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伏魔団地  作者: 真暗森
【第1号棟  名状しがたい水底の怪影】

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50/101

第050号室 水底団地 補助触

 段々と流れの弱くなってきた水路をマンションの二階から眺めるボブ、窓枠に貼り付いた岩牡蠣の殻をナイフで剥がし美味しそうな中身を眺める。


(………流石に、生はダメか?………焼かなきゃ)


 そんなことを考えていたボブの目の前で牡蠣の中身が動き出し、何やら文句を言うように震えるとボブの手から飛び降り、二足歩行でトコトコと歩き去っていった。


(何だあれ、あぶねぇ、もう少しで食っちまうところだった………)


 歩く牡蠣の背中を目線で追いながら、ボブは装備の確認をした。


 アサルトライフルと二本のマガジン、ハンドガンには一本と半分のマガジン、それと数本のナイフ、多銃身機関銃(ミニガン)はボブならば歩きで運用出来なくも無かったが、残弾も少ない為この場に残して、空いた容量(キャパシティ)で破壊触に砕かれた水上バイクの残骸から、救命用品を優先してバックパックに押し込んだ。


 砕けてボロボロの携帯食料を、使い古したペットボトルに入れた麦茶で流し込み、ガラスの抜けた窓から外を見渡す。


 ダム湖の深淵より暴かれた”水底団地(ルルイエ)”は、ダムの決壊から暫くの時間が経ち、初期の混乱が一定の落ち着きを取り戻しつつあったが、数刻前まで七色に輝きを放っていた珊瑚礁は、倒壊した高層マンションの瓦礫に砕かれ混ざり合い、文字通り玉石混淆のとっ散らかりで、真珠模様の水底団地に映り込み、酷く心を(ざわ)つかせた。


 水上バイクという移動手段を失い、これからの行動を思案していたボブは、真下の路地に突然現れた気配に気付いて、息を吸いながらゆっくりと視線を階下に落とした。


 何故気付かなかったのだろうか、そこには、かなりつばの広いピクチャーハットを目深(まぶか)に被った少女が、外にまで飛び散っていた破壊触(クラッカー)の肉片を抱え、静かに(たたず)んでいた。


「…お~い?………小夜か?」


 ボブの問い掛けを、少女は聞こえていないかのように無視して路地を歩き出した。「ちょっと、待てよ」とボブは慌てて荷物を背負い直し、二階から階段を降りたが既に少女の姿は見え無くなっていた。


「どこ行った………?」


 辺りを見渡し、マンション端の交差路を下りる階段の手摺りに、破壊触の肉片が人為的に飾られているのを見付けて(いぶか)しむ。


「こういう事、小夜なら〜………やりそうな気〜するけど………小夜じゃ無いのか?」


 少女が人ではなく異形の類いである事を考慮しつつも、新しい生存者の可能性がゼロでは無いと、希望的観測を掲げてボブは階段まで進み、ちょうど階下の石垣の影に消えた少女の影を追い、藻と泥に覆われ滑り易くなった階段を降りた。


 つかず離れずの距離を保って先導する少女の影を追い掛けて、左右を石垣に囲まれた遊歩道に誘い込まれる。なだらかな下り坂を下り、緩やかなカーブを曲がる。やがて突き当たりの丁字路まで来たところで、少女の影を完全に見失った。


「あ〜………幽霊見ちゃったかな?………シ、シスター呼ばなきゃ………」


 眉間にシワを寄せ、胸を反らせて両手を広げ、平静状態であると、誰とにも無く虚空へアピールする。


「まあ今更、幽霊にビビるような俺じゃ『おは「はぁ!!!!!」………ようございます、』」


 ボブほどの手練れに全く気取られる事無く背後を取り、声を掛けたつば広帽子を目深に被った少女は、逆に驚いて後退りした。


「いきなり何なんだ!………!?………いや、ホントになんだコレ???」


 つば広帽子で表情を(うかが)う事は出来なかったが、色の着いた水を纏っているかのような外見の衣服と、乳幼児が流暢に言葉を操っているかのような、不自然極まりない声色を聞き、ボブはこの少女が人間ではない事を察した。


