夜明け
コルが屋根から降りて窓から車内に入る。
そこにはフォカルが力なく倒れていた。
パッケンが足でつついてもまるで反応しない事から完全に気を失っている事が分かる。
「あれだけの量の振動をもろに喰らったんだ、暫く動けないぜコイツは」
こうしている間にも、機車と時間は止まらずに進んでいる。
窓から見える景色は暗い夜空と、その僅かな光を反射する広い海だった。
清々しい気分になったのも束の間、まずは今倒した相手をこれからどうするかに目を向けなければならない。
「さあてコイツどうすっか、縛って海に投げ捨てるかい?」
「この状態でそんな事したら溺れて……」
そこまで口に出してコルは自分で驚いていた。
自分が言ったことがあまりにも『甘い』と自覚したからだ。
相手はテロリストで、更に自分も直接命を狙われたというのに、無意識に殺さず止めるつもりでいた事に心の底から驚いた。
人はそう簡単に非情にはなりきれない。
だがコルは時に人を殺める可能性があるという事を承知の上でノヤリスの戦闘要員に志願した事を思い出した。
(……覚悟はできた……俺は今から人を殺す……!)
葛藤の末、敵とはいえ人の命にトドメを刺す決断をした。
違和感に気がついたのはまさにその時だった。
「……?なあパッケン、この人の『模様』ってどこにあったんだっけ」
「あ?模様なら腕だぜ、なんたってそんな事……!」
二人はフォカルの腕を見た。
始めて見た時から戦闘中まで、ずっとそこにあったはずの禍々しい模様が綺麗さっぱり消えているのだ。
「……が……ァ」
突如としてフォカルが黒い塊を吐き出した。
それはもぞもぞと蠢き、翼を持った鼠の様な見たこともない生物としての形を取る。
「……!コル!ソイツ捕まえろ!」
言われた時には既に遅く、その生物は赤い液体を落としながら開けていた窓の外へと飛び出し、夜明け前の空に消えていった。
「なんだ……今の……」
生物が残した液体の正体に気づくのに、そう時間はかからなかった。
振り向くとそこでは同じ液体を口から大量に流す物があったからだ。
「……死んでるぜ……クソッ、こうなるって予想できたはずだった!魔人会の口封じだ!」
夜が明け、乗客やスタッフが活動を始める前に、二人は再び天井伝いに部屋に戻って雨で濡れた服を乾かす事にした。
結局フォカルの遺体はパッケンが海に放り投げる事で隠滅したが、派手に争った後は多少残ってしまった。
緊急停止しない様に偽装はしたが、次の駅からの出発は少し遅れるだろう。
今ひとつスッキリしない終わりを迎えた二人の空気は重く、そんな中で先に口を開いたのはパッケンだった。
「あれは……俺達が殺った訳じゃないとも、俺達が殺ったとも言える、でも俺達が殺るべきだった、ああクソッ……俺に取っちゃこっちのほうが目覚めが悪いぜ」
「俺達からしたら『責任を取るべき』所だけを持っていかれた訳だからね……」
少し黙った後、コルはずっと気になっていた事について触れる事にした。
パッケンの正体についてだ。
ただのトレジャーハンターと言い切るには不自然な点が多く、それだけでは説明がつかない『圧』が感じられる。
コルはパッケンがそこに何かを隠していると疑っていた。
「……パッケン、お前一体何者なんだ、何か隠してるだ――」
「それはお互い様だぜ、知りたいならお前さんが隠してる事も教えてくれよ、話すなら腹割って、だろう?」
まるで予想していたかのように、食い気味に質問が遮られる。
このただならぬ雰囲気こそこの男が奥に何か隠していると確信させる。
コルはその正体が知りたかった。
だがコルの興味だけでノヤリスの名前を出す訳にはいかない。
「……今は話せない……でもいつか話せたらいいなとは思う……ごめん」
「そうかい、俺の方は実は言ってもいいんだけどな、今言うと『お前も話せよ』って言ってるみたいで悪いや、ははは!一旦忘れようぜ!」
パッケンはこれまで通りおおらかに笑っていた。
その後、眠たそうな声のエミイに連絡を取り、事の顛末を詳細に伝えた。
古式魔術やフォカルの最後について話した時は流石のエミイも動揺していたが、直ぐに落ち着いて天井のシミを確認してこいと指示を出してきた。
二人が客室車両の端まで移動し、上を見上げるとそこにあったはずのシミは跡形もなく消え去っていた。
『……はぁ……だったらおしまいね、髑髏の魔術も範囲外、もう爆発の心配はないわ』
「……ッ、はぁ〜……よかった……」
『じゃあ私は寝るから、連絡するなら昼過ぎにしてちょうだい』
有無を言わさずに通信が切断される。
(そういえばまたラニがえらい静かだった様な……まあ朝弱いしまだ寝てるか)
緊張の解けたコルはパッケンを部屋から追い出し、大きな欠伸をしてから一眠りすることにした。




