第26話 元婚約者、屋敷の前で門前払いされる
「エリシアに、会わせてください!」
ヴァンフォード公爵邸の門前で、レオンは叫んでいた。
以前の彼なら、こんな真似はしなかった。
貴族としての体面。
婚約破棄した相手への未練。
周囲の目。
そんなものが気になって当然だった。
だが今は違う。
エリシアに会わなければ。
謝らなければ。
そうしなければ、自分は取り返しのつかないものを失ったままになる。
「申し訳ございません」
門番は丁寧だが、表情ひとつ動かさない。
「エリシア様は面会を望まれておりません」
「そんなはずはない!」
レオンは叫ぶ。
「彼女は優しいんだ! 話せばきっと――」
「その優しさにつけ込んだのは、あなた方では?」
門番の声が少しだけ低くなった。
レオンは言葉を失う。
その時、屋敷の奥から黒い馬車が出てきた。
窓の向こうに、銀髪の男が見える。
アレクシス・ヴァンフォード公爵。
レオンの背筋が凍った。
馬車が門の前で止まる。
扉が開き、アレクシスがゆっくり降りてきた。
「……騒がしい」
低い声。
ただそれだけで、空気が重くなる。
「公爵閣下、私はエリシアに謝罪を――」
「必要ない」
即答だった。
「ですが!」
「彼女が望んでいない」
その一言で、レオンの顔色が変わる。
「……エリシアが?」
「ああ」
アレクシスは冷たい目で見下ろした。
「もう会う必要はない、と」
胸を抉られるようだった。
あのエリシアが。
いつも静かで、我慢して、最後には許してくれると思っていた彼女が。
会いたくない、と。
「……俺は」
レオンの声が震える。
「俺は、間違えたんです」
「そうだな」
容赦ない肯定。
「ならば後悔していればいい」
「っ……」
「だが、その後悔を彼女へ押しつけるな」
静かな声。
だが鋭い。
「お前が謝って楽になりたいだけなら、なおさら会わせる理由はない」
レオンは何も言えなかった。
その通りだったから。
謝りたい。
許されたい。
もう一度、自分を見てほしい。
結局、それは自分のためだった。
「帰れ」
アレクシスの声が落ちる。
「二度と来るな」
馬車の扉が閉まる。
黒い馬車が静かに走り出す。
レオンはその場に立ち尽くした。
門は閉ざされたまま。
もう。
エリシアへ続く道は、どこにもなかった。
その頃。
私は屋敷の温室で花に水をやっていた。
「エリシア様、休んでくださいませ!」
「少しだけですから」
侍女に怒られながら、小さな鉢植えを整える。
何かをしていると落ち着く。
何もしなくていいと言われても、私はまだ少し慣れない。
「本当に働き者ですねえ」
「じっとしている方が難しくて」
そう言うと、侍女は困ったように笑った。
その時。
温室の扉が開く。
「エリシア」
アレクシス様だった。
「おかえりなさいませ」
自然にそう言ってから、私は少し驚いた。
おかえりなさい。
そんな言葉を、この人へ向ける日が来るなんて。
アレクシス様も一瞬、動きを止めた。
そしてゆっくり近づいてくる。
「もう一度」
「え?」
「今のを、もう一度言え」
何を?
首を傾げてから、思い当たる。
「……おかえりなさいませ?」
次の瞬間。
抱きしめられた。
「ひゃっ」
「……いいな」
低い声が耳元へ落ちる。
「お前にそう言われるのは、悪くない」
心臓が跳ねる。
侍女たちが後ろで無音の悲鳴を上げていた。
「アレクシス様、人前です……!」
「婚約者だ」
「それで全部通すのやめてください!」
でも。
その腕の中は、温かかった。
私は小さく息を吐いて、そっと彼の胸元へ額を寄せた。
帰る場所。
そう思ってくれているなら。
少しだけ、嬉しい。




