女の子は柔らかい
「グアっ!!」
僕を殴ろうとした男は逆に顔面を殴られて床に沈んだ。
「えっ!」
急な出来事にヘルマナが驚いてる。
攻撃して来た相手が気が付いたら地面で伸びているんだからビックリするよね。
「お、俺にこんな事してタダで済むと思ってんのか!! どいつもこいつも不敬罪だ!」
顔を押さえ泣きながら男がイデアルに怒鳴りつける。
そう、急に現れて男の顔面を殴ったのはイデアルだ。
「まだ自分の立場が分かっていないみたいだね」
そう言ってイデアルは龍のマークがついた紋章を見せた。
「そ、その紋章は!」
驚きと焦りを含んだような表情を浮かべる男。
「自分が誰に攻撃しようとしたのか理解出来た?」
「し、知らなかったんです!! ゆ、許して下さい!!」
先ほどの態度から急変してイデアルに媚び諂う男。
実はイデアルは龍王の息子らしい。そして龍族というのは大昔に人族や他の種族との争いで勝利した歴史がある。
そして、そのあと戦いに負けた人族は龍族に戦争を仕掛けた責任者たちを処刑し、龍族の力を借りて復興していった歴史があるらしい。
だから龍族は世界の頂点に立っている種族で、そのトップである龍王の息子でめちゃくちゃ強いのがイデアルらしい。
そしてあの紋章は龍王の親族だと証明する物で、偽造すると最悪の場合は処刑されるらしい。
だから、人間の貴族は子どもの時から龍族について粗相をしない様に色々と勉強するらしい。
つまり今回の事は、小国のボンボンが大国のお偉いさんの妻を罵倒しながら殴りかかってしまったという事だ。
それに気づいてしまった男の心中は穏やかでは無いだろう。
僕はこの事をイデアルに聞かされていた。
ピンチの時は呼んでくれたら直ぐに行くし、力も権威もあるから相手が誰であろうと問題ない。
だから遠慮せずにいつでも頼ってほしいと言われていた。
そして、イデアルの番である僕は心の中で助けを呼ぶだけでも声がイデアルに届くらしい。
それで僕の助けを聞いたイデアルは転移魔法で駆けつけてくれたのだ。
だから、僕が男を煽って逆上させたのはこの展開を作って失脚してもらおうと思ったからだ。
そうすれば、ヘルマナの悩みの種も消えるだろうし。
「じゃあ、俺はコイツの処分を話しに国王に会ってくるから」
「ごめんね、巻き込んで」
「いいんだよ。カエデの役に立てたなら凄く嬉しいから」
「うん、凄く助かった。ありがとうイデアル」
「うん、じゃあ行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
・・・
「カエデってば実は凄い人だったのね」
「凄いのは僕じゃなくてイデアルだよ」
「でもあなたは彼に選ばれたわ」
「あまり実感は無いんだけどね。とりあえず結婚に関してはストップしたけど、ヘルマナはまだ家を出たいと思ってる?」
「えぇ、思っているわ」
「じゃあ、イデアルが了承してくれたら僕たちと一緒に旅をしない?」
「いいの? 2人の邪魔にならないかしら?」
「僕はヘルマナが一緒だと嬉しいよ」
「私のために色々とやってくれて本当にありがとうカエデ」
そう言ったヘルマナは僕を抱きしめてくれる。
いい匂いがするし柔らかくて気持ちよくて幸せを感じる。
数十秒経つとヘルマナが離れていく。どうせならもう少し味わいたかったから残念だ。
それからヘルマナと別れてホテルに帰る途中にふと「1人でいるのは寂しい」と思った。
僕は1人暮らしをしていて、仕事でクタクタになった状態で明かりの無い家に帰える事には慣れていたはずなのに。
たかが数日で誰かが隣にいて返事を返してくれる生活に染まってしまった。
youtubeやアニメ、ゲームに読書と言った1人で楽しめる趣味があるから大丈夫だと思っていても結局、本当の所で僕は人肌を求めていたのかも知れない。
僕は子どもの頃から誰も居ない1人の空間や暗い部屋にいるのも好きだったけど、それは会話が無かったとしても家族がいるという安心感があって成り立つことだったんだと思う。
いくら1人でいるのが好きと言っても、本当に家でずっと1人でいるのは寂しい。
イデアルに初対面プロポーズをされて了承したのは、頼れるものが他に無かったというのもあるかも知れないけれど、誰かと一緒に居たいという気持ちが心の奥底にあったからかも知れない。
ましてや、相手は嬉しそうに僕を必要とアピールしてくれたわけだから、それは嬉しいに決まってる。
誰からも必要とされてないという気持ちと、誰かと一緒に居たいという両方の気持ちを満たしてくれるわけだから。
今日の事だけじゃなくて、僕はこの世界に来てからずっとイデアルに助けられてるんだなぁとつくづく思う。
今日はそういう色々な感謝の気持ちを込めて、家に帰って来たイデアルに「おかえり」って言おうかな。
・・・
「た、助けて下さい」
顔面がボロボロになっている男が泣きながら懇願する。
「俺の妻に手を出そうとしたんだ。タダで済むわけないだろ」
冷たく返答をするイデアル。
「ヒッー!!」
血だらけの男の匂いに誘われてレッドウルフが集まってくる。
「な、何でこんなことに! 俺は選ばれた人間で何をしても許される存在なはずなのに!! 今までだって権力で気に食わない奴をぶっ飛ばし、女も奪ってきたのに!」
徐々にレッドウルフが男に近づいて行く。
「く、来るな!! クソ! 全部ヘルマナがいけないんだ!!」
そして、男はレッドウルフの群れに飲み込まれていった。