嵐その物の如く
強い雨風を受けながら、コルとパッケンは再び車両の屋根によじ登る。
そこでは先程まで立っていた位置の丁度真上になる位置からフォカルが染み出ていた。
「気をつけろパッケン、わざわざ手の内を晒してまで場所を変えてきたんだ、何か策があるはず」
「わかってら……立てるか?」
ただでさえ揺れる機車、それも雨が外に向かって流れ安定しない足場、更に強い風が落下を手助けする様な状況に、コルはしゃがんだまま動くことができなかった。
「立つのは難しいけどこの状況でもやれる事はある、それに向こうだってこの揺れはキツイはず……?」
コルの予想を裏切り、フォカルは非常に安定した姿でまっすぐに立っていた。
その足首は床に染み込んでおり、文字通り根を張る様にしているのだ。
「あっズルい!」
「ズルではない、これが私が授かりし御技私だけの信仰!報われるべくして報われた私の生が成した技!クク……」
フォカルは全身で雨風を受けながら詠唱を始める。
「水、自然、斬撃、『固まれ、水製剣』」
得意げに見せびらかしている『古式魔術』と呼ばれたそれとは違い、『水製剣』はただ周りの雨を集めて剣の形を作り、それに切れ味を付与するだけの魔法だ。
それでもこの状況下において、安定した足取りで斬り込めるというのは大きなアドバンテージであることに間違いはなかった。
フォカルの禍々しい瞳と目があったコルは真っ先にそれを実感する。
(……あっ、不味い、避けれない、何ができる、アロルの小銃で迎撃?取り出すだけなら間に合うけど狙う時間が足りない、駄目だこれ絶対当たる、せめて後ろにいるパッケンを……)
詠唱を終えてから約2秒。
「死ね!魔なる神の名のもとに!」
コルがその僅かな時間で様々な事を考えている間に、水の刃は無慈悲にもコルの頭上に振り下ろされようとしていた。
「……?いや、駄目だろ」
刃がコルを切り裂くよりも早く。
コルの後ろから伸びる足がフォカルを蹴り飛ばした。
パッケンだ。
彼は今蹴り飛ばした足を上げたまま、片足で立っている。
「詠唱の隙を与えて不味いぜこれは……って思ってたのになんで飛び込んできたんだコイツ、勝ちに焦って視野が狭くなったか?」
「……えぇ……?」
「何故だ……何故立っている」
コルも同じ疑問を抱えていた。
最初に屋根の上を移動した時とは比べ物にならないほど雨風の勢いは増しているというのに、その男はかなりの力で人を蹴り飛ばしたのだ。
それで炳然としているからなおわからない。
「コル、さっき見せてくれた伸びる棒あんだろ、あれ貸せ、後でちゃんと返すから」
「……え?ああ……」
パッケンはコルからカノヒ棒を受け取り、見様見真似で片手剣程の長さに調整し、軽く振って何かを確かめる。
「貴様!答えろ!何故だと聞いているんだ!私の古式魔術にすらなし得ない事を貴様ごときが何故!」
「あー……慣れ?」
あまりに異常なバランス感覚を一言で片付けられ、流石のフォカルも呆気に取られていた。
パッケンはその隙をつくように、蹴り飛ばされ大きく離れたフォカルの前に飛ぶ様に踏み込み、しっかりと重心の乗せたカノヒ棒で殴りつけた。
「……かっ……この下民風情がッ!」
フォカルも負けじと水製剣による剣撃を繰り出すが、流れるような棒捌きによって全て弾かれてしまう。
その戦いには美しさすら感じ、コルは後方支援でそれを乱すべきではないと感じてしまった。
更にカノヒ棒を渡してからパッケンは一度も左手を使っていない、それほどに余力のある一方的な戦いだった。
「何故だ、何故だ何故だ、理解できない……何故これほど機敏に動く、何故鉄蛇の腹中より力が増すのだ!理解できない、理解できない!」
表情に焦りと恐怖が見え始め、攻撃が徐々に乱雑になっていく。
「あ?もしかしてこれが奥の手か?笑わせるぜ――」
雷が耳を壊すほと大きな音を立て、ここから見えるほど近くに落ちる。
「――嵐の船上戦は『俺様』の得意分野だ!」
雷光に照らされたパッケンは笑っていた。
フォカルなど比較にもならないほど恐ろしい表情で、戦いを楽しみ、その後の『ご褒美』が楽しみでしょうがないんだと感じさせる、狂気的な笑みだった。
「ひっ……ッ!」
完全に臆した人間の行動は早かった。
例え現代の文明を敵にしても魔術を極めんとする魔人会であろうと、恐怖の前には素直だった。
フォカルは自慢の古式魔術、『浸透』を用いて体が徐々に下に向かって染み込んでいく。
「あっ、てめえ待ちやがれっ!」
「やめろっ、離せ!」
パッケンは徐々に染み込むフォカルを引きずり出そうと掴んだが単純な力ではどうしようもないのか、無我夢中の抵抗をする割にすんなりと1つの大きなシミとなって見えなくなった。
「クソッ!コル!急いで追っかける……いや、それじゃきりがねえかな、俺は上から見張ってるからコルは下で」
「……いや、大丈夫、ここで仕留めるよ」
「?」
パッケンの戦いに見とれていたコルも、何も考えていないわけではなかった。
シミとなる魔術で逃げ回られどうにもならないまま時間切れという状況を避けるために観察に徹していたのだ。
「古式魔術ってのは凄い魔術らしいけど、あれはその中でも大した事無さそう……油断とか軽視してるとかじゃなくてね、壁や天井のシミになる魔術……俺達が上に来た時、丁度アイツもシミから出てきた様に見えた、つまり……」
「ははあ、『シミになる』工程と『シミから出てくる』工程が別にあるってこった」
「そういう事」
コルは滑らないように重心を最大限落し、右手を広げて床につける。
「それにだからシミのまま動いたりもできないはず、つまりアイツはまだこの『天井の中』にいる……準備よし、パッケン」
「お?」
「揺れるよ」
コルは右手につけた手袋に仕込まれた機構で大きな鍋を動かそうとした時、動かせずに振動だけしたのをコルは活かす事にした。
「さっきのパッケン程じゃないけど、俺もいいとこ見せないとね……『ネアリールの掌』!」
コル達を乗せる車両は磁力操作の重量制限に当然引っかかり、ヴンと音を立てて振動する。
端から見れば少し揺れた程度にも見えるが、実際は小さな揺れが一瞬のうちに何度も流れている。
シミとなり鉄製の天井の中にいたフォカルは全身を一瞬で過剰なまでに揺らされる事になる。
全方向から同時に襲い来る振動が脳に与える影響は想像を遥かに越えるだろう。
窓から車内を確認しに行ったパッケンが親指だけを立ててこちらにサインを送って来るまで、そう時間はかからなかった。




