第10話 「お前は俺のそばにいればいい」
「……次は警告では済まさん、って」
私は青ざめていた。
怖い。
怖すぎる。
アレクシス様は仕事から戻るなり、平然と紅茶を飲んでいる。
なぜそんなに落ち着いていられるのか。
「やりすぎではありませんか……?」
「何がだ」
「全部です!」
思わず立ち上がる。
「フォルネーゼ家に使者を送るとか、警告とか、囲い込みとか……!」
「囲っている」
認めた。
さらっと認めた。
私は頭を抱えたくなった。
「お前、自分がどれだけ無防備かわかっているのか」
「え?」
アレクシス様が静かにこちらを見る。
「利用されるぞ」
低い声。
「お前は、簡単に自分を差し出しすぎる」
胸が痛む。
でも。
その言葉は少しだけ悔しかった。
「……家族だったんです」
「だから何だ」
「っ」
容赦がない。
アレクシス様はカップを置く。
「家族なら傷つけていいのか」
「それは……」
「婚約者なら濡れ衣を着せていいのか」
言葉が出ない。
「エリシア」
名前を呼ばれる。
真っ直ぐな視線。
「お前は、もっと怒っていい」
私は息を呑む。
怒る。
そんなこと、考えたこともなかった。
我慢するのが当然だったから。
「でも……私にも至らないところが」
「ない」
また断定。
「少なくとも、お前を捨てる理由にはならん」
静かな声。
でも強い。
逃げ場を塞ぐみたいに。
「お前は頑張りすぎだ」
胸の奥が熱くなる。
どうしてこの人は。
こんなにも簡単に、私が欲しかった言葉をくれるんだろう。
アレクシス様はゆっくり立ち上がる。
そして、そのままこちらへ歩いてきた。
「ア、アレクシス様?」
逃げる間もなかった。
気づけばソファの背に追い込まれている。
近い。
顔が。
近い。
「ひゃっ」
両脇へ腕をつかれる。
完全に囲われた。
「お前は」
低い声。
「もう少し、自分が価値ある人間だと理解しろ」
近い。
近すぎる。
銀色の髪が落ちる。
青い瞳が真っ直ぐこちらを見ている。
心臓がうるさい。
「お、落ち着いてください……!」
「落ち着いている」
嘘です。
圧がすごい。
「私はただ、家の仕事をしていただけで」
「それを誰もできていない」
即答だった。
「使用人管理、領地経営、帳簿整理。全部止まっている」
「え」
「フォルネーゼ家は崩壊寸前らしい」
そんな。
そこまで?
アレクシス様はじっと私を見る。
「それでもまだ、自分は無価値だと思うのか」
私は言葉に詰まる。
価値。
そんなもの。
考えたことがなかった。
必要だから働いていただけだ。
「……わかりません」
やっと絞り出した声。
すると。
アレクシス様の手が、私の髪に触れた。
優しく梳くみたいに。
「なら、わかるまでここにいろ」
低く甘い声。
「お前は俺のそばにいればいい」
どくん。
心臓が跳ねる。
「……っ」
顔が熱い。
近い。
近すぎる。
しかもこの人、自分がどれだけ危険な台詞を吐いているかわかっていない気がする。
「アレクシス様、その……!」
「なんだ」
「そういうことを簡単に言わないでください……!」
アレクシス様は少しだけ目を細めた。
「簡単ではない」
その声は思ったより静かだった。
「俺は、欲しくもない相手を屋敷へ入れたりしない」
思考停止。
空気が止まる。
私は数秒固まったあと、一気に真っ赤になった。
「~~~~っ!!」
逃げようとする。
だが。
腰を抱き寄せられて止められた。
「どこへ行く」
「む、無理ですっ!」
「何がだ」
「全部です!!」
アレクシス様はそんな私を見て。
初めて少し楽しそうに笑った。




