第049号室 水底団地 破壊触
底を抜かれた団地ダムに泥水の飛沫が舞い上がり、嵐雲の中に居るかのような暴風と轟音が荒れ狂う。
底を伝う水の流れは這いずり廻って重なり合い、新たな濁流となって瓦礫を押し流す。
ダム湖の奥底深くに沈んでいた真珠模様に淡く輝き、人ならざる者共の神話綴ったレリーフ艶めく集合住宅は漏れなく暴かれ、伏魔殿の様相を呈する”水底団地”を白日の下に晒した。
水底団地を拠点としていた水棲型の異形達は、突然のダム決壊に為す術なく濁流に流され、瓦礫に潰され、水辺を奪われて絶命するか、致命的な傷を負い死を待つばかりの者がほとんどだった。
鯨のような漆黒の肌に、フジツボが蓮の花托状にびっしりと張り付いたヒトガタが、倒壊したマンションに砕かれた腕を強引に引き千切り、怒りに震えて咆哮を上げる。
太古の巨大鮫、メガロドンが瓦礫に身体を切り裂かれながらも、牙を剥き出し獲物を求めて流れを遡る。
蛍光色の体液を垂れ流し、よろめき歩く深海の化け蠍が、事切れようとしている十二の目を持つ鯨に喰らい付き、腹を裂いて中へと分け入る。
数少ない生き残りの何者をもが我を失い、目的無く暴れ回る中で、泥水溢れ用水路と化した小路を、ボブの操る改造水上バイクが駆け抜けていた。
「どうなってんだ!?いきなり晴れて!朝になってて!!その上、ダムの底が抜けているじゃないか!!!」
四足歩行の猫くらいの大きさの魚の群れが、甲高い鳴き声をキュウキュウと鳴らしながら、ボブの後を追いかけて来る。
「クッソ!魚の癖に猫みたいな動きしやがって!!ついて来るんじゃあねぇえ!!!」
水上バイクの後部シートを取っ払い、適当に据え付けた多銃身機関銃を、片手後ろ手にサイドミラーで狙いを定め掃射、大半の魚ネコが水風船のように弾けてスリ身になる。初撃を躱した残りの魚ネコが本気を出して後ろ足で立ち上がり、二足走行に移行し人間と変わらぬステップで飛び掛かった。
「おい………ウソだろ………」
余りの衝撃的光景に思考が加速され、ボブの目には魚ネコの跳躍が緩慢に映っていた。明らかに肉食性の牙が生え揃った口を尖らせ、数匹の魚ネコが水上バイクに飛び付き、バタバタと這いずってボブのお尻に齧りつく。
「いったあぁああああああああ~~~~~~!!ザッケンナァアア!!!」
丁字に交わる水路を急制動で旋回し、水上バイクの側面を壁にぶつけて魚ネコを振り落とし、ハンドガンで無駄玉無く処理する。
「よし!………おっ!??」
正面から人の掌を手首で繋げ、接合部に人の歯茎を埋め込んだような外見を持つダゴンの一触、破壊触が瓦礫を平らげ、水没車両を噛み砕き、逃げ惑う異形の波を呑み込み掻き分けながら現れると、ボブを新たな獲物に定めてその躰をくねらせた。
「………っっよし、じゃねぇえ!!これでも喰らえ!!!」
水上バイクのサイドバックから、スマートフォンをダクトテープで巻き付け、配線をいじくり倒してケーブル接続した小型ロケット弾を取り出し、スマートフォンの電源を入れてブースターを点火する。ただの雨樋を発射器代わりに射出、遅すぎる初速のブレまくるロケット弾を破壊触が払い除け、遠く離れた外壁にぶつけて爆発、巨大な爆音と粉々に吹き飛んだ外壁に呆然とする破壊触へ二発目のロケット弾が飛来し、直撃間際で正気を取り戻した破壊触が、既の所で渦巻き躱し背面で爆炎が上がる。
「………」『………』「………………」『………………にょ…』「………『にょろ!』…やべっ!!」
再び走り出す破壊触、ボブは水上バイクをその場でUターンさせフルスロットルで水没した小路を突き抜け、水底から突き出した瓦礫を避けながら破壊触の体長よりも狭い団地の路地裏へ入る。
長い間水没し藻と固着生物に覆われた室外機を躱し、継ぎ目から水を滴らせる排気ダクトの下を潜り、水上バイクの底や側面を障害物で削りながらも速度を落とすこと無く走らせるボブ、その後ろを破壊触が身体を伸ばし側転するように前面の特徴的な掌状の触手で立ち上がり、華麗なサイドステップで追いすがる。
「分間4000発の鉛玉を喰らえぇえええ!!」
突き出し変形した裏戸の冊子にサイドミラーが破壊され、狙いの定まらないままスピンアップした多銃身機関銃をノールック斉射、一瞬だけ振り返り、破壊触がいなくなっていることに気付き、目を丸くして二度見する。
「おいっ!!?どこ行った………!??」
とは言ったもののボブは、左右を壁に囲まれたこの状況、見失うとすれば頭上しかないと考えていたので、自身と水上バイクに影が差した時には既に回避行動を完了していた。
「うらぁあああああ…………ッッッ!!!」
全身で踏み込むように体重移動、水上バイクが水面に沈み込み船底を削る。浮力の反発と合わせて裏路地裏口の小さな階段をジャンプ台に、壁面を擦り上がるような大跳躍、飛び掛かって来た破壊触の上を越え、珊瑚に覆われたマンションの二階廊下へ突っ込んだ。
「マズい!!水が無いぞ!!!」
岩牡蠣に覆われたマンションの床を滑走する水上バイクに、驚いた蟹が横っ走りでドアの隙間に潜り込む。
「おいおい!コイツは水が無いと動かないんだぜ!??」
当たり前の事を叫びながら滑走を続けるボブに続いて、マンションの外壁をよじ登り薄暗い通路内に侵入した破壊触に、水の照り返しが反射し、追い詰めたと言わんばかりに触手を広げ突撃を開始する。
「でも、オレにはコレがあるんだ♡」
うっとりとした瞳を流して滑走を停止した水上バイクに足を掛け、多銃身機関銃を掴むと力任せに固定具を破壊し引き千切る。
触手を廊下いっぱいに広げて迫り来る破壊触に、ボブが振り向きながらゆっくりと、徐々に回転数を上げ水飛沫を上げる砲身を向ける。
重心を落とし全身の筋肉でガッチリ抱え込み、歯を食いしばって引き金を絞る。
モーターの駆動音に弾薬の爆発音が重なり、殆どレーザービームのように連なった鉄礫が破壊触の身体を撃ち抜く。
「んん………!!」
赤熱した鉄線をバターに差し込むように、連なる光弾は相手を切り裂くと、流石のボブも反動を御し切れずに天井を撃ち射撃を中断する。
撃ち抜かれた身体を補うように触手を波打たせ、破壊触は擂鉢状に人のような歯が並ぶ口を限界まで開口し、廊下の奥を口腔へ繋げると、垂れ下がった蛍光灯を、ガラスの砕けた窓枠を、蝶番の抜けた扉を、打ち捨てられた水上バイクを順々に喰い付き迫り来る。
「ふぁっっっきゅう………………!!!!!」
ようやく膝立ちに構え直したボブが多銃身機関銃撃ち放つ。先の一閃により態勢を保持し切れなくなった破壊触が、前のめりに弾丸へ喰らい付くと、芯を捕らえ完全に制御された弾道は急所を貫き抜き続け、ものの一瞬、ニ秒と掛からずに肉塊となって弾け飛び、破壊触は完全に破壊された。




