第074号室 サマービーチ 戦闘機
波打ち際に佇む雨合羽を羽織り雨傘支える触手の異形、最後の触手は、ホーリエとパナキュルを交互に見つめて顎を引くと、目元を隠すフードの陰から不敵な笑みを零す。
「あは、」「あ~………」
ホーリエとパナキュルは互いに顔を見合わせ、お互いの顔に浮かぶ緊張の面持ちを悟ると自身の直観を信じるに至り、テイカーの敵意を内包する好奇の眼差しへ同時に回避行動を開始した。
波に固められた砂の上をホーリエが少し離れた海の家へ向かってバタバタと走り出し、パナキュルも浮き輪を抱えて波打ち際へ急ぐと後方で海面が盛り上がり始め、テイカーの先程放流した触手の鯱が、水を吸って本来の大きさを取り戻し巨大な顎を広げて喰ら突く。
「きゃあぁあああああ!!浮き輪回避!!!」
浮き輪の浮力に助けられパナキュルがシャチの起こした波に乗り、顎が閉じられるタイミングに合わせて浮き輪を残して飛び出し、波打ち際に乗り上げて追いすがるシャチの触手を驚異的な加速で掻い潜る。
「あは!?なにそれ?ちょっと速すぎっでしょ、待って!」
「ええぇ?ウソでしょ?離してっ……!?」
脚の上がらないホーリエが自分の足に躓くと苦し紛れに手を伸ばし、軽やかに横をすり抜けていくパナキュルのビキニボトムを掴み道連れに転倒する。
「「ぎゃぁあああああ!!!」」
パナキュルのバレエを彷彿とさせる流麗な受け身は、ホーリエの身長よりも長い髪の毛が絡まり足を引っ張られる。
「君、髪切りなよ!か、せめて留めるくらいしたらどうなの??」
「あは!事情も知らないで、切れるもんなら切ってるわよ!!」
パナキュルがそれはおかしいでしょうとボトムを直しながら立ち上がり、見事な体幹で片足を上げ髪を解くと、換わりに追いついたシャチの触手が絡み付き波打ち際に引き倒される。触手関係なくホーリエは髪がひっ絡んで既に毬藻であり、更に触手に巻き取られ無様を晒す。
「「わあぁあああああ!!!」」
舌のように絡みつく触手が二人をシャチの口へと運び、顔面を縦一閃に触手を分けて横一杯に顎を開く。シャチの口腔の奥底深くに蠢く触手の蜷局を脳裏に焼き付けパナキュルが正面を向くと、短く息を吸って片足を砂面に突き立て膝を深く曲げ跳ね上がり、地面と平行に空中旋回で巻き付いた触手を緩め、脱出ついでに強張らせた指先で触手を抉り取る。
「素手で相手は、厳しいか?」
対して波打ち際に轍を残し敢え無く捕食されたホーリエは、全身に温く滑り纏わりつく触手の口の中で総毛立つと、手首を縛る触手を握り潰し、首に巻き付く触手を引き千切り、胸一杯に触手を抱え込んで引き絞り、細まる触手に腕を絡めて捩じり込み力に物を言わせて破壊すると、シャチは堪らずホーリエを吐き出した。
「もぉおおお!!やだもぉおおおお!!!」
『ハ?なんダ、逃げるから追っかけさせたのに、アイツら、フツーに強いジャン!?』
行く末を眺めていたテイカーが思わぬ反撃に怯み悶える触手のシャチへ加勢に向かい、4本の触手を翻し一瞬で間合いを詰め、さらに4本の触手に漁具の手鉤を携えパナキュルへ襲い掛かる。
四方からタイミングをずらして振るわれる手鉤を、パナキュルは異常なまでの関節可動域を駆使して最小限の動きで躱し、貫手を合わせて得物を取り落とさせると、回避と共に手鉤を拾って死角へ振るい、怯んだテイカーの側頭部へ尖らせた爪先を蹴り込む。
「あっ弱い!勝てるよ!!」
シャチの触手を束ねた大質量の横薙ぎを全身で受け止め、派手に水しぶきと砂を巻き上げたホーリエが寄せる波に足を埋め触手を脇に抱え直し、頭を振り上げ濡れた長い髪が夕日を背景に弧を描き、水を跳ね虹を描いて濡れ髪ふぁっさぁああ!!
「あは!捕まえたわよ?」
『コイツら、ニンゲンじゃネェ!!』
テイカーの悪態にパナキュルが目を細める。砂に足を取られながらも触手のシャチを浜へと引き摺り上げるホーリエが、濡れ髪の隙間から嫌らしく上目遣う。
動きを読ませないパナキュルの体捌きに翻弄され、攻撃は愚か防御さえも、移動すら封じられたテイカーが呆気なく連打に伏せられる。受けに回った触手のシャチは、ホーリエの怪力に圧倒され乾いた砂上で砂に塗れ、動きを鈍らせていく。
大勢は決し、テイカーの顔に恐怖と後悔の色と光が激しく明滅する。パナキュルが手鉤を止めと振り上げ、目線を切ってフェイント、遠くから海面を斬り裂き近づく一対の背鰭を思わず望み、手が止まる。
「ああ………ヤバイか?」
突然に戦意を喪失した相手のただならぬ様子にテイカーが振り向き、小山と聳え迫り来る大波に触手の先を丸める。
波を掻き分け迫る漆黒の影の中心に眩しく輝く単眼が開かれ、大質量の金属が断裂するかのような轟音が鳴り響き、流線形の巨大な怪物が姿を現す。
濃い灰色で金属質の身体は滑らかで継ぎ目が無く、その巨影は近代戦闘機を想わせつつも、有機的生命体の意匠を取り込んだ面持ちと四肢を備えた異形の機械生命体、戦闘機型ドラゴンのヴァルキュリーは、一噛みで触手のシャチを破壊すると、禍々しいその姿からは想像もつかないような、物腰柔らかな女性の音声で話し始めた。