『ボク、会話じょーぶ、君、りかい?、』

「…………あ、ああ、理解理解」


 不気味な抑揚の片言でコミュニケーションを計る異形の少女にボブが何とか答える。ボブは異形の少女に対して、殺意や敵意といったものは感じられなかったが、小夜を前にした時のような悪戯を企んでいるかのような、相手の挑発的な態度に苛立ちを覚えていた。


『君、強い、ボク、弱い、兄、もっと弱い、死〜〜〜ン(笑)、』

「うん?なんて??………し〜〜〜ん?」


『君、強い、ボク兄、一人一人、よわよわ、二人一人、これだと強い、』

「んん?………難しいな、ちょっと理解出来ない」


『君、ジョーブない、これから、簡単、にナルの♡、、、』


 異形の少女が顔を上げ、目深に被ったつば広帽子の先を持ち上げ、頭足類を想わせるニヤついた大きな瞳でゆっくりと見上げると、ボブと目が合った瞬間、霧状の墨汁をボブの顔面へと吐き出し視界を遮った。


「タコがぁ………舐めんなよ??」

『キャーーッ!(喜)、』


 遂に正体を表した団地ダゴンの末妹、生存触(テイカー)の煙幕も、完成された軍人であるボブには通用せず、墨が掛かるよりも早く片腕で瞳を防御し、同時にもう片方の腕でナイフを構え追撃の目を潰す。


 生存触は身体を低く、更に低く、8本の触手で地に広がり、軟体かつ流動的足運びでボブのナイフを掻い潜り、屈辱的に股下を抜けて背後へ周り、再び、今度は自らとボブの間を遮るように墨霧を吐き、そして消えた。


『今日、ボク、頑張ったと思う、君、ここで、死んで?、』

「何だと!?………なら、やってみろ!!!」


 言葉とは裏腹にまるで殺意の無い生存触の振る舞いに、ボブが言葉を荒げる。


『ボクの役目、オワリ、君の負け!、()()()、の勝ち!、』

「なっ………ん!?」


 周りから殺意も気配をも消え去り、相手の言葉の真意を謀りかねていたボブの前から墨霧が晴れ、その眼前に石垣を覆い隠してしまうほどに巨大な、アワビやカサ貝に似た触手の塊が現れた。


(いつ間に!!?今まで、まるで気配が無かったぞ!??)


 団地ダゴンの触手の中でも他の兄妹の能力を拡張し、補助する事のみに従事する補助触(ブースター)には、意識など微睡(まどろ)む程の欠片も無く、道端の雑草と代らぬ存在性には、対人を前提とした軍の訓練もボブの超人的センスも介在する余地がなかった。


 補助触にあってはただただ淡々と、この場であれば生存触の思惑通りに力を行使するまでで、石垣に張り付いた補助触の表面に、拳サイズの栄螺貝(サザエ)に似た突起が剣山のようにびっしりと生え並び、補助触自体も震えながら膨張を始める。


「ちょっと、おい!ウソだろ!??」


 補助触が自爆しようとしており、既に後戻りの出来ない状態にまで進んでいる事は、初見の者からしても明らかで、急速かつ露骨で禍々しく痛々しい変形は標的にとっても、既に回避不能な状態である事を示していた。


「待て!まてマテ待て…………!!!」


(遮蔽物に身を隠す、何処へ!この窪地に遮るものなど何も無い。全速力で離脱する、果たして間に合うだろうか?手榴弾の殺傷範囲でさえ15メートルあるのだ。この大きさであれば………!奴の突起は前面にしか生えていないのでは??これはクレイモア地雷に似ている。背後へ回り込むんだ!いや、石垣が!?上だ!奴の体を登り石垣の上へ!!そうすれば石垣自体が遮蔽物になってくれる!!!)

 

 ボブが弾かれたように身体を強張らせ、逡巡したのも秒針が一つ振れる程度の時間で、三歩で石垣に取り付き、二段飛びで補助触の中心まで登り、一手で石垣の(ふち)へ手を掛け………


『お疲れサマでぇええええすっっっ!!!!』


………生存触に触手で払われ、0でボブと補助触共々爆ぜた。

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