き直し、中間試験の勉強に集中。
――好きな人に、ちょっとでもカッコいいって思われるために、今は学生の本分を頑張ろう。
午後六時三〇分ごろ。夕日はほとんど沈んでしまった。蛍の光のような、ゆっくりした音楽が下校を促す放送として鳴り始める。
「香奈さん、もう下校時間だよ」
もう、一時間近く眠り続けていた。よっぽど疲れているのか、はたまた夜にちゃんと眠れていないのか。
ボディータッチするのは少々遠慮してしまう。机をがたがたと揺らして目を覚ましてもらおうとした。
「う、うぅん……。あれ、今、何時? えぇ、もう、六時半……」
一度起こした体は机に再度突っ伏す。
「よく寝ていたけど、何か疲れているの?」
「んー、別に、ただ眠たかっただけ……」
肩にかかっていた制服を手繰り寄せ、暖を取ろうとした。途中で僕の制服だと気づいたようで、すぐに脱ぎ、返してくる。
「あ、ありがとう。じゃ、今日はもう帰るから」
荷物をさっとまとめた。そのまま、教室から逃げるように足早に出ていく。
僕は教室の窓を全て閉め、カーテンをホルダーで止める。荷物を持って電気を消したら帰るだけだ。
他の教室はもう、真っ暗だった。節電対策か、廊下の明りはついていない。つけようにも、階段近くまで歩いて行かなければならなかった。薄暗く、何とも言えない雰囲気。夜の学校はどうしてこう、暗いのだろう。ミラーボールでも輝いていたら、多少は明るくなるのに。
階段まで来ると、明かりがついていた。香奈さんがつけて降りたのかもしれない。
生徒玄関を抜けると吹奏楽部の練習も終わったようで、生徒たちが飛躍室から出てくる。
「ねえ、嵐山さん。この後、みんなでカラオケに行こうよ」
「ちょっとー、歩は私たちとファミレスに行く約束しているんだから、取ろうとしないでよ」
「じゃ、じゃあ、みんなでどっちも行こうよ。ね、それがいいよ」
愛想のいい笑顔で男子や女子関係なく会話している嵐山さんの姿があった。簡単そうに見えるが、彼女からしたら結構精神的に疲れる行為だろう。
人気者は性格のいい人も呼び寄せるが、悪い人の目にも入ってしまう。
香奈さんは女子ばかりと話し、男子と極力話さないことでヘイトを分散させているけれど
嵐山さんは皆に愛想よく振舞うから、それが気に食わない者から鋭い視線を向けられている。
人間は全員から好かれるなど不可能だ。でも人間は全員から好かれたいと思ってしまう。考えれば考えるほど、不思議な生き物だ。
僕は一人で自転車小屋に移動。自転車に乗って暗い道を走るのは少し抵抗がある。比較的明るい道を通るのが鉄則だ。少し遠回りでも、明るい道を選んだほうがいい。
七時過ぎに実家に無事到着。食事前のランニングと筋トレをこなしたら午後八時……。少し遅めの夕食を取り、さっさとお風呂に入る。
「はぁ……。あったかい……」
お湯に浸かると心と体の疲れが解れた。もう、一年以上温泉や銭湯に行っていない。たまには行きたいなと思いながらも、一人で行くのもなと考えてしまう。
中学のころは、陽翔くんとよく行った。部活を卒業してからメッキリいかなくなってしまったけど……。
今でこそ、携帯電話を手に入れて好きな時に連絡が取り合えるようになったが、少し前までは直接会って話さなければいけなかった。受験勉強とかで忙しかったし、友達と遊ぶ時間はほとんどない。陽翔くんとの思い出はもっぱら部活関係ばかり。果たしてそれは友達といっていいのだろうか……。
「今、陽翔くんは部活を頑張っているのかな」
福井工業大学付属福井高等学校……、様々な部活で全国出場を果たす強豪校。そんな高校に入ってしまった彼の状況は僕もわからない。連絡が取れるはずなのに、なんか遠慮してしまう。
頑張ってる? ってメッセージを送るのも変だし、最近どう? とか世話話するような仲でもない。高校で、まだ男友達ができないと話したら、笑われるだろうか。あまり気にしても仕方がない。今は僕のことを何とかしないと……。




